神様ゲーム

水木レナ

第一話~秘密のアプリは秘密じゃない~



 浅草玲音(あさくさ れおん)は自宅ではだらっとしている。

 一つ間違えばメール一通打つのにも面倒がったり、する。

 そんな玲音がスマホを手にとった。


「あれ? 何、これ。DLしてないよ、こんなアプリ」



 キンコロカーン、コロローン……。

 梅乃うめの高等学校では美里みさととコウスケが見事に廊下でだべっている。


「ねえ、美里。俺なんか操作誤った? 今朝からずっと同じ画面出てんだけど」


 だるく言うと、美里じゃなくてコウスケがくいついた。


「あれ? これ神様アプリじゃないですかー。へえ、福禄寿だ。玲音さん、これ当たりですよ」


「へえ、なんかイベントあるの? てゆーかなんで勝手に入ってんの? このアプリ」


 コウスケが急にイキイキしだした。


「これはですね、いま噂の占いサイトの掲示板でURLを踏むだけで! 手に入る人は手に入るという代物ですよ。なんでも願いを聞き届けてくれるとか!」


 うらやましいなあ、いいなあ、と垂涎の的。


「おもしろくないねえ。どうして玲音にだけ神様が降りてくるんだろうねえ」


 美里が、とくとくと語るコウスケを、締めた。


「いていていて」


 わめくコウスケ。


「え? 掲示板のURL踏むだけで願いが叶うなら、ケーサツいらんだろ」


「み、美里ちゃん……そんなこと言ったってえええ」


「っかしいなあ。俺そんな掲示板に興味ないよ? 願いなら昨日カツ丼食ったし、ミミアナほじって寝たよ? どーせゲームだろ?」


「それがそうでもないんです。僕の兄の友達ですけど、学園アイドルと結婚したって」


「え? それって妄想嫁じゃなくって? え? え?」


「普通ならありえないことが現実にあるんです。神様が届けてくれた夢と希望がいっぱいです」


「え? 希望っていうのはだね、コウスケ君、具体、行動、実現、願望がそろってる人が持つもんだよ。お母さんに聞かなかった?」


「ですから! 具体的に行動した結果、夢が実現に向かう、そのきっかけが神様アプリなんです!」


 とたんにモヤモヤし出す胸の内。

 これって恋? じゃなくって。


「あー!」


「どうしたんですか玲音さん」


「だ! 大事なこと思い出したわ! 今日はフケるから」


「え? もう、授業始まりますよ? 玲音さーん?」


「とんでもねーこと思い出した!」


 玲音の頭の中ぐるぐる。

 閑静な住宅街をぐるぐる。



 玲音は夕べを回想する。


(ふて寝してたら、ババアが入って来やがって……)


『玲音、ペットの世話は自分でしろっていったろ!』


『うっせえな、金魚の餌くれえでぐちぐちいうなや』


 再びベッドにごろ寝して、ごちた。


『ったく、鼻にマンジュウ詰めて死にやがれ、クソババァ』


 スマホにジャストなタイミングで通知が入る。


『ん? だれだよ、この忙しい時に。は? 迷惑メールかよ、チキショ』

 


 そしてそのまま夜まで寝てしまった.


(憶えてる。最凶のユメだった)


 玲音はスマホをいじるが、福禄寿しか出てこない。


「っかー! 操作できないんじゃ、解除も無理ってか!」


 駅前におきっさらしだった自転車を拝借する。キーはついてるが、チェーンはついてなかった。


「まいったな、まさかこんなことになるなんて」



 住宅街を突っ走りながら、玲音は今朝を回想。


『ん? 占いサイト? 人の不幸につけこみやがって。何考えてんだか。いっちょ暇つぶしに冷やかしてやっか』


 ピロン、と音がしてコマンドが現れた。


▽今、死んでほしい人がいますか?


『いるよ。人のことこき使うババァとかババァとかババァとか』


 ピロリロリ~と再びコマンド。


▽具体的にいつごろ死んでほしいですか?


