第二話~ドラゴンアプリ~
キーンコーンカーンコーン。
「はーあ! 今日もギリギリセーフ!」
「真美、出会いとかあった? 食パンくわえてさあ」
「あるわけないない」
笑いあう、普通の女子中学生。
先に席について、待ち受けていたのはみちる。にこにこしている。
「みちる、なんかご機嫌だね……くしゅん!」
「ああ、新しく越したでしょ? 親が、猫飼っていいって。だから、純血種の子、買っちゃった」
「へえ、いいな。真美、猫アレルギーなんだよね」
真美はなんでもない風に自分の席に向かう。
ラインに打ちこむみちるの陰口。
▽みちる消えればいいと思う。
そのとき聞きなれない音声がして、鞄にしまう前に、スマホの画面が一瞬光った。
× × ×
「え? 死んじゃった? しまったなー」
まるで金魚なんかをいじりすぎて、死なせてしまったのと同様の感想をもらす真美。
思わずスマホをとる。
真っ暗な自室に、ほの白い画面が煌々と光を放つ。
「とりあえず、友達を生き返らせるアプリは……と」
× × ×
▽え? ダメなの? 課金したくないよ!
▽でもみちる死んじゃったじゃん。生き返らせないとまずいよ。
▽猫が死んじゃったくらいで、自殺なんて、イマドキダサッ。
▽とにかくあいつのペットを潰そうっていったの真美なんだから、ついでにみちるも生き返らせて、一件落着。
▽ちょっと待ってよ。あいつが猫十万したとか自慢するから、潰そうって言ったんじゃん。
▽実行犯は真美でしょ。
▽ヒャクパー当たる占いアプリでいろいろしたの、ズービじゃん。
ズービというのは小学校の頃からビーズが好きだった子の愛称だ。
▽ズービ、イナバ似の彼氏できてほくほくだよ。みちるにはノータッチだね、ありゃ。
▽真美はいつまでたっても小学生みたいだね。
▽あっ、今度はあたしたちのこと、呪い殺さないでね。
▽呪いって……占いって言ってるじゃん。
▽由美さんが退室しました。
▽香さんが退室しました。
真美はじゃらりとしたストラップをぷらぷらさせて、足元を見る。
みちるといっしょのプリクラ。ユーフォ―キャッチャーでとった妖怪ワッチのゴマさんアンド、ゴマサブロウのストラップ。
中二になってこんなのつけてるの、あたしらくらいだよねと笑いあった。
「みちるがいないと、からかう相手いないじゃん。ノート見せ合ったり、おべんとー交換するのも、宿題手伝ってくれる子も……いない」
× × ×
「課金するしかないじゃんか……」
しかしそれには、親の許可がいる。
きょうびの女子中学生は不自由である。
「あいつ、テストしか取り柄ないのに、ペット自慢とかうざいし。生き返らせなくても、いいかなあ」
ぼんやりと呟くと、スマホの画面が暗くなり、充電してつけたらアプリが減っていた。
× × ×
▽神様アプリ、消えちゃったよ。問い合わせとかどーしたらいいの?
▽あれ? 真美、今頃慌ててる。遅いよ。明細書に会社名、入ってるから。
▽そういえば、由美、課金したことあるんだっけ? 見せてよ。
▽それよりあたしら、みちるの葬式いくから。はやいとこうまく生き返らせなさいよ。
▽えー。イマドキ火葬とかで焼かれたら、骨から再生すんの?
