1-2:昔と青春と自己中JK、なお冷麺屋にて。

 辻先生の愛車に乗って連れてこられた先は冷麺屋だった。冷麺屋というのはあらゆる層の腹に優しい。冷麺はもちろん、米に焼肉にサラダにビールに、マッコイ、パフェやアイスまで置いている。ガッツリ食べたい学生には焼肉と米を、家族連れには人数分の冷麺を、中年には酒をやっておけば大抵、各々の腹は満たされ、しあわせいっぱいで家に帰れる。が、その分冷麺屋に通う生活が出来てしまうと皆一様に丸く肥えていってしまう。……目の前の太っちょ教師のように。


 「もぐもぐ……沢城はそれだけでいいのか?」


 「先生みたいなグールマンの腹と女子高生の腹とを一緒にしないで下さいよ……」


 辻先生の前にはたくさんの種類の肉と野菜のプレートがところせましと並べられていた。


 カルビに豚トロ、ホルモンに、ソーセージ、あとギ、ギ……ギ〇ス?何だっけ、牛の胃ってのは知ってるんだけど……それと野菜も合わせてそれらが並べられたテーブルはもはや壮観。やだわ、先生すごい幸せそう。そして、トングで肉をつまみ、網にセット イン、いい焼き具合になったところであせらず、丁寧に肉を噛み締めていく。大食いで、太ってる辻先生だが食べ方がやたら綺麗で幸せそうに肉を一枚一枚口に放る姿は美しささえ感じられた。焼肉奉行を通り越して焼肉ジャンヌ・ダルクの風格さえある。まあ、ジャンヌ・ダルク太ってなかっただろうけど。


 私はというと、冷麺を一杯と、先生の肉をちょこちょこつまんでいた。


 あ、お腹のことじゃないよ? 焼肉のほうだよ?


 自分の分と先生の分とを見比べてみるとその量の威圧感に押し潰されそうなまである。ついでに言えば、先生からのしかかりを喰らえばマジで押し潰される。


 さわしろ は めのまえが まっくらに なった!


 ほんとなんでそこまで太っちゃたんだよ……


 冷やかし半分と前々から素直に疑問に思っていたから聞いてみることにした。


 「先生私が小学校の時はあんなにスマートで綺麗だったのになんで太っちゃったんですか?」


 今更確認することでもないが私、沢城遥が辻先生のクラスの生徒になるのはこれが三度目だ。一度目は小学五年生の時、二度目は小学六年生、そして今回が三度目だ。辻先生は元々私が通っていた小学校の教師だったのだが私が卒業してからの3年間、どのような方法をとったかは知らないが高校の社会科の免許を取得し、現在私が通っている私立楓原かえではら高校へと赴任してきたという異色の経歴を持つ。

 

 そして、私が小学生の時の辻先生は紛れも無い美人だった。


  白のワイシャツに紺のスーツを着て廊下を歩く子顔かつ高身長で誰に対しても優しいその姿は正に男子の憧れる女教師そのものだった。多分、私のクラスの男子全員の初恋の相手は先生だったと思う。実際、何度か告白もされてたみたいだし。


 「んーー……あの頃は若いということの貴重さを分かってなかったんだろうなあ、後先考えずやりたいことをやって、食べたいものを食べるだけ食べて、自分に甘々になって、30を回った頃にはいつの間にかこんなことになってしまった。ほんと、それだけだよ。」

 

 「え、先生ってあの頃から今みたいな食生活してたんですか?」


 「そうだが?」


 若さって恐ろしい……うちの親や世のおじ様、おば様方曰く「人間は30になってから太る。」なんて言うのを、今まで冗談半分で聞いてたが、まさか辻先生ほどの美人が……ひえええ。


 「まあでも太ってからは男子から相談を受けたり、笑いのネタにされたりして生徒との距離は近くなったな、当時は自分で言うのもなんだが見栄えは良かったからどんなに愛想よくしても生徒からは敬遠されるところがあって……そういう意味では女としては損をしたかもしれないが教師としては得をした。だから今は教師の仕事が本当に楽しいよ。」


 そう語る辻先生は本当に楽しそうだった、若さを知らなかった昔を思い出し、先生として楽しく生きている今を語り、こうして、生徒と焼肉を食べることが本当に楽しそうだった。この人はいつでも何にでも一生懸命に取り組んできた。……すごいなあ、やっぱり。

 

 「で、改めて聞くが、ワードソフトのテンプレ挨拶文のような感情のかけらもないあの調査票はなんだ?」


 ドズゥ、私の腹に言葉のボディーブローが突き刺さる。


 さっきの話を聞くまでだったらごまかすことも出来るのだろうが私は目の前に座っている今を懸命に生きている教師の姿を確認してしまった。今それをやったら自分という人間ががとても小さくなってしまう。そう思ってしまったが最後、もう本音を言うしかない。

 

 「……あの調査票に書いてあることは本心です。勉強だけの冬休みなんて確かに味気ないとは思いますが、私は誰よりも勉強しなくちゃいけないんです。」


 まず、言ってみた。


 「ふむ、ではそう思う理由は?」


 「…………私、高校は本命が四ッ峰だったんですけど、落ちて、楓原に来たんです。」


 「ほう、名門だな、確かに沢城の学力なら受験を薦められてもおかしくはないだろう。だが、君は、落ちてしまったと。」


 改めてその事実を確認させられてしまうとやはり辛い。今でも思い出すだけで無理やり押し込んでいた悔しさと悲しみが溢れ出しそうだ。


 「それで、君はどうしたね?」


 辻先生は話を続ける。


 「……合格発表の時、落ちてしまった事実が耐えられなくなってその場で発狂してしまったんです。四ッ峰狂女の変よつみねきょうおんなのへんって先生も聞いたことあるでしょう?」