 玲音はちょっと黙った。

 ここまでくると悪趣味だった。


『そーだ、今日ネタにしてやろう』


 ピロリン、と音がする、音声入力がどうとか言っていた気がする。

 画面を見ると、『ネガイゴト、ウケタマワリマシタ』の一文が目に入った。

 わけがわかったのは今さっきだった。




「あれに確か、今日の日付入ってた! 音声入力でババァ消してくれって言っちゃった!」


 冷や汗をかきながら、坂道で一旦とまる。

 胸ポケットを探れば、目に映る福禄寿。


「チキショー、なにが当たりだ。説明しやがれ!」


 福禄寿の笑顔が暗くなる。

 バッテリー切れだ。


「ハアハアハア、そうだ、なにを焦ってるんだ。あんなの当たるわけが……」


 脳裏に中学以来の親友の笑顔が浮かぶ。


『普通ならありえないことが現実にあるんです』


 玲音には、コウスケのオオボケ間抜けな声がエコーして、頭に響いた。

 再び走り出そうとして、自転車ごと倒れる玲音。


「くそ! パンクかよ!」


 人様のものだが、毒づく。

 とにかく急いでいる。


「なんでうちのちかくは朝と夕の二回しか電車がこねんだよ! 田舎だからか、チクショー」


「君、学生だね。学校はどうしたんだね?」


(やべっ。ケーサツだよおおお)


「ちょ、腹痛で早退しましたあ!」


「そのわりに勢いよくペダルを回していたようだが、この自転車は君のかね?」


「おまわりさああん、腹が! 腹が痛いんです、トイレかしてえええ!」


「……! ま、待て。そういう腹痛なのか?」


「そーいうう腹痛でええすぅうう!!」


「こ、交番は坂の上だから、そこまで頑張りなさい」


「ありがとうございますうううう!」


(よし! うまく目をそらした!)


 そこへサイレンの音。救急車が目の前を横切っていく。


「俺も乗せてってくださあいいい!」


 玲音はがっしりと救急車の背後にしがみついた。


「君、いくらなんでもそれは危険だ。降りたまえ!」


「お願いしますうううう!」


 そのまま走って、ものすごい握力と筋力で救急車のバックについてゆく。


『救急車が通ります!』


 と、一方通行の道路を逆走していくがいいのだろうか……?

 疑問に思う間もなく、前方で腰がふらふらしたおばあさんが、子犬のリードをもって道を渡ろうとしているのが目に入った。


『道を空けてください!』


「ちくしょー! むやみにテンプレふりかざすんじゃねえええ!」


 少し速度を落とした白い車体から飛び降りて、おばあさんを担いで渡る。犬は知ったこっちゃない。


「あら……男前。死んだじいさんに似てるよ。ポッ」


 そうしている間に救急車は行ってしまった。ふんふんと子犬が玲音の足元で片脚をあげようとする。

 とうに限界まで体力を使い果たした玲音だったが、ここであきらめないのが良いところ。


「まってろババァ……!!!」


 一瞬目の前が真っ白になった。と思ったとたん、白バイクが横をかすめた。


「君、無茶しちゃいかんよ。腹が痛いのだろう?」


「じ、地獄になんとやらだ、ばかやろー」


「ば、ばかやろう、と言ったのかね?」


(く、口に出しちゃったー!!)


「いいえ、気のせいでえす! ありがとうございまあす!」


「少年を保護しました」


 ガガッっと無線機の通話音がする。


(ああ、そうだ。世界の人口が全て無線で繋がりゃいいんだ、早くしてくれ!)


 白バイクに運ばれて長い長い、坂道を登っていく。


「あ! おばあさん、犬はリードを離したらだめだからね」


 白バイクの警官がいちいち信号で止まって促すのに、イラッとしつつ、早く家に帰りつきたいとだけ考える玲音。

 はっとする。


(まさか……さっきの救急車、ババァに何かあったんじゃないよな!?)


「君、呼吸が荒いが大丈夫かね?」


「だい……じょうぶデス……」


 そんなわけなかった。心の中で冗談はやめろとがなっている。


「あ、おまわりさん。もう、俺んち坂の上で、近くなんで。歩くと四、五十分かかるけど、悪いけど飛ばしてくれません?」


「ああ、トイレは自宅が一番だ」


(そうじゃねええ! いやそうだけども!! いいから、急げ-!!!)


 思った瞬間、道端のおじいさんが、がっくりと膝をついた。


「おや、そこのひと。大丈夫ですか? 熱中症かな?」


「持病の腰痛が……椎間板ヘルニアが……」


「それはいけない。君、申し訳ないが、交番がすぐだからこの上あがって。わたしはこのひとを送っていくから」


「いいええ……いいんですよ。いたたたあ……」


「いけません。家の人は?」


 もう、覚悟を決めるしかない。

 玲音はごくりと生唾を飲んだ。

 春とはいえ、頭上には真っ白な太陽が照り、長い道のりには自販機の姿もない。


「こうなったら行くしかねえ! おまわりさん、ありがとおおお」


「や、元気な少年だ。大丈夫そうだな」


「ほんとうに、ご親切にどうも……」


 小さく聞こえてくる会話も、気にしている場合ではなかった。


 

 キキキー! ずどしゃ!!



