ジレンマ
「あれは劉虎だったのか?」
リョウタからのテロップに由里は間違いないと答えた。
「俺も島田から黒洋の担当を引き継いで最初に挨拶に行ったとき、虎の置物を見たけど、あれはやはり劉虎だったんだ。似ているなあとは思ったんだけど。でも劉虎がなぜ黒洋の応接室に会ったんだ?」
リョウタの言葉に由里はこう返した。
「お義母さんにあの写真送ってもらって、警察の鑑識で調べてもらったらどうかと思うの。」
リョウタもすぐに同意した。
「ただ私・・・・・・」
そこで由里はテロップを止めた。
「ただ私・・・、何だ?」
リョウタが訊き返して来た。
「ただ私、ひとつ引っかかっていることがあるの。黒洋と劉虎が関係しているなら、きっと黒田社長とお義父さんとも関係しているんじゃないかしら。ううん、きっとそうよ。でもそうだとしたら、黒田社長はなぜあなたに黙っていたのかしら?」
「それは黒田社長にとって親父とのつながりは、何か都合の悪いつながりだという事だな。もしかしたら今、由里が関わっている例のスキャンダルとも関係があるのかも知れないな?」
「私もそう思う。録音じゃ堂海と黒田洋蔵が関わっているって言ってたし。あの二人が大阪にいた時って、お義父さんが大阪に行った時と同じ頃だもの。その時、何かの事情でお義父さんが劉虎を家から持ち出して売ってしまったんじゃないかしら。」
「そのことをお袋に何も言わないという事は、親父にも何か都合の悪いことがあるんだろうか?」
「今はそう考えるしかないわね。でもお義父さんが何か法に触れるようなことをするとは、私にはとても思えないわ。」
「俺もできればそう信じたいが、親父が秘密にしていた以上疑わざるを得ないな。」
「でも良太さん。劉虎が黒洋にあったという事は、劉虎を買い取ったのは黒田社長ってことよね?」
「相当な値打ちのある骨董品を買い取ることと、堂海とのスキャンダルとどう関係するんだ?そもそもあの頃まだしがない興行師をやっていた黒田社長に、そんな高額なものを買い取る余裕があったんだろうか?」
「そうね。黒田社長がお義父さんから劉虎を買い取ってくれたか、安く巻き上げてしまったかという事は、都合の悪い事情はお義父にあったってことになるわね。」
「親父の奴、一体何をしでかしたんだ?」
「でも良太さんちょっと待って。例の録音で男は、発覚すれば堂海と黒田社長が破滅するようなことをやったって脅迫してたのよ。これはどうなるの?」
「そうだな。もしかすると黒田社長は何かの都合で金が必要になり、弱みを握っていた親父に金目の物を出させ、それを売ってかたを付けたという線が強いってことになるんじゃないか?」
生者と死者の長いテロップの交換が続いていた。傍から見ればひとりの女が部屋の中で、何か一点に視線を置き、ただじっと座っている光景に見えただろう。
だが由里からのテロップが届かなくなったので、リョウタはしばらくして訊いた。
「由里、どうしたんだ急に黙って。」
「ごめん。私ちょっと最近ジレンマを感じているの。」
「ジレンマ?」
「そう。劉虎のことやお義父と黒田社長との話、そして黒田社長と堂海を脅迫していた男の話、みんな寺井刑事に調べてもらえば、何かわかるかも知れないし、もしかしたらあなた殺人事件の犯人がわかるかも知れないと思うんだけど、このことって極秘事項なのよ。話してしまえば情報が外部に漏れ、社運を賭けて内偵しているアミューズとの誓いを破ることになるのよ。いくら警察に守秘義務があると言っても、捜査が進めばやがて公になってしまうもの。」
「俺殺人事件で、俺の周りにあることで一番怪しいことだからな。あれだけ方々を捜査しても出て来なかった有力な情報が、由里から知らされれば、寺井刑事はきっと興味以上のものを持つだろうな?」
「でも宣誓書まで書いているのよ私。だけど、これとそれとは別で、警察にはすべて話してしまうべきじゃないかって気もするんだけど。」
「そうだな。企業と公との板挟みってやつだな。後はアミューズが警察を出し抜いて大スクープを発表してくれることを望むしかないな。」
「そうなの。」
しばらく考えてリョウタはこのようなテロップを妻に送った。
「まずは黒洋にあった虎の彫像が本当に劉虎かが大きな鍵になるな。そこを二人で調べてから結論を出すことにしないか?少なくとも劉虎のことは個人的な話で堂海とのスキャンダルのこととは今のところ関係ないし、言ってしまってもいいんじゃないか?ただ俺としては君に動いてもらうしかないんだけど。」
「そうね、じゃさっそくお義母さんに腕白坊やが跨った黒い虎のお人形の写真を送ってもらうわ。」
ピシャッ
その時、銀ちゃんが尾びれで水面を跳ねた音が、長い沈黙を破った。
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