終礼
バスのエンジン音が絶え間なく聞こえてくる。
窓の一つもない車内は、一切景色が変わることもない。何か変化があるとすれば、それは時折バスが左右に揺れるくらいだった。
犯人役を全員処刑したオレ達はゲームに勝利した。
それからすぐに、草壁はオレ達をバスの中に押し込み、オレ達はされるがままに運搬されている。
行きのように、草壁が高説を垂れることはない。オレが反抗的な態度を見せることもないし、清羅がそれを庇うこともない。幼馴染であることを茶化されることも、津川や涼音にうるさいと怒られることも。
それでも、オレ達は不思議と前を向いていた。
清羅の言っていることを全て理解したわけではない。だが、あの時の言葉はきっと、一生オレ達の心に残り続けるだろう。
「悪かったな、ユリア」
ふいの言葉に、ユリアは怪訝な表情を見せた。
「なにがです?」
「お前はオレに似てると勝手に思っていた。だが、とんだ勘違いだ。結局、浅ましい感情に支配されていないのは、お前だけだった」
その言葉を、この殺人鬼がどのように理解したのかは分からない。
しかし彼女は、何の戸惑いもなく、くすりと笑ってみせた。
「言ったはずです。人間は、矛盾を孕んでこそ美しいと」
人を殺すのはいけないこと。自分だけ助かるなんて浅ましい。
そう思われてでも生きようとしがみついた人間がいたことを、たぶん、オレ達は忘れてはならないんだろう。そしてオレ達は、たとえこの社会がどうなろうと、彼らと同じように生にしがみつき、生きて、そして死んでいくのだ。
ふいにバスが止まり、後部ドアが開く。
オレ達は何も言わずにそこを降り、目の前の光景を見つめた。
ああ、とオレは納得した。
きっと清羅は、今オレ達が見ている風景を、ずっと前から予想していたんだ。だからこそ、彼女はオレを怪物にしようと思ったんだろう。
今後どうなろうとも、どちらか一人は生き残れるように。
そこにあるのは学校だった。
オレ達が今までいた場所よりもずっと広い。数多くの校舎があり、校庭の広さは以前の倍以上ある。遠目には、テニスコートやプールの類まで見えた。
「うそ……でしょ?」
前嶋がへたり込む。
如月が、絶望に顔を俯かせる。
しかし、オレはすぐに如月の顔を上げさせた。見ると、ユリアが前嶋の手を取り、無理やり立たせている。
そうだ。
オレ達は生きると決めた。
たとえこの先何があろうと、死にもの狂いに生きて、生きて、生き抜いてやる。
それが、オレ達が殺してしまった人間にできる、唯一の罪滅ぼしだ。
その時、ふいに何台ものバスが校庭に入って来た。まるで円を作るようにそれらが停まると、後部ドアが一斉に開き、そこからぞろぞろと学生達が降りてくる。
最初に目に飛び込んだのは、オレ達の右隣に位置するチームだ。
学ランを羽織り、腕を組んだ偉そうな男が三人の仲間を引き連れている。
四人。その生存者の数は、最小限の被害で犯人役を処刑した証左に他ならない。
左隣のトラックから降りてきた先頭の学生は女性だった。一人だけ、明らかに目つきが違う。まるでナイフのように研ぎ澄まされ、今この時も獲物を狙っているような獰猛さが窺える。
このチームも、全員で四人だった。
「へー。オレ以外にもなかなか骨のある奴がいるじゃねーか。最初に聞いとくが、犯人役の処刑は全部一人でやったんだよな? そうじゃねーなら一歩後ろに下がりな。オレと同じ位置で話すに値しねー」
「随分と自信家ね。残念だわ。もし私が犯人役であなたのチームに入れたのなら、真っ先に殺してあげたのに」
男は高らかに笑った。
「言うじゃねーか、女! 見込みあるぜ!」
オレは思わずため息をついた。
どいつもこいつも好戦的過ぎる。
「オレは一人だけだ」
「あーん? じゃあさっさと一歩下がりな」
しっしと、犬でも追っ払うように手で払う。
「オレのチームはゲームを一回しかクリアしていない。だから一人だ」
「あー、なるほどな。誤爆の中に犯人が紛れ込んでたのか。チッ。ラッキーボーイかよ」
それを聞いて、女は冷笑を浮かべた。
「そう? 私には、ずいぶん苦労したように見えるけれど」
オレは思わずその女に視線を向けた。
もしもオレの発言だけでどのようなゲーム展開だったのかを推理できたのだとしたら、相当手強い相手になりそうだ。
周りを見ると、他にも続々と学生達が集まっていた。
ガスマスクを被り、メモで意思疎通を計る奇妙な女。どこから持ってきたのか、一輪の薔薇を手にずっとその臭いを嗅いでいるキナ臭い男。
どいつもこいつも、一癖もふた癖もありそうな連中ばかりだ。
「……おい。そりゃどんなマジックだ?」
コートを羽織った男が、今度は隣の男に喧嘩を売っている。
懲りないなと思いながらも絡まれている男のチームの人数を数え、オレは驚愕した。
その男のチームは、何度数えても六人いた。
「へー。二人も犠牲者を出してるくせに、随分と偉そうな人間がいるんだねぇ」
にこにこと笑うその姿は好青年さながらだが、言っていることはなかなかキツい。
「どうやったんだって聞いてんだ。さっさと質問に答えろよ」
「ん? 簡単だよ。犯人役をさっさと見つけて、人を殺すことほど辛いものはないと説いてあげただけさ。そしたら勝手に自殺してくれたよ」
催眠術……?
いや、そんなもので人を自殺に追い込めるはずがない。おそらくは、巧みな話術と洞察力でそれをやってのけたのだ。
最後にやって来たバスは、他に比べて特に異質だった。
どのバスも複数人の生存者がいる中で、そこから降りてきたのは、たった一人の女だった。
制服は血まみれで、据わった目をじろりとこちらに向けている。
見ただけで分かった。
この女は、犯人役だ。
「生き残ったのはあたしだけ、か」
他に生存者が二人だけの組も存在するというのに、女は確信したようにそう言った。
一見すると可愛らしい普通の女の子である彼女は、それを忘れさせる残忍な笑みを浮かべてみせた。
「次は、もうちょっと骨のある奴を犯人役にしないとね」
一度ゲームを経験した人間なら、犯人役がシビアなことは嫌でも分かる。
おそらく彼女も、要注意人物の一人となるだろう。
これは気を引き締めてかからないと、すぐにでも食われてしまいそうだ。
生徒全員が集結すると、校庭の中心へ草壁は移動して、マイクを取り出した。
「えーみなさん! まずは試験プログラムのクリア、おめでとうございます。ここまで生き残った皆さんならわざわざ僕が説明するまでもないでしょうが、仕事なので一応ちゃんと言っておきます。これより、あなた方には正式な更生プログラム『殺人学園』を受けていただき、再び学校生活を送ってもらいます」
新たな学園生活の始まりに、全員の顔が引き締まる。
その中で、オレは決意を新たにした。
小説に出てくる探偵とは違う。華やかでもなく、高潔な存在でもない。その本質は下劣で醜悪で、そして利己心に溢れている。
そんな世に言う犯罪者として、オレはこの手で人を殺し、そして生き残るのだ。
「基本的なルールは同じ。この中から犯人役と探偵役に別れてもらい、敵陣営を殺して殺して殺しまくる。勝った方が、皆さんが大好きな“命”を差し上げま~す!! それでは、改めて一言」
草壁は、高らかに宣言した。
「ようこそ。殺人学園へ!!」
fin
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