 四辻角に差し掛かった頃、目の前で交通事故が起こった。

 ばあん! と派手に横転して動かない人の形をしてたもの。

 はぜた赤いバイク。飛び散ったバックミラー。


「人がひかれたー!」


(なにい!? よりにもよって、なんちゅーときに!)


「大丈夫ですか? お名前は言えますか? 意識レベル300! しっかりしてください!! しっかりしてください!!!」


 いつまで経っても、人が担架に乗せられる気配が全くない。

 いや、よく見ると手足が不自然な方向に曲がっているようだ。


「おい、救急車。なんで病院に運んでやらねーんだ。すぐそこだろう!」


「ばっか。呼んでも叩いても反応なしじゃ、警察呼ぶ方が先だよお!」


 見てる間に野次馬がごちゃごちゃと言い始め、玲音の目の前は黒々とした人々の頭で覆われ、妙な熱気がこもり始めていた。


「ああなると、もう家に帰れないね……」


 両手を合わせる白髪の女性がいる。


「まだ若そうなのに……親孝行もできないで、本当に気の毒に」


 受けるように、またくぼんだ目をしょぼつかせて口をへの字にする男性も。


(……し、死ぬって、人が死ぬってああいうことか……!)


 モスグリーンの死体用バッグが運ばれてくるまで三時間以上かかった。

 交通渋滞はそれでも続く。他の道もふさがって通り抜けられそうにない。

 ゴミを漁りに集まったカラスと喧嘩していた、野良猫までもが不穏そうに、しきりと前脚をなめている。

 もはや救急車でなく、霊柩車が呼ばれて直葬になりそうだった。


   ×   ×   ×


 混みあった車の間、時にボンネットを踏み台にして、家にようやくたどり着く。

 汗みどろになって玄関を入ると、夕陽を背にして父親が振り向いた。


「ただいま……」


「おう、今学校から電話があった。具合どうした」


「胃が痛え」


「なあ、おまえ、母さんがいない時に限って……」


 その顔がいかにも悲しそうだったので、どっと全身が冷える。


「ババァ、どうかしたのか?」


「いやあ、ただの腹痛よ。ま、今夜帰ってくるって」


「今夜……」


 玲音の脳髄に染み渡る、気持ちの悪い分泌液が全身を巡る。


「ヤベエ、オヤジ、ババァの病院どこだ?」


「さあな。母さん空いてるとこへフラリと入るからな」


「居酒屋か! とにかくババァ、スマホもってるだろ。オヤジの貸してくれ。俺のは充電切れちまってるんだよォ」


「あー、いいが。多分……」


「いいから、貸してくれ」


 操作すると、家のどこかで鳴る着信音。


「やっぱ、置いてったみてーだな。母さんハイカラなの苦手だからな。おまえの通話料金が安くなるってだけで契約したみたいなもんだから」


「ちくしょおおおお!」


 雄叫んでいると、タシッ! としっかりした足音が玄関先で聞こえてきた。


「なにやってんだい、こんなところで」


「なにって、解除だよ。神アプリのダウンロードでネガイゴト書かなきゃダメなんだって」


「おまえもアホだね、また寝ぼけて……」


「信じてくれよ! ババァのために言ってんだ!!」


「だれがババアだい!! 二度と呼んだら飯抜きだよ!!! ま、世の中いろんな価値観はあれど、ケータイに神様がいるなんて、魔法みたいだね」


「ババァ……スマホはケータイとちがう……」


「そうかね。あたしは前のガラケーで十分だったさ」


     ×   ×   ×


 隣の空き地で、硬い石をさがし、玲音はスマホを置いた。


「もう、こうするっきゃねえ……」


 ビキ! バキ!

 何度も石を叩きつけた。

 漬物石みたいな石を。

 カラスが鳴いている。


「高校入学と同時に買ってもらったばっかりなのに、すまねえな。今朝の願いは勘定にいれないでくれ」


 ぼわん! と白っぽい煙が出てきて、福禄寿が笑った。


『よく、できました』


「うちのババァを神さんなんかにやるわけにいかねーんだよ。まだ、親孝行が済んでねえんだ!」


『いいことあるぞい』


 そうして神様はアプリごと消えた。

 そこへかかる、後ろからの声。


「こんなとこでなにしてるんだい。そりゃ、新機種だろ? 粗末にするんなら、もう買ってやんないよ」


「ババァ……」


 玲音は、ひと仕事終えた男の顔をしていた。



 次の日、なに食わぬ顔で登校する玲音に、美里とコウスケがつきまとい「神様アプリ」は一回しか願いを叶えてくれないと、噂話に花を咲かせていた……。

 自分がどんな願いをかけ、どう対処したかは、こいつらには一生秘密だな、と思う玲音だった。


END


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