第2話

シュウとリュウが帰宅すると、帰ってくるのが遅いです!と、カレンから注意されたが、それよりも気になることがあったシュウは、すぐにノートパソコンの前に座った。起動させて、慣れた手つきでパスワードを解除。そして、ネットに繋いで、シリウスと創作魔法の使い手というキーワードで検索をかける。すぐさま幾つもの結果が表示される。そこから、シュウはめぼしそうな題名をクリックした。

「・・・・・・シュウ兄? 何してるの?」

「あぁ。今日会ったシリウスさんについて調べてた。正式な資格持ちみたいだな。本人も言ってたけど、移動系の創造魔法が得意みたいだ。ネットの予約状況すごっ! よく、店頭に出せるなぁ」

「でもさ、シュウ兄。これ、一枚五十万ぐらいしてるんだけど。高いのだと、一千万・・・!」

 一、十と、桁を数えていたリュウの頬がひきつる。だが、シュウは涼しい顔だ。シュウは祖父からおよそであるが、魔封札の相場を教えてもらっていたりする。シュウ自身も最初に教えて貰った時に高っ!と思ったりしたが、どうやら、ほとんどは素材費らしいのだ。加工費として、創造魔法の使い手にはお金が入るが、売れなければ、お金が入ってこない。それどころか、不良在庫を抱える羽目になる。単価が高いので、効果の高さと使いやすいかどうかで売れ行きがかなり変わってくる。大ヒットと呼ばれる魔封札は、年に数回出てくればいい方だ。

「本当に、もっと材料費を抑えられたら、皆が使えるようになるのに・・・でも、難しいっちゃ難しいか」

「そんなに、魔封札の材料って手に入りにくいの?」

「手に入りにくいっていうか。手間が掛かりすぎるんだよ、札の状態にするのに。幻獣たちが材料を提供してくれるんだけど、魔力の質が全然違うものを混ぜ合わせなきゃいけないんだ。比率とかは当然秘匿されるけど、手にした感じだと、属性がほぼ全部入ってると思う」

 リュウの質問に、シュウは丁寧に答える。

「うっわ! それはすごい手間暇かかるね、シュウ兄。属性全部とか、俺じゃ想像つかない」

 リュウの言葉に、シュウも苦笑する。

 幻獣の研究が進んだことで、幻獣にも属性というものがあることが判明している。地水火風光闇無、そして未確認ながらこれに時と空が入る。

(時と空って記述少なくて、ほとんど確認されてない属性なんだよな。一回でいいから、空か時の属性持ちの幻獣見てみたい。どんな幻獣なんだろ)

「・・・・・・にい。シュウ兄!」

「ん?」

「じゃあ、シュウ兄が実験とか言って使ってる魔封札って、ひょっとしてすっごく高価なの?」

「言ってなかったか? かなりいい値段してるぞ、あれ」

 げっ、と声を上げるリュウ。そんな高価な物を勝手に使ってしまっては、兄に怒られるはずだ。

「ごめん、シュウ兄。今度から、勝手にシュウ兄の魔封札は使わないことにする」

 本気で、反省しているリュウに、シュウは良い心がけだとばかりにうんうん頷き、リュウの頭をかき混ぜた。

「まぁ、机の中に入れてるのはそれなりに安全な札ばっかりだから、実験的な意味では一応安全性は確保されてる。けど、金庫内のは絶対使うなよ。あれは、無資格で使ったら、本気で捕まるから」

「使わない! 絶対に使わないから!」

 リュウの慌てぶりに、くくっと笑い出すシュウ。

「あ、シュウ兄! 俺のこと笑っただろ!? ちょ、笑うなよ、シュウ兄!」

 少し変わったことがあっても、賑やかな日常が今日も過ぎていく。



「ダメよ。こんなの市場調査とは言わないわ。きちんと調べるよう、伝えたはずなんだけど?」

 書類を突き返したのは、紺のスーツに身を包んだ女性だった。

 黒髪を頭の上できれいにまとめ、唇に引かれたルージュが色鮮やかにその女性を彩る。つり上がり気味の瞳とキリリとした柳眉が若干きつめな印象を与えるが、それでも女性が美人なことに変わりはない。

「そうなんですよ。だから、こちらも困ってしまって。幾らなんでも、ひどいですよね、これは」

 職責を果たせていないと謗りを免れないほどの杜撰な調査であり、さらに提出期限をとうに過ぎている上での提出。眼前の女性が怒るのも無理はない、と渡された同僚は思う。

「実はこれ、担当したのが、あの男なんですよ」

 うんざりしたように告げる同僚に、女性もまた眉間にしわを寄せた。

「あのモリオカとかいう男ね? 一体あいつは仕事を何だと思ってるのかしら。提出期限を守らない、調査や書類は杜撰すぎて使えない、これが、まだ入りたての新入社員なら容赦してやろうかという気にもなるわ。でも、ここでもう三年働いてるのよね?」

