第3話
それからは、特に問題がなく・・・とは当然行かず。
「う、うぅ。眠い」
ぱたーんと、ソファーに寝転ぶシュウの姿にここ五日ほどで慣れてしまったリュウは、何も言わずに冷蔵庫に入ってるミネラルウォーターをコップに入れてすっと差し出した。
「サンキュ、リュウ。本気で助かる」
「ううん。別にいいんだけど。シュウ兄、やっぱり俺、カレン姉に訓練方法変えるように言ってこようか? ずっと体調悪そうだし」
「あぁー。これ、体調悪い訳じゃないって。魔力の巡りが悪くなって、あちこち筋肉痛みたいになってるだけだから、慣れてきたことは慣れてきたし。実は最初よりもかなりましだから」
話を聞いていたフータが首を傾げた。
「でも、シュウ兄。最近すぐにソファーに転がるよね?僕もリュウも心配なんだけど」
「これはちょっと寝不足なだけ。気にしなくていいぞー、フータ」
あの日、母が帰宅した後に感じた誰かに見つめられる様な気配は今はしていない。それでも警戒はしといた方がいいだろうと、リュウが寝静まってから、こっそりと創造魔法を魔封札に込めているのだ。ただでさえ、魔封じで魔力を練りにくい中、創造魔法を行使するのだから、失敗することの方が多く、最初はシュウもイライラした。だが、今ではかなりコツが掴めてきた。十回に一回の成功から、五回に一回の成功にまで至ったのだから、カレンに規格外認定されるはずである。
「ねぇ、シュウ兄。まだ先のことなんだけど、俺、これ行きたい! 今日、学校でもらってきたんだ、このチラシ!」
リュウが勢い込んで見せたチラシはグシャグシャだったが、中身を読むのに支障はなかった。
「星楽私立学園、学園祭のお知らせ」
開催日 5月2日~5月5日 9:00~17:00(最終日は16時まで)
ステージイベント 5月2日
10:00~ 仮面セイバーショー
11:30~ ローズガーディアンプリンセスショー
13:00~ 幻獣ショー
14:30~ 歌のハピハピ♪ショー
15:30~ カラオケ大会(飛び入り参加OK!)
5月3日
・・・・・・・・・・・・
「リュウ! これ、仮面セイバーショーがあるって書いてある!」
「でしょ!? でしょでしょ!? 俺もすっげえテンション上がって! それで、今日帰ってきたら、父さんや母さんに連れていって欲しいって、頼んでみようと思って!」
「もちろん、俺も大賛成だ! 出店とかも出るみたいだし。今から楽しみだな、リュウ!」
「うん!」
まだ行くとは決まっていないが、気の早い二人は、どんなものを食べたいかの話に夢中になってしまって、カレンが呼んでいることにも気づかず、訓練で角を生やしたカレンにこってりと絞られてしまうことになったのだった。
ピンポーン。ピンポーン。
「あれ?」
「誰か来たのかな? シュウ兄、母さんから何か聞いてる?」
押されたインターホンに、リュウとシュウは顔を見合わせる。カレンは忙しそうなので、リュウに行ってもらった。インターホンのカメラで、来客を確認したリュウが、叫ぶ。
「じいちゃん!? それにばあちゃんも!?」
リュウの驚愕の声は響き、シュウやカレンにまで届く。
「ちょっと待ってね! すぐに開けるから!」
リュウが、ドアの鍵とチェーンを外す。眼前に立つのは、白いものが混じり始めた、老年に差し掛かっている男だ。かくしゃくとしている男の側では、こちらもしわが目立ち始めているものの、銀髪の綺麗な老婦人が立っていた。
シュウやリュウの祖父母である、キクシゲ・ハママツとリディアナ・ハママツである。ちなみに祖母は外国の出身で、シュウやリュウにも四分の一はその血が流れている。リュウの髪の色が薄いのはおそらくそのせいだろうな、とシュウは思っているほどだ。
「おお! 大きくなったなぁ、リュウ。ほれ、これ、お土産じゃ。リュウの大好きな松嶋の三種のパンセットじゃ」
「やったぁ! じいちゃんありがと!」
リュウの大好物を手土産にしてくる辺り、祖父母も孫が可愛くて仕方ないのだろう。
「ちなみに、お前への食べ物の手土産はないからな、シュウ」
「わかってるって、じいちゃん」
シュウへの手土産がないことについては、話し合いでそう決まったのだ。と、いうのも、シュウは月一で祖父母に会いに行くので、その気になればいつでも自分用に色々買えるからだ。
「じゃから、今日はお前が読みたがっとった本を持ってきた。ほれ」
