第31話 伝説のコンビのぜ・ん・ざ

 肉!!

 こんがりと焼かれた肉。

 詳しい情報はご想像にお任せしよう。

 野菜!!

 色とりどりの野菜。

 こっちも詳しい情報はご想像にお任せだ。


 兎にも角煮も……ああ、角煮らしきものがあるのは本当だが、とにかく。

 おもてなしということでいつもより豪勢な食事を並べ終え、あまりの豪華さにごくっと唾を飲み込んだところで、見計らったかのようにタイミングよく、食事の間の扉が勢いよく開かれる。

 彼女たちのご帰還だ。


「はっはっはっはっは! 帰ったぞアスタ!」

 一日中外で遊び、興奮冷めやらぬまま帰宅した小学生のように、元気よく入ってくるルージュ。

 しかしやんちゃな子供とは違い、その身に纏ったミニスカモノクロドレスは汚れておらず、綺麗なままだ。


「ただいまですの、まおーさま」

 元気なルージュとは対照的に、疲弊しきった様子のネネネ。

 肩ほどにまで伸ばされたパーマのかかった髪には、草葉や枝が絡まり、服はボロボロの泥だらけ。


「おお、二人ともお帰り」

「タイミングがいいわね今からご飯よ」

 二人は部屋に入ると、ルージュは俺のひざへピョンと、ネネネは椅子にぐったりと腰掛けた。

 いつの間にか俺のひざは椅子と化している。

 まあ軽いし邪魔にならないからいいんだけどね。


「鬼ごっこ楽しかったか?」

「ああ、久しぶりに楽しかったぞ」

 ルージュは一瞬目を爛々と輝かせ鋭い牙を剥き出しにしたが、すぐにとろんとした目になる。


「疲れたのか?」

「ん」

 どうやらおねむのようだ。


「まおーさま、ネネネも疲れましたの……」

 ゲッソリとした声でそう言うネネネ。


「た……楽しかったか?」

「そんなわけないですの……もう最悪ですの……」

 ですよね。


 ネネネの様子を見てるとこれこそ本当の“鬼”ごっこなんだなと思えてくる。

 相手はまさに血を吸う“鬼”だし。

 そういう意味では“ごっこ”の範疇を超えてる。

 なるほどこれが、リアル鬼ごっこか!

 いや既に“ごっこ”じゃないから……リアル鬼?

 ただの鬼だ!

