第4話

「…………???」

 その人はしきりに怪訝な顔をし、冷や汗まで額に浮かべながら三人のことを見ていた。

「おい、ちょっと間違えてるんじゃないのか」

「間違いなどございませんわ」

 まったく信じられないといった顔で、頬から顎にかけての無精髭をじょりじょりと撫でながら(無意識)思わずぼやくが、しかし傍らに立つ女性にきっぱりはっきり否定される。

「現行犯ですもの」

「模倣のイタズラとかじゃないのか」

「ありませんわ」

 更にきっぱり。

「警備所が保護していた連中の話を聞くに精神感応や幻覚術やらを使われたようですし、わたくしの探査にひっかかったのも月光と陽光と劫火。行使された力の種類と効果からいってそうそうあるものではありませんもの。彼らしかいませんわ」

「ふむ……」

 彼はそれでもまだ首を捻っている。

「ふふふ、ウィルさん」

 彼女は何かたくらんでいるかのように嫌な笑みを浮かべた。

 ウィルさんと呼ばれた彼はそれを見て更に嫌な顔をする。

「わたくしは何故婆さまがあのように楽しそうにしていらしたかようやく理解できましてよ」

「…………なんだよ……」

 不審感たっぷりに聞き返す。

「この子たち、保護観察処分ということでウィルさんが養子にお引き取り下さいませ」

「待て待て待て待て待て待て待て待て! なんでそうなる!」

「うふふ、わたくし彼らについてかなり色々調べましてよ」

 悪巧みをしていそうだった顔から急にその女性は真面目な顔になった。恐らくその『色々調べた』結果だろう紙の束をウィルに渡す。パラパラとそれに目を通すウィル。

「あんまりお家に留めるのは宜しくなさそうですわ。何より……《精霊の加護ブレス》の力、養成所で学ばず独学のまま使っていては危険すぎます。色付きの子どもたちは半強制的にそれが学べる養成所の寮に入れられるはずだと思っていましたが……何故でしょうね?」

「……家にはお金がないもの」

 セリシアがぼそりと呟く。が。

「……言ったでしょう、半強制的、と。寮に入ってもかかるお金は最寄の養成所とあまり変わらないはずですわよ」

「……え?」

「養成所に対する寄付は貴族の見栄競争みたいなところがありますからね。養成所はあまり学ぶ側からはとりませんわ」

 …………だったら、自分たちは何のために────

「だから、スリやら恐喝やらを超常現象で襲って戦利品を横取り、とかそういう姑息なことはもうしなくて良いのですわよ」

「────!」

 ウィンクなどしつつお茶目にそう言う女性のセリフには、だがかなり棘があった。

「まったく、我々は隠密部隊であって超常現象処理班でも児童相談所でもありませんわよ」

「エリディア、もういじめんな」

 みかねてウィルが声をかける。

「……まぁその、なんだ。不良どもから取り上げるんであってもそりゃ元々盗まれたもんなんだからな。免罪符でもなんでもねぇ、ただのコソ泥と変わらんぜ。養成所はそうまでしないと通えないようなもんじゃねぇから、安心して足洗って俺らについて来い」

 さっきまで待てなんて仰ってたのにほんとお人よしですわ、などとエリディアが呟いているのを睨みつつ、ウィルは三人に手を差し出した。

 けれど三人ともぽかんとしていて動こうとしない。

 捕まった時はもうだめだと思ったのに、何なんだろうこの急展開は。

「はぁ~。ほんと、どんな悪霊か魔族が待っているのかと思いましたら、こんなかわいい子たちで拍子抜けしましたわ」

「おい、さっさと立て、そんでお前らの家に行くぞ、何か適当にお袋さんには理由つけてやっからさっさと荷物まとめろ。っていうかなんだその暑苦しそうな布は」

 ウィルは半ば無理やり、三人が頭から被っていた大人物の古着のコートをはぎとっていった。え、ちょっとウィルさんもう荷物まとめろってそれは早いのではありませんか、なんてエリディアが慌てているがそんなものを聞いている様子はない。

「ほれ、立て」

 一人一人腕を引いて立たせる。

「……金魚みたいなきれーな目しやがって。まったくほんとにこいつらか? 不良どもが総じてびびるオソロシイ悪霊ってのはよ……」

 未だに納得がいかないのかいつまでもブツブツと小さく小さく呟く彼。

 だがその小さな音になっていたかどうかさえ分からない呟きもしっかりセリシアは捉えていた。

『金魚みたいなきれーな目』

 ……きれい? この目が?

 近所では皆口を揃えて気持ち悪いとばかり言うのに。

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