 「ふむ、その話は私も生徒づてに何度か聞いたな、確か四ッ峰の合格発表で発狂した長い髪の女子生徒がいたとかなんとか」


 「あれは私のことなんです。」


 辻先生は少しびっくりしたようだった。普段の私は時間があればおとなしく勉強しているようなガリ勉人間と言うこともあるせいか、私が発狂することが想像できなかったのだろう。


 あの日の私の荒れようはSNSで写真つきで拡散され、誰かがクーデター染みた名前をつけたせいか、4月に入ってからしばらくの間、県下の中高生の間で噂になった。


 親が変に意気込んで用意した中学生用のスーツを着ていったのと、入学式には髪を切っておいたおかげで身元は特定されなかったのが不幸中の幸いだった。

 

 「それで、君が勉強しかしなくなってしまうようになってしまったのはどういうことかね?」


 「…………結果を知ってから30分くらい経ってから現実を整理し始めたんですけど、私その時、近くのベンチに座りながら事を整理してたんです。」


 「ほう」


 「で、そこまでは他校の男子二人に運んでもらったんですけど、運んでもらったときにその男子二人を突き飛ばしてしまったんです。」


 「なるほど、して、それはどういう訳でだ?」


 「………………プライドが耐えられなかったので」


 今にして思えば本当に最低なことをしたと思う。名前も知らない、特に顔がいいわけでもない発狂した女子一人を見返りを求めずその男子は優しく運んでくれた。本当に心優しい人に助けられ、選択肢を間違っていなければもしかしたら私が救われる道もあったのかもしれない。相手の善意に笑ってお礼をすることも出来たのかもしれない。だが、私はその善意を踏みにじり、その善意そのものをなかったことにしてしまった。本当に最低だ。

 

 「なるほど、君にとっては辛い事実だったとは思うが、褒められたものではないな。そこは、反省すべきところだろう。」


 辻先生は1秒たりとも私から目をそらさずに真剣に、私の最低な過去話を聞いてくれていた。そのことが本当に嬉しくて、辛い。


 「…………それで、その男子二人を突き飛ばしたって事実が四ッ峰に落ちたって現実と一緒になって襲ってきたんです。それで……」

 

 次に、言わんとしていることを言えばおそらく、いや、絶対辻先生は必死に叱ってくれるんだろう。辻先生はそういう先生だ。だけど……いや、言おう。


 私は辻先生の目を見つめなおし、はっきり告げる。


 「私は駄目人間だって気づいてしまったんです。」


 


 辻先生は何も言わない。私は聞いて欲しい気持ちと叱って欲しい気持ち半々で話を続けることにした。


 「自慢じゃないですけどガリ勉の私が人生で一番勉強してそして、落ちた。しかも助けに入った人の親切心を無駄にしてって、考えるまでもなく最悪じゃないですか、それで一人泣きながらベンチに座ってるって惨め過ぎるでしょう?」


 「……それで、そんな自分の姿を見て自分は駄目人間だと?」


 「最初はもしかしてと思ったところからだったんですけど事実を確かめていくにつれてそうとしか思えないようになってきて……」


 「だがだ、要はそれは思い込みだろう?」


 「最初は、ですけど」


 「……つまり、君は絶対に間違っている駄目人間という偽りのレッテルを自分の過ちから分かっていながらも無理矢理貼り付けている。そういうことかね?」

 

 「……それで合ってると思います。」


 多分、合っているのだろう。いつかはこの問題を解決する日がやってきてやっぱり辻先生の言うそれが正解だと改めて気づくのだろう。ただ、とても今の自分を駄目人間じゃないだなんていうことは出来ない。私は、屑だ。絶対に間違いない。それだけは曲げたくない。


 「……君のそれはただの自傷行為だ。過去の過ちをいつまでも引きずって自分で自分を苦しめている。」


 辻先生はそう言ったところで言葉を切る。叱られる気持ちで話し始めたのにいつの間にか同情され、諭されている。


 「友達を作らないのは自分には友達を作る資格がない、屑だからそんなことを望むことすら思ってはいけない。だから、クラスメートには自己中心的な振る舞いをして無理矢理避けさせている。そうだな?」


 「はい。」


 私には友達がいない。クラス内では自己中女として通っている。遊びの誘いを勉強してるから話しかけるなとかそういう風に断ったりそういった自己中な振る舞いをしたのは最初の1ヶ月ほどだったのだが、それでも私という人間を位置づけるには十分な時間だった。それを繰り返しているうちに見事に誰からも話しかけられなくなった。もしかしたら友達が欲しかったと思ったこともあったかもしれないが、そんな思いはとうに消えた。

 

「私は君を救ってやりたい。だが、私の言葉では君を救ってやることが出来ない。」


 辻先生は結局最後まで私を叱らなかった。そして、ただ、一言。


 「…………肉、食べなさい。」


 辻先生はそう言って肉を網に載せてくれた。

 


 

 

 

 

 

 

 

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