「は、はい」

 ふう、と嘆息し女性は立ち上がった。

「いいわ。もう、限界。上と掛け合ってくる」

 女性は内線を掛けて上司がいることを確認してから、颯爽と立ち上がった。それを頼もしげに見てくる同僚。だが、心中で彼女は内心こう思っていた。

(本当に、こんなのばっかりで私の仕事が全然進まないじゃない。今夜も遅くなりそうね。シュウとリュウの面倒はカレンに任せてるけど、いつもいつも、嫌になるわ)

 彼女の名は、カズコ・タチバナ。シュウとリュウの二児の母であり、バリバリのキャリアウーマンだった。

 カズコは、そのまま上司の元へと向かうと、モリオカの勤務態度とモチベーションについて切々と訴えた。仕事に支障が出ているのだ。いつまでも甘い態度ではいられない。

 上司は、優柔不断な穏やかな性質であり、カズコの訴えを冷や汗混じりで聞いていたが、やがて具体的な方策を示さずに、話を切り上げられそうになり、とうとう、カズコの堪忍袋の緒が切れかけた。

「あ」

「あら」

 そこに、件のモリオカが姿を現した。

いつも、手入れをしていないのかボサボサ状態の茶髪に、前髪が長いので陰気に見える。猫背であり、覇気のない足取りは、カズコからしてみればやる気がない証のようにしか思えなかった。外回りをするのであれば、もっときちんとした格好をするべきであり、他の人間はなぜ注意しないのかと憤慨してしまう。

 だが、よく考えると常に外にいってる相手を捕まえるのはかなり大変だ。そう思い直し、ならば偶然ここで出会ったことが幸いとばかりに、モリオカに仕事の書類について訊問をし、次にこんな手抜きの書類を出すようなら、正式に抗議を入れて給料にまで影響を及ぼすことをきっちりと伝える。伝え終えると、カズコはそのまま自分のデスクに戻った。

 その後ろ姿を憎々しげにモリオカが睨んでいたことにも気づかずに。

「カースト。今あったことを、課長の記憶から消してくれ」

 モリオカの影が蠢く。その中から、一つの黒い影が飛び出した。

 課長への処置をその影に任せて、モリオカが大きく舌打ちする。

「カズコ・タチバナか。邪魔だな」

 自分の契約した幻獣の力が全然通用しない。おそらく、カズコと契約している幻獣が、かなり強いのであろう。ほとんど会社で見たことがないが、離れていても契約相手を守ることができるのだから、油断できる相手ではない。

 どうやって排除したものか、思案するモリオカに、彼の幻獣が笑いながら報告してくる。

「今さっき、課長の頭の中におもしろい情報があったぜ。どうやら、あの女には二人子どもがいるらしい。一度退職したが子育てが落ち着いたところで仕事に復帰したみたいだな。しかも、子どものうち片方は契約幻獣がいないらしい」

「へぇ? それは好都合だな。契約幻獣がいないってことは、守りもないってことだしな」

「あぁ。なぁ、ケイジ? あの女の澄ました顔が、焦りと不安でぐちゃぐちゃに乱れるところ、見たいとは思わねぇか?」

 くいっとモリオカの口端が上がった。

 その後、モリオカは長く課長室から出て来ずにいたのだった。



「はぁ。やっと帰って来られた」

 時間は既に夜の十一時を、過ぎている。こんな時間まで残業かと、カズコは嫌になる。夫は短期の出張で、今日は家には帰って来ない。カレンがいなければ、子どものことについてかなり悩んだかもしれないな、と思いつつ、鍵を開けて自宅の中へと入る。

「あ、お帰り、母さん」

 リビングのソファーに、長男であるシュウが座っていた。

「まだ起きてたの、シュウ? 明日、学校大丈夫?」

「そうだね。そろそろ寝ないと。十時過ぎに布団に入ったんだけど、ちょっと思いついたアイデアがあって。書き留めようとしただけだったんだけど、つい夢中になっちゃったや。あ、カレン姉は、母さんの夕飯温めてる。母さんも、お仕事お疲れ様」

