第9話 空っぽのロッカー

 次に記憶があるのは私は負傷兵と一緒のトレーラーで基地に到着したところからでした。どのようにしてあの場を離れ、トレーラーに乗り込んだのかまるで覚えていません。

 何故か私はエイムズが走り去った際に放置されていたカメラを持っていて、それから4日間ほど私は入院していたようです。大きな怪我こそなかったものの、私はショック症状のようなものを起こしていたようで意識が不明瞭な状態が続いていたのだそうです。

 当時何が起こったかについて、私自身断片的な記憶しか残っていないため経緯については現地報道の内容を転載します。


『反政府組織勢力圏内への浸透作戦はさしたる抵抗もなく当初の予定通りの地点まで進出し用地の確保に至るも、一発の弾道ミサイルによって後方迫撃砲中隊に甚大な被害を与える。このミサイルの誘導は鷲に取り付けられた発信機を経由する形で行われた模様。反政府組織組織からの攻撃はこの一発のみであったが、連合軍は当初のプランAを破棄し、プランCを採択。敵情把握を優先すべく部隊の即時転換を行った。

 本作戦に於いて、当方が受けた攻撃の精度は非常に高くまた、他に類を見ない方法であることから、反政府組織側に長期間の準備があったものと考えるのが妥当であり、現在情報を得ている武器、技術等の調達経路だけでは説明のつかない点が多い。

 反政府組織側に介入する国家、企業についても再度調査の必要があるという認識と、今後反政府組織が聖地奪還へ向けての攻勢を仕掛けてくる可能性についても検討が必要である。

 本作戦の司令長官として、優秀な連合軍兵士と民間人の犠牲を出したことは誠に遺憾なことであり、反政府組織に対する警戒をより強化し、連合国大統領へ本地域に於ける戦略要綱の大幅な見直しを具申した。』

(現地新聞に掲載された連合軍司令長官の報告:抜粋)


被害報告:訃報

歩兵連隊隷下迫撃砲中隊 第三小隊2班、3班、全員死亡、1班死亡1名重症3名 4班重症者3名、軽症1名

誤射による負傷 5名

民間人カメラマン1名死亡

(同新聞掲載の損害報告:抜粋)


 はっきりと意識を取り戻す事が出来た頃には既に葬送式は終わっており、ジャイリーン、エイムズ、ジミー達は荼毘に付され、あるいは故郷へと移送され家族の元へ無言の帰還した後でした。何一つ実感のないまま私は、スティーブ中尉、そして戦術研究会のメンバーであった司令長官から病室のベッドの上で報告を聞きました。


 その上で、今回私たちが記録していた映像、写真がこれらの検証、解析に多大な貢献をもたらしたとし、私とエイムズに褒賞を授与すると知らされたのです。

 私に気遣うように司令長官が優しく語りかけます。

「我々から出来る精一杯の御礼と友誼の証です。今どのような心情かはあなた自身にしか測れません。ですが、どうか主の元へ旅立った彼らの事を覚えていてあげてください。彼らと過ごした日々はかけがえのないものであったと」

 私はそんな言葉にも何一つ実感を得ることができず、ただぼんやりと返事をするだけでした。

 ただ、司令長官の隣で無言で立ち尽くすスティーブ中尉の目の奥が深く濁って見えたのが気になって仕方ありませんでした。

 退院しすぐさま帰途につく準備を進めました。

 本当はまだ取材する予定があったのですが、日本から引き上げるよう連絡があったのです。

 なんでも、鳥を使用した新型誘導兵器が使用されたということがニュースとなり、同時に紛争強度も引き上げられ、外務省からも渡航制限などが正式に通達されたのだとか。

 数日前から放送されるニュースを見ると、エイムズが撮影した鷲の画像が使用されていて、カメラマンの技量の高さとその死を惜しまれ、動物を利用した戦術やミサイルの誘導技術の高さ等も相まって様々な憶測と議論を呼んでいました。

 一方私の方が撮影していた映像はそのミサイルが直撃する一部始終を克明に記録してしまったために、軍に接収されているようで表には出回っていないようです。

 私は空になったメディアを返却されたのであの時何が起きたのかはっきりと思い出すことは出来ずにいました。ですが今考えると思い出さない方がどれほど幸せだっただろうと感じずにはいられません。

 日本へ帰る前に、ジャイリーンが居た隊舎に立ち寄ると、元々私物なんてほとんど無い相部屋が、綺麗に片付けられていて、ロッカーの中身は空っぽになっていました。

 私自身何を求めてここに来たのかは判らず、しかし、そんな有様を見るとジャイリーンという存在がまるで最初から居なかったのではないかと思えてしまい、背中に寒気を感じました。

 ジャイリーンの思い出を手繰り寄せるようにベッドのそばに行けば、座って靴を磨くジャイリーンの姿が目に浮かびます。立ち上がってロッカーの側に行けば、そこに保管していたチョコレートを私に手渡す姿を思い出すのです。そしてロッカーに備え付けられた手鏡を見ながらリップを塗る姿がそこにあったはずなのです。


 いつも彼女が使っていた手鏡を手にとって眺め、何気なくそれを裏返してみると、そこにジャイリーンの在りし日の姿を見つけてしまいました。


 エイムズとキスを交わすジャイリーンのプリクラが貼られていたのです。


 その時初めて、二人の死を実感しました。涙が勝手に溢れ出して止まらず、体が自分のものでないように勝手に崩れ落ちて涙が止まりませんでした。

 

 その日帰途に着くことができませんでした。


 翌日、私は許可を貰い街に出て花束を買って戻り、遺体安置所に向かいました。

 そこには祭壇があり、戦死者の顔写真を一定期間飾ることになっているのです。司令長官を始めとする戦術研究会の面々が立ち会ってくれました。エドワードも、もういない、ジミーも、ムラージも。いつもジョーク交じりに私と話していた面々がただの写真となって私と向き合っています。


 スティーブ中尉は戦後処理が大量にあるため立ち会うことが出来ないと………祭壇にはジャイリーンを始めとする2班、3班の面々に加えてエイムズの写真が飾られています。エイムズの写真はパスカードに使われた証明写真を引き延ばしてあるようです。

 私は花束を小分けにして集まった人達に配り、私のやり方だが献花を行い手を合わせて黙祷しました。

 続いて兵士たちが各々花を供えて祈りを捧げていきます。手を組んで祈る人、十字を切る人、祈り方は人それぞれ。

「お時間いただき有難うございます」

「こちらこそ、エドワードやジャイリーンたちも喜ぶことでしょう」

 そう言って、司令長官はメダルの入った箱を私に渡した。

「略式でお渡しするご無礼をお許しください。貴女の今後の人生に神の導きそして、共に過ごした仲間たちの加護があらんことを祈ります。一同敬礼」

 一糸乱れずその場にいた参列者が私に敬礼したのです。私は深く頭を下げてそれに応えました。


 こうしてグルジスタンでの取材活動は幕を閉じたのです。

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