サードディパーチャー
ディストピア。
人間どもの作った理想の楽園。
より住みやすく、日々進化する場所。
様々な人間の欲望を満たすため、多種多様な世界の集合体。それがディストピア。
俺様が時間を稼いだおかげで、計画通りロイは仮想天国を創造した。
人間の発想力と創造性には、悪魔を含めたどんな生き物もかなわない。
天国の扉へ向かうバカな人間どもを牽制するために創造した俺様の幻影を桐原や他の仲間が上手く演出して、攻撃を防いだりダメージを受けているように見せていた。
「ぐあああああああ!!」
戻った俺は、程よいタイミングでやられたふりをすると、偽の天国への道を公開する。
人間どもは歓喜に沸き、勝利に酔いしれ、前進していく。
その先に待つ天国が、どんな場所か予想もしていない。疑うことから始まる俺とは違って、信じているのだ。楽園が、極楽が存在すると。
ロイが手掛けた天国は、実に見事なものだった。すべてがその場で完結し、誰もが満足する場所。
そこには、苦しみも悲しみもなく、不安も不満もない。さらなる幸福を求める必要もない。天国の扉をくぐり抜けた瞬間から暖かい光に包まれ、悩みの無い幸福に満ちた時間が訪れる。
平穏を乱すような刺激は一切存在しない。心地良い浮遊感の中、余計な雑念が取り払われて天へ昇っていく。
そしてひとりずつ、ロイの創造した天国という空間におさめられていく。
「ロイ、時間がなかったとはいえ、こいつはさすがにヒドイんじゃないか?」
「なぜだ? 誰も文句を言わんだろ?」
「そりゃ言わんだろうさ。真実を知らなきゃ幸せだ」
「そういうものだよ。手品のタネほど知らない方が楽しめるものはない」
ロイは何食わぬ顔している。こんな退屈で刺激のない世界は、俺なら即座に破壊か退散しただろう。
天国も地獄も現世も全部同じだ。すべては自分の捉え方次第。
さて、若造……いや国光の方がどうなったか教えておこう。
迷いを断ち切って自分を信じ、信念を貫く決意をした国光は、誰よりも速く、強い男だった。
天国の扉へ向かおうと足に魔力を集めている明星泰造の位置を感知すると、次の瞬間には落雷を降り注いだ。
国光による天候操作だ。雷撃が泰造の全身を貫いたが、突然のことにビクッと驚いただけで、泰造は意にも介さなかった。
「バカ息子が……」
泰造がそう呟きながら国光の向かってくる方角を振り向こうとすると、風のように国光が現れて、顔面を拳で殴り抜けた。
泰造は気持ちがいいほど、ぐるぐると回転して宙を舞い吹き飛んだ。
「バカヤロウッ!」
叫んだのは国光だ。それは失望だったんだと推測する。国光の頬は濡れていて、烈火の如く怒りに燃えた目をしていた。
なんで俺様がこんなに詳しいかって? こんな面白い親子喧嘩を俺様が見逃す訳ないだろう?
契約を交わした人間と悪魔は精神の1部分が結ばれる。これによって、特別な儀式を介さずとも任務の報告が出来るってわけだ。
泰造は仰向けになったまま、向きは逆だがボブスレーみたいに地面を滑ってから静止した。摩擦熱でケツが焼けたかも知れない。
息子に殴り飛ばされた父親の心境はどんなものか、悪魔の俺にはとても計り知れないが、泰造は無表情に天を仰いでいた。
よし、そこでトドメだ!
俺は前のめりになって観戦していたが(もちろんピンチの時は助ける為だぞ)起きあがるどころかピクリともしない泰造を国光が傍らに立って手を伸ばした(残念)
ゆっくりと泰造の瞳が国光の顔をとらえ、呻くように口を開いた。
「おまえは、母さんに会いたくないのか?」
「会いたいに決まってんだろ!」
手は伸ばしたまま、国光が続ける。
「でも、俺には親父がいる。親父にも俺がいるだろ!」
国光は、まだ生をまっとうしていないと言っているのだ。生と死があやふやな地獄では、あまり聞けないセリフだった。
おそらく、毎日のように生と死に関わり、様々な人間を裁いてきた泰造は、とっくに生へのこだわりを放棄していたように思う。
全ての計画が失敗し、存在が無となり消えたとしても、それで構わない。そんな濁った目をしていた。
それが国光の言葉のせいなのか、その瞳に、一瞬だけ生気が宿った。俺の見間違いじゃなければだが。
「帰ろう、そしてちゃんと一緒に暮らそう。ふたりが愛し合った結果が俺なんだろ! 最後まで投げ出すなよ! 少なくとも俺は、親父からそう教わった! だから俺は親父がうんと言うまで投げ出さない! 天国とかそういうのは、全部終わってから俺のいないところでやれよ!」
「ワガママだな」
「子が親にわがまま言うのは当たり前だろ!」
「違いない」
それで全てが終わった。泰造は伸ばされた手を取り、摩擦で破けた背面の服にも気付かずに、ケツ丸出しで国光と歩いていった。
本当に顔面を1発ぶん殴っただけで解決しやがったんだ。人間の考えることは本当にわからん。
それから俺は後始末に追われることとなった。面倒だから全部は説明しないが、大きく変わったところだけ。
まずロイはディストピア最高責任者に就任した。なぜかって?
そうだよなあ、スティーブンはどこに行ったか気になるよな。それに関しては俺もよくわからないんだが、スティーブンは、どさくさに紛れて天国の扉を通っていたらしいんだ。
何でだろうな、疲れていたのかも知れないな。俺は何も知らないが、そういうことだ。人間の考えることはよくわからんな。
それから泰造は現世に帰った。聞こえが良いように言うとクビだ。ディストピアに関する全ての記憶を消され、普通の人間として生きている。
そして桐原だが、ドリーマーズファクトリーの管理者になっている。あれだけのことをしておいて不思議だろ?
それには理由がある。
桐原は人間界には帰れなくなっちまったんだ。記憶を消してもな。
魂の所有権を半分、悪魔に渡しちまったらしいんだ。まだ若いのに可哀想にな。だから聞こえの良い言い方をすると隔離ってやつだ。
最後に国光だが、やつはディストピアに残った。泰造がやっていた仕事を引き継ぐために、日々の業務をまじめにこなしている。
泰造が寿命を迎える時までに、昇進するのが目標らしい。
「何してんだティミー、行くぞ」
おっと国光がお呼びだ。
俺はどうしているのかって?
まあ、それはまた今度な
ディストピア 藍月隼人 @bluemoon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます