29.裁く者たち
瓦礫から這い出たダリアは静かに無線を入れた。
「こちらD5地区先攻部隊。榴弾装填、照準を標的Mに設定」
『……ちらイカロス。了解、装填を……始する』
舞台に立つイツキは足元に眠るフィレスを左腕で抱き上げた。半透明だったフィレスの身体は魔王の右腕を完全に剥離させられたことにより存在を確立しているがまだ目覚める様子はない。
彼らを眺める醒めた視線の先、
ゼノスの周囲に浮かぶ無数の銃口がイツキへ軌道を修正した。銃口を軸に回る光の輪が速度を増すと次々に射出される矢弾の嵐。金属とは違う、神力の弾頭は残像を残し光の尾を引く。断続的に連続照射されるそれは光の線となって見える。
イツキはフィレスを抱えながら駆け足で照準を翻弄する。外れた弾道は足元の石畳や背後の構造物を破損させるも、射撃をかわしながら徐々に近づく。
ゼノスは迎撃を続けながら、左腕を覆う黄金の砲身に右手を添え構えた。銃身に集約する神力。銃口を軸に出現する光の輪が連鎖的にいくつも軌道上に伸びターゲットをロック。捕捉と同時に射出される凝縮した神力による粒子砲。すさまじい反動と共に地面を割りながら光の流れが標的へ一直線。
イツキはその右腕を正面へかざした。
直撃。
彼の右手は極太のレーザーを正面から受け止めた。絶え間なく放出され続ける神力。行き場を失ったエネルギーはイツキの後方へ弾き流れ背景の構造物を次々と蒸発させていく。にも拘らず駆けるイツキ。光の流れを弾きながらその中を一直線に逆流。
「…………ッ?!」
ゼノスは咄嗟に間合いを計るが、至近距離まで近づいたイツキは今なお神力が放出され続けている銃口を鷲掴みにし、物質の結合を分解破壊した。
追い討ちを狙うイツキの頭上から降ってくる首のないオーク兵が行く手を遮った。
巨体が着地した衝撃で石畳がめくれ上がる。そのまま手にした大斧でイツキに斬りかかるがすれすれで回避するイツキ。死によって脳のリミッターが解除された巨漢の一撃は武器の強度を超え、地面もろとも粉砕。斧を手にしていた腕の筋肉も血を吹いた。
オーク兵は即座に両手を組み、ハンマーの要領でその拳を振り下ろす。イツキは右腕でそれを受け止め、その組まれたオークの両手を細胞レベルで分解し粉々に破壊。反動でのけぞるオークの腹部に手を当てると同じ要領で上半身を拭き飛ばす。
血の雨が降った。
彼が宿した魔王の右腕。その力は大鎌の能力を色濃く残している。万象を無に帰す大鎌同様、最たる力は破壊。触れた対象を分子レベルで壊す。
難を逃れたゼノスは呟いた。
「…………フェリか」
フェリの手には人形劇で使用するような白銀の操作板。神力を糸状に編み込み死んだ兵士をマリオネットのように操っている。元来、神力は大気中に存在する粒子。物質をすり抜ける性質も持っており糸が絡まることはない。さらに空高くに浮かぶ巨大な操作板からは膨大な数の糸が伸びていた。
城内からずしずしと歩いてくる群集。それは神聖種の襲撃時に命を失った兵士達、その数100体。彼らもすべてフェリによって操り人形とされた
「人形師は魂を吹き込む者。魂がないのなら、骸も人形も変わらない。さあ踊りなさい、戦慄のワルツを」
進軍する骸の兵団。
イツキの眼前に立ちはだかる死者の群れ。
彼の禍々しく変貌した右手を中心に、両端へ伸びる闇は彼らがよく知る形を成した。爪のような四つ股の刃に、身の丈以上の柄。その外観は紛うことなく白騎士とフィレスが使用したあの大鎌。脈打つかのように赤い光が怪しく強弱する。
たちまち次々とイツキに襲い掛かる骸兵。
死体は振り回されるオモチャのようにイツキに急接近。彼らには意思などなく、フェリの能力によって死後を冒涜されているに過ぎない。それを理解しつつもイツキは躊躇なく迎えうった。大鎌は容易にオークの分厚い肉体を切り裂くが目まぐるしく左右から次の
一振りは空を斬る斬撃をも具現化し、伸びる残斬刃は弧を描くように操られた死体を一体、また一体と連鎖的に切り裂きたちどころにその数を大幅に減らす。
ダリアの元に雑音混じりの無線が入った。
『こ……ら第一砲門、榴弾の装……が完了』
榴弾とは内部に火薬が詰められた砲弾の種類で生物単体に使うにはあまりにも火力過多だが。
彼女は命じた。
「こちら先攻部隊、射撃を許可。我々に構わずぶっ放してください」
『……了解』
上空800メートル。飛行宮イカロスの砲口径80cmのカノン砲はイツキを捉えていた。
装填された榴弾は重量4.8トン。響き渡る爆発音、火煙を吹きながら初速1000m/sの砲弾が放たれた。上空に停泊するイカロスと、崩壊した天蓋、地上にいるイツキを結ぶ一本の線。その弾道を察知した彼は手にする大鎌の先端を前方へ突き出した。直後、砲弾は真っ二つに切断され、左右に逸れた断片は背後の構造物を木っ端微塵に粉砕。その威力は幅10メートル、深さ10メートルのクレーターを生み、すさまじい爆風はイツキを背後から吹き飛ばし、その衝撃でイツキとフィレスは離れ離れに地面に転がった。
倒れたイツキの両腕に巻きつく純白に輝く鎖。
何もない空間から伸びたその鎖はずるずると体を引き上げ、彼が膝を突く高さまで上がった。おもむろに視線を持ち上げる彼の目に入ったのは、数十メートル先に横たわるフィレスの姿。イツキは鎖を断ち切ろうと足掻くが。
「無駄ですよ」
と、彼の横に立つダリアは悠々と話す。
「断罪の鎖。その者の業が深ければ深いほどその効力を強める、魔王の不朽体ともなれば指一本動かすことさえ叶わないでしょう」
「く、っそ……離せっ」
「我々をここまで翻弄したこと、誇っていいですよ。ですがここまでです」
身動きを封じられたイツキをよそに、ダリアはコツ、コツと靴底を鳴らしながら倒れるフィレスに歩み寄った。腰に帯刀した剣を抜くと、振り上げた。
「フィレス……っ」
ひそかに呟かれたその言葉。
『……罪人に裁きを与えろ。咎人を追放しろ。再び我らの業を許しやがれ。……
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