第4話 テレビ局

初めて入ったテレビ局は、外見通り、とても広かったが、それと同じように人の通りも案外激しかった。時には何かの撮影に使うと思われる大道具を台車にのせて人が通るので、その度に隅へ移動しなければならない。特に、フータは図体が大きいので大変そうだ。リュウがすがるように、シュウをことあるごとに、見つめてくる。

「じいちゃーん。フータにあれ使っちゃダメ?」

 ついに我慢の限界に達したリュウが、キクシゲに聞いた。

「うぅ。僕からもお願いするよ。このままじゃ、普通に歩くこともしにくい」

 うるうると目を潤ませながら、フータはキクシゲを見上げる。

「あー、それじゃ、仕方ないのぅ。シュウ、完成しとるか?」

「完成はしてるけど、人目がありすぎるよ、じいちゃん。控え室についてからの方がいいと思う」

 シュウはごめんな、と謝りながらフータの体を撫でる。

「でもさ、フータ。それなら、天井に張り付いていけばいいんじゃないのか? お前なら天井歩けるだろ?」

 フータは風虎。風を操れるので、その気になれば逆立ちではなく、自分の体に風を纏って空を飛ぶこともできる。それを応用すれば、天井を歩くこともできるだろう。

 シュウの言葉に、フータは今気づいたとばかりに目を見開いた。

 早速試してみると、すんなりとフータは天井に張り付いた。

「うわーい♪ シュウ兄、いい考えだね、これ! それなりに天井高いし、歩きやすいよ、とっても! ありがとう」

「なんで、すぐ気づかなかった、フータ」

「うっ。さ、さぁ、これで問題も解決したし!行こっか!」

 呆れたようなシュウの視線から逃れるように、フータは背を向けた。

「さて。遊んどる暇もそろそろなさそうじゃ。一応、出演者にできる限り挨拶に行かねばならんでな。ほれ、行くぞぃ。控え室に着いたらすぐに挨拶回りじゃ」

「「うん!」」

 シュウと、リュウは元気に頷くのだった。



「ウゥ。グルルルルルッ」

 特殊な鎖に繋がれ、檻に入れられた黒毛の幻獣は唸りを上げていた。ぎっと自分を檻に入れた存在を敵意と憎悪にまみれた瞳で睨み上げる。

「あたくしと契約してくれれば、すぐにでもそこから出すと言ってるざますのに」

 獣を見下ろしながら、嘆息するふくよかすぎる体型の女性。その身を赤いドレスで包み、たくさんの宝石で飾り立てているが、残念ながらその性根が腐っているのが内から滲み出ているからか、清らかさも美しさも欠片もない。醜悪極まりない女だった。

「グルルルルルッ。ガアッ!!」

 檻の格子に噛みつき、その女を威嚇し続け獣は拒絶する。

「ふん。まぁ、いいざます。お前の代わりなど、探せばまた見つかるざます。お前がいつまでその反抗的な目でいられるか、楽しみざますね。あぁ、獣臭い。さっさと控え室に戻るざますよ」

 女は笑い、檻に入った獣を残して、SPと一緒にそこから立ち去った。

 部屋が一気に静寂に包まれる。黒い獣は、唸るのをやめて、ペタンと檻の床に体を伏せた。特殊な鎖は、ギリギリと獣を締め上げており、本当は立ち上がるだけでも獣を苦しめるのだ。それでも、あの女への嫌悪感と比べたら、苦しい方がまだましだった。あの女を喜ばせたくない。弱らせた自分の姿など、あの女の前では絶対に晒さない。それは、獣の矜持でもあった。それでも、体が苦しいことに変わりはない。今のうちに、少しでも苦しさを和らげようと、獣は目を閉じた。その耳に軽い足音が二つ、この部屋に近づいてくるのを捉える。この足音は、あの女ではない。どうやら、あの女は鍵をかけ忘れたようで、軽い足音は獣のいる部屋にまで来るとかちゃりとドアを開いた。

