1-1:お呼び出し
1-A担任の
だからこそ、今こうして職員室に呼び出されている現状が少し不思議だった。
もしかして3つ目の志望校の欄に音〇木坂学院と書いてしまったのが気に食わなかったか。ちくしょう!とも思ったがそれは私の後ろの席の
そんなことを考えている間に辻先生は私の予定調査票を読み終わり、小さく、長いため息をついた。
「なあ
「どうって……自分で言うのもなんですがまともな内容だと思いましたよ、ちょっと堅いかもしれないですけど」
「堅いなんてものじゃないよ、堅すぎるよ、お前ほんとに女子高生か?」
「はあ」
私がそういうと辻先生はうーーと、唸りながら腕を組み、背もたれに背中を預けて天井を見上げる。
辻先生の肥えに肥えた体に年季の入った事務椅子の背もたれが堪えられるか不安だったが辻先生が姿勢を直すと同時に背もたれは元気よく元の状態に戻った。
名も無い背もたれのおかげで今日も辻先生は救われていることをこの世界でたった一人、私しか知らないーー。
そんな背もたれのSSを考えていたら辻先生の指で机を叩く音で我に返る。
「なんというか……お前は女子高生らしくないなあ……」
「……まあ、自覚はありますけど」
「でだ、沢城は友達いるのか?」
唐突に友達がいない人間にしか質問されない問題を投げかけてきた。聞かれた以上、答えるしかない。
「いないです。」
「なぜだか分かるか?」
「人を避けてるからです。」
正直に答える。ここで嘘をつくのはどこか卑怯な気がした。
「ふむ、その件に関しては後で改めて聞くとしてだ。」
その後というのはどのくらいの後なのだろう。学生・社蓄特有の帰宅センサーがビンビン反応する。
「彼氏もいないだろ?」
これまた唐突だった。
「いない前提で話さないでくださいよ……まあ、いないですけど、というか作る必要も無いですし」
「彼氏が必要ないって…さてはお前、百合の気があるのか!?」
「いや何言ってるんですか……てか、間違っても先生は私のこと押し倒さないでくださいよ、押しつぶされて圧死しちゃうんで」
「あっはっはっはっは、調子のんなよ、小娘が」
そう言ってる先生の目は本気だった。
「すいません、どこを直せばよいでしょうか」
次からかったら渾身の張り手が飛んできそうだったので私は姿勢を直して先生に聞く。
「直すっていうか……いや、悪くは無いんだけどさ、さっきも言ったけど女子高生らしいというか……そういうフレッシュさがないんだよ、真面目の押し売りって感じがする。実際お前も読んでてつまんないって思うだろ?」
「……でも真面目というのは決して悪いことではないでしょう?」
「そうだな、真面目というのは、すばらしいことだと思う、実際、私も真面目なお前のことは優等生だと思っているし、ただ……」
「ただ?」
「お前の場合は真面目が過ぎるんだよ」
言われて、ああそうだな、と思うことしか出来ない。事実、私は真面目だ。『真面目』という言葉が全ての人に対して決していい意味では使われないということも理解しているつもりだ。
実際、辻先生の言わんとしていることの方が一般ウケは良いのだろう。
ただ、それでも……何とか言い返したい。
真面目……真面目ねえ……
うーーん……駄目だ、言い返す言葉が出ない。ここは先生に身を任せるか。
「あぁーー……あーー……まあなんとなく言いたいことは分かるんですけど何をどうすればいいか……」
「簡単だよ、人と交われ」
はあーー……
出た。こういう類の言葉が出るから何とかして言い返したかったんだよ。
「沢城は帰宅部だったよな?」
「はい」
「家に帰ってからは何をして過ごしている?」
「勉強です」
「昼休みは何をしている?」
「勉強です」
「最近いつ×××した?」
「先生、それは本当に引きます」
「ふむ、引っかからないか……私としては答えを言う瞬間に『って言っちゃうんかーい!』というワンセットの流れをしてみたかったんだが……で、最近いつ……」
「先生」
強めに言ったら辻先生はやっと口を閉じてくれた。
こういうノリでやる下ネタトークは本当に嫌いだ。いつか新入社員だけの飲み会でこういう展開があるのかなと思うと吐き気がする。
「ごめん、今のは本気で悪かった。」
「そんなんだから結婚できないんですよ……」
ついでに言えばストレスなのか便秘なのか知らないがその白のワイシャツから今にもはち切れんばかりに肥大した腹も問題の一つだろう。全く、幸せ太りでもないのになんでそんなに太っちゃったんだよ……「何ヶ月ですか?」とか街行く人に尋ねられているであろう辻先生の日常を想像してしまう。……………………グスン。
「本題に戻るが、君はなぜわざわざ高校に来て勉強する意味が分かっていない、なぜ、自分以外の人間と同じ空間で勉強するのか、何のためにクラスメートや友達という脇役がいるのか、分かっているとは思うが、改めて考えてみてくれたまえ」
この手の話は言い訳をすればするほどそこをつけこまれて終わりが見えなくなってしまう。放課後までこの時間が食い込むのは避けたい。………………よし、嘘つこう。
こういうお説教を切り抜けるためのセオリーは下手に逆らわずに先生の主張を真っ向から肯定することだ。
こころからおーきな声ではーいって言おうね!
「分かりました、先生の言うことを信じて自分なりに頑張れるところからやってみようと思います」
「よし、分かった。それじゃあもう出ていいぞ」
いえーい終わった!せっきょうタイムなんて5秒でじゅうぶん!
ふう、ようやく開放された。私はお説教の締めくくりに以後気をつけますと言い、礼をする。最後の最後に雑にならないよう、深々と頭を下げ、つむじが先生と向き合ったであろうところで頭を上げようとする。ゆっくりと、ゆっくりと。
「うむ、丁寧でよろしい、それじゃあ鍵を渡しておくから一足先に私の車の助手席に乗ってな、ナンバーは××ー××だ。続きは私の行きつけの店でやろう。顔見上げ続けてると汗かくし、何より腹が減った。」
見抜かれてた。トゥデイズ アフタースクールライフ イズ ロスト。訳は間違っているかもしれないが今はそこは気にしない、適当だし。
顔はまだ上げず、床に向けたまま、先生に見えないところで歯軋りをする。あーーほんとイライラする。てか自分の腹事情に生徒を巻き込むんじゃねえよ……
仕方なく私は顔を上げて軽く会釈し、職員室を出る。
まだイライラが収まらないが、飯を奢ってもらえるというメリットを私の心に意識させることで落ち着かせる。
……うん。大丈夫、私は得できる。得できるならそれでいい。
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