章末話 皆で探検しましょう!
無理矢理起こされて機嫌の悪い二人と一体は、騒音をたてる周治を睨み付ける。
三方から突き刺さる視線など気にも留めず、彼は続けて言った。
「さあ、行きますよ。早く準備してくださいな」
「……準備って何だよ」
真中が怪訝な顔をすると、周治は、あれ、と言いながら宗通先生に顔を向ける。
「ん、真中達は聞いていないのか。宗通先生、言って無かったのですか」
「いや、まだ早すぎないか。知らせがあったのか?」
「ええ。昨日役神様から」
「もう手配が済んだのか。円滑に進み過ぎて気味が悪いな」
「師匠、まだ何かあるんですか?」
「ああ、とりあえず出かける支度をしよう」
何もわからないまま、宗通先生に言われる通りに支度を進める真中と充希は、終始険しい顔をしながら無言を貫いていた。
一足先に庵の外で待っていた周治は、二人が出てくると、悪い話では無いから安心しな、と二人を宥め、最後に宗通先生が外に出て戸を閉めると、彼らを先導して歩き出す。
悪い話では無い、と言われた二人は一先ず気分を落ち着かせたが、やはり何事か気にはなるので、互いに顔を見合わせると首を傾げる。
周治の後について歩き、なだらかな丘を越えて少し大きな川を横断する橋を渡り、とても大きな崖にくりぬかれたような穴を通り抜ける。更に、長く伸びた草木を掻き分けながら進むと二人は見慣れない一軒の屋敷を発見し、周治が突然足を止めて振り向いた。
規模こそ大きいものの、あまり手入れされていないらしく、程々に薄汚れた外観に、敷地を囲む木の柵は所々腐ってぼろぼろ、敷地の中は雑草が生い茂り、池の水は茶色く濁って水中の様子は全く視認できない。
なんかお化けとか出そうな雰囲気だな……。
嫌な予感のした真中は、恐る恐る周治に尋ねる。
「……えっと、これは?」
「住みたいんだろ?」
「は?」
「住みたいんだろ?」
「やだ」
「住め」
「加賀屋さん、一体どういう事か説明してください」
「ええ、僕が? 面倒臭いなあ。先生、どうしましょう」
周治は眉をひそめて頭を掻きながら、宗通先生に目を遣ったが、彼が目を合せようとしないので、はあ、と溜め息を吐いた後、徐に語り始めた。
「ああ、ほら、言ってただろう、境界領域に住みたいって。それだよ。でも勘違いするなよ、これはまだ仮住まいだからな。急な話だったから、新しい屋敷ができるまではここで我慢してくれっていう事だよ」
そういう事か、にしても大きいな。
周治の言葉を聞いた充希は、それまでの不機嫌な様子から一転して、満面の笑みを浮かべ弾んだ声で叫ぶ。
「本当ですか? やりましたね、萬屋さん! 頑張った甲斐がありましたよ!」
「お、おう」
「二人共、まあそういう事だから、中に入ってみよう」
そういえばそんな約束してたな、すっかり忘れてた。
周治が二人を急かし、三人と宗通先生は屋敷へと向かって歩いた。
扉を開けて中に入ると、真中はきょろきょろとあたりを見回す。
長い間誰も住んでいなかったのか、そこら中が埃にまみれていて、歩く度に舞う埃を吸ってしまい、ごほごほ、と何度も咳をする。
二人が周治に導かれるままに、口を布で塞ぎながら奥へと進んでいくと、途中で何か話し声が聞こえてきた。
「周治、この部屋から話し声がするんだけど」
「ん、ああ、ここだったか。通り過ぎるところだった」
「誰かいんの?」
「ああ、入ってみればわかるさ」
「そうですか。それじゃあ、さっさと入ってみましょう」
充希が率先して扉の前へと駆け寄り、勢いをつけて力強く扉を開くと、部屋の中は綺麗に掃除された後の様で塵一つ見つけられず、中央には鵬崎樹と臥蛇泉の二人が向かい合って座っていた。
驚いた真中と充希は目を見開いて彼らを凝視する。
無事だったんだな。よかった、本当によかった。
突然扉が開いて驚いた樹と泉は、真剣な顔を真中達の方に向け、何事かと注視している様だったが、侵入者が顔見知りであることを確認すると、表情を和らげて微笑んで見せる。
