第五話目~戦うアプリケーション~

 前田清彦(まえだ きよひこ)。この話の主人公である。

 彼は、大学病院に息子を入院させている。病自体は快癒に向かっているはずが、一向に容体が良くならない。


「お父さん、僕、手術とか絶対嫌だからね」


「今はいい薬もあるさ。大丈夫だ。寝ておけ」


 ベッドの上から天井を見ていた息子、前田真(まえだ しん)はふと、神アプリ、とつぶやいた。


「なんだって?」


「ううん、なんでもない。第一お父さんスマホ持ってないでしょ?」


「ばかにするな、夜間の仕事で必須だからな」


「それ、無線じゃなく? インカムじゃないの?」


「おう、警備に必要なんだ」


「ハッキングされても平気なの?」


「平気なことはないが、いつでもおまえの様子がわかるように、頼み込んで使わせてもらっている」


 真は黙ってしばらく天井の一点を見つめていた。やがて、すっと紙切れを取り出すと、顔を背けて言った。


「これ、このアドレスのサイトにインすると、良いことがあるよ……お父さんにとって」


 前田は奇妙な気持ちでそれを受け取った。なぜだか逆らえない気配がしていた。


「わかったよ、ありがとな」


     ×   ×   ×


 夜も更けたころ。警備室に無線が入った。


「……はい。すぐに担当のものを向かわせます」


「どこですか?」


 前田は嫌な予感がした。


「Eアベニューの最南端の、管理会社だ。君の管轄だったろう。すぐに行ってくれ」


「強盗ですか?」


「一応防衛に備えてくれ」


「わかりました」


 前田は帽子を深めにかぶり、管理会社のキーを手にした。


     ×   ×   ×


「防衛って、一警備員なのだが、いつもの相棒がいない。山田さんの代わりくらい、つけてくれてもよさそうなのに」


 そんなことをぶつくさ言っていられるのも、わずかな間だった。

 警備員は警察とは違う。時折、制服の違いに気づかず、おまわりさん! 呼ばわりしてくれる人がいることもあるが、銃は持ってないし、警棒も持ってない。手錠なんて使いかたすらわからない。


(なんて、こういう時は警察の出番じゃないのかな)


 一番最初に入った金庫室で、怪しい光を見つけてしまった。


「だれだ!」


 たちまちその光は消え、前田は瞬時に金庫の安全を確かめようとライトを向けた。


(空? そんな)


 明かな金庫破りだ。思う間もなく足元をすくわれた。起き上がって足で探ると、ぶよぶよした感触が生暖かく、極端に弾力がない。

 警報を鳴らして警察を呼んだ。倒れていたのは山田さんだった。

 どうやら犯人は金庫の中身だけでなく、はち合わせた彼を倒していったらしい、と、その時は思った。


(下手すると死んでいるかも。なんてことだ。真の入院・治療費がかさんでなかったら、こんなパートなんて辞めていたのに)


 だが、そんな日常など数年前からあきらめていたのだ。前田には金がなかった。高給アルバイトでもしなくては、借金が返せない。息子の命と、計りにはかけられないのだ。

 前田の頭には、ふと真がくれたアドレスが浮かんだ。


(俺は、どうなるのかな……せめて借金は返したい。けどこのずさんな警備会社、いずれ潰れるぞ)


 思わず息苦しくなり、胸で呼吸をして、大きなため息をついた。その日の夜は長かった。


(いい事? 真、良い事ってなんだよ? お父さんわからないよ……)


 途方に暮れた前田は、制服を脱いだ瞬間に、病気の息子を持つ父親の顔に戻っていた。


「疲れた」


 何度考えないようにしても、口から出るのは溜息ばかり。

 そのとき、前田の胸ポケットからカサリと音がした。


(真がくれた……。俺を思って……)


 胸をぎゅっと押さえて涙をこらえた。


「なんなんだろうな。きっとびっくり箱ならぬ、びっくりサイトだ」


 弱弱しく笑みながらも、迷わずアクセスした。



 ピンポロリン!



 視界がなぜかモヤがかって、前田は思わずスマホを落としてしまった。慌ててかがむと、下方からの眩しい光が、柱のように屹立した。


「わたくしは吉祥天です」


 光を背負った古典的な美女がそう言った。


「あなたの望みを叶えましょう。ただ一つだけ」


 前田はほけーっとしていたが、息子のいたずらか、だったらこう言ってやろう、そう思った。


「借金を返せるだけの金銭が欲しい!」



 ピロポロリーン!



