第529話 婚礼

 結局、ウィカラビアにいたのは戻ったその日のみで、翌日からは秘湯の村へと移った。


 まあ、あのままニルの目の届く場所にいるのが、辛かったってだけなんだけどね。


 で、この移動にじいちゃんと剣持ちさんもついてきた。


「何、新しい場所はどんなところかと思ってのう」

「カイド様のお側を離れる訳には参りません」


 剣持ちさんの、私に対する態度が変わったのは、昨日から。正確には、叔父さん陛下と会って、婚約が内々に決定した時からだそう。


「主と定めた方の奥方になられるのですから、当然です」


 そう言われても、違和感……私、睨まれてばっかりだったからなあ。


 あれも、カイドの側に若い女が近づくとろくな事がないって事で、警戒していたんだって。本当、主君一筋だなあ。


 秘湯の村は、三人も気に入ったみたい。


「不思議な風景だな」

「ええ、見た事のない景色です」

「なんとも、和やかな風景じゃのう」


 そう言ってもらえるのは、ちょっと嬉しい。


「ここね、私の生まれ故郷の、少し前の景色を意識しながら作ったんだ」


 もう観光地でしかほぼ残っていない、田舎の原風景。私も、実物を見た事はない。


 おばあちゃんが持っていた、古い写真やテレビ、映像。そんな中で見た景色の、ごちゃ混ぜがこの村だ。


 それにしても……


「よく見たら、何かまた前と変わってる?」

『少しずつ、手を加えています』


 そうなんだ……あ、水車小屋が増えてる!


『やはりオブジェは少し多めの方がいいかと。今は何も動かしていませんが、粉挽きや精米に使えます』


 いくらオブジェでも、増やすものなのかな。邪魔にはなっていないから、いいのか。


 いっそ、本当に発電か粉挽きにでも使おうか。




 秘湯の村に移って数日、ユゼおばあちゃんから連絡がきた。


『ジデジルから要請がきたのよ。なんでも、王都で二人の結婚式を挙げてはどうかって』

「はい? 何で王都? しかも、何でユゼおばあちゃんからその話を?」

『それが……』


 話自体をユゼおばあちゃんに持ち込んだのは、何とジデジルなんだとか。大聖堂建設をすっかり後進に放り投げ、モーシャスティンに出来た新しい聖地を調査していたジデジルは、教皇庁にそっちにも大聖堂を建てるべしと進言したそうな。


 で、教皇庁から、そのお許しが出たそうな。でも、それと結婚とどういう関係が?


『ほら、モーシャスティンに大聖堂が出来ると、デンセットの大聖堂がかすむでしょう? だから、モーシャスティンの大聖堂建設計画が公になる前に、王都であなた達の結婚式を執り行って、ついでにデンセットの大聖堂の宣伝もしようって事らしいの。この計画に、ダガードの国王陛下が大変乗り気でねえ』


 叔父さん陛下かー。でも、確かにデンセットの大聖堂に人が来なかったら、それはそれで困る。デンセットも、コーキアン領も。


 でも、それで自分達の結婚式をやるってのもなあ。


『それと、これはローデン対策にもなるっていう話なの』

「ああ、もう結婚してますから戻りませんーって事? ……そういえば、ヘデックとの結婚って、書類上はどうなってるの?」

『ああ、あれ? よく考えたら、あの結婚は無効なのよねえ』

「はい?」

『だってあなた、婚姻証明書に偽名を書いたでしょう?』


 そっか。ユーリカって署名したけど、それ自体が偽名だったわ。


『あの証明書は魔法契約でもあるから、本名を書かないと無効になるのよ。まあ、それ以前に教皇庁の方で色々とやっておいたけれど』


 待って、ユゼおばあちゃん。色々って、何をやったの?


