第5話

「嫌よ……っ! 誰が渡すものですかっ! 何よあんたら、これ以上私から家族を奪うって言うの……!? 嫌、いや、いやぁぁああああ!!」

 ウィルが「どうも、児童相談所です」なんて嘘八百を並べながら三人を預からせて下さいと言い出すと、エルダは予想外にも半狂乱になってそれを拒み出した。

 セリシアは白けていた。

 今更何なのだろう、あれだけ要らない要らないと、否定し続けて殴り続けて罵り続けて、それなのに、何を言っているのだろう、この人は。

 なにやらわめきながらいつもの様にそのあたりにある物を手当たり次第に投げ始めるエルダ。

 その様子を目にした三人は条件反射のように萎縮して体が動かなくなる。が。

 ウィルは三人やエリディアに物が当たらないように払い落としながら難なくエルダに接近し、腕を掴んでそれ以上暴れられなくしてからその目を真正面から見据えて言った。

「おいお袋さんよ、てめぇのガキが周りにとけ込めなくしたくないんならそう簡単にぶん殴ってんじゃねーよ。小さいミスですぐ殴ってたらガキもそれが当たり前だと思うのは仕方ねーぞ。周りが少しミスっただけで自分も同じように周りを殴り出す。そういうもんだってことしか知らないからな。そんなんじゃオトモダチなんてできねぇよ。ガキが自分が失敗することを許せなくもなるしな」

 思い当たる節がありすぎてセリシアはものすごく恥ずかしくなった。

 姉と兄はどうなんだろう、自分と同じように結構周りに手を上げていたりしたのだろうか。

 しかしなにこのおっさん、ほんとに児童相談所の職員だと言われても驚かないぞ何コレ……。

「と言う訳でだな、アンタにこのガキらを任せとくわけには行かないっていうお達しが来てるのさ」

 そしてピッと懐から一枚の紙を取り出す。どっから出たんだそんなもの。恐らく偽造なのだろうが。

 残しておくわけにはいかないであろうその偽造の文書はもっともらしくまた懐にしまい込みながらウィルは更に言った。

「加えて彼らは色付きです。何故制御を学べる養成所の寮に行かせなかったのですか」

「だって……だって……」

 エルダは床にくずおれた。

「離れたくなかったんですもの……」

 三人にはそのセリフはどうしても理解できなかった。

 この後隣のコリアおばさんに挨拶をしに行ったときは少し泣きそうになった三人だったが、どれだけしおれた様子であっても母にはあまりそういった感情を持つことが出来なかった。

「親の心子知らず、されど子の心も親知らず、どうせ皆別個体~ってな。……ほんと、ただのガキどもにしか見えないんだがな」

 馬車に揺られつつすやすやと眠る三人を眺めてウィルはそうこぼす。

「《精霊の加護ブレス》を受けた人間自体が希少ですわ。だというのに月と太陽まで居るなんて。だからわざわざ婆さまは我々を向かわせたのでしょうね」

「普通だったらただ補導されて終わりだったんだろうに。拉致られるなんてなぁ」

「まぁ彼らにとってはこれはこれで良かったのかもしれませんわ。制御を学ばなければ危険なことに変わりはありませんし、それにあのままあの家にいたらお母上を」

「まぁ、そりゃねぇだろ。扱い方知らねぇとはいえこいつらは立派に能力者たちだ。やろうと思えばやれたはずなのにやってねぇってことはこれからもやらねぇよ。どんなんであれ子は母にはかなわないのさ」

 含むところのありそうなウィル。けれどエリディアはウィルが生まれたときからの孤児であることを聞いているので解せない。だが特に踏み入る必要なしと判断しそれ以上追求しようとはしない。

「しかしお母上を説得なさった時は、能力制御の必要があるというだけでよかったのではありませんか? 無駄にお母上の情緒を乱しただけに見えましたが」

「……そこは俺個人がああいうのが嫌いってだけさ」

 手厳しいなエリディアは、と言ってウィルは困ったように笑った。

「……しかしあの婆ぁは節操がねぇな、こんなガキどもまで戦力の足しにしようと考えるなんてよ」

 気まずかったのか話題を変えようとするウィル。

「あら。婆さまは彼らの現状をウィルさんのお人よしさにかけていらっしゃったのではないかと思いますわ。だって多分ただ捕まえて警備所に突き出すだけでも何も仰らなかったと思いますもの」

「…………お前は婆ぁの回し者か」

「いいえ、ただそうであればいいなと思うだけですわ」

 不仲な親子なんて世界に五万と居るだろう。きっとこの三人よりも酷い環境だって五万とあるだろう。

 多分、千里眼を持つあの人にならどんなものだって視ることができる。

 その全てを助けられる訳じゃない。

 下手に手を出せば視る視ないの選択でさえ不平等にしかならないだろう。

 自分たちに利益があるから拉致っただけ、という形でしか手を出せない。

 視ることができても何も出来ないことの辛さはどういうものなのだろうか。

 きっとそれは、視える者にしか分からない。そして視えるあの人はそれを周りには言わない。

 エリディアは馬車の窓から見える月を眩しそうに見つめながら言った。

「どうせ分からないなら前向きに考えた方がお得ですわよ」

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サカナの瞳 千里亭希遊 @syl8pb313

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