21g
@caruu07
第1話 あこがれと瓜二つ
その訃報は朝だった。
何でもないいつもの一日が始まるつもりでスマホのスヌーズを止めて5分はベッドでごろごろしたし、朝食は気分で決めるから卵料理は目玉焼きにベーコンを添えた。男子たりとてダイエット、糖質制限を自分に課してからはパンもご飯も縁遠くなったぶんサラダとわかめスープを足しもした。顔を洗いながら本日の服装をぼんやり考えてみたけど結局Tシャツにジーパンにって部分はなかなか上達していかないからファッションセンスとの対話はまたそのうち……そこで、何でだろうやけに唐突に、ああ、と思ったのだ。
ファッションセンス云々と言ったらあの男だった、と。
耳には「服はきちんとしたもの着ないと余計に寸詰まりに見えるぞ」なんて悪態も聞こえた気さえする。うるさいよ、一応僕だって170は超えてるさ。
そいつはダンスの得意な、芝居も好きで。デザインや写真や、と、センスを光らせる必要のある類いのクリエイティブものは大概こなせる、親友。
早生まれで学年は一個下ってことは年齢的には二個下になるその人物は幼なじみで、小中はともかく高校まで何でか僕と同じところを選んでやって来たような男だ。
背が僕より10cmは高くてどこか外国の血でも入ってるような濃いめの風貌の純日本人(彼には兄弟もいたけれど、ご両親含めてそこまで日本人離れはしていなかった)、物腰は柔らかで紳士的。そこに先述のセンス持ち、学力も上の中から下をキープ、運動も一通り。そりゃあもう何それ漫画? って思うようなスペックを持った奴で、当然モテて仕方がないって感じだったのだけれど、そいつは基本的に、自分の隣に居た。
単純に気安かったのだろう。愛されて当然のような趣の恋に恋した女の子たちの扱いは非常に難しくてとぼやく、そしてそこについては、モテの差異はあれど自分も同じだったから。
高校の頃にはそう言いつつもお互い彼女は作ったり、大学に上がった頃には何とはなしに独り者に戻っていたりの僕たちは、昨年彼がダンスや芝居のために留学をするまでは一人暮らしの部屋も隣同士に、本当に兄弟みたいに仲良く過ごしていた。
そんな親友の名前は、冴草友弥といった。
鳴った家電を取ったときの自分の気楽さはナンバーディスプレイも確認しないくらいのもので、実家から掛かってきたのだろうと思っていたし実際そうだった。
『優乃?』
母の声は少し硬かった、女の子みたいであまり好きではない自分の名前を遠慮なく呼ぶのは家族と『あのね、いま冴草さんから電話があって』そう、冴草家の人々くらいかも、——
『友弥くんがね』
ゆうや、と、ゆうの、なので、ゆうちゃん等と呼ぶと紛らわしくなるから、というのが昔からの親たちの言い分だし自分たちもそれは仕方ないと思っていたけれど、友弥は普段は周囲と同じ愛称で僕を呼んでいた。名字由来の……。
しばし母の言葉が途切れている、友弥がどうしたの、と僕がのんびり促すと、うん、と小さく返ってきた。ここに来て少し、僕も肩の辺りがそわっとなった。
『友弥くんが、事故で』
その先は聞こえなかった、母が言葉に詰まったようだったから。
またもしばしの間、それから結局、僕から「事故で」とだけ復唱した。なんだろうね大怪我でもしたかな、なんて、ぎりぎりのラインまでしか考えようとはしなかった、できなかった。
うん、とか、あのね、とか、まごついた母の声はだんだんぐしゅぐしゅになってきて、いよいよ僕も追いつめられた気持ちになったけれど急かす事も、やっぱりできない。そのうち、
『なくなられたの、向こうの時間で、夜の事よ』
文章にすればたったのこれだけをおおよそ5分は掛けて、母は、僕に伝えた。
そう、と呟いてから、もう5分は掛けて、母を慰め、通話を切った。
実感はもちろんなかった。
葬式などをどうするかなんてまるで訊きそびれていたが、実際まだ決まってもいないだろう。一瞬スマホを取り上げて冴草の残りの(なんて言い方をもうするのか、と、我ながら一瞬で驚いた、「他の」で良かっただろうに)兄弟に連絡してみようかと思ったが、日本で待機なのか向こう——ニューヨークだったはず——まで行くのか、どちらにせよ慌ただしい事になっているはずだ、と、やめておく。
僕は僕で出かける準備をしていたはずで、午後からの大学での講義までには卒論の骨組み用に図書館にも寄りたかったのだ。記紀神話における、……いや今はそんなことに集中できそうな気分ですらない。それでも流しに置いた食器はなんとか洗って、鞄の中身を確認し、いつものジャケットとスニーカーを引っ掛けて家を出た。
家電とはしばしのお別れだ。それで実家からの連絡を途絶えさせられるなんてことは別にないのだけれど。
一日中、大学でもバイト先でも、今日は疲れてるな、とか、休め、とか言われ続けた。自分では解らないなりに、ただボンヤリとしていたらしい。
スマホにはその手の連絡はなにひとつ来ないままだった。友弥の兄弟、一番下の将司は無精だからともかく真ん中の生真面目な威くらいは明日くらいにはメールを寄越しそうな気がしているけれど。
とりあえず疲れていると言うことで通して過ごした、ショックを受けていないつもりもないけれど、状況的に気を揉みすぎたところで自分には何も出来ないと思っている。それでも聞いてすぐに新幹線に飛び乗って実家まで(東海の地方都市・N市にある、ここは東京都下、K市だ)行かない、などということは薄情なのだろうか。来いと言われたら行く準備はする気でいるが、友弥が「帰ってくる」のを待ってからで良いという気持ちでしかない。一時期は今のアパートでも隣同士に住んでいたものの、彼は留学した時点できっちり引き払っていてそこは空き部屋だ。仲良くしていたけれど、気安さが災いしたか連絡を取り合うことは数ヶ月に一度あるかどうかにまでなっていて、——そうか、近況も知らないな……事故なんて不運に遭うような生活がどうなっていたか、秋前には、なんて言っていたっけ。
黄昏時、陽が一気に落ちオレンジ色に染まるひとけのない公園脇の小径を通る。遠くで夕焼け小焼けが鳴った、子供はもう帰る時間、最近知ったけれど夏と冬で一時間ほど音楽を鳴らす時間をずらしているらしい。今時期は16時半くらいか、とはいえ寒さからか昨今の防犯事情か、前述通りのこの時刻でも帰りに慌てる子供たちは見当たらなかった。
というか、人がいない。ひとりも。誰そ彼、と言う知り合いが通っても気にしていなければ顔判別も曖昧になるような薄暮の時間帯だがそんな心配の要らないくらいに人がいない。民家だって連なってあるけれど、窓の奥を覗き込むこともないとはいえ、カーテンの奥にすら人の気配がからっきし感じられない。不意に気付いたせいで、今までもあったかもしれないはずのこういう隙間の時間に、少し不安のようなものを覚えてしまった。
気の持ちよう、とわざわざきっぱり思い直して、いつしか止めていた歩みを再開するべく片足を浮かす。
と。
ぱちぱち、と、どこかで焚き火が鳴るような音がした。とたん、ごう、と風が前から強く吹きつける。
その勢いの強さに反射的に目を閉じて、開ける、えっと思ったときにはなにかが周りを取り囲んでいた——違う、真っ暗だった。真っ暗、というより真っ黒、何も見えないし、先ほどの風の名残も肌にない、しんとした黒。何が起きたかもわからない、目が見えなくなったのか、なんて、まばたきをしてみても視界が黒から変わることはなかった。音も消えて辺りを見回そうと身体を動かすといっそう体勢に不安定さを覚えてへたりこむ。腰を落とした先には感触があったようにも思えるので、地面があるような気だけは残った、けれど。
