第32話 いっただっきま~す

「と、いうことで自己紹介をしよう」

「また?」

 そう声を漏らしたのはラヴ。

 でも彼女は自己紹介がめんどくさいんじゃない、分かってる、顔が全てを物語っている。

 彼女は早くご飯が食べたいんだ。


「まあそう言わず」

「仕方ないわね……」

 溜息気味に頷くと、ラヴは銀髪エルフちゃんに視線を移した。


「ラヴ・リ・ブレイブリア、勇者よ」

「愛ちゃんですのよ」

「ラヴリンじゃの」

 自己紹介をした、金髪碧眼貧乳勇者のラヴをちゃかすネネネとルージュ。

 こんなときだけ気が合う。


「あんたたちは黙ってなさい」

「……そう、勇者」

「へ、あっそう、そうよ勇者よ」

 あれ、名前イジリがない。

 ラヴも身構えていたのか、帰ってきた言葉に拍子抜けしたというような様子。


「私はネイドリーム・ネル・ネリッサ、妖精ですの」

「妖精……?」

「そうですの、妖精ですの」

 また嘘ついて……。


「……なんの?」

「まおーさまにエッチなサービスをする妖精ですの」

 エッヘンと胸を反らすネネネ。

 桜色の髪が揺れて、ブラックホールのような、吸い込まれそうな涙ボクロがあらわとなる。


「夢魔」

 しかしそんな嘘も、妖精と一緒に暮らすエルフには通じなかったみたいだ。

 いやまあ誰にも通じてないけど。

 お尻から生えてる尻尾が、黒い尻尾が、誰がどう見ても悪魔にしか見えない。


「な、何をおっしゃいますのネネネは妖精ですのよ」

「夢魔」


「妖精ですの!」

「夢魔」


「よーせいですの!」

「夢魔」


「よ・う・せ・い! ですの」

「夢魔」


「YO・U・SE・I! ですの!」

「YO! SEY! YHAAAA!! HAAAA!!」

「夢魔」

 ん? 今なんか変な奴混じってなかったか?

 それにしてもエルフちゃん、感情の薄い声のわりに意思が強いのか、一歩も譲らないな……。


「キィィィィ! もういいですの!」

 とうとうネネネが折れた。

 侮れないなこのエルフちゃん。


「それとネネネはまおーさまの妻ですので、その辺お忘れなさらないように」

「そう……つば

「な、妻ですの!」

 反論したネネネだったがしかし、エルフちゃんの視線は既に彼女には向いていなかった。


「ウキャァァァァ!」

 相手にさらりと受け流され、怒りの捌け口をなくしたネネネはただただ吠えるだけ。


「うるさいのぉ年増猿、ちょっとは静かにできんのかい」

「誰が猿ですって!?」

「おぬしじゃ、キィキィ言いよってからに」

「キィィィィ!」


「まあ、あんな猿は置いといてじゃ。ワシはブラッドレッド・ボルドー・ルージュ、吸血鬼じゃ」

 あか髪の吸血鬼は赤い目を鋭く尖らせ、牙を剥き出しにし、プレッシャーをかけるようにそう名乗る。

 ルージュ先輩の悪乗りだった。

 新人に圧をかけるだなんて。


「そう、吸血鬼……」

 しかし銀髪ちゃんはそんなプレッシャーなんてお構いなし。

 既にその緑の瞳は俺へと向けられている。



「お、俺はアスタ、魔王だよ」

「……そう、アスタロウ」

「え、いやいやアスタロウじゃなくって、アスタね」

 そんなとっとこみたいに呼ばれても。

 てちてちしないよ? 大好きなのはひまわりの種なんかじゃないからね?


「……タロウ?」

「いやそれ完全に俺の要素なくなってるよね?」

 もうそれシュワッチだよ。


「アスタだよアスタ」

「アスタロウ……」

 う~ん……まあいいか、別に今すぐ覚えて貰わなくても。



「あはははは……じゃあ次ぎどうぞ」

 俺は手の平で、エルフちゃんに自己紹介をするよう促す。


「エスメラルダ・エバー・グリーン……エルフ」

 淡々と作業をこなすように名を語る銀髪緑眼の彼女。

 エスメラルダ? エメラダって言うのはあだ名みたいなものだったのか、てっきり本名だと思ってた。

 まあ長い名前だからな、と言ってもほとんど縮まってないけど……。 


「よし、自己紹介も終わったところで、夕飯としますか」

 『手を合わせましょ』とは言わない。



「「「「「いただきます」」」」」

 