『まあ、ほほほ。それは内緒ですよ。ともかく、ヘデック殿下との婚姻は無効になっているから、あなた達の結婚に問題はありません』


 気になるワードが出てるけど、支障がないならいっかー。


「と、いう事らしいですよ?」


 実はこの通信、カイドと一緒に聞いてたんだよね。秘湯の村も秋が深まり、山がいい感じに紅葉しているので、今日はお弁当を持って紅葉狩りに来たのだ。


 村から近い高台にあるベンチに座って紅葉を眺めていたところに、あの通信がきた訳。


 私に言われたカイドは、ちょっと考えている。


「一足飛びに結婚式か。エリスはそれでいいのか?」

「うーん、別に先に延ばさなきゃならない理由もないですしねえ。皆が祝ってくれるって言うのなら、挙げるのもありじゃないかと」

「そうか。女はとかく結婚に夢を見ると聞くが……」

「ほら、一応二回目なので」

「ああ……」


 あら、カイドの機嫌が一気に悪くなっちゃった。やっぱりバツイチってのを、気にしてるのかなあ。ちょっとへこむ。


 若気の至りだったけど、あの時はあれがベストだと思ってたしなー。


「何落ち込んでる」

「ぶ」


 いきなり、頭をわしわしされた。髪がぐしゃぐしゃになるんで、やめてほしいんですけどー。


「一回目か二回目かなんて、関係ないだろ。エリスがやりたいようにすればいい」

「だって……カイドが不機嫌……」

「……嫉妬して悪いか」


 ん? あれ? そっちなの? ……なんだ。なーんだ。


「えへへ」

「笑うな」


 それは無理ー。へへ、ついにまにましちゃう。




 ユゼおばあちゃんを通して、式を挙げるのを了承したら、あっという間に支度が調ったらしい。凄いな。


『あなたのドレスは、リーユ夫人が仕立屋達を総動員して作ったそうよ』


 ドレスかー。こっちの婚礼衣装って、白は使わないんだよね。大体流行の色を使って、普段のドレスより豪華にする程度。


 ローデンでも、そんな感じだったっけ。リーユ夫人の用意してくれるドレスも、豪華なのかなあ……あれ、重くて動くの大変なんですけど。


 式の打診が来てからほんの一月。ダガードではそろそろ秋が終わり長い冬が近づいた頃。


 王都の聖堂で、私達の結婚式が執り行われました。まだ初雪が降らないダガードでは、珍しいくらいの晴天。


 ウィカラビアから、ジジ様やミシア、ニルも参加してる。もちろん、じいちゃんとユゼおばあちゃん、剣持ちさんもいる。


 式を執り行ったのは、ジデジル。花嫁より先に泣いたので、式の進行が途中で止まりそうになった程。まあ、これもジデジルだ。


「で、では、ごぢらの証明書にいいいいい」


 はいはい、署名ね。書いてる間に、しっかり鼻かんで涙ふいておいてよ。


 先にカイドが名前を書き、それから私が書く。今度はちゃんと本名の松本エリスで。あ、日本語で書いても大丈夫なもの?


『逆に、日本語表記の方が強力になるので、お薦めです』


 強力って……そういや、この婚姻証明書、魔法がかかってるんだっけね。それが強力になるのか。ちょっと怖いけど、いっか。


 無事に式が終わり、聖堂から出たら王都の人達が祝福してくれた。でも、彼等は私達の来ている衣装を見て、驚いてるね。


 だって、こっちの結婚式では使われない白を身につけているから。私にしてみれば、見慣れたウェディングドレスの色なんだけどねー。


 式の後、王宮で行われた祝宴で、衣装を用意してくれたリーユ夫人に聞いて見た。


「どうして、この色を選んだんですか?」

「ウィカラビアで過ごしていた時、婚礼衣装の色の話になったのを、憶えていない?」


 あったっけ? 憶えていないなあ。


「その時にね、サーリが白が花嫁の色なんだって言っていたのよ。だから、今回二人の衣装を白で揃えたの。どうだったかしら?」

「すっごく素敵です」


 うん、私が着るのがもったいないくらい。しかも軽い布を重ねているので、軽いのに寒くないという素晴らしい仕上がり。


 仕立屋さん達も、苦労したろうなあ……ありがとうございます。




 やっぱり結婚式って、嬉しい反面疲れるね。全部終わった後、叔父さん陛下の私室に二人して呼ばれた。


「気にしているといけないと思って、ローデンの事をね」


 ああ、そういや陸路を使って、のんびり抗議への返信を送ったんだっけ。使者は今頃どの辺りにいるんだろう?


「ちょうど、送った使者がローデンに到着したそうだよ」

「へー。……って、どうやってそれを知ったんですか?」


 スーラさんを渡してたりは、しないよね?


「ああ、メヴィアン師に作ってもらった人形を介して、わずかながら通信の真似事が出来るんだよ」


 ほほう。じいちゃんのストーカー、いい仕事するねえ。それによると、ローデンの王都に入った使者は、明日には王宮へ向かうそうな。


「なるべくゆっくり向かうように指示してあるから、本当は今日中に王宮に行けるはずだったんだよね」


 うわー。


「それから、また抗議が来るかもしれないから、しばらくはダガードに戻らない方がいいと思うよ」

「ですねー」

「行き先はいくらでもあるから、問題ないな」


 ええ、まったく。まあ、しばらくは秘湯の村ででも過ごしましょうか。


 そういや、私達、新婚じゃん。じいちゃんにも剣持ちさんにも、遠慮してもらおうっと。

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