なに、とか、助けて、とか、声を出そうと思ってもままならない。訳の分からない恐ろしさでどうしようもない。
不意に冷たいものが触れた気がした、頬にかと思う間に「滑り込んでくる」感触、表面とかでない、染み込んでくるような、皮膚の奥へ、ぎゅうと肩が震えて身を竦めても逃げられないような、胸元へ迫る圧迫感、嫌だと瞬間思ったけれど冷たさは腹の中を突き進んでくるような——
ぱん、と遠めに、どこか間抜けた破裂音がした。
「去れ、先んじようとは良い度胸だな影よ」
……こんなときだというのに、やけに芝居がかった物言いだなと、感じる。どうやら閉じていたらしい瞼をそろりと開けてみて、風が吹く前の風景の中、小径の砂利の上に座り込む自分を確認した、染み込んできた冷たさ、を思い出したが別段、濡れた訳ではなさそうだった。そして。
「間に合ってさいわいでした、優乃くん」
なんで名前を、と振り仰いだ先には、男の姿があった、とはいえ見据えたのは腹の位置でしかなく、更に目線を上げれば、「なにも取られていませんね?」と柔らかく笑う——
「……うそ」
面影を見間違えることはない、訃報を聞いたのはなにごともなく迎えたはずの朝だった、事故で、と聞いた、なのになんで?
「ゆう、や」
ぎりぎり、喉からこぼれ落ちたのは相手の名前。死んだと聞かされたばかりであるはずの、幼なじみの。
しかし、返答はないまま、そのひとはじっとこちらをみつめたまま留まっている。ゆうや? ともう一回、声を出す。違うのか? と訊きたかったが、自分の胸の内が勝手にその質問をはぐらかした。違っているはずだという事実認識と、違っていなければいいという願望との間で思考がふらついたのだ。
「友弥ではないのです」
さも当たり前のように、目の前の男は否定してみせた、友弥の姿で。
「信じていただくことは、とても、難しいことかもしれませんが」
さっそく見ていただくと早いでしょう、と言葉を重ねた相手は、そっとその親友らしき顔の中で目を閉じた。
ぱきり、と枝の鳴るような音がした。ぱきぱき、とそれは広がるようにいくつも鳴り出す。周りに目をやってもあれだけ強風が吹いた後だったとしても、公園の周囲に巡る桜の木々がざわついている訳ではなかった。
そうこうしている間に視界の端、足元で影が揺らいだ。意識を向けた頃には動きの由来が自分ではなく西日を背にした相手だと知れる、何故かもう一度視線を上げる勇気が湧かない。
勇気だって? なんでそんな気持ちが要る? 意外と自分には動物らしい本能的な直感があるのだろうか。
おそるおそる僕は口を開いた、「……なに? それ」そうとしか言いようのないカタチがすぐそばで作られようとしている。最初に親友と見紛った背丈からじわじわとそれは樹木の生長のように伸び、頭の部分から正に枝のようなものが伸び、肩や胸が膨らんだようになり、目を逸らし損ねた影の足元でブーツのつま先はなにかに取って代わられていた、例えるなら毛むくじゃらの獣の足先、黒にほど近いそれは、夕刻の太陽の色と混ざってか赤ワインの色に見える。……そんな色の動物はいただろうか? いたとしても、こんな、
「初めまして」
耳障り一歩手前の甲高い声が、唐突な挨拶をした。
「この国の言葉に置き換えますと、クレナイ、と、申します」
ああそういえば、流暢な日本語だな、と場違いな感想が先に出た。
