第530話 支度

 式の後、秘湯の村で過ごそうと思ってたんだけど、あまりの雪深さに音を上げました。私が。


「マジで二階からしか出入り出来ない……」

「さすがに凄いな、これは」


 北の国育ちのカイドがそう言うんだから、相当凄いんだろうな。


 という訳で、滞在地を変更しました! 場所は旧ジテガンの崖の上の別荘だよ!


 やー、やっぱり新婚旅行といえば南の島って定番じゃない? 島じゃないけど、ある意味陸の孤島みたいな感じ?


 ここなら暖かい通り越して暑いし、海には入り放題だし温泉もある。いいリゾートを作っておいたなあ。




 そんな南国リゾートで過ごす事三ヶ月。いやあ、時が過ぎるのは早いわあ。


 海で遊んで温泉浸かって、たまに人のいない山に行って魔獣を狩って。


 亜空間収納に入れっぱなしだったインスタント魔剣をカイドに渡したら、凄い喜んじゃってね。ばっさばっさと魔獣を狩ってたわ。


 一応、護衛代わりに護くんをつけていたから、怪我一つなかったしね。それを近場の街で換金して、ちょっと豪勢な料理を楽しんだりした。


 そんな中、叔父さん陛下からスーラさんで連絡が。


『やあ、楽しく過ごしているかい? そろそろ母上にひ孫の顔を見せられそうかな?』

「セクハラ発言しやがりますと、もれなくミシアからゴミ虫のように見られますよ。私がそう仕向けます」


 可愛い娘に蛇蝎のごとく嫌われるがいい。セクハラダメ、絶対。スーラさんの向こうの叔父さん陛下は焦っている!


『待ってくれ! ミシアに何を吹き込む気だい!? それに、せくはら……とは一体』

「さっきみたいな発言したら、速攻ミシアにあることないこと吹き込みます。あ、フィアさんにも」


 そうして家庭内の地位を地に落とすがよい。


『悪かった! 私が悪かったから!』


 わかればいいんですよ、わかれば。


「それで? 何かあったんですか?」

『来たんだよ、ローデンからの使者が』


 ほほう?


「誰が来ました?」

『それがねえ、第二王子と第三王子が来たよ』


 へー。性格極悪兄と共に、ハニトラに引っかかったおバカ本人が来やがりましたか。けっけっけ、これは助かる。


「じゃあ、すぐに戻ります。あ、私達が結婚した事って」

『まだ伝えてないよ。というか、王都に入りはしたけど、王宮には来ていないからね。明日以降かな? あ、近隣の色々な人を呼ぶから、こちらに来るのは十日後くらいでいいよ』


 そっか、近隣諸国のお偉方も呼んで、公開処刑にするんだっけ。


「それ、南の国からは出席なしですかね?」

『一応、我が国にも大使がいるから、彼等が出席する事になるんじゃないかな?』


 あー、なるほどー。神子の情報がちょいちょい南に漏れてると思ったけど、そういうところから伝わってるのか。


「じゃあ、十日後に。あ、時間とかありますか?」

『昼前には来てくれ、という事だよ。実は、フィアとシルリーユ夫人が今から楽しみにしていてねえ』


 げ。あの二人という事は、また重いドレス着せられるのかなあ。ウェディングドレスは軽くて助かったけど、基本、正装のドレスって重いし。


 でもまあ、連中に引導を渡す為だ。我慢しよう。その分の鬱憤も、鉄拳に込めればいいだけの事よ。


「くっくっく」

「おい、悪い顔になってるぞ?」

「おっと」


 いけないいけない。でも、考えるとついこう……ね。




 十日後ぴったりに、ボートにてダガードに到着する。いつも通り中庭に下りたんだけど、奥宮なのは、なんで?


 今日は表の方に用があるはずなのに。


「待ってたわ!」

「さあ! 急いで支度するわよ!」


 私は、あっという間にフィアさんとリーユ夫人に攫われた。何か、後ろの方でカイドも誰かに連れて行かれたみたい。


「さあ、張り切っていきましょう!」

「おー!!」


 何故、こんなに女性がいるの!? しかも、皆殺気立ってて大変怖い!