「うわぁ! ありがと、じいちゃん!」
世界各地の神話や伝承を集めた本に、シュウは目を輝かせる。何故なら、これはシュウにとって創造魔法を創作する際のとても貴重な資料になるのだ。世界各地の伝承や神話というものの中には当然、伝説的な武器や、恐ろしい怪物をどうやって倒したかという難問をクリアーした話なども乗っている。それらを知り、自分の中でどうやったら、この結果に結びつくのか、ということを考えるのはシュウにとっては楽しいことだった。
「もう。いっつもあなたはそうやってシュウの興味をひいて、シュウを一人占めにするんだから。今日は、私もいるのよ?」
ちょっと拗ねた様なリディアナの言葉にキクシゲは慌てながら、ご機嫌とりを始める。
「じいちゃんって、ばあちゃんの尻に敷かれてるよね、シュウ兄」
「うん、そうだな。じいちゃん、いっつもばあちゃんには敵わないよな」
二人の言葉が聞こえていたのか、キクシゲは余計なことを言った二人にごつん、ごつんと拳骨を落とすのだった。
二人が来たことで、カレンは慌てて、二人分の夕食の準備を追加した。二人が年をとってることもあって、あまり量を食べないことが幸いし、なんとか夕食の準備が整った。五人と一頭で夕食を囲む。
「急にいらっしゃるから、驚きました。キクシゲ様、リディアナ様」
「すまん、すまん。今回は、急に決まった話でな。連絡したかったんじゃが、車に乗ると、それも難しくてな」
「行く前も、どたばたしたものねぇ。荷造りが大変だったわ」
「それは、お疲れさまです。それで、しばらくこちらに泊まられるんですか?」
「そのつもりじゃ」
「ごめんなさいね、迷惑かけて」
いえ、と首を振るカレンだが、頭の中では、後で買い出しに行かなければいけないという計算をしていたりした。
「ところでじいちゃんたち。何しにこっち来たの? 急に決まったとか言ってたけど」
オムレツをつつきながら、シュウが水を向ける。
「あぁ。テレビの仕事が急に入ったんじゃよ。しかも、明日の十時にスタジオに入っとかんといかんでな。それで、急いでここまで来たというわけじゃ」
「テレビ? じいちゃん、どんなのに出るの?」
リュウの問いかけに、キクシゲはニヤリと笑った。
「実はな、この間特撮で使える魔封札の依頼を受けてな。それの特番じゃよ。一時間生放送らしいんじゃ」
「へぇ」
「ちなみに、お前らのいつも言っとる仮面セイバーの特番じゃ」
「「ええ!?」」
声が重なる。二人の驚きぶりに、キクシゲはもったいぶりながら、詳細を聞かせてくれた。今度のゴールデンウィークに先駆けて、公開される仮面セイバーの映画。それに使用されてる魔封札は、キクシゲが手掛けたもので、様々な場面で使われているらしい。
「それで、行くならお前らも連れてってやろうかと思ってな。お前らの好きな仮面セイバー役と、間近で接することができるぞ? どうじゃ?」
「「行くっ!」」
幸い、明日は学校がない。タイミングもバッチリだ。訓練は、土曜日と日曜日はどちらか休んでもいいことになっている。たまに休みを挟まないと、さすがに不満が出るということで、この措置が取られていた。なので、明日はお休みし、明後日に頑張ればいい。
二人の元気な返事に、キクシゲもリディアナも、とても満足気だった。
「じゃあ、ちょっとシュウ兄と行ってくる!」
「行ってきまーす!」
夕飯が終わり、のんびりする間もなく、シュウとリュウ、それにリディアナの三人で買い出しに出掛けることになったのだ。明日のご飯の買い出しと、色紙の購入のためだ。
「気をつけての」
玄関まで三人を見送ったキクシゲは、家に入ると好好爺然とした雰囲気をがらりと変えた。
「・・・・・・どういうつもりじゃ、カレン?」
「なんのことでしょうか」
「とぼけるな。シュウがはめておった魔封じのことじゃ。あんなもん、子どもにはめさせるものじゃないだろうが」
苛立たしげに、カレンを睨めつけるキクシゲに、カレンは静かに答えた。
「そうかもしれませんが、シュウ様のためにもなることです。ですから、私は・・・」
カレンの言い分を、キクシゲは鼻先で笑い飛ばした。