「契約に寄りまして、先ほどなくなられました貴方の友人であられます冴草友弥くんの魂をいただきました」
僕は、はあ、と相づちを打ったかもしれない。
「彼はとても良い色のいのちだったものですから、こんなに早く得ることになるのは、惜しいひとでした」
のろのろと顔を上げた、直視してなるほど、友弥ではないことを理解出来たような気がした。
親友の顔のまま、頭からは鹿などの動物のような角をいくつか生やし、ふつうのひとを倍近く引き伸ばしたみたいなひょろ長く違和感のある体型の異形は、これまた本数は同じでも人間より節の多い指先をなにかを優しげに包むように動かした。友の顔がふとぶれて、と思う間に、今度はなにかの獣の骨で作った顔が仮面のように現れる。被り物ではなさそうに、眼孔の奥に瞬く燐光に合わせて骨の口が「ゆうのくん」と動く。
僕の名前、と一瞬遅れて頭が理解する。
とたんにザワリと肌が総毛立った、自分の名前を認識しているやつが自分の友達のなにをなんだって? 喉が張り付いたまま、やっとのことで息がひゅう、と身体の中で鳴った。逃げたほうがいい? でも脚は動きそうになかった、力が入らない。目は逸らせなかった、動けないのと、相手を見逃したらどうなることかもわからない。やつ? 相手? なんて言うんだ、悪魔か化け物か、いまは名称にとりたてて意味はない、逃げなきゃ、たしか、たましいをいただいたって、何の話だ、次は僕か、——
「人間には気味が悪く見えるものだと、聞いています」
這ってでも目の前の異形から少しでも離れよう、と、地面の砂を上を指が滑ったあたりで、声が降ってきた。見目だけじゃあないぞ、声だってどうにも耳障りじゃないか。
「……お友達の姿でも、違和感はあるでしょうから、もう一つ前の姿でご了承ください」
話しかけてくるけれど、すぐさま取っ捕まえて云々、といった動きはない、僕のようなものが走ったところで逃げ切れず追いつかれるものだからだろうか、けど。
え、と一言ぶん、僕はそこで息を吐いた。
瞬きの間に、相手の獣のような大きな姿は、向こうの夕陽が見えるくらいに縮んでいった。くにゃりと像がオレンジの後光の中でぶれて、友弥よりも僕よりも小さく黒のシルエットはパチリと目を瞬いた。人のカタチをしている。
少しだけ浅黒い肌をした、黒髪黒目の少女がそこに立っていた。
今度はなに、と頭の中で訊ねたが、不思議の生き物はそういったものには反応しなかった。
「私が海の向こうで友弥とお友達になったときは、この姿でした」
海の向こう。
「思ったものとずいぶん様変わりした土地の姿に順応が遅れていた私は、偶然出会った彼にたいへん助けられたものです」
ああ待って、なんだか唐突に思い出話らしいものが始まろうとしてないか。まだこちらは奇妙な出来事にようやく恐怖が追いついてきたところなんだけれど。
それでも耳は、親友の留学先で起こったのだろう話に興味を引っ掛けられてもいる。
混乱だ。そう、僕はきっと、とても混乱している。
「やめろ!」
どうにかしようと口をついて出たのは何についてかの拒否だった。
よくわからない、その姿をやめて欲しい、ちがう、別に女の子でもおばあさんでもおじさんでも赤ちゃんでもどうだっていいかもしれない、そうじゃない、訳の分からないものに訳知り顔で知り合いを語られようだなんて、そんなことに憤ってみたとしながら結局このあと僕はどうなるんだって思ってしまう、そっちのが現状大事じゃないのかでもそれって自分本位なのか? 身の危険があるなら当然なのか? この国でごく普通に生きてきた僕は、改めて急な命の危機への対処法を知らないことが解ってしまった、ついでに、なんでこんなに不意に生き延びたいのかと浅ましいと感じそうなことにも驚くくらいに。
少女は不思議そうに首を傾げた、アメリカの現地民らしい顔立ち、そうかもしかしたら友弥の前の犠牲者か——それは少し困ったような声で、
「では、戻します」
そう言うが早いか、瞬きの間もなく、友弥になった、けど、
「ちがうよ、違うよぉ、もう、そういうことじゃない」
思わずうめいた、息を吐いて、吸う、目の前の男は先の少女と似た表情で不思議そうに僕を覗き込んでいる。
「違う、と申されましても」
だって、と言葉を継ごうとして、目線を上げる、良く知った位置で目が合う。優乃くん、と知らない言われ方をする。
「友弥は死んだって」
「はい」
「お前は友弥じゃないって」
「はい」
「でも友弥の格好もしてる」
「はい、直前の頂きものの姿を借りる、そういうものですから」
そういうもの、とそれは言う、長い指を胸元にそっと添え、はにかむように微笑った動きは友弥そのものの気障さで。
「そして友弥くんが、終の境に、貴方を推薦したのです。あたたかないのちの色だから、と」
すこし、困ったような顔で。
「置いていってごめん、と。」
何言ってるんだ、と親友に言いたい気持ちで目の前の相手を睨んだ、友弥がそんなことを言うべき相手は僕の他にもっと色々いる筈だ。たとえば、彼女とか、家族とか。
それにそもそも大事な人の二の次だから命を食わせていい相手だとでも思われていたんだろうか、そしたら謝るべきなのはそこだろう、人を勝手に怪物の食糧にしようだなんて。
恐怖の次はなんともいえない怒りになった、とたんにぐっと身体に力が戻った気がした。
不意にギクシャクと立ち上がった僕の頭に親友の顔をぶつけそうになった相手は、とても人間らしく慌てて上体を引く。
その向こうには夕陽が落ちて、住宅街のシルエットがほんの少しのピンクと黒に浮かんでいた。
いつのまにか道を点々と街灯が照らすひとつは真上にあって、どうしても僕といるもうひとりを親友の姿のままにする。それが、待ってください、と言いしなそっと近づくのを、思わず許したように自分の脚は引かなかった。
「もう少しだけ聴いていただいてよろしいでしょうか」
「なにを」
案外と、普通に返せる。
「まず、もう貴方の身には危険が迫るようになってしまっています」
「お前がそれなんだろ」
「私は魂のみをいただく存在ですから、」
「だからそれって」
「——別段、無理に死を招くようなことはいたしません」
不意に友弥の指がこちらへ伸べられた、反射的に避けようとする間もなく、腕が捕らえられ、それから持ち上げるようにされる。そうしてゆっくり、捕まった側の空いた手のひらに、彼の反対側の指先だけ乗せられた。
人間と変わらない感触と、温度だ。
「さきほどの影たちとは異なり、基本的に冷たいものではありません」
かげ、とおそるおそる問い返すと「私が来る直前に貴方を襲ったものがあったでしょう」と囁かれる。
「あれは、簡単に言いますと、私などと敵対する存在ですので、私の糧を付け狙う習性を持っているのです」
てきたい、とか、かて、とか、しゅうせい、という言葉が脳内で多少とっちらかった。ファンタジー児童文学のような世界観だ。
「待って。僕はおまえに食べられたいと少しも思わないけどいつの間にご飯に決まったのさ」
「申し訳ありません、友弥に推薦を受けたときにです」
「すいせん、って」
あんまりな台詞の響きに、恐怖と怒りの次に来たのは呆れだ。
「彼は言ったのです、自分が死んだら優乃が護れない、仕方がないから代わりにそばにいてやって欲しい、魂はお前にあげる、と」
呆れに傾いた心の油断に、その台詞はみごとにスライディングをかましてきた。まもる、ってなんのはなしだ?