 その後、お風呂に入れられ、嫌だと言ったのに人の手で洗われ、全身マッサージの後何やら塗り込まれ、下着だ化粧だ髪結いだドレスだと手を入れられ、最終的に鏡の前に連れてこられた。


「これ……私?」


 普段とは全く違う印象の私が、鏡の中にいる。へー、化粧って、こんなに化ける事が出来るんだー。


 ドレスも、恐れていたような重さはなく、結婚式の時のような軽い仕上がりになっていた。


 ダガード、まだ長い冬が終わってなくて寒いのに。気がつけば、王宮内がほんのりと温かい。


「……何か、やってます?」

「ああ、気づいた? ほら、以前王宮に来たメヴィアン師って人、いるでしょ? 彼が集めた魔法士達に頼んで、王宮に暖房をしかけてもらってるの」


 なるほどー、魔法使ってこの温度にしてるんだ。そりゃ、ガラス窓一枚外は、今日も雪だもんね。


 この天候の中、よくローデンからダガードまで来たよな、あの兄弟。


『現在のローデンは、ダガードよりも酷い吹雪ですから、慣れたのでしょう』


 嫌な慣れ方ですねえ。まあ、それも連中の自業自得か。


『今回のダガード行きは、関係各国に援助を申し出る旅でもあったようです。どこからも断られていますが』


 今のローデンに、付き合うメリットはないもんね。どこも自分達の国に神罰が下らないよう、必死でしょ。特に南ラウェニアの国は。


 支度が調ったら、奥宮の一室で待つようにって言われた。ここ、入った事のない部屋だなあ。


 出してもらったお茶を飲みながら窓から外の雪を眺めていたら、カイドが入ってきた。


「おお、王子様」

「いや、元国王なんだが?」

「そうでした」


 いやあ、見た目をきっちりさせると、やっぱり王族なんだね。王子様っぽく見えるよ。目元が鋭すぎるのがアレだけど。


「私も化けたでしょ?」

「『も』って何だ、『も』って。だが、よく似合っている」

「ありがとー」


 二人でほんわかしていたら、またしても誰かが入ってきて――


「サーリ! わあ、見違えたわよ! とっても綺麗」

「ミシア? それと、ジジ様に侍女様方」

「久しいわね、サーリ。ユゼ様達も一緒よ」


 って事は、じいちゃんも来てるのか。


「お婆さま、どうして帰国なさったんですか?」

「あら、こんな面白そうな事、見ない手はないでしょ?」


 ころころと笑うジジ様。やっぱり、ウィカラビアに行ってから若返ってるよね……心なしか、侍女様方まで何だか若々しい感じだし。


「ユゼ様達は、既に表の方に向かわれてるわ。総大主教猊下と、打ち合わせがあるんですって」


 ジデジルと? ユゼおばあちゃん達も、何か企んでるのかな……


 そういえば、ミシアはいるけど、ニルはいないのかな? やっぱり、カイドの顔を見るのは辛いか……


「あ、そうだ。サーリ、ニルも一緒に来てるのよ」

「へ?」

「来ないと思った?」

「そりゃ……まあ……」

「大丈夫よ。ニルも、もう吹っ切れたみたい。今はお母様と一緒に、王宮を見て回ってるのよ」


 そっか。良かった……。心の区切りが出来たと言っても、まだまだ傷は残るだろうから、時が解決してくれるのを待とう。


 剣持ちさんも来ていたようで、見た事のない貴族らしい装いで部屋に来た。


「ご無沙汰しております」

「フェリファーも元気そうだな」

「お久しぶりー」


 今日は、剣持ちさんも護衛としてではなく、貴族の一人として出席するんだってさ。


 そういえば、この人家の跡取りだったっけ。そろそろ周囲からも身を固めろとかうるさく言われているんだろうなあ。


「そういえば、俺が結婚したんだから、お前もそろそろ身を固めてもいいんじゃないか?」


 おっと、カイドが言っちゃったよ。いくら元家臣とはいえ、そういうプライベートな事に首を突っ込むのはどうなの?


「は。父が何人か当たっているようです」


 いいんだ!? しかも、父親が決めた相手に決めるの!? ああ、でも貴族って、そういうものなんだっけ……


 何かあれこれ関わっちゃったから、剣持ちさんにも幸せな結婚をしてほしいとか思っちゃうけど、これこそ余計なお世話なんだろうなあ。


「どうした? 落ち込んだ顔をして」

「何でもなーい……あ」


 部屋に、また誰かが来た。と思ったら。


「皆様、お時間になりましたので、ご移動をお願いいたします」


 いよいよ、対決の時らしい。

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