エピローグ

愛車を駐車場に停めると車を降りる。右手には仏花の花束、左腕は先日ギブスが取れ、今は包帯を巻いている。まだ重い物を持つと痛みがあるので、左には線香だけを持ち、春の暖かな日差しに照らされた石階段をゆっくり下りて行く。

線香の香りがふんわりしてくる。この香りは白檀の香りだろうか。次来た時は違う香りの線香を持ってきてあげよう。


久々の墓参りにも関わらず、ここの住職は石を綺麗に掃除してくれていたようだ。花は飾っていないないが、汚れ一つなく家族の墓は春の日差しに輝いていた。


「父さん、ひさしぶり」


花瓶に花を生けながら墓石に話し掛ける。今日は父が好きだった紅茶も持ってきた。よくデスクに置いておくんだ、と言っていた甘い香りのするピーチティー。父は風格に似合わず意外も女子が好むような物が好きで、よく家族に笑われていた。


「父さんの好きだった紅茶、持ってきたよ。遅くなってゴメンな」


持ってきたコップに紅茶を移す。父だけでなく、母と弟の分まで注ぐと、線香に火をつけコップの隣に置く。


「父さん……正義ってなんだろうな」


不意に出た言葉は虚しく空を舞う。

警察は正義を売らなくてはならない。民衆の秩序を守る為、法に則った正義を必ず通し抜かなくてはならない。それが不本意であったとしても。各国の独立などで民衆と政府が対立する時がある。警察はもちろん鎮圧しなければならないが、それは警察官一人一人が考え行なう行為ではないかもしれない。上から通達された命令を素直に聞き、機械のように動く。

こんな毎日に疑問を持っていた。

父は正しい事をして殺された。正義を全うしたのにも関わらず殺されたのだ。そんな相手に法は無力だ。

しかし、自分善がりの正義を全うするにはそれだけのリスクがある。何かを犠牲にしなければ大役は果たせない。

テロに巻き込まれた突入部隊、捜査員、新藤、神田…….それだけの犠牲を払ったのにも関わらず深山は逃げた。

正義を何処まで追っていいのだろうか。どこまで自分の意志を通してもよいのだろうか。


「父さん。俺、東京支部の支部長に抜擢されたんだ。今から着任式なんだ」


先日一本の通達が来た。

『高橋蓮殿、あなたを次期東京支部支部長に任命します』

神田が就いていた特捜部長と兼任で、春から東京支部長になるという通達であった。

最年少での支部長就任。自分が就任してもいいのか悩んだ。自分は明らかに適任ではない。

何故か。自分は殺人を犯した。法を犯した。

拘置所の中で刑期を待つべきである人物が東京の、いや国をも背負う東京支部の長になろうとしている。


深山が失踪してから3ヶ月。彼は様々な物を残して行った。

まず彼のデスクにはアテーナの連続殺人事件に関して、犯人はアテーナの一味であると決定付けていた。改ざんした分析結果だという事を知っているのは今や高橋だけ。深山は高橋を犯人だと気付いていたのにも関わらず、アテーナの内部犯行による事件だったとし今後の捜査の必要はないと断定していた。

そして神田の死は、深山の犯行だと決める明確な証拠が無かった為、職務中の事故として殉職扱いになり、真実は闇に葬られた。高橋の証言は鎮静剤を投与され精神の錯乱が考えられる事により、決定的な証拠として認められなかったのだ。全て一連の事件はアテーナの犯行と認定され、全て明かされる事は無かった。

深山は以前から決定していたアメリカへの留学という名目で、科学班から解任されたと支部内では落ち着いていた。「惜しい人材を無くした」そのような声があちらこちらで聞こえたのも皮肉な話だ。


防衛省や国の方針によりこれ以上、深山の失踪と連続殺人事件、神田の死に関して深入りする事は禁じられた。ある意味お蔵入り。

東京支部の支部長に任命されたのも、自分への口封じの意も混めての人事だろうと高橋は踏んでいた。『支部長になるからには個人的な行動は慎んで欲しい』そう暗黙で言われているようなものだった。


「また自分の正義を貫く事が難しくなったよ。でも、今度は誰かを救えるような刑事になりたいって思っているんだ」


線香の煙がふわりと過る。青い空に一筋の糸が溶けていった。






「高橋蓮君、前へ」

「はい」


壇上で名前を呼ばれる。隣で志摩が「しくるなよ」と小声で囁く。こんな時にまで冗談を言うなんてなんて奴だ。緊張を落ち着かせる為に少し息を深く吐く。

東京支部支部長着任式。史上最年少での抜擢という事でメディアでも取り上げられていた。カメラのシャッターがあちらこちらで鳴り響く中、中央のカーペット上をゆっくりと歩く。

防衛省大臣と警察署長が壇上からこちらを見る。東京支部の職員だけではなく、関東、関西全域の警察署長が駆け付けているらしい。皆の眼差しを受けながら壇への通路を歩く。

ここにいる皆の熱い視線が刺さるのを感じる。この人なら支部を引っ張って行けるだろう、そんな期待でこちらを見てくる。


皆、知らない。自分が殺人犯だという事を。

騒がせていた連続殺人犯の犯人だと。

自分は偽りの仮面を付けているのだと。


壇上に上がると証書を受け取るため長官の真向かいに立つ。


『TWO FACE』刑事であり殺人鬼である自分。

そして今日、東京支部支部長という新たな仮面が増える。


「高橋蓮君を次期東京支部支部長に任命する」


警察庁長官の声がマイク越しに響く。


証書を受け取ると拍手が巻き起こる。証書を脇に抱えると後ろを振り返る。そして会場を埋め尽くす自分が背負うべき部下を一瞥した。


中継のテレビを見ながらつい先日まで「相棒」と呼び合っていた相手に、ついエールを送りたくなってしまう。違う場所、違う時に出会っていたら自分たちはいい友人になり得たかもしれない。そう思うのは自分だけではないと自負している。聡明で勇気があって、そして部下を上手く率いていくことのできる新署長に日本では大きな期待があるのだろう、異国の地にいても彼の名前を聞くことがそうそう少なくない。次に会う時はお互いどのような仮面で出会うだろうか、それだけがこれからの楽しみだとも思える。


さて、この「新たな顔」はいつまで続くだろうか。



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TWO FACE 深夜シン @synY

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