「あれ? え?」

 現れたのは、茶髪の子どもだった。獣が檻に繋がれているのを発見して、一時思考が停止していたが、すぐに動き出す。

「え? 幻獣、だよな? なんで、こんなところに閉じ込められて・・・」

 獣の檻に近づいてくる子ども。この子どもがあの女とどんな関係なのかを知らないために、獣は子どもにも警戒心を示した。立ち上がり、唸りを上げる。

 ビクッと一瞬身を震わせたが、すぐに表情を凛々しいものにして、ゆっくり、一歩一歩子どもは近づいてくる。

 獣の目と鼻の先まで来た子どもは、じっと獣を観察した。獣の体には、鎖で縛られながらも無理をしたせいか、所々に傷がついていた。

「お前、大丈夫か? 怪我してるけど。契約相手は? それとも、契約相手がお前をここに閉じ込めたのか?」

「グルルルルルッ!」

 唸りを上げて威嚇しても、子どもは困ったように獣を見つめてくるだけで、獣を恐れる様子はない。

「リュウー。この子、誰とも契約してないみたいだよ。多分、偶然門が開いたのに巻き込まれたか、契約相手が死んじゃったか、どっちかじゃないかな」

 天井から声が落ちてくる。上を見上げると、白い巨躯がたん、と軽やかに床に着地した。風虎。幻獣界でも力が強い種族として知られている存在だ。

「契約相手がいない幻獣? まずいじゃん、それ!」

 幻獣は、この世界ではなく異世界からやって来たいわばこの世界では異物扱いされる生き物だ。

 急に環境がまるで違う場所に放り込まれたようなものであり、そのため、こっちの世界では幻獣の存在は不安定で、弱りやすい。それを防ぐために、幻獣は、自分と契約する相手を見つけて、名前をつけてもらい、この世界の一部であると示して、世界から拒絶されないようにするのだ。こうしておけば、この世界に慣れるまでに衰弱死ということもない。契約相手が死亡した場合でも、猶予期間はあり、その間に別の契約相手を見つける。見つからなければ、門が開く場所へと赴き、向こう側へと帰る。

 だが、この幻獣はここに繋がれており、帰りたくても帰れないようにされてしまっている。風虎の口ぶりから、黒い獣は契約もされていないようだ。

「なんとかならない、フータ!? このままじゃ、死んじゃうよ!」

 焦る子どもに、風虎は白と黒の斑模様の尻尾をふよふよとそよがせながら、返答した。

「うーん。そうだね、とりあえず、ここから出したげるのが先決かも。リュウ、シュウ兄からあの魔封札預かってるでしょ。僕がひとまず監視するから、ここから出してあげたら? これだけ弱ってたら、僕一人でも抑え込めるから」

「あ、うん! フータ、周りに人はいないか? 幻獣も」

「ちょっと待ってね」

 風虎は、スッと目を閉じる。音がせずに扉が閉まり、周囲が防音の結界で覆われる。風虎はすぐに目を開いた。

「これで、大丈夫。使っていいよ、リュウ」

「ありがと、フータ。解、発動」

 子どもはポケットから取り出した魔封札を使用した。途端、黒の獣の体に魔力がまとわりつき、どんどんと自分の体が小さくなっていく。それと共に、獣を苦しめていた鎖も緩んだ。黒の獣は自身の変化と、急激な事態の変化についていけずに少しぽかんとしてしまった。

 子どもが檻の中へと手を伸ばし、黒の獣の体を格子の隙間から外へと出してくれた。黒の獣は、温かいその指に牙を立てる。

「!? いたっ」

 痛みに呻きながらも、しっかりと黒の獣を取り落とさなかった子どもは偉い。その間に子どもの指に浮かんだ赤い滴を黒の獣は一心不乱に舐めた。体に力がみなぎっていく感覚がし、力が戻っていく。毛づやの悪かった黒毛は艶々になり、傷も消えてしまう。

「お前!?」

 風虎がいきり立つが、黒の獣はすぐに頭を下げた。

「怒らないでもらいたい。私とて、弱っていたのだから、緊急的な措置として見逃してもらいたい。手っ取り早く魔力を補充したかったのだ。助けてもらい、さらに魔力まで頂いたこと、感謝する。あなたの名前は?」