▽ご両親の記憶も正さなきゃならないから、いくらかかるかしらね……。
× × ×
「みちる、ごめん。ラインで仲間外して。でも自慢しないでよね。アレルギーだって言ってるのに、毛をつけて登校とか、勘弁」
真美はベッドに横たわりつつぼやく。
「神様アプリ、DLできないな」
みちるがいなくなってから、初めて彼女の家にいってみれば、高い塀の上に忍び返しみたいな瓦が乗っている。
のぞけない。
けど、喪中のはずだ。
「そんな、嘘だよね?」
うろうろしていると、足首をつかまれた。
真美はつんのめって、こけそうになった。
「な? だれ?」
顧みた瞬間、白い手が塀の下へと消えた。
だけど、そこにあるべき姿――脚がない。
「み……ち……る……」
真美は一瞬、目の前が霞みがかったようにものが見えなくなった。
そして、霧が晴れたようにあたりは光を取り戻した。
「うそ! 今の、みちる?」
× × ×
みちるのお葬式。
告別式終わり。
真美は乗り込んでいき、棺桶の蓋を開けようとする。
どういうわけか、釘にとっかかりがない。
焦り。
悲鳴。
「みちるー!」
周囲の大人が止めようと、大騒ぎ。
「もう、これしかない」
書き込んだことが本当になるアプリ。
本当の本当に一回しか使えない、ドラゴンアプリ。
ゆうべ血眼になって、掲示板で調べた。
「みちる、生き返れ!」
液晶画面がふっと消えた。
× × ×
みちるは生き返った。
火葬場を通りかかって声をかけるものだから、周りに号泣されたみちるだった。
「神さま系アプリ?」
その手にはスマホ。
「へえ……」
ニヤリとゆがむみちるの口元。
× × ×
▽ねえ、真美がロゼッティのこと殺したんだって?
週一の給食がまずくなる一瞬。
▽え? いや、そーだったかあ? なんて。
▽ごまかさなくてもいいわよ。そんであたしの告別式にあわてて乗りこんできて、棺桶のフタ開けようとしてつまみ出されて、そうまでしてあたしをどうしようっていうの?
▽みちる……なんか、変わった。
▽あれからズービたちに教えてもらったんだよね。神様アプリの代わりにドラゴンアプリっていうのが流行っててさ、書き込んだことが全部本当になるって。
▽みちる、あの、わたし、そんなつもりじゃ……
▽じゃ、課金してあたしの猫返してよ。
▽わたし、アプリ起動しなくなっちゃって。
▽フーン、いいわけ、するんだ。
▽いいわけじゃないよ、あの、あの。今スマホこわれてるんだ。
▽あのさ、死んでる間、何考えてたか、教えてあげようか?
▽死んでたら考えられないんじゃない?
▽四十九日までは死者もこの世にいるんだよ。
▽さいですか……よくわからない。
▽これリスト。
リストにはこうあった。
1、ロゼッティ(猫)のお墓をつくること。
2、犬を最低十匹番犬として飼う。
3、死ぬまで真美を奴隷にする。
▽荒唐無稽で、最初は無理って思ったけど、ドラゴンアプリならあ、出来ると思うのお。
▽それ、一回しか使えない奴じゃん。
真美がたまらず席を立つと、まあまあと押し止められた。
▽うん、だから。真美があたしの奴隷になって死ぬまであたしの犬たちの面倒をみる、でオーケー。
▽そんな、みちるの薄情もの。
▽あたしを殺しといて!
▽生き返らせたのわたしだよ?
真美が泣きそうになって言うと、冷たい声が降ってきた。
「ロゼッティは十万もしたのよ? しかもまだ仔猫だった。純血種でベルベットのような毛並みできれいな瞳の……なかなか手に入らないのよ。それをブリーダーさんから直接ゆずりうけたんだから、手間賃だってかかるわ」
どうしてくれるの、と迫るみちるの目。
「神様アプリ使えばいいじゃん!」
「残念だけど今の主流はドラゴンアプリなんだよね。あたしは推薦で高校、大学と行きたいから。ロゼッティは真美が生き返らせて」
「わたしの神様アプリ、消えちゃったのよ」
「課金すれば?」
「……」
ロゼッティは生き返りました。
真美はお小遣いと両親の信頼と、周囲の信用をなくしました。
でもめげない。
「あたらしいアプリでないかな……受験なしで良い学校行きたいな」
「え? 百万かかる!? そんなのあったら、裏口入学できるじゃん!」
全然懲りてない真美だったのでした。
END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます