12月25日

彼はしきりに、ライトの色加減や光の向きを褒め称えてくれた。

知らない人からの評価。

私は嬉しさを隠すようにうつむき…………。

きっとニヤニヤしている。

緩む頬を隠した。


「これを設計したのは有名な人?」


かれこれ一時間以上、会話を続けた私たちは、いつの間にか敬語がとれ、前からの友人のように話をしていた。


「ううん、無名の新人だよ。」


悲しい事に無名です。

しかもクビになってから初めての大仕事。


「へぇ~才能あるね。日本にもこんな人材がいたんだ。」


いやー、それほどでも。

嬉しさを噛み締めた。

今まで学んで来た事を出しきった渾身の作。


「うん、本当にいいね。」


彼の言葉が私の中に溶けて行く。


彼は噴水を見ながら周りの人達を観察しだした。


「カップルばかりだね。まぁクリスマスだし、それにこんな時間だしね…………」


彼は手元に視線を落としながらそういった。彼の言葉通り周りはカップルばかり。

時計は12時を周りは1時を指す手前だった。


「もう電車ないみたいだけど大丈夫?」


彼は灯りが消えた駅を見ながらいった。


「うん、車だから。あなたは大丈夫?」



彼は頬にえくぼを出しながら『大丈夫だよ』と言った。

その笑顔が私の思考を支配した。ドキドキしている。


今まで散々話をしてきたのに。


良く見れば整った顔立ち。

黒ブチの眼鏡が邪魔をしていて気がつかなかった。


カシミヤを思わせる品の良いコート。

靴は綺麗に磨きあげられている。

顔に負けずスタイルもよい。

『大人の男性』

その言葉がピッタリだった。



「……あのさ、寒くない?」


彼は私の顔を覗き込むように顔を近づけていた。


「っ!!さ、さむいですよね。」


恥ずかしい!!

動揺しちゃったのが……バレバレじゃん。


「ねぇ、お腹すかない?良かったら食事に付き合ってくれないかな?」


スマートな誘い方。

彼の笑顔にやられた私は素直に頷いた。


『良かった』


そう呟いた彼の顔は少年のように無邪気に見えた。


「食事のリクエストがなければ……」


既に町の店は閉まっているため、彼の泊まるホテルのバーに行く事が決まった。

私の車でホテルに向かう。


小さな軽自動車には似つかわしくない彼。

助手席に窮屈そうに座る姿に笑いを隠しきれなかった。

笑いを堪える私に彼は『笑うなよ!』と少し照れた様子が私の胸を鷲掴みにする。



『きゅん』として『ドキドキ』する。



指定されたホテルは、一流といわれる『bloom』

多くの著名人に愛され、この町の誇りのような存在。

駅から20分。

緑豊かな土地。

自然を壊さず、自然と調和するように建てられたホテルに町の人みなが感心し、ホテルを受け入れた。


ホテル以外は自然しかない。


都心から近いけど自然を存分に堪能出来ると、人気が高いホテルだった。

ホテルのレストランは1Fにある。

しかし既に真っ暗で、閉まっているのは明確だった。


彼はそんな事など気にもかけずに、フロントでルームキーを受け取り、私を呼ぶ。


……これって。


食事なんてしないんじゃないの?


「ルームサービスなら何時でも大丈夫なんだよ。寒いでしよ?早く温かくしないと風邪ひいちゃうよ。」


彼は固まる私をみて笑いながら私の手を取った。


「大丈夫。何にもしないよ。もっと話してみたいだけだから。」


私の耳元でそう囁き、にこりと微笑んだ。

きっと、私は何とも言えない表情をしているんだろうな。

彼に促されるままエレベーターに乗り込み部屋を目指す。



『チーン』


エレベーターは最上階で止まった。

彼に手を引かれ部屋に入れば……。


洗練された調度品たちが当たり前の様に置かれ、この空間を特別なモノへとかえている。計算されつくした室内に余分な箇所などなく、高級品が並べられてはいるものの、どこか安らぎを与える。


そんな空間だった。

進められるがままコートを脱ぎソファーに座る。


「好きキライはない?適当に頼むね」


彼は迷う事なく電話をとり、二・三言電話口の人に伝え電話を置いた。

柔らかいソファーに馴染んできた途端、体の芯から冷えていた事に気がついた。

足の爪先は感覚がない。

でも、こんな所でブーツを脱ぎ爪先を暖める事など出来やしない。


「あのさ、寒くない?冷えたでしよ?ちょっと待っててね。」


彼はコートを脱ぎ備え付けのバースペースへと向かった。

どうしたもんかなぁ。


何処の誰かも知らない人についてきてしまった。

ああ、名前も聞いてない。


あ、私も言ってないや。


寒さのせいか、今日の成功のせいか、私の頭はあまり回っていないみたい。

いい歳こいて、知らない人の部屋にあがってしまった私。

後悔というよりも自分に呆れてしまった。


「お酒は飲める?これブランデーだけど……」


彼から渡されたコップには琥珀色に輝く液体。


「ありがとう……」


一口飲めば体にジワリと広がるアルコール独特の熱を感じる。


「あのさ、足痛くない?僕はもう痛くってさ…………」


当たり前の様に私の隣に腰を下ろし、靴を脱ぎ始めた。

彼からほのかに香るシトラスが私をドキドキさせる。

キツくないコロンが私と彼の距離を再確認させる。


「ん、金木犀?」


不意に呟かれた言葉に、少し顔が火照る気がした。


「あ、うん。」


私が好んでつけている香水。

首筋に少しだけつけ、自分だけが香りを感じられる程度しかつけていない。

彼は微笑みながら私を見た。


「僕も金木犀が好きだよ。」




ああ、私は彼が好きかも。

好きになりかけている。




「ほら、早く脱いで。」


彼から発せられた言葉に固まる体。


「遠慮しないでいいから。楽になりなよ。」


彼の手が私に近づく。

抵抗など出来ない。


彼の手は私の膝近くにとどまり……。

私の顔を不思議そうに見た彼。


「早く靴脱ぎなよ。ホント楽だよ。」



……キャー勘違い!!

私は盛大な勘違いをしていた。


「あ、そうだね。」


恥ずかしさを隠す様に、慌ててブーツを脱いだ。

狭い空間から解放された足。

ブランデーの熱が伝わるみたいに、ほんのり温かくなってきた気がした。

彼に渡された毛布を膝にかけ、足まで包む。

ブランデーをまた一口飲めば、体を回るアルコールを感じる。



『カンコーン』


心地よいベルがなった。

彼がドアを開くと食事が運ばれテーブルにセットされた。

二人には多すぎる量。


メニューはまさに『クリスマス』


赤に緑、ターキーにシャンパン。

彩りの料理が私の目を奪った。

恋人との素敵なクリスマス。

その演出をしてくれている料理。


高級ホテルでのルームサービスだけでもパンチがあるのに……。



「さ、食べよう!」


彼は惚ける私にグラスを持たせシャンパンをついでくれた。


「では、改めて…………Merry Christmas!」


グラスが小気味良く触れ合い食事の合図となった。


「さぁ、食べよう。このホテルの料理は本当に美味しいからさ。」


彼に薦められた順にフォークを運ぶ。

シャンパンを注がれれば、それを口に運ぶ。


「そういえば、噴水の事だけど…………」


彼から噴水の話が持ちかけられれば、私は饒舌に話し出す。

『町興し』がメインだったと告げれば、なぜ噴水だったのか?

なぜクリスマスだけなのか?

そんな話なのに、尽きる事がない会話。


「明日も……あれ?もう今日か。噴水を見に行くの?」


彼はシャンパンからブランデーにかえ、クラッカーを食べている。


「うん、最後の消灯まで見届けるつも……」


飲み慣れないシャンパンのせいか、それとも雰囲気に酔ったのか……。

彼の言葉が程よいリズムで私を眠りに誘う。




ん?


ココは?

知らない匂いの布団。

あ、知らない天井だ……柔らかな寝具に包まれている。

目だけを動かし周りを確認する。



うん、やっぱり知らない場所。

体を起こし、周りを見渡す。


この空間には私独り。

ベッドから出てドアを開ければ、昨日の部屋に出た。


ソファーには毛布。

私のブーツはソファーの横に置かれている。



テーブルには、ポットとカップ。

それとメモが一枚。



『おはよう。ぐっすり寝ていたから、起こさずでます。

シャワーでも浴びて、ゆっくりしていってください。

また夜に噴水で会いましょう 』



時計をみれば8時を少し過ぎたところだった。

それから私は遠慮なくシャワーを借り、彼の残り香がした洗面所で身支度をし家に帰った。



朝帰りになってしまったものの、母は既に家にはおらず、どうやら出勤日だったみたい。

誰もいない家に安堵し、私は目覚ましを15時にセットしベッドに横になった。

脳裏に焼きついている彼の横顔。


そしてシトラスの香り。




名前も知らない。

仕事も知らない。


でも不思議と不安は無かった。






『…………チッチッチ チチッチ チッチッチ』


目覚ましが私を呼び起こす。

気だるい体に鞭を打つように起き上がる。

一度起きてしまえば、頭はスッキリとし、彼の顔が浮かぶ。

寒さ対策なんて二の次で、洋服を選ぼうとする私がいる。


ダメダメ!!


彼の顔を頭の隅に押し退け、防寒重視の服装を選んだ。

昨日より厚着をし、寒さ対策を万全にした私は、今日も帰らないかも知れないと言葉濁し、居間に母宛の伝言を残す。


『仕事にでかけます。遅くなります。』


私は車を駅前に走らせた。車を停め、噴水前に向かう。

噴水からは水があがり、後は夜を待つばかり。


噴水から少し離れた場所にある管理室へ足をむけた。



「お疲れ様でーす。」


簡単に作られた管理室には、噴水の水を調整するバルブや今回のライトアップに必要なパソコンが置かれている。

ライトの調節は既にパソコンへデータ化されているため、特別に必要な作業などはもうない。私の声により振り向いたのは橋本さん。


「香川さん、お疲れ様。今日で最後だけど……楽しもうね。」


「はい。宜しくお願いします。」


私は管理室を出て、噴水前のベンチに向かった。

まだ17時前。

金曜日のクリスマスだからといって特別、人が多いわけではない。


むしろ、人などいないに等しい。


閑散とした噴水広場には水の音だけが、静かに聞こえる。




「早いですね。」


振り向けば、彼が私に微笑みかけていた。


「昨日はすいませんでした。」


私はベンチから立ち上がり頭を下げた。


「いえ、声もかけず出てしまって、すいませんでした。遅刻しませんでしたけ?」


彼の笑顔が胸を締め付ける。やっぱり私はこの人を好きになってしまったんだ。

私に向けられてる笑顔を、もっと私に向けて欲しい。

もっと彼の事が知りたい。



もっと、もっと……。


「あの、今更だけど名前教えて貰えますか?」


意を決して彼を見た。

彼は嬉しそうに頷き、


「高山 慶行(たかやま よしゆき)貴女の名前も教えてくれる?」


「あ、すいません。香川 早奈英(かがわ さなえ)と申します。」


高山さんは少し驚いたような顔をした。


「やっぱり貴女が香川さんだったんだね。」


高山さんは、複雑そうな表情を浮かべていた。

何故そんな表情をするの?

今は表情は、悲しみの色がみえる。


「あ、ごめんね。今日役場に行ったんだ。」


高山さんは噴水のライティングクリエイターを知りたく、役場に行ったとの事。

そこで私の話を聞き、今日来るのを知り、早い時間にココに来たという。


「なんか、すいません。こんな私がクリエイターで……。」


きっと高山さんはガッカリしたはず。

だから、さっきの表情だったんだ。高山さんを直視出来ずに、ペコリと頭だけさげ、背をむけた。

とりあえず逃げたい。


せっかく好きになった人から、あんな表情をされ……。


パニック寸前。

涙が出てくる寸前。


「いや、あの、ちょっと待ってよ。」


後ろから高山さんに手を捕まれた。


「どうした?香川さんのライティングとても素晴らしいよ。もう少し話を聞いて欲しいんだけど。」


高山さんに手を捕まれたまま動けないでいる私。


何か話そうものなら、涙が出てしまいそうで…………。

何も言えず黙りこむ私を高山さんは、慌てるようにこう言った。


「クリエイターが香川さんで本当に嬉しいんだよ。もっと色んな話がしたいんだ。」


高山さんの言葉に驚き顔をあげれば、柔らかい笑顔で私を見つめる瞳と視線がぶっかった。

嬉しい。

さっきの表情は忘れたように私は高山さんに声をかけた。


「でも『香川さーん』……」


橋本さんが私を呼ぶ。

私の話しを遮る声。

橋本さん、ホント空気読んでください。

仕方なく、高山さんに頭をさげ橋本さんの元にむかう。


高山さんは『待ってるから大丈夫だよ。』と優しく声をかけてくれた。

パタパタと橋本さんに駆け寄れば、橋本さんは満面の笑みを見せてくれた。


「香川さん、仕事決まったよ。役場宛に依頼がきたよ。しかも3件も!それに来年も噴水ライティングが出来る。」


橋本さんは自分の事のように喜んでくれていた。


「え……仕事?依頼?私?」


キャパオーバーです。

今回のプロジェクトを進めるにあたり、私は役場に雇われた。

契約社員のような扱いで、給料制。


で、今日の午前中に町長宛に3件の依頼が入り、どうやら母がオッケーしたらしい。


ちょうど役場で仕事中だった母。

町長に問われ私を抜きに決めたらしい。

そして、その連絡が橋本さん経由で今、私のもとにきた。


今は17時前。

この町には時差があるんでしょうか?



橋本さんの話で、当事者なく進められた契約内容が明らかになった。


給料制だった私の賃金は、役場が依頼主から払われた60%に変更された。

出勤は自由。

必要な器材や資料は役場持ち。


あれ?至れり尽くせりだよね。

驚く私に橋本さんは『お母さんが契約に立ち会ったなら、こんな条件簡単だよ。』と笑って言っていた。


恐るべし我が母。


橋本さんは自分の事の様に喜び、いつの間にか集まったチームのメンバーにお祝いの言葉をもらった。

二日目の点灯はお祝いムードの中、ひっそりと点灯された。


データ管理されているから、気づけば点灯されていた……。


それに気づいた時、皆が苦笑したのは言うまでもない。

自分に訪れた幸運。


噴水を見ながら、嬉しさを噛み締めていた。





……あ。


高山さん、すっかり忘れていた。

彼を探す為、周りを見渡せば……。

いつの間にか噴水の回りに『人』『人』『人』


噴水広場は人で賑わっていた。



さっき橋本さんと別れた場所にはもう既にいなく……。

連絡先など交換していない。


さっきの表情から分かったように、彼は私から離れたのだろう。

そう思わざるを得なかった。

昨日と同じベンチに腰をおろし、噴水と噴水を見ている人たちを眺めた。


この噴水が私に幸運をもたらしてくれたんだろう。

今夜も冷たい気温のお陰で夜空がキレイにみえる。

ちらほら星もみえはじめた。




「はい、寒いでしょ?」


温かい缶コーヒーが私の膝に置かれた。

ほのかに香るシトラス。

声の方をみれば彼が笑顔で立っていた。


「あ、ありがとうございます。」


彼は私の横に腰をおろした。


「仕事の電話が長引いちゃってさ。点灯見逃しちゃったよ。」


彼は少し拗ねた表情を浮かべた。


「あはは、大丈夫ですよ。私も見逃してしまったから。」


「あれ?なんで敬語に戻ってるの?僕と早奈英ちゃんの仲じゃん。あ、僕の事は慶行って呼んでね。」


語尾にハートがついていそうなセリフに、若干ひいてしまった。


「あ、ちょっと引かないでよ。」


彼はそう言いながら笑っていた。

ああ、彼の笑顔。

心がとても温かくなる。


「早奈英ちゃん、あのさ仕事の事なんだけど。」


私の頬の筋肉が固くなるのを感じた。


「僕の会社にこない?ヘッドハンティングしたいんだ。」

「……え?」


ヘッドハンティング?


「昨日みて思ってたんだ。こんな素敵なライティングが出来る人は是非欲しい。今朝から調べまくって、やっと役場で名前だけ教えてもらって。早奈英ちゃんだって分かって更に欲しくなった。今、会社に許可もらってたんだよ。」


私の雇用に関する一切の権限を高山さんは取得したらしい。

急展開すぎて、頭がついていけない。


……でも、来年の今日まで仕事は入っている。


ねぇ、高山さん。あなたは何者?



「急すぎるよね。考えて貰っていいから。」


相変わらず固まったままの私を高山さんは気遣うように、言葉をかけてくれた。


「いや、えーっと、あの……ごめんなさい。」


高山さんに頭を下げた。


「来年の今日まで仕事が決まっていて……」


今日の午前中に決まってしまった事を伝えた。

高山さんは下を向き何かを考え始めてしまった。

貰った缶コーヒーは冷たくなってきた。

完全に冷めてしまう前に、口に含むもやはり冷めてしまったコーヒーはいつもより苦く感じた。





「うん、分かった!!来年まで待つよ。」


溢れんばかりの笑顔で私を見る高山さん。

口に含んだコーヒーを危うく吹き出すところだった。



「え?あの……何でですか?」


そんな気の効かないセリフしか出てこない。

だってさ、私のキャパはとっくにオーバーしてるから。

テンパる私を高山さんは当たり前のようにこう言った。


「早奈英ちゃんの才能は素晴らしい。それだけでも待つ価値があると思う。それに……」


彼が私の瞳を真っ直ぐみつめ、


「才能だけじゃない。僕は早奈英ちゃんと一緒にいたいと思った。それは仕事なんか関係なく、僕の生活の一部として。」



そして、彼は私の手をとり、


「出会ったばかりだけど、僕と一緒にこれからを歩いてくれませんか?」


思ってもいない言葉で、気持ちが声にならない。


「早奈英ちゃん、今すぐじゃなくっていいから……」


消えそうな声。


「高山さん。」


私が声を発すれば彼の瞳が私を見つめる。


「宜しくお願いします。」


ライトアップされた噴水と星空が私を後押ししてくれた。



「良かったぁ……ありがとう早奈英ちゃん。」


高山さんは、私の手を握りしめた。

それから消灯まで言葉を交わさずに噴水と星空を二人で見続けた。








end

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sweet love ~訪れた幸運~ 天乃凛 @rin-amano

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