「え、え? 俺は、リュウ・タチバナだけど」

「では、リュウ様。私と契約してもらえませんか?」

 リュウの顔が強張った。すぐに首を横に振られる。

「ごめん。それはできない。俺には、フータがいるから」

「・・・・・・え」

「俺じゃなくて、もっと別の人に頼む方がいいよ。俺は、フータ以外とは今のところ契約する気ないから。ごめん」

 何故、と驚愕する黒の獣に、申し訳ないと思うリュウだった。



 その頃、リュウと別れ別れになってしまったシュウは、リュウを探し回っていた。頭に大きな虹色のオウムを乗せて。

「あー、もう! やっぱりリュウのこと、見失った! どうしてくれるんだ!」

「ダカラ、アヤマッテイルダロウ。シカシ、ドウシテモ、キクシゲドノニタノミタイコトガアッタノダ」

「あのな。創造魔法だって万能じゃない。そんなこと、簡単にできるわけないだろ。人の気持ちは、変わりやすいんだから」

「ソレデモ、タノミタイノダ。マエミタイニ、ハジメタチニ、ワラッテホシイ。ナカナオリ、シテモライタイノダ。デナクバ・・・イツマデタッテモ、シェーンニ、アエナイ」

 シュウは嘆息する。自分たちは、ただテレビ局に遊びに来ただけなのに、なんでこんなことに巻き込まれているのだろうか。

「はぁ。わかった、降参だって。手伝うよ、手伝います。でも、リュウと合流してからな」

「オンニキル」

 本当に、何故こうなったのか。シュウはほんの十分前の出来事を思い返していた。


 早めにスタジオに着いたお陰で、挨拶回りも存外に早く終わり、仮面セイバーに出ている主要メンバーからのサイン色紙ももらえた。当然、ハイテンションになったシュウと、リュウだったが、そのテンションのまま、今度は余った時間までテレビ局探検しよう!ということになり、シュウたちはあちこちをうろうろしまくっていた。理性があっても好奇心には敵わない、を見事に体現している二人は、時にスタッフやマネージャーに注意を受けながら、時間一杯まではたくさん見て回ろうとしていた。

「シュウ兄、早くーっ!!」

 先へ先へと勝手に行ってしまうリュウに追い付こうと、駆け出したシュウだったが。

 バサリ。

 眼前に羽が広がって、悲鳴を上げながらシュウはひっくり返ってしまった。

「な、何?」

 尻餅をついたシュウの前には、七色の羽を持つ、体長七十cmほどのオウムがいた。目を白黒させるシュウに、オウムが話しかけてきた。

「イタ。ソウゾウマホウシ、キクシゲドノノカンケイシャ」

「え?」

「キクシゲドノニ、タノミタイコトガアル。クチゾエシテモラエルヨウ、タノミニキタ」

 オウムの出現に気をとられてしまったシュウは、先に行ったリュウのことを一時忘れて、オウムから事情を聞き出す。

 そして、リュウと離れ離れになってしまったのである。それに気づいたシュウはとりあえず、手近な壁をガンガンと殴った。

 それからなんとか、フータが臭いを嗅いで、シュウのもとに戻ってきてくれた。リュウたちと再会したのはいいがしかし。

「リュウ? その、手に持ってるのは?」

「あ、えっと、その。色んな部屋に入ったら、迷ってるの見つけて! それで、ついてきちゃって!」

 早口で理由を並び立てるリュウに、シュウは再び壁を殴り付けた。

「うわっ!?」

「しゅ、シュウ兄?」

 シュウの突然の行動に、頭の上のオウムもびびったようで、全員がおののく中、シュウが吐き捨てた。

「なんで、なーんーで、俺がこんな目に遭わないといけないんだ! 俺、まだ小五なのに!! そりゃ、リュウは弟だし、面倒みろって言われたらみなきゃな、ぐらい思うよ!? でも本人がすっ飛んでいったんだから、リュウも悪い!! さらに、戻ってきたと思ったら、厄介事の臭いがぷんぷんする幻獣連れてるし! ほんとう、ちょっと目を離した隙になんでこうなってんだよ!? 俺が目を離したから悪いの、これ!?」

 しばらく、壁を殴り付けて愚痴ったあと、ふぅ、とそれは深く深く息を吐き出して。

「しゅ、シュウ兄? あの・・・」

「オウム。お前の頼みは後回しな。とりあえず、じいちゃんところに戻らないと。リュウにフータ。もう、俺から離れるなよ。離れても探さないからな。見かけない幻獣もついてくるならきていいから。さぁ、行くぞ、リュウ!! じいちゃんとばあちゃんのお説教は覚悟しろよ!」

 シュウはリュウと手をしっかり繋いで、待ちくたびれてるであろうキクシゲの控え室へと急いで戻るのだった。

「お、お説教やだーっ!!」

 シュウに引きずられていくリュウが叫んだ。

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Joker’s Monster 美月 @mituki1009

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