四人の野望。

第34話 俺と充希は透さんでもあったのか

 真中が目を閉じる直前まで堅殻が立っていた床の上には、それが何であったのかわからないほどに黒ずんで、不快な臭いを放つ欠片が散乱していた。

 それを眺める真中は、恐怖や後悔といった思いよりも驚きの方が大きく、透から受け取った薬がこの光景を生んだと確信して苦笑する。


 なんてことだ。取扱注意どころの話じゃない、下手したら俺がこうなってたよ。

 充希はいつの間にか気を失ってしまったらしい。

 俺も気絶しようか……。今更だな。取りあえず護符を剥がすか。

 ……あれ、護符があっても互いに見えてたよな、どうしてだろうか。


 思うところは色々あった真中だが、仕事を終えて取りあえず護符を剥がすと、次の指示を仰ぐために、宗通先生の方に身体を向けて彼と目を合せた。

 宗通先生も目の前の光景には驚きを隠せない様子だったが、彼の視線に気付くと慌てて口を開く。


「あ、ああ。よくやってくれたな、真中よ。柔変殿、彼が今回の仕事を受けてくれた萬屋真中という修学者だ」

「おお、そうか。萬屋殿、この様な事に巻き込んで申し訳ない。だが、よくやってくれた。私からも礼を言わせてい欲しい」

「え、ああ、いえ。お役に立てたならよかったです」


 宗通先生から真中を紹介された柔変が彼に礼を述べると、真中は恥ずかしさから顔を赤らめて笑い、頭を掻いて目を逸らした。

 続けて、宗通先生が充希を柔変に紹介しようとする。


「それともう一人、まだ修学者では無いが、いずれ彼女も……ああ真中、充希は何処にいるのかな?」

「え? 充希はここに……」


 すぐそこにいる充希の場所を訪ねられて、きょとんとしながら充希を指差す真中だったが、護符の事を思い出して納得し、彼女の右腕に目を遣る。

 彼女の腕に貼り付いた護符を見つけると、それを剥がすために腕を伸ばした。

 汗で濡れた護符に指が触れると、つい変な気を起こしそうになってしまうが、何とか抑えてこれを剥がすと、彼は宗通先生に答える。


「ほら、ここに」

「ああ、ありがとう。彼女は橘充希。修学者で無いとはいえ、十分信頼できると私は思っている。今回も自ら志願して来てくれたのだ」

「宗通殿が言うなら間違いはあるまい。こんな所では寝心地も悪いだろうから、別室で寝かせてやると良い」


 そう言って柔変が部屋を出て行った後、透の護符を手にしたまま、真中は宗通先生の元へと近づき尋ねる。


「先生、これって本当に周りから見えないんですよね?」

「ああ、私にはお前達が見えなかったぞ」

「これを付けている者同士は、見えるものなのでしょうか?」

「護符は主の力を分け与えた物だから、存在は独立していても、ある意味で主自身でもあるのだ。周りから見えないと言っても、自分が自分を見ることが出来ないというのは、おかしな話だろう?」

「つまり護符を付けている間、俺は透さんでもあるってことですか」

「まあ、ある意味ではな」

「へえ、なんか興奮しますね。へへへ」

「お前と言う奴は……」


 呆れた顔で真中を見つめる宗通先生は、腕を組みながら、はあ、と溜め息を吐く。

 

 それから三日間の滞在中、宗通先生と柔変は忙しく動き回っていたが、真中と充希は特にする事も無く、周辺を散歩したり、館の中に籠ったりと思い思いの時間を過ごしていた。



 神様達が後始末を終えると、柔変に別れを告げた二人と宗通先生は帰路に就いた。

 往路とは異なって、周りを警戒する必要も無く、急ぐ必要も無く、のんびりと彼らは歩いて行く。

 真中は山道を下って行く間、つい数日前にはこの道を堅殻が歩いていた事を思い出し、何とも言えない心のもやもやが晴れぬまま、転ばない様にゆっくり足を進めた。


 麓まで降りてきた彼らは小休止をとった後、樹木の傘を抜けて青々とした平原を歩き始めた。二人は燦々と照り付ける太陽に晒され、随分と弱くなってしまった風は熱を冷ますには足らず、火照って紅くなった頬をだらだらと汗が滴り落ちていく。

 はあ、はあ、と息を荒げる二人に気を遣った宗通先生は度々休息をとらせるが、日陰になる場所は無く、只管水筒の中の水を貪って疲労を誤魔化す他無かった。


「ああ、何でこんなに暑いんだよ……。堅殻の呪いだよ絶対」

「……変な事言わないでくださいよ。笑えませんから」

「ところで宗通先生、二人の事ってどうなるんですかね」

「ああ、そうでした。彼らは勿論お咎め無しですよね、師匠?」

「うむ。お前達の功に報いる必要があるし、柔変殿も尽力してくれたからな。条件付きではあるが特赦が出されることとなった」

「条件ですか? けちだな大泰帝様も」

「こら、滅多なことを言うんじゃない。これでも格別なお計らいなのだぞ」

「師匠、その条件というのは?」

「まあ、帰ればわかるだろう。それを楽しみに頑張って足を動かせ」


 やたらと休憩を挟みながらだらだらと進んだ結果、二人と宗通先生が転界路に到着した頃には、既に日が傾き始めていた。往路に比べてどれだけ多くの時間を要したのか、などとは決して考えず彼らは祭儀圏を後にする。


 境界領域に戻った二人は、宗通先生の庵に泊めてもらうこととなった。

 暗闇の中を歩きながら、手持無沙汰な宗通先生は真中をからかう。


「ところで真中よ、もう何日も家に帰ってないだろう。鬼が手ぐすね引いて待ち構えておるかもしれないぞ」

「ちゃんと暫く帰れないって言ってありますからね。流石に大丈夫でしょ」

「しかし、これだけ長くなるとはお前も考えていなかっただろ?」

「まあ」

「では、鬼も今頃顔を真っ赤にしていないとも限らんじゃないか」

「勘弁してくださいよ……。疲れてる時に怖い事言わないで」

「ははは、私は全く疲れておらんのだがな」

「身体のつくりが違うんだから、一緒にしないでくださいよ」


 真中が体力の有り余っている宗通先生に遊ばれている間、充希はうとうとしながら彼らの会話を聞き流していた。

 庵の中に入ると二人は畳にそのまま横になり、深い眠りに就く。

 二人の前では強がっていた宗通先生も、数日間働き詰めで殆ど眠っていないためか、強烈な睡魔に襲われたのだろうか、胡坐をかいてふと目を瞑った次の瞬間には、大きないびきをかいて寝てしまった。



 翌朝、漸く日が昇り始めた頃、皆がぐっすりと眠っている庵の中に、どんどんどん、と何度も戸を叩く音が鳴り響く。

 しかし、疲れ切って死んだ様に眠る者達がこの音に反応することは無く、諦めてしまったのだろうか、戸を叩く音はぴたっと止まった。

 すると今度は、がさがさ、と物音がして、がらがらがら、と戸が開いてしまう。昨夜庵に帰った彼らは、不用心にも戸の鍵を閉め忘れていたらしい。


 あっさりと開いた戸に、若干苦笑いしながら中に入ってきた男は、徐に部屋の真中まで歩いて行くと、口を大きく開いて歯を剥き出しにして、万歳しつつ大声で叫ぶ。


「さあ、おはようございます。皆さん、朝ですよお!」


 驚いて飛び起きた宗通先生と真中、充希が寝ぼけ眼で部屋の真中を見るとそこには、ははは、と高笑いする周治の姿があった。







 







 


 




 


 


 











 


 







 

 

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