30.有翼の神聖種


 ゼノスの広範囲攻撃に加え、イカロスの爆撃により一面は炎に包まれつつあった。主に木材を建築材料としていたのも燃え広がった要因だろう。

 ばりばりと木材を燃焼させる音の中、響いた金属音。

 突然の突風か、ダリアの長いポニーテールが靡いた。両者の距離を瞬時に詰めた突進が一瞬の小さな突風を生んでいたからだ。同時に彼女が振り上げていた剣はその手にはなく、間もなくして“ザクっ”と地面に突き刺さる。

 ダリアは言った。

「どういうつもりですか」

 燃え盛る炎に照らされるのは羽の一枚一枚が刃となった翼。足元を囲む大きな光の輪には幾何学模様が刻印されゆっくりと永続的に回り、両手には自らの羽を利用した剣が握られている。天使というにはあまりにも荒々しい有翼の少女、白騎士ティアの姿があった。

 戦場が与える高揚感に笑みをこぼし、口元からはちらりと八重歯を覗かせた。

「待てよ隊長。こいつはあたしの獲物だぜ?」

「そんなことのためにこの私に剣を向けたと、そういうことでいいんですね」

「おいおいそんなにこえー顔すんなよ。それに、そんなことなんかじゃねえ。あたしを負かせたそいつらを易々と処分されちゃぁこっちの面子が立たないんでね。ここはいっちょ、邪魔させてもらうぜ?」

「……」

 ダリアはしばしティアの目を見つめると、イツキを拘束していた鎖を解いた。腕から伸びる余った鎖はスルスルと彼の腕に絡まり透けるように見えなくなり、異様な外観は残るものの爪などは消え能力は封印された。

 地面に刺さった剣を抜くと、そのまま鞘に収め言った。

「やめましょう、ナンセンスです。ヘイムダールは陥落し、容疑者は無力化、不朽体は我々の手中に堕ちたも同然。一時間後にはここを発ちます、ゼノスは第2班と合流し残された亜人種の誘導を。ティア、あなたはその捕虜を責任もって連行しなさい」

 その場でそう指示を出すと、他の班にも指示を与えるために彼女は広場へ戻っていった。

「っち、張り合いねーな」

 火の粉が舞う中、イツキは尋ねた。

「どういうつもりだ」

「勘違いすんな。これはあれだ、あの……そうだ、仕返しだ。負けた借りはぜってー返す。てめーらをぶっ殺すのはこのあたしだ、覚悟してな」


 白騎士に先導されるのは、立場が変われどこの世界に来て二度目になる。後ろを歩くイツキはそんなことを思い返していた。

 頭にイスカンダルを乗せたティアはその小柄な体で両肩にフィレスとルナトリアを担ぎ軽々と運ぶ。当人は気づいていないようだが残念なことにルナトリアの大きな尻尾は地面をこすり土だらけになっている。先導されるイツキが表の広場に出ると、広場には白く発光する直径5メートルほどの魔方陣。その脇には白服を着た見張りの兵士が立ち並ぶ。この陣の真上には飛行宮イカロスが停泊しており転送装置になっている。

 陣に足を踏み入れ、まもなくすると地面からの光が強さを増し彼らを包み込んだ。

 すると辺りの光景ががらっと変わり、鉄の壁と配管などに囲まれた薄暗く狭いエリア。どうやらここが飛行宮イカロスの船内だと、イツキにも見て取れた。転送装置の出入り口はイカロスの中核付近にあり、四方は迷路のように入り組んだ通路が伸びるだけで外の様子などはまったく確認できない。無機質な通路には一定間隔で簡素な照明がポツポツとあるだけだった。

 歩くたびに金網の足場がカシ、カシと小さく響く。金網の隙間からは植物の根のように伸びるパイプが見える。人一人が通れる程度の通路を淡々と進むと、鉄格子で遮られた独房のようなスペースがあり白騎士は足を止めた。

 彼女は檻のような扉を開け言った。

「わりーな。今はここで我慢してくれ」

「なんだ敵に気遣いか」

「ち、ちげーよ! あたしは万全なてめーらをぶっ潰さねーと気がすまねーだけだ! わかったか!」

「それは買いかぶりすぎだったな。ならお言葉に甘えてもう寝るよ」

「さっさと貝被って寝ちまえ」

 イツキはここへ監禁されることとなった。白騎士は扉を施錠すると、フィレスたちを背負い別室へ消えた。

 部屋にはベッドなどの最小限な物と小さな円形の窓が一つ。開閉は出来ず、例え出来たとしても人が通れる幅はない。外を覗き込むと地上がわずかに朱色く輝いていた。燃え盛るヘイムダールだろう。そして暗い夜空は窓ガラスを鏡のように変え、イツキの白髪を映していた。

「……直らないな。こいつのせいかな」

 右腕を眺めながら一人呟き、彼はそこで夜を明かした。



 翌日。

 円形の窓から差し込む朝日に彼は目を覚ました。飛行機などで感じる独特の浮遊感に外を眺めると案の定、彼の目線には雲が浮いていた。イツキはさらに外の情報を探ったが、小さな窓から目新しいものは確認できない。諦め窓から顔を離すと感じる視線。

 横に目をやると、じっと彼を見つめるフェリは両足を抱えるようにしゃがみ込んでいた。しかも鉄格子の内側に入り込んでいる。

「……何してる」

「監視」

 微動だにせずそのポーカーフェイスは永延とその冷めた視線を送り続ける。

「……どうして中に居る」

「逃がさない為」

 イツキはめんどくさそうに力を封じられた右腕を見せながら言った。

「これでどうやって逃げ出せと? 監視するだけ無駄だ、帰れ」

「そうね」

 と一言答えると再び無愛想な顔でじーっと彼を見ている。状況は何も変わらなかった。そんな中、イツキは用を足したくなってしまう。独房内には備え付けの便器があったが。

「……おい。頼むからどこかに行っててくれないか」

「無理」

「お前が見てたらトイレも出来ないだろうが」

 フェリは無表情のまま拙い笑い声を演じて見せた。

「ふふ。そんなことで騙されると思ったら大間違い」

「騙すつもりはないしなんだそのドヤ顔腹立つな。ハァ……もういいや。で、いつまでそうしてるつもりだ」

「ずっと」

「……」

 フェリは自ら話しかけた。

「ずいぶん落ち着いているのね」

「落ち着いて見える、のか。まあ、あっけなく殺されたからか妙に冷静でいられるんだ。まるで別人にでもなった気分だ」

「あの子が今頃どうなっているかもわからなくても?」

「あの子? あぁフィレスのことか。なんて言えばいいか……感じるんだ、繋がりを。最初は気のせいだと思っていた、だけど違った。俺が一度殺されてからだ、この感覚は確かなものに変わったんだ」

「そう。それじゃ帰るわね」

「監視はいいのか」

「飽きた」

 フェリはそう言い捨てるとすたすたと居なくなった。

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魔王のわすれもの @kaoru630606

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