 いい音がして、前田のロッカーから黄金があふれ出た。


「え? これ本当なの?」


「今のは大黒天の仕事でした」


 前田の信じられないという顔を見て、吉祥天はむうっとして、少しの注意点と、説明をしてスマホの中へと消えていった。

 いわく、死んだものを生き返らせることはできない。現世の法に触れることには神はいっさい、関知しない、と。願いの上限まで。


「こ、これは。誰かに相談した方が……しかし、朝になるまでは、この金も隠しておかなくては……ってこれ全部、金塊だろうが!」


 使えない金をもらっても、困るのである。

 処分するにもすぐにはいかない。前田はロッカーに鍵をかけてさっさと帰った。

 家の中はざっとほこりを払い、寝場所を確保する。前田は清潔好きだが、面倒くさがりだった。ちゃぶ台を持ってきて、座布団も使わず、スマホをボーっと見つめていた。


     ×   ×   ×


 次の日、大学病院に連絡しようと、起きようとした前田だったが、起きられなかった。

 なんだか首から上が気持ちいいのである。妻が死んでからというもの、感じたことのない感触だ。ううん、といいながら、頭をごろごろさせてみたり。


「お目覚めですか?」


 見上げればこれまた古風な髪型の美女が笑う。これは夢の続きかと、うっとりしていると、罵声が飛んだ。


「これはうらやましい事。色にうつつを抜かすのもあなたの願いというわけですか!」


 吉祥天だ。なにか怒っているようだ。

 昨日の今日だ、まだなにかあるのかもしれない、と思っていると、柔らかな感触が頬に触れた。


「あら、もうちょっと眠っていたいのではなくって?」


 なんと前田は美女の膝枕で寝ていた!


「これは弁財天の、特別のはからいだぞ」


 しゅーん、と二人とも消え、スマホが光った。

 真の着信音。前田はまえのめって、ちゃぶ台の上のものを床に落とした。


「もしもし、お父さん?」


「お、おお。こんな早くにどうしたんだ?」


「早くもないけど、今警察が病院に来てる」


「な? なにかあったのか?」


「あったのかじゃないよ……あ」


 真の声が不自然に途切れて、野太い声が聞こえてきた。


「前田……清彦さんですか?」


「どちらさま?」


「すこしお話を伺いたいので」


「任意ですよね?」


「これは失礼いたしました。警察署の者です」


「だと思いました」


 職業柄、こういう話し方をする人種をよく知っている。


「夕べ、金庫荒らしがEアベニューでありまして」


「存じてます。警備担当者はわたしです」


「そう聞いています。すこし不明瞭な事件なので、関係者みなさんに聞きこみをしています」


「それでなぜ、息子の病院へ?」


「いえ、ゆうべ現場から運び込まれた患者がこちらへ搬送されていまして。事情をうかがわせていただきたいと」


「息子は関係ないんですね?」


「捜査協力いただいてます」


「なぜ息子が関係するんです?」


「いえいえ、長く入院されてるとかで、いろいろと参考にさせてもらってます」


「息子は、同意の上でわたしに連絡してきたんですか?」


「もちろんそうです。ここでは言えないことなども……」


 なんだか嫌な感じの話し方をするな、と思った。


「昨日のことなら、現場関係者に話しました。これ以上関わりたくないので、息子に代わってください」


「いいんですか?」


「はい?」


「息子さんに言わせても……」


「そういう言い方をされても、わたしはなんにもわかりません」


「関係ないとは言い切れないのでは?」


「ええ、昨夜はわたしが当区域を回ってましたからね」


「今朝、朝一で連絡がありまして……」


「なんなんです? はっきり言ってください。でなければ、息子に代わってください」


「警備会社のロッカーから、大量の金塊が出てきた。しかも! あなたのロッカーからです」


「なんですって!」


 鍵はかけておいたのに!


「不思議ですよねえ。これは警察でなくても興味がわきます。……そう、重要参考人として出頭願いをしておきましょうか?」


 こんなに早くバレるとは! 前田は歯噛みした。あれは、あの金は時価でいくらか知らないが、真の入院・治療費だ。鑑定に出す前に取り上げられてはかなわない。


「知りません。息子と代わってください」


「……」


「真?」


「お父さん」


「何も心配するな。お父さんは事件とは関わりないんだからな」


「わかってるよ」


「そうか……」


 真の一言に目頭が熱くなる。いいさ、どんな嫌疑をかけられようと、やましいものなんて出てくるはずがない。


「……」


 気づくと吉祥天が冷たい目でこちらをにらんでいた。


「なんなの? その目つき」


「大黒天の仕事にケチがついたようで、腹が立っているのです」


「あの金塊やらは、円にできないのか?」


「できますよ?」


「ならなんで!」


「大黒天もうっかり、張り切りすぎたのでしょう」


「今更……」


「さて、次の願い事は?」


 前田は黙っていたが、現状が真実味を帯びるにつれて、真剣に考えていた。


「人の命はどうこうできないんだよな」


「死ぬ予定の人と、死んだ人は救えません」


「なら……」


     ×   ×   ×


 ガチャーン!



「重要参考人って、いきなり留置所へ入れられるものなのか? もうちょっと穏便かと思ってたよ」


 

 ガタ! ガタガタッ


 

