第3話
「サカナーサカナー」
「きめぇー、サカナ~」
「人間じゃねぇよそんな目ぇ~」
放課後の教室で、さて帰ろうという時に意味もなくはやしたてられる。
何が楽しいのかニヤニヤ笑いながら、手拍子でリズムまで取りながらサカナサカナとはやしたてる。
お前らサカナ様なめんなよ栄養たっぷりじゃねぇかなんて思うけれどこれだけ大騒ぎされるとつい頭がカッとなる。
たとえられる対象が何で侮辱に使われるか分からないようなちゃんとした物であったとしても、侮辱されていることには変わりはなくて。
「……うるさーーーーーい!!!」
手の中にあったのはあの時見たのと同じ、不吉な鈍い光。
だけど投げつけようとする瞬間、危ない、ダメ、こんなの当たったら痛い、危険危険危険危険────頭の中でそう響く静止の声。
がちゃん
あの時と似た不吉な音がする。だけどソレが落ちたのははやしたてる集団よりも自分寄りで、床を滑って連中の足元で静止した。
一瞬その場は静まり返る。そして火がついたように騒ぎ出す。
「────……お前……それ危なすぎるだろ……ッ!」
「やべー、こいつやべーよ、まじ危ねぇ! 頭おかしいんじゃねえの!?」
「サカナめ! 人外人外!! 野蛮人~!」
人外って言っておきながら野蛮『人』って何よと思いながらも。
だって家では当たり前のことなのに。
こんなの投げられたり、マグカップで殴られたり、普通のことなのに。
────こんなに、抵抗のあるものだったのか。
母はいつも物を投げる時何を感じているのだろう。
何も感じないのか。
呪わしさだけだろうか。
良心の痛みなんてないのだろうか。
────傷つけることに母から罪悪感を感じられない自分たちが、
どうしてまだここにこうしてずっと、
存在し続けなければならないのだろう。
他人を殴っていはいけません、怪我させてはいけません。
「グーで殴ったら痛いのよ、分かる?」
そんなの日常茶飯事だから嫌ってくらい知っている。それに父仕込みの戦闘技術なんて発揮したらさすがに重症を負うだろうことは目に見えているので手加減すらしている。なのに、どうしてあたしは注意されるの? 先生はお母さんを注意してくれますか?
殴られたら痛いけど、それくらいじゃ死ねないよ。
人間って結構丈夫なんだね。
でも、結構簡単に死んじゃうよね。
────どうしてお父さんは死んでしまったのですか?
精霊はどうしてあたしたちの村を守ってくれなかったのですか?
あたしたちがここに生まれた意味はなんですか?
どうしてまだ生きていなければいけないのですか?
いっそのこと魔族を呼んだ原因として、死刑にしてくれればよかったのに。
どうして処罰されないのかと聞くと、お隣のコリアおばさんは少し悲しそうに笑った。
「何てことを言うんだい」
コリアおばさんは食堂を営んでいて、セリシアたち三人はおばさんの食堂の掃除や皿洗いなどを手伝ってお小遣いを貰っている。
「魔族は人を食うもんと決まってる。それは色付きだろうと普通の人間だろうと変わらない。色つきのあんたたちが少しばかりおいしいのかもしれないけど、そこに生きてるだけで狙われるのは誰だって変わりないんだから、そんだけで処罰されるなら人間は誰も生きていけないよ」
別に特にあんたたちが原因で村が狙われたわけじゃないんだよ、とおばさんは笑う。
「色付きは貴重なんだよ。魔族に対抗できる魔法を使えるのは色付きだけだ。だからそんなこと言ってないで、お父さんを殺されたのが口惜しいなら、戦うことを学んで魔族を討つことを考えるんだよ」
魔族は食ったものの分だけ一時的に強くなるらしい。恐らく色付きを食った方が他を食うより自らの力になるのだろう。
コリアおばさんは、十歳にもならない(姉は別だが)ようなセリシアたちを、手伝いの名目で働かせてくれて、お小遣いの名目でお金をくれる。四年前に同じく主人を亡くしているというのに、襲ってきた魔族たちが優先して狙っていたらしいような自分たちにもこんなに優しく接してくれる。
自分の子どもたちが既に家を出てしまっていて寂しいのはあったのかもしれないが、元々とても世話好きなのだろう。
自宅の畑で四人が食べていくのにはあまり支障はないとはいえ、食べ物だけあっても戦いを学べる養成所に通うことは出来ない。
三人の母も服飾屋で販売員の仕事をしていたりするが、母からは疎まれまくっていると感じているため三人はできるだけ自分たちで働きたかったのだろう。
でもまだそれだけでは、ほぼ無償開放である地元の読み書きそろばんだけの養成所くらいにしか行けない。
……だから。
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