「おいネネネ何してるんだよ」

「お食事をしようとしてるんですの」

 それでどうしてテーブルの下にもぐるんだよ。


「何を食べる気だ!」

「まおーさまのまおーさまを少し」

「やめろ!」


「あぁんまおーさま舐めろだなんて……」

「そんなこと言ってない!」

「ならネネネがイカせて差し上げますの」

 ダメだこいつの耳イッテやがる。

 しかし今俺のひざの上にはルージュがいる。


「痛い、痛いですの!」

 案の定ルージュに顔面を蹴られるネネネ。


「何をしますの!?」

「そんなところにおるからじゃろ?」

「何です――!! 痛い! 痛いですの! やめなさい!」

 ふむ、まあこれでネネネからの攻撃は阻止できるだろう。


「頼んだよルージュ」

「うん! 任せてパパ!」

「パパじゃねえよ!」

 まずいツッコんじゃった……。


「え? おじさんパパじゃないの?」

 ※注意これはルージュです。


「そうだよ、おじさんは君のパパじゃないよ」

「じゃあおじさんは誰?」

 ※注意これはルージュです。


「おじさんは、君を食べちゃう悪いおじさんだよ~グヘヘヘ」

「きゃ~こわ~い」

 ※注意これはルージュです。


「ってもういいよ」

「「どうもありがとうございました」」

 伝説のコンビの新しいジャンルのネタだった……。


「このネタはいまいちじゃないかルージュ?」

「そうじゃの、これはいまいち面白くないのう」

「うん、ルージュの可愛さしか残らないよ」

「仕方ない裏でネタを作り直すぞアスタ」

「そうしよう」

 DVDorBlu-ray購入特典、伝説のコンビの楽屋裏話だった……。


 とか言ってる場合じゃない、早く肉を食べないと。

 にっくにっく~。

「ってあれ? ない……」

 楽しみにしていた肉が。

 俺の目の前にあった肉が。

 ない。


「ない! どこ行った俺の肉!」

「どうしたのよ魔王」

「俺の肉がないんだ!」

 くっそうどうしてだ!?

 肉がひとりでに歩いていくわけがない、誰が取った!?

 ラヴは遠いから取るなんて事は無理だろうし。


「ルージュ、俺の肉知らないか?」

「知らんわい」


「ネネネ!」

「まあまおーさまそんなにネネネの胸肉が食べたいんですの?」

「そんなことは言ってない!」

「言って」

「言わないよ!?」

 あと一人。

 そんなわけはないだろうけど一応のため、そう思ってエメラダの方をみる。

 彼女は頬をパンパンに膨らまし、口の周りをテッカテカのベッタベタにしながらモグモグしている。

 そしてしばらく咀嚼を繰り返し、ゴックン。


「あ、エ、エメラ――」

「……私が食べた」

 彼女は悪びれる様子もなく、平坦な口調でそう言う。


「ど、どうしてかな?」

「食べたかったから……」

 表情は変わらない、さもそれが当然かのようだ。


「そ、そう」

「……おいしかった」

 何だか自分が間違ったことを言っているような気分になってきた。


「そっか、よかったね」

「うん」

 エメラダはコクコクと頷く。

 ふむふむ……。


「ってよくねぇ! どうして食べちゃったんだよ!」

「食べたかったから」

「……はい」

 なんて横暴な子だ、どうしようもねえ。


「アスタロウも、おいしかった?」

「いや、食べてないんだよ」

「どうして?」

 どうしてって……。


「俺の肉はエメラダが食べたんだよね?」

「そう」

「だからだよ!」

 俺だって食べられるものならぜひ食べたかったさ!

 しかし彼女は俺のそんな気持ちを知ってか知らずか

「そう」

 と、抑揚なく返事をするだけ。


「そうだよ!」

「なら仕方ない」

 そうだね仕方ないね!

 だってもう、食べちゃったんだもん!

 しかも君が!


「は、はは、ははは、はははは、はっはっはっはっはっは!」

 もう笑うしかなかった。


「アスタロウ楽しい?」

「た~のし~いな~」

「そう」

  結局、静かな子が入ったとしても、騒がしい魔王城であった。

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