 表から誰か入ってくるのが気配でわかった。

 電話ではわからなかった。腹の出た刑事だ。


「……これはひどい」


「わたしだって。そう思ってたところですよ。ここの巡査はどうなってるんです」


「すまないことをしました。今開けますよ」


 取り調べ室は思ったよりも狭かった。そして向かいの壁の横長の鏡はマジックミラーなのだろう。


「まず、われわれはあなたを疑っているわけではないんです。ええとですね。例の金庫破り、見つかりましたから」


「はあ……」


「犯人は金庫の中身を現金だと思っていたのでしょうなア。高跳びの準備までして。ところが暴いた宝は金塊だった。なってません」


「では、わたしが言えることはなにもありませんが」


「ただ一つ……あなたが彼の片棒を担がされた、可能性が」


「あの、彼って言いましたよね。誰なんです、彼とは」


 でっぷり太った刑事は大きく溜息した。


「あなたと同じ担当地区を請け負っていた、彼です。名前はご存じでしょうが、仁科洋介さんです」


「は? 仁科って?」


「山田ひでおということもあったそうですね。この人です」


 すっと差し出された一枚の写真には、見覚えのある顔が写っていた。


「山田さんが……? 山田って、そもそも芸名ですか? ペンネームですか?」


「れっきとした偽名です」


 ……れっきとした偽名とはな。前田はしばし呆然とした。


「われわれがあなたの身柄を拘束するに至ったのは、あなたが彼の相棒であったことと、もう一つは……」


 刑事は一呼吸おいて、重く言った。


「彼が持ち逃げした金塊が、あなたのロッカーから出てきたこと」


「えええ!?」


「お勤めの警備会社は、いまどきロッカーに南京錠を使っているとか」


「ええ、鍵をかけない人も、中にはいます」


「前田さん。驚くのは早いんですよ。わたしらもちゃんと調べたんです。中には、じゃない。あなた以外鍵をかける人はゼロでした」


 言葉もない。ずさんなのは職員そのものだった。


「じゃあ、山田さんがそれを知ってて、わたしのロッカーに入れた可能性は?」


 ない。知っている。

 だが、刑事は。


「無きにしも非ず、です。まあ南京錠はピッキングで簡単に開くものですからね。金庫を開けられるならまず、簡単にできるでしょう」


「だったら、いつまでもここに拘留されるいわれはないですよ。帰らせてもらいます」


「それがねえ。最重要の容疑者が、入院中でして」


「はい?」


「息子さんが入院なさってる大学の、病院に」


「そうなんですか?」


「シラを切るのもいい加減にしてくださいよ。前田さん。あなたは、山田がこじ開けた金庫から、金塊を盗んだ。相棒を半殺しにして」


「ばかな」


「いや、そういう見方もできるということです。そしてわたしたちは疑うのを仕事にしてるわけではない。今のは消去法で……」


「冗談じゃない。あの金は、息子のためにもらったんです!」


「興味深いですな……もらったのは仁科にですか?」


 しまった! 説明できない。絶体絶命だ。


「い、言えません」


「いいですか? 金庫の中身を持っているのはあなただ。どうして容疑がかかるのをわかっていて、ロッカーなどに隠したのか」


「わかりません」


「われわれもわかりません。困るんですよ、それじゃ」


 だんだん、疲れてきた。それでも取り調べは続く。


     ×   ×   ×


 あやうく自白まがいの事を口走りそうになってしまったけれど、スマホから神様が……なんて言ったら、今度は精神病院行きか、よくてセラピーを義務付けられるかだ。

 結局、証拠なしということで拘留は解けたけれど、前田は取り上げられていたスマホを手にすると、まっさきに大学病院に電話をかけた。

 もう、夕方だった。


「真……」


「お父さん? なんでそんなに疲れてるの? 今日は非番だったよね? 珍しく病院に来ないから」


「今まで刑事さんに取り調べを受けてたんだよ。でも証拠なんてない。出てきっこないんだ。大丈夫だよ」


「お父さん、ねえ。あのサイトにアクセスしてくれた?」


「え? なんのことだい?」


「そう。あ、ならいいんだ。それじゃ」


(真……お父さん、犯罪者扱いされたよ)


「この世で、お父さんを守ってくれるものなんて、ありやしないんだ……」



 キンコロカーン!



「何の音?」


「恵比寿です~」


「呼んでもないのに……昨日の大黒天といい、とんでもない事ばかりしてくれて」


 前田は家へ向かって歩きながら、胸ポケットからスマホを取り出して、アブナイ独り言を始めた。


「う~ん、恵比寿も~、ちっちゃいころは~親に捨てられたり~したけど~今はみんながいるし~正直、人様の幸せ祈ってる~」


 前田は黙って公園のベンチに腰掛けた。


「山田さんもなあ。なーんで偽名なんか。話聞いたら、経歴詐称ではあったけど、金庫を開ける技能あったかは疑問で。犯人とは……」


 夕日が朱のようにじわりと西の空ににじんでいる。そこへ紫の雲の影が、わりと印象的に流れている。それにちょっと気持ちが落ち着いた。



 そのときである。唐突にじゃり、と背後で地面を踏みしめる音がして、顔をあげようとしたとたん、顎が捕らえられた。首にひもが巻かれ、ぐいぐいと体重を乗せて後方へ締め上げられる。苦しいなんてもんじゃない。前田は震える手でスマホを掲げるので精いっぱい。


「ぱしゃ!」


 (犯人の画像を撮ったぞ……。だけど俺はこれで力尽きそうだ。ごめんな、真。お父さん、なぜだか知らないけど、ここまでみたいだ……)

 口や目から体液が流れ出て、命の喝さいを叫ぶけれど、いまそういう場合じゃないから! 


「はあ」


 と、力尽きたか、一瞬敵の手が緩んだ。


「ぐえほ! がは!」


 のどが潰されて声が出ない。それでも彼はアクセスした。真の言うとおりに!



 ピシャア!!



 雷鳴がして、黒い大入道みたいな影が、彼の背後に覆いかぶさるように現れた。稲妻が走ると、その形相にひるんだ何者かは足を引きずりながらかけ去っていったのだ。


「ありがとう、な……毘沙門天(びしゃもんてん)」


「役に立ったなら、よかった」


 見かけによらず穏やかな口調で、戦いの神様、毘沙門天はスマホに消えて行った。

 そう、スマホ。これ以上の証拠はない、彼が襲われた理由はわからないが、なにかの手掛かりになるんじゃないだろうか?

 明日と言わず、今日、警察に届けるべきなんじゃあ……。だが、今はなにもしゃべる気になれない。


「これを飲め」


「またあ?」


「またとはなんだん?」


「神様もういいよ。なんかひどい事ばかり起こるし」


「そういうならいいが、元気がつく薬だぞん?」


「もらっておく」


 布袋尊がにこやかに、むにゃむにゃ唱えながら、薬を口にはこんでくれたので、水もなしに飲む。


「うん、元気、でたかな……?」


「なら、じゃあね~ん」


 布袋尊も消えた。薬の効き目は若干遅いようだが、なんとか行けそうだ。あの人は電話に出られる状態なのかな。

 前田の向かった先は……。



 まずは警備会社に行く。そこでキーを借りてEアベニューの管理会社へ。裏口玄関から管理組合員の横田さんに挨拶をして、金庫室へ向かう。


 そう、すべての始まりを終わらせるために。


 出入り口は二つ。床には何も置いてない。壁に埋め込み式の金庫が一つ。

 前田は迷わず金庫の扉に手をかけた。

 音もなく開く空の金庫。いや……鍵なんか最初から、かかってなかった。なぜなら……。


「待ってくれ! 見逃してくれ!」


 監視カメラで見ていたのだろう、警備会社の副社長の一声が飛んできた。

 開けた金庫の中には、もう一つ、奥に扉があって。二重になっていた。中には黒い書類がわんさかと。


 山田さんがなぜ二重扉の秘密を知ったか、それは定かでない。しかし、この中に金塊があったというのは真っ赤な嘘だ。山田さんも副社長も、この個人情報を売り買いしている現場を知っているのだ。