 じゃあ今日ネネネとルージュがやってた遊びは“鬼”。

 鬼だ……。


「ふん……衰えとは嫌なモノじゃのぉ」

「何ですって!? あなただって体力ギリギリではないですの」

「これは幼いゆえの体力のなさじゃ、おぬしのは高齢ゆえの体力のなさじゃ」

「バカおっしゃいババア」

「お? 何じゃ年増、やるかの?」

 そんな残り少ない体力を削ってまで争わなくても……。

 案の定ルージュは大きなあくびをした。

 とりあえず可愛いので、あくびをしている彼女の口を手で小刻みに覆ってみる。


「はわぁわぁわぁわぁわぁ、ふみゅ」

 よほど眠たいのか無言のまま俺の手を両手で掴むと、胸の前で抱きそのままおとなしくなった。

 いつも抱きしめている相棒のカボチャ人形、ジャッ君はひざの上。

 ごめんよジャッ君、君のポジションを取ってしまって。


「そんなことよりまおーさま!」

 ルージュがおとなしくなると元気になる設定でもあるかのように、生き返ったネネネ。


「な、何でしょう?」

「その美少女は誰ですの!?」

 ネネネが指さしたのはもちろん、銀髪エルフのエメラダ。


「彼女は、エルフのエメラダだよ」

「彼女ですの!?」

 おいおいまさかまた勘違いしたわけじゃないだろうな……。

 今の彼女はガールフレンドの彼女じゃなくって、三人称代名詞としての彼女だぞ。


「浮気……ですのね」

 そのまさかだった。


「妻子持ちでありながら……」

「ちょっと待て、ネネネは俺の妻じゃない。大体お前いつ子供産んだんだよ!」


「いつもですの」

「なに!?」


「いつでもですの」

「なに!?」


「いつまでもですの」

「なに!?」

 『なに!?』三つのポーズで決めてみた。


「ってそうじゃなくてだな、この子はエルフだよ? 分かるだろ? 村の病気のことで助けてもらったんだよ」

「ほう、これがエルフか」

 しばらく黙ってボーっと食事を眺めていたルージュが口を開く。

 そしてその視線を今度はエメラダに向ける。


 何だか宝石店にいる気分だ。

 ルージュの赤い瞳はルビー、エメラダの緑の瞳はエメラルド、ラヴの青い瞳はサファイア。

 あ、何だか懐かしくなってきた。

 昔川原に落ちてる綺麗なガラス片を拾ったり、ビー玉やおはじきなんかをよく集めていたっけ。

 某映画の女の子の真似して、おはじきを口に入れてみたりして……、舌で転がすとガラガラいって、何気に口が寂しいのが和らぐんだよなぁ。

 良い子は絶対真似しないでね。悪い子なら真似してもいいけど。


「してアスタよ」

「ん?」

「村の病気は良くなったのかの?」

「ああ、薬作ってもらったし、あと数日もすれば良くなるって」

「そうか」

 さして興味なさげのルージュ。

 一応の確認作業だったんだろう。


「そう、だから助けて貰ったお礼に食事をご馳走しようと思って、城に呼んだんだ」

 それだけだ、他意はない。

 ご飯を食べたらさようならまた今度ですよまったく。


「まあそうでしたの」

「なるほど、それでこの豪華な食事ということじゃな」

 納得した様子のネネネとルージュ。


「ねぇ、もういいかしら」

 と、ラヴ。


「あ、ああそうだなそろそろ食べよう」

 しかし俺の気持ちとは裏腹に……。


「住む」

 エメラダはそんなことを口走った。


「へ? どうしたのかなエメラダ」

「ここに住む」

「ど、どうしてそうなったわけ?」

「私まだ半人前、一人前になるために修行する」

 修行? 何を言ってるんだこの子は……。

 困惑する俺に助け舟を出したのは、物知り吸血鬼のルージュだった。


「エルフはある一定の歳になったら、修行のために森を出るんじゃよアスタ」

 コクコクと頷くエメラダ。


「それで、ここに住むと?」

 今度はゆっくり大きく一回頷く。

 修行のため?


「でもここに住んでいったい何の修行になるの?」

 まあ毎日ネネネやルージュに振り回されてれば何かと強くなりそうだけど、そんなことを望んでるとは思えない。


「村の病気診る」

「そ、そう」

 またまた、うんうんと首を縦に振るエメラダ。


「でもそれなら村に住むのでもいいんじゃない?」

「ダメ、あの村変なの住んでる」

 ああ、ゲイルとウメコのことか……確かになぁ。

 夜な夜な変な声が村に響いてるって噂だし。


「お礼」

 お礼にここに住ませろと!? やっぱり食べ物じゃ嫌だったのか? それともお礼はひとつじゃないということか?

 いやでも、これ以上エンゲル係数が増えるのはきついんだよな。

 作物がもっとたくさん育ってくれればいいけど、今の状態で『ここに住む』って言われて『はいそうですか』と、すぐさま事の次第を飲み下すのは、嚥下えんげするのはちょっと無理なような。


「いいじゃない別に」

 いやここは君の城じゃないんだよラヴ。

 とは言えない。

 だって俺の城でもないし、毎日ご飯作ってもらってるラヴにそんなことは言えない。

 でもなぁ……。

 ネネネが何て言うか。

 そう思ってネネネに視線を向ける。


「ウヘヘ、エルフがここに住むとなれば毎日媚薬を作ってもらってまおーさまにこっそり……クククク、これで毎晩、いえ、一日中フィーバーですの! ホーッホッホッホッホッホッホ!」

 凄い悪い顔してる……。

 お~い聞こえてますよ~。

 ってか住むことについては別にいいんだ。


「ダメ?」

 緑の瞳で俺を見つめるエメラダ。


「う……い、いやダメじゃないけど」

 あ、そんなに見つめないで、我慢できなくなっちゃうじゃないか、欲しくなっちゃうじゃないか!


「じゃあ、目をください」

「目は取れない」


「魔王しつこいっ!」

「ひいっ!」

 ラヴが投げたナイフが俺の頬を滑走し離陸する、そしてそのまま後ろの壁に突き刺さった。


「うぎゃぁぁぁぁ!」

 なんてことしやがるんだ! また血が出た……。


「いいわ、ここに住むことを私が許可してあげる」

 ラヴは投げたナイフを壁から抜くと、ナイフの腹を手の平に打ちつけパンパンと音を出す。


「文句はないわよね? 魔王」

「は、はいありません、どうぞ好きにしてください。むしろ住んでくださいお願いします」

 断ったら殺される勢いだぞこれおい。


「そう」

「……それはいいとして、親とかに言わなくていいのか?」

「今度言う」

 そうですか、まあ修行に出るのがエルフの常識みたいだし、これ以上は本人の問題だろう。


「それよりラヴ、ほっぺたが痛いんだけど」

「あっう、ゴメンナサイ……傷薬持って来るわ……」


「ああ、よいよいラヴリン」

 ルージュはおもむろに俺のひざの上に立ち上がった。


「アスタよ、ワシに舐めさせろ」

「えっ――」

 彼女は妖艶な笑みをこぼし、そして俺の傷口をペロッと……。


「……っ!?」

 うっひょォォォォ!! ハンパねェェェェ!! さいこーだァァァァ!!

 何がハンパなのか、何が最高なのかは、捕まるから言わないけど!


「あっ……くっ……」

 とにかく、痛いところに柔らかいものがニュルニュルと這い回って……ゾクゾクする。

 あ、やばい、変なところに着地しそう。

 いやしちゃったかも。

 新しい扉開いちゃったかも。


「ではネネネも失礼して」

「何してんだ!」

 当たり前のようにどこ触ってるんだよ……。


「何言ってますのまおーさま、舐めるんですのよ?」

「やめろ! お前が何言ってんだ!」

 さらっととんでもねえこと言いやがって。



「ったく、とにかく住むことになったんならあれだ……」

「どれじゃ?」

 あれだよあれ、分かるよね?


「恒例の――」

「高齢?」

「それは君のことかいルージュ?」


「降霊?」

「ネクロマンサーですか?」


「除霊?」

「やっぱりそっち系の人?」


「奨励?」

「何を!?」


「号令?」

「ぜんた~い進め!」


「オーレッ!」

「って違うよ! 恒例だ!」


「知っとるよ?」

「なんだよそれ、もうええわ」

「「どうもありがとうございました」」

 伝説のコンビ、新歓の前座をまかされたのだった……。

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