そして、ほっと息を吐いた二人は立ちあがり、入り口付近に立つ真中達の元へとやってきて、申し訳無さそうに口を開いた。
「久しぶりだな。色々と迷惑をかけてしまったみたいですまなかった」
「ごめんね。私達のせいで」
充希は顔を赤らめて、そんな、と首を横に振る。
手を合わせながら真面目に謝罪する二人に慌てた真中は、後頭部に手を当てて笑顔を作りながら返事をする。
「いや、俺達が勝手にやったことだから。それに、そのうちお礼をするって言ったじゃないすか。これで貸し借り無しってことで。はは」
「そうか、じゃあこれで対等だな。すまないな、一晩世話しただけで命まで救ってもらえるなんて思わなかったぞ」
「受けた恩に大きいも小さいも無いさ。さ、もうこの話はおしまい。それで、あんたらがどうしてここにいるんだ? 人原に帰ったらいいじゃないか」
「ああ、えっとね。私と樹も……」
「ああ、私から説明しよう」
と、何か言おうとしている泉を制止した宗通先生は、こほん、と咳払いをすると言った。
「その二人にも君達と一緒に住んでもらうことになる。今回の顛末を知っている以上、我々としては出来る限り目の届く所に居て欲しい。そこで彼らを咎めぬ条件として、人原には帰らずここに住む事を提示したのだ」
「半ば強制ではあるけれど仕方ないし、別に一生人社会には行けないって訳でも無いからね。私達はその条件を受け入れたの」
「そういう事だ。これからよろしくな、真中! もちろん充希もな!」
樹が屈託の無い笑顔を見せながら右手を差し出すと、初めは口を開いて驚いた様子だった真中だが、暫くしてその手を確り掴むと、よろしく、と笑顔で返し二人は固く握手を交わした。
隣では、充希と泉が顔を見合わせて笑っている。
すっかり蚊帳の外で居心地の悪い宗通先生と周治が、無言でその様子を眺めていると、屋敷の入り口から透が呼ぶ声が聞こえる。
すると彼らは、用事があるから、と言ってそそくさと部屋を出て行った。
残された四人は彼らの行動を訝しんだが、すぐに忘れてわいわいと話し始めた。
四人が盛り上がっている中で、唐突に充希が三人の勧誘を始める。
「そうだ、私達で神原の色んな所を探検してみませんか? それをまとめて記録するんです。私達だけの神原の事物の百科事典を作り上げましょう!」
元々神原探索を日課にしていた樹と泉は、彼女の提案に飛びついた。
「いいな、それ。目的が出来れば、今まで以上にやる気も出るってもんだ」
「私も樹も、どうせ今まで通り神原を歩いて回るつもりだったからね。反対する理由なんか微塵も無いわ」
「はい、お二人も協力してくださるなら嬉しいです! 頑張ってすっごく分厚いのを作り上げましょうね!」
「おう!」
「ええ!」
三人が勢いよく立ち上がって拳を突き上げると、座ったままの真中は困った様に頬をかきながら口を挟む。
「ええっと、そんな事して大丈夫かな……。また宗通先生に怒られないだろうか」
「秘密にしてればばれませんって。別に内輪で楽しむだけですし、問題ありませんよ。萬屋さんにも師匠の心配性が移ったんですか? 臆病になっちゃいましたか?」
充希が小馬鹿にした様な態度で真中を煽ると、反抗心からやる気になったらしい彼は、ちょっと聞いてみただけでそんな事ねえよ、と言い返した後更に、俺もその提案に乗った、と言い切って立ち上がり、彼女と目を合せると、なんだか可笑しくなった二人は笑い始める。
釣られて樹と泉も豪快に笑い声をあげ、四人の声が屋敷中に響き渡る。
そして、四人が輪になって手を重ねると、改めて挨拶を交わした。
「それじゃあ決まりですね! これからよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「よろしくな!」
「よろしくね」
第二章 真中は中立じゃない。へ続く。
二つの社会の真中から 異社会見聞録 石粉護符 @iskgh
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