「はっ。違うじゃろう。シュウのためでもあるかもしれんが、一番は自分のためじゃろう? いや、正確には、他の幻獣のため、といったところか。何故、よく知りもせん幻獣のために、シュウが不自由せねばならんのじゃ。まだ十の子どもじゃぞ? それに、カズコはお前がシュウに魔封じをはめさせてることを知っとるのか? 知っとったら、烈火のごとく怒り狂いそうじゃが」
カレンは答えない。ただ、苦々しげに顔を歪めた。その態度が答えを示している。カレンの握った拳に力が入る。
「「幻獣避者」とはよく言うたものじゃな。あのこが不憫でならん」
「好きで! 私たちだって好きで避けてるわけじゃありません!! ただ、シュウ君は他の人間と何かが決定的に違う!人間にはわからないでしょうが、私たち幻獣は感じ取ってしまうんです! 無意識な圧力だけでも並の幻獣は怯えて逃げてしまうぐらい、シュウ君に恐怖と忌避感を覚えてしまう。私だって、本当はわかってます。シュウ君はとてもいい子だって。それでも本能が訴えかけてくるんですっ。とても強い声が、囁いてくるんです。シュウ君に近づくな、と。声は、年々強くなります。シュウ君の魔力を抑えることで、その声も少しは弱まりましたけど。契約してる私でさえ関わるのには心構えが必要です。契約していない幻獣では声に耐えきれないでしょう」
それが真相だった。スフィンクスがシュウに告げたことは、真実そのままであったのだ。高位の幻獣であっても恐怖で誰もシュウと契約ができない。いや、してはならない。すれば恐ろしい目に遭うと本能が囁きかけてくる。
シュウは、カレンの知る限り最高の魔力量を誇る。あれだけの魔力量を持つ人間は、世界でも数少ないだろう。特別といえばいいのか、異端と呼ぶかは恐らく意見が分かれるところだろうが。
もしかしたら、とカレンは考えることがある。シュウは、もう既に契約をしているのではないだろうか。それも、途方もない力を持つ幻獣と。
強い力を持つ幻獣は時に契約相手に自分の匂いをつけることがある。自分と同等以上の力がない幻獣が、契約相手にちょっかいをかけることを防ぐためにやるのだ。カレンも実はカズコに自分の匂いを付けている。それは、幻獣でなければわからない匂いなのだが、その匂いを既にシュウはつけられているのではないか。いや、しかしそれはあり得ないと、カレンは自分で自分の考えを打ち消す。今までシュウの側に幻獣の影があったことさえない。それなのに匂いをつけることなど、できるはずがない。
「シュウ自身は悪くないのに、お前たちは勝手にこちらに来ておいて、こちらのものに不自由を強いるんじゃな」
「・・・わかってもらえないのも、無理はありません。ですが、魔力量を伸ばすという意味では間違ったことをしているとは思っていません」
実際、魔封じを着けることは、魔力量を伸ばす訓練としては理に叶っているのだ。ただし、その負荷は普通の人間では完全に魔力を封じられてしまう。規格外のシュウに合わせた訓練法だった。
「まぁ、よい。今のところ、あの子が疑う素振りはないしの。じゃが・・・」
キクシゲが、笑う。その眼光は鋭く、冷酷な光を灯している。ビリビリと伝わる覇気は、あまりに重苦しいものだった。肌が粟立つ感覚、カレンは呑まれまいと気を張る。じわりと額に脂汗が浮いてくる。
「シュウを傷つけるのであれば、例えお前でも容赦はせん。儂の契約幻獣を使ってでも、報復するからの。覚えておけ」
「・・・肝に命じます」
カレンが頭を下げると、キクシゲはいつもの好好爺に戻った。
「さて、と。ひとまず、荷物の整理でもするかの。風呂は沸いておるか?」
「あ! すみません、まだです。今沸かしてきます!」
バタバタとカレンはお湯を張りに行ったのだった。
「たっだいま~。あー、寒かった」
「ただいま、お風呂沸いてる、カレン姉? あ、リュウ! 一応、手洗いうがいしろよっ」
「ただいま。明日のために少しおやつ買ってきたわ」
三十分後。カレンは何事もなかったかのように帰ってきた三人の相手をした。
その後、今日こそはと早めに残業を切り上げて帰ってきたカズコと、その夫、ナガマサは興奮して話す二人の子どもを微笑ましく見守りながら、幾ばくかのおこづかいを二人に渡した。さらに喜んだ二人は明日のために早めに床についたのだった。
明けて翌日。興奮しきりの二人を少し諌めながらも、カレンが用意してくれた朝食を食べる。食べ終わると、シュウはカズコに呼ばれて鏡台の前に座らされた。手早く、シュウの長い髪を綺麗にまとめて、最後に白一色の細リボンで留めた。
