新たな展開

新たな展開


女性の警察官がしゃれた茶碗にお茶を入れて持って来た。

由里はその茶碗を見て今度ネットで調べてみようと思ったほどだ。

やはりテレビでよくある殺伐とした男臭い刑事ドラマとはまるきり違っていた。

それもそうだろう、テレビドラマの刑事はやはり眉間に皺を寄せて悪に敢然と立ち向かうからこそ刑事ドラマなのだ。


「これが雅さんがおっしゃてた劉虎という、ご主人の実家にあった骨董品ですか?」

脇田は写真の漆黒の虎をじっと見つめて言った。

彼の数少ない趣味は骨董品集めだったから、よほど興味を抱いたのだろう。

「写真で見る限りこれはかなり値打ちがあるもののように見えますな。目元の掘りも実に細かく彫られているし、戦時中に中国の豪商から譲り受けたというこの虎の彫刻は本物のようですな。第一劉璋という彫刻家はアマチュアの私でも知っているくらいですから。」

いつもはそんなに口数の多くない脇田も、こと骨董品となると饒舌になるようだった。


「お待たせしました。」

そう言って寺井が鑑識の人間を連れて応接室に入って来た。

「雅さん、もしこの虎の彫刻がご主人の実家にあったものなら、重要な手掛かりになるはずです。鑑識を呼んで来ましたのでさっそく分析にかからせます。」


由里は寺井が連れてきた鑑識の担当者に、島根で聞いた劉虎にまつわる話や、島根から送ってもらった写真と吉田からもらった写真を示しながら、自分なりに分析した特徴について詳しく説明して行った。


「リョウタ、またすごい発見したのネン?あなたまた念力送ったんじゃないでしょうね?」

サヨリがリョウタに問い詰めて来た。

「いやこれはユ・リが自分で見つけ出したんだ。」

リョウタは誇らしげに答えたが、彼はまだサヨリたちに、テロップを介して由里と会話ができるようになったことは伝えていなかった。

生者と意思を交わすことに反対のサヨリたちが知ったら何を言われるか分かったものじゃないし、今は誰もこの事実を知らない方がいいと思ったからだ。


これは由里の側でも同じで、誰にも伝えていないし、第一信じてもらえるわけもなく、精神科に行くことを勧められるのが落ちだからだ。


鑑識官は由里の説明を調書に書き留めると、写真を持ってさっそく鑑識に向かった。


「雅さん、またお手柄ですね?」

寺井は無精ひげがかなり伸びた顎をさすりながら言った。

「実は我々も黒田洋蔵について新たなことを突き止めました。」

「突き止めたというよりもどちらかというと私たちの失態に近いと思うがね。」

脇田は寺井をちらっと見て自嘲気味に笑った。


「と言いますと?」

由里は怪訝そうにいうと二人の刑事を交互に見た。


それには寺井が答えた。

「実は以前雅さんが水槽から発見された金のネックレスの製造元のメリー・パリジェンヌの社長は黒田洋蔵と遠い親戚筋にあたることが分かったのです。あの金のネックレスは黒田洋蔵の誕生日に贈られたものでした。つまり我々から容疑者の関係者に捜査情報をすすんで提供してしまったようなものです。今メリー・パリジェンヌの社長を参考人として任意聴取しているところですが、黒田からはネックレスが盗まれたと言われたと言っています。」

「我々はそのネックレスの鑑定を依頼しただけで、出所については何も言っていなかったのですが、見てすぐに黒田の物と分かったのでしょうな、黒田に何か不都合なことになると感じたんでしょう?」

脇田刑事が続けた。


状況からすると黒田洋蔵が容疑者である可能性が最有力と言えるが、黒田がメリー・パリジェンヌの社長に言ったように、本当にネックレスが盗まれたのであれば誰かが黒田に罪を着せようと考えた可能性もある。

第一、物的証拠を残すならもっと目につくところに残すはずである。


そもそも肝心の動機が不明なことから、裏付け捜査はより慎重に行わなければならなくなった。


しかし、幼い頃良太が跨った虎の写真と、カメラマンの吉田が撮った虎の骨董品が同じものであることが分かれば、雅良介と黒田洋蔵を結び付ける重要な証拠となり、それを隠した黒田に何らかの事情があることは確かで、事件解明の重要な糸口となることは明らかである。


リョウタは寺井たちとのやり取りを由里の意思を通して聞いていた。


「えっ?あのトラさんリョウタの実家にあった置物だったのン?」

サヨリが言った。

「まだ分かったわけじゃないけど、俺も最初にコ・ク・ヨ・ウの応接室であれを見たとき、どこか見覚えがあるような気がしたのは事実だ。」


「コ・ク・ヨ・ウのク・ロ・ダ社長はなぜリョウタに、リョウタのお父さんと知り合いであることを隠していたのかしら?」

ミドリの疑問にリョウタは答えた。

「それも、あの虎がリ・ュ・ウ・コであることが分かってからだな。もし違えば単に大阪の梅田に住んでいたというだけの偶然かもしれないのだからな。」

「そうかあ。」

ミドリはリョウタが高校生の時に付き合っていたみどりと同じような返事を返した。



寺井刑事は由里にこのようなことを言った。

「雅さん、我々はこの写真を持って島根に飛び、雅良太さんのお母さんにこれを見ていただこうかと考えていますが是非ご協力いただけませんでしょうか?」


由里はさっそく島根の義母に電話をかけた。

由里から例の写真のことを聞いていた淑子にしても、息子が殺された事件の捜査に協力できることは望むところであったのは言うまでもない。


もし黒洋の応接室で吉田が撮影した虎の彫刻が劉虎なら義父良介と黒田が結び付き、ネックレスが黒田の物であることも併せて黒田社長を重要参考人として取り調べること十分可能だ。


更に社内機密で寺井たちにはまだ話していない黒田と謎の男の電話でのやり取りのことを知る由里にとっては、更に容疑を深める十分な理由があった。


しかし、肝心の動機はまだ何もわかっていないのも事実であるが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴースト刑事(デカ) マスP @Master-P

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