 青いパジャマに着替え、寝る準備は万端なシュウにカズコは微笑んだ。

「ふふ。確かに疲れるけど、シュウやリュウの顔見ると、疲れなんて吹っ飛んじゃうのよ。今日の集会はどうだったの?」

 学校からの外出許可には保護者のサインがいる。そのため、今日シュウが集会に出向いたことも当然カズコは知っていた。ふるふると、首を横に振ったシュウに、残念そうに眉尻を下げる。

「大丈夫。きっと今にシュウにぴったりの幻獣と出会えるから。あきらめないで頑張りましょう?」

 カズコはシュウを後ろから抱きしめて、頭を撫でる。

「その事なんだけど、母さん。俺、しばらく集会には行かないことにするよ」

「え?」

「今日の集会でスフィンクスに会ったんだ。それで、俺と契約したがってる幻獣がいるって、はっきり言われた。それで、俺その幻獣と契約しない限り、他の幻獣と契約はできないんだって」

「スフィンクスが? 本当に、そんなことを言ったの?」

 うん、と頷くシュウに、カズコは考える。クイズ好きのスフィンクスだが、基本は真面目であり、そんな冗談や嘘をほいほい言うような種族ではない。

「なんでかな。俺、スフィンクスの言葉聞いたときに、あぁ、だからかって、すっごい納得できたんだ。だから、焦らずにその幻獣と出会えるまで待つことにする。リュウも俺に遠慮せずに、もっと契約した幻獣を増やしていいって、母さんからも言ってやってね。俺、もう、そんなに、気にしてないから」

 リュウがフータ以外に幻獣と契約しないのは、半分以上は自分が原因だとシュウはとっくに悟っていた。リュウが自分に後ろめたさと罪悪感を感じて遠慮してることなんて、ずっと育ってきたシュウにはすぐにばれる。ばれるが、今は何を言っても無駄だと思った。最初の頃は口出しして、変な遠慮するなと喧嘩になったこともあった。だが、それでもリュウの意思は固く、なによりリュウ自身がフータがいればいい!と頑固に主張し続けたので、結局現在に至るまで、リュウの契約してる幻獣はフータだけだ。

 だが、シュウは知ってる。街中で、リュウと契約したくてわざわざ近寄ってくる幻獣がいたり、集会でリュウと契約したがった幻獣がいたことを。

「例え、俺が幻獣と契約できなくても、リュウがそこまで心配すること、本当はないんだけど。あいつ、これだけは俺の言うこと聞かないから」

「そうね。シュウもリュウもどっちも似た者同士だし、頑固者だからね。話はわかったわ。じゃあ今後は気楽に待つってことで、集会には行かないのね?」

「うん。待つことにする」

 創造魔法があるシュウならば、幻獣と契約しなくても、生きていく方法はある。カズコはわかったわ、と了承してくれた。カレンがカズコを呼んだため、カズコはシュウから離れて立ち上がった。

 シュウは子どもらしい笑みを見せてから、部屋に戻ろうとして、不意に立ち止まった。誰かに見られている感じがする。気のせいかもしれないが、シュウは自分の直感を信じた。

 たまたま手元には、アイデアをまとめるために持ってきていた魔封札があった。その内の一枚を手に持つ。

「解。発動」

 単純なスタートの合図を出すと、間封札に封じられていた魔法が発動する。

 『破邪の結界』。

 邪なる者を弾き飛ばす、無属性の結界だ。何かが弾き飛んでいく感覚を覚えながら、シュウは目を細めた。過去にも、何度かこの手のことはあったが、今回は妙に抵抗が強かったような気がした。

「しばらく、カレン姉に『契約者の安全』を使うように言っとこ」

 本当は常に母カズコの側にいたいであろう、カレンの心配を取り除くために創った創造魔法の魔封札。それは既にカレンに手渡してあり、ほとんど毎日、カレンがカズコの側にいないときは使用している。もちろん、それは幻獣でも使えるよう、シュウが調整した創造魔法の魔封札だ。

「もう、来なきゃいいけど」

 新しい防御用の創造魔法が必要かも、と考えながら、シュウは自分の寝床に戻るのだった。


 ドン、という音と共にその影はタチバナ家から弾き飛ばされ、近くの公園の遊具で強かに背を打った。

「がはっ! ぐっ、はあ、はぁ、はあ」

 油断していた、とその存在は思う。自身の過信の代償をその身で手痛く払うことになったのだ。

「なんだ、あの子どもは」

 幻獣の気配は全くしなかったが、それでも自分の存在に気づき、尚且つ追い出すような真似をする子どもがただの子どもであるはずがない。

「モリオカに報告するか。だが、あの子どもは絶対に許さねぇ。俺様の誇りにかけて、必ず消してやる」

 当初の目的を忘れて、その存在はシュウの殺害を企てるのだった。

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