「ほんと、シュウはすぐに髪が伸びるわねぇ。一ヶ月もってないじゃない」
シュウが以前、髪を切ったのは、三週間前だ。しかし、切ったときにはベリーショートであったにも関わらず、もう背中の半ば辺りまできている。シュウの身長は百四十センチ程なので、かなり長い。
「俺としても、リュウぐらいの早さで伸びて欲しい。頭、すぐ重くなるし、本読むとき、バッサリと落ちてきて邪魔だし」
シュウも、この髪の伸びの早さにはうんざりしているのだ。おかげで、いつも行く床屋は、完全に顔馴染みになっている。
「シュウ兄ー! もうすぐ出るってー! シュウ兄のリュックも玄関出しとくからー!」
「わかった! 母さん、ありがと!」
お礼を言って、シュウは鏡台から離れる。
行くのは、キクシゲ、リディアナ、シュウとリュウの四人だ。一応、はぐれたときのために、シュウは子供用携帯を持っている。
「準備はできた?」
「うん!」
ほら、と赤い仮面セイバーが印刷してあるリュックを嬉しげにリュウはリディアナに見せる。
「俺もできてるよ、ばあちゃん」
シュウは、キャラ物ではなく落ち着いた青いリュックで、中には色んな物を詰め込んでいた。おやつ、お茶、色紙、タオル、サインペン、カメラ、メモ帳、筆記具と、さらには読みかけの本が二冊。さらに、秘密ポケットにいざというときのための魔封札が何枚か仕込まれている。これは、安全対策のためにリュウにも持たせてあった。
「だ、大丈夫? シュウの方はかなりパンパンになってるみたいだけど」
リディアナが心配すると。
「シュウ兄は、いつもこれくらいだよ。僕が、シュウ兄とリュウの荷物持ち」
フータの背に、リュウは遠慮なく自分とシュウの荷物をベルトで固定する。その熟練とも言える手つきに、キクシゲもリディアナもいつものことなのだな、と納得した。
「それじゃあ、車で向かうかの」
「行ってらっしゃい。二人とも気を付けてね」
「うん!」
「行ってくるね、母さん!」
玄関口まで見送りに来てくれたカズコに、手を振りながら、シュウとリュウは出ていった。急にしん、と家の中が静かになる。
「今のうちに、私も家の仕事をやりあげなきゃね」
子どもがいない時間帯というのは貴重だ。掃除をするのに都合がいい。夫もたたき起こして手伝わせよう。
ぐっと拳を握って、気合いを入れるカズコだった。
「うっわぁ。すごい、すごい! なぁ、シュウ兄!」
「でっかいな。さすがテレビ局」
車の中から二人はその建物を見上げる。どーんとそびえ立つ高層ビルに、シュウとリュウは圧倒された。ちゃんと壁に、第六フタバテレビ局とある。
「中に入るぞ。あぁ、それと見学者や儂みたいなゲストが中に入るには入場許可証が必要なんじゃ。首から下げるものじゃが、なくさんようにな。なくすとつまみ出されてしまうんでの」
「なんで出されちゃうの?」
こてん、と首を傾げるフータに、説明したのはシュウだった。
「ファン対策だよ。アイドルとか、有名な俳優や女優に、熱烈なファンが付きまとわないように、安全を考慮して、部外者は立ち入り禁止になってるんだ。テロ対策とかもしてあって、テレビ局内って、かなり入り組んだつくりになってる」
「よく知っとるの」
シュウは、持ってきた本を自慢げに取り出した。
「昨日、雑誌で読んだんだ! 事前調査はばっちり!」
「あ! シュウ兄、いつのまに! 俺にも見せてよ!」
シュウが取り出した雑誌は、テレビアニメや特撮の現場を取材した記事なんかをまとめたものだ。昨夜の買い物の際に、リディアナにねだって買ってもらったのだ。俺にはお土産がなかった代わり!と、シュウがごり押しした。リディアナを困らせながらも、結局買ってもらったのだから、子どもとは強かな面がある。
「俺は大体読んだから、リュウが持っててもいいぞ」
「ありがと、シュウ兄!」
「こらこら、そろそろ着くから、一旦雑誌はしまいなさい」
「あいたっ!? ちょ、リュウ、僕の頭の上に本落とさないで!?」
リュックにしまおうとしたリュウがうっかり手を滑らせて、本をフータの上に落としてしまったり、急ブレーキがかかって頭を前方座席にぶつけたりしながら、車は駐車場に入っていくのだった。
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