は、と口を開けたっきり二の句の告げない僕の前で、相手は何故か照れたように小さく笑った。
「いや、厳密には貴方の魂については本人と要交渉だとは言われております、当然です。少し自分に都合の良い言い方をしてしまいました、しかし」
ふと掴まれっぱなしの腕がそわそわとした。二の腕なんてそもそも他人に触れられるもんじゃない、気持ち悪い。離して、と小さく振ると、意外と偽友弥もすんなり離す。
「しかし、なに?」
「友弥の言うとおり、私との契約前から影がやってくるとはなかなか不穏ですよ。貴方と彼の間には何か秘密がありますか?」
……秘密なんて、互いの家族じゅう探したって出て来ないと思うんだが。
ゆうのくん、と友弥の声で友弥の顔で、もうひとつ呼ばれたとき、なんだか無性に目の奥がじんときた。
周りが暗くなった後で良かった、口調だけがどうしても違う化け物を隣に、今頃どうしてか涙が出てきたのだった。
「いきなり泣かれるとどきどきしますね」
「そういう言い方もやめてくれない?」
帰る、と場を去ろうとしたら偽友弥は付いてきた、ほっといてと置いていこうとするのに「貴方、今の私の話聞いていたでしょう? 貴方ひとりでは危険なんです!」なんてむしろ責められた感じに追いすがられる。ははあ宿がないのだな、もしくはそうやって入り込んでから人間を食ってるのか、などと疲れた頭で煽り返したら真面目に「私が食すのは魂のみです」ともう一回、それも聞いていたでしょうと繰り返された。
「理解したからこそその態度、私への嫌悪感が減ったのではないですか。ねえ、優乃くん」
「友弥は僕のことそんな呼び方しないよ。だから別人なのはよく判ったよ、でも護られる覚えも秘密もないよ、……」
なんだっけ、と一瞬考えた、この化け物の名前だ、なんか言っていたような気がする、けれど訊きなおす気にはなれない。いい加減、順応してきた僕自身も怖い。
「なんてお呼びすればいいでしょう」
「俺に対して敬語も使わないけどね、あいつのが年下だったけど」
「はあ」
聞くはともかく現代スラングは言うは難し、とぶつぶつ言いながらやっぱり脚を止めないものだから、自分から立ち止まる。
「ねえ本当に付いてくるつもり」
「当然です」
「部屋狭いからって意味でも嫌なんだけど」
「家の前で充分ですけれど……私の力の及ぶ範囲にいてくだされば現状ではなんとかできます」
「いや玄関前にいられるほうが色々メーワク、だよ、ってか、えっとこの調子だと」
そこで口にするのもおぞましくなってため息を僕は吐いた。真隣にいなくてもいいけど視界の端程度には常にいるつもりなのか。人間じゃないなら透明になれる能力とかも持っててくれないと、学校やバイト先で非常に困ったことになる、……じゃなくて、だから、いなくていいし魂もさしあげませんってば。
渋面になっていたら、ところで、とこいつが振ってきたのが前述の話題だ。勘弁しろよ。
「人間の涙はきれいです、感情と共に流されたときのそれは魂に近い味がします。私達にはないものですから」
どことなく幸せそうにそんなことを言い添えて、友弥のにせものは、——いい加減どうしても、不便になってきた。
「なんて名前だっけ」
「はい?」
「友弥じゃないなら、おまえはなんて名前なの、って」
親友と同じようなリアクション、肩を僅かにすくめて、それから笑う。
「クレナイです、紅いのでそう呼ばれています」
それからすらすらと歌うように、様々な単語を連ねた、どうやら色々な国の”くれない”らしい。ということは、と友弥にあったときの名を訊けば最初はcarmineだったようだ。なんとなくルビーとかヴァーミリオンでも通じそうだなあと思ったけれど僕はあまり色の名前に詳しくない。ふうん、と頷くに留めた。
黄昏時、逢魔刻、とは本当だなと、よくわからない感心をしてしまった。
もはや真っ暗な夜、魔物たちの跋扈する時間。今日から夜間外出は控えてくださいね、なんて過保護な母親のような物言いで……それらしき理由を言い張る紅はともかく、影に狙われる心当たりはいっそうないまま不安定な一日が終わろうとしていた。疲れてしまって、とてもじゃないけれど夜更かしの気力もなかった。
21g @caruu07
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