 管理組合ともグルだと思う。


 そして山田さんは自分の、仁科洋介としての戸籍謄本を取り返そうとして……いや、それは憶測だ。しかし、黒幕たちには明らかに脅威だったに違いない。


「だから、ハメたのか……」


「違う! 山田を殺したのは確かで、その罪をかぶせるのは、別の奴らの予定だった!」


「山田さんを殺した……」


「最低でも半殺しにはした」


「人の命をなんだと思ってる!」


 前田は絞りあげられたのどをさすりながら、もう一つのドアを開けた。

 片手にはスマホを持って……。


 中には二人の男がいた。パネル式の監視モニターにへばりついていた。


「あ! こいつ、まずいよ!」


 小柄な男が、かすかに足を引きずりながら飛びのく。金庫室のモニターに、副社長が飛んでくるのが同時に映り込む。


「おい、なにを脅えてる。そもそもおまえが片をつけるはずだったじゃ」


「ひいいいー」



 ピシャアアー!



 稲光の音だけで、男たち二名は腰を抜かしてしまった。


「おい、おまえら何をしている!」


 警備会社の副社長がモニター室に飛び込んできて、あっけにとられた顔をしている。監視カメラに異常なし。


「毘沙門天、こいつを山田さんくらいに半殺しにしてくれ!」


「おお!」


「何いー!」


「いやなら、自首しろ! 金庫のリストも含め、社会的にマッサツされろ!」


「そんなー」


「おまえらがしてきたことだ!」


「くそ、山田をやったと思ったら、今度は前田か!」


「そうしていても命は縮む一方なんだぜ」


「……オレが何をした? 社長の命令で金庫の中身を守ってただけだ!」


「その中身の内容を知らなかったとは言わせない!」


「たのむ! こんなことが知れたら、おまえだって職を失うんだぞ!」


「それがどうした!?」


「なにー!」


 前田は高々とスマホの毘沙門天をかざして、


「すべてはこのスマホに記録されている。モニターの情報も警察にリークしているからな」


 大ウソをついた。だが、この嘘は嘘でなくなるかもしれない。たった一人でリストを始末しようとした勇気が、あの男にまだあるなら、寿老人が力を貸してくれるはずだ。


「警察だーー! 全員手をあげろ!!」


 やっぱな。

 どかどかと遠慮抜きに踏み入る姿は、さすが実践の人たちだ。拳銃を構えて四方に視線を飛ばす。


「隣のモニター室にあと二人います!」


 山田さんの声がする。


「捕まえろー!」


 一件落着。あ、小柄の男が何かしているぞ。


「うおあああーー!」


 何をわめいているのだか、モニター全室に響き渡る声で、片手にライター、もう片方の手に……ダイナマイト!?


「所詮、俺は鉄砲玉よ。証拠隠滅だ! 砕け散れ!!」


 わーっと、警察が一斉にとびかかった。ライターは弾き飛ばされ、ダイナマイトは地に落ちた。

 あとは散々だった。


     ×   ×   ×


「ねえ、お父さん。あのサイト、よかったでしょ?」


「え? ああうん」


「やっぱり? きれいなお姉さん、いっぱいいたよねえ。誰が好みだった?」


「おいおい、一体何のことを言っているんだ?」


「女神の泉っていう、出会い系だけど。お父さんも女っ気なさすぎて、最近冴えない顔してるからさ」


「出会い系? あれが出会い系だと?」


「うん」


 前田は驚くとともに、れいのアプリがスマホからきれいさっぱり消えてしまったことを鑑みた。


「そうだな……みんな、ものすごいいけてたぞ」


「うん。再婚してもいいってくらいの人見つけたら、教えてね。攻略法、相談乗るよ」


「そうだな。みんな一筋縄じゃいかなそうだったもんな」


「うん、高い壁を越えてこその男魂だよ」


「お、言うようになったなあ!」


「うん!」


 本当は弁天様がやさしくて、うれしかったなあ、とは言わないでおく。久々に、真の笑顔が見られてよかった。前田はがしがしと彼の頭を撫でさすってやった。



 雲が……晴れてきた。


                END

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