謹厳実直

 イングリットの痕跡は、彼女の得物だけだった。

 細く白いその剣は、まさに彼女を現しているようで。

「……余計なことをしてくれた。でも……ありがとう、と言うべき、なのだろう……」

 心中色々なものを抱えながら、ミストはその剣をヨルム市の墓に、そっと納めた。

 私がもっと話をうまく運んで、彼女に精霊の加護ブレスを移せていたなら……。

 隣でフィレンは黙して語らない。ただじっと剣を見つめている。

 墓守たちが墓石をかぶせ始めた。

 それを見届けて、もう一度黙祷をささげる。

 黙祷を終えたころにはもう墓守たちはいなくなっていた。あとは自分たちで死者を弔えということなのだろう。

 接点なんて少ししかなかった。

 それなのに彼女は命をかけた。

 こんな形で救われて良いのだろうか。

 心境は複雑でしかない。

 素直にありがとうなんてフィレンは言えない。

 なんて莫迦ばかなことをしてくれたんだと、ただただ困惑している。

「……私より背が高くなるなんて生意気だ」

 ぐるぐると重苦しい思考を重ねていると、脈絡なくミストがそう言った。

 この場に似合わぬ茶化しに聞こえて内心失望したが、見やったミストは無表情というより、何か重いものを含んでいるように見える。

 彼女が言葉を重ねる。

「またお前に会えるとは、思っていなかった」

 しみじみとした内容のはずなのに、温度のない声。

 昔と変わらずあまり表情の変わらない彼女が、何を意図して喋っているのかは正確にはわからない。

 けれど内に苦し気なものが見えた気がした。

 そしてきっと、気持ちを切り替えなければならないと気を張っている。

 だから、わざと茶化すようなことを言ったのだろう。

「……あの子の命と引き換えに、この命をもらったんだ……私は、この身をかけて魔神を倒す。そして人間の殲滅なんて絶対に防いでやる……お前も来るか?」

 最後の問いは、フィレンもイングリットの献身を反故にはしたくないだろうと思ってのことだろう。

 もしそれが、せめてもの恩返しになるならば。

「当たり前だ」

 フィレンは、硬い覚悟を込めてそう言った。ミストも、似たような表情で頷いた。

 墓地にはただ、爽やかな風が吹き抜ける──。

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深緑に熔ける靄 千里亭希遊 @syl8pb313

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