12月24日
今日は木曜日。
そうクリスマスであっても平日。
でも、18時を過ぎた現在、街はカップルであふれていた。
幸せそうな顔を周りに振りまくように。
彼女の顔を嬉しそうに見る男の子達。
これって……なんか良いね。
クリスマスの為だけに配色された色。
水しぶきの量や大きさによって見え方が変わる。
いつもは素通りされてしまう、この場所。
今日と明日だけは周りに人が溢れ、ココにいるみんなが幸せそうな笑顔を見せてくれる。
「香川さん!」
呼ばれた声に顔を向ければ、このプロジェクトの為に結成されたチームの面々が集結していた。
町興しプロジェクト
『笑顔をココに』
ココは都心から車で1時間。
電車は通勤快速に乗れば30分で着くいわばベットタウン。
プロジェクト名の通り『町興し』をすべく、今回のプロジェクトが組まれた。
『町興し』と言ってもこの期間限定。
駅前に憩いの場として設置された噴水広場。
噴水を囲むように芝生が敷き詰められ、木製のベンチが噴水を見る様に置かれていた。
『噴水広場』とは言うものの、普段噴水を見る人は『ほぼ』いない。
なぜなら、予算削減の為、水は止められ、芝生の手入れもされなくなってしまったから。
荒れていく広場をココに住む人たちは気付きもしない。
そして噴水があったことすら、忘れてしまっていた。
「香川さん、本当にキレイですね。」
私の横に立ち、目に涙を浮かべながら噴水を見つめる橋本さん。
橋本さんはこの土地で育ち、地域に密着した行政を胸に『町興し』に奮闘してきた地域課長さん。
橋本さんの熱意があったからこそ、今日の日を迎えられたと私は思っている。
「橋本さん、本当にありがとうございました」
私は、深く頭を下げた。
橋本さんの熱意と行動力によって成功したと言ってもいい。
駆け出しの私を起用して、そう「育てて」くれた。
そんな思いを胸に、深く下げた頭をなかなか上げる事が出来なかった。
「香川さん、早く頭を上げて。一緒に見ましょう!」
橋本さんは私の肩を持ち上げる様に強く掴んだ。
『ライティングクリエイター』これが私の肩書き。
そして、この町興しプロジェクトが、独立して初めての大仕事だった。
インテリアデザインの専門学科を卒業した私は、欧米に本社を構える家具屋に入社した。
日本であって日本じゃない。
日本じゃないけど日本。
そんな感じに戸惑いながら、新しい技術を与えられ、そして先輩達から仕事を盗む日々。入社して五年が過ぎた去年、業務縮小に際し、日本支店は本社へと吸収された。
様々な部署が解体され、退職者が出る中、私の所属していたライティング部門も他と同じ様に本社へ吸収される事になった。
『ライティング』
人工的な光だけの室内空間に囚われず、野外での光をどれだけ使いこなせるのか。
そんなテーマを自分の中にしっかりと決め仕事をしてきた。
人工的や光と、自然の光。
その二つが重なりあい、さらに美しく光を浴びる。
本社勤務という事は、海外への移住。
戸惑いを隠せなかった。
そんな状態の私に手を差し出してくれたのは、二年先輩の彼、佐藤彰(さとう しょう)だった。でもね、良い意味に手を差し出してくれた訳じゃなかった。
彰とは三年前からお付き合いを始めていた。
お互いに成長を促しあい、結婚の話が出るほど順調な交際だった。
そして本社への吸収。
ライティング部門からの本社移動は二人。
私と四年先輩の岩瀬透(いわせ とおる)さんだった。
彼の彰とも同じ部署だった。
だから、別れがやってきた。
しかも最大の裏切りと共に。
口では『早奈英(さなえ)が選ばれて、ホント鼻が高いよ』『やっぱりオレの彼女は才能があるんだな』そんな言葉を私にくれていたのに……。
全面的に信頼していた私は彼が陰で画策していた事など気づきもしなかった。
運命の別れ道は、簡単に訪れて、簡単に過ぎていく。
『香川くん、君の本社移動はなくなったから。明日から出社もしなくっていいから。』
会議室に呼ばれ部長から告げられた。
なんの知らせも、前触れも無かった。
何も言えない私を部長は嘲笑いながら、更なる言葉を発した。
『代わりに佐藤彰くんが、本社移動になったから。アイツを裏切った代償は大きかったな。』
部長は勝ち誇った様に言った。
意味が分からない。
裏切った?
本社移動なし?
クビ?会議室を出てから、どうやって帰宅したのか、全く分からない。
ううん、部長に言われた意味がわからなかった。
静まりかえった部屋には私の鼻をすする音だけが響く。
行き場を失った私は実家に帰る事を余儀なくされた。私より後に退職した同僚から噂を聞いた。
彼、佐藤彰が部長のお嬢さんと婚約した事。
私が不貞を働き、彼とは半年も前に別れていた等。
同じ部署だった同僚達からはすれば、取って付けたようなデマばかり。
全てが嘘で、笑いしか込み上げてこなかった。くだらない。
ホントにくだらない。
でも、そんな『くだらない』事に負けてしまった私は人を信じる、愛する事がイヤになってしまった。実家で腐っていた私を引き揚げてくれたのが、橋本さんだった。
母は役場で長年パートタイムで働いていた。
この地は元々、母が産まれ育った町。
母と橋本さんは幼い頃からの顔見知り。
母がこぼした私への愚痴を聞いた橋本さんがこれ幸いと、私を口説きにきた。
『町興しのプロジェクト、一度で良いから話を聞いてもらいたい。』
断っても、何度も足を運び私に町興しの熱意を語る橋本さんに嫌気がさした。
だから仕方無く話だけを聞くつもりが、気がつけば橋本さんの横に並び、伸びきった芝生をかり、雑草を引っこ抜いている私がいた。
『町興し』
それもたった二日間だけ。
経費を節約するために、橋本さんは業務時間外を噴水整備にあてていた。
雑草を抜くのは私でも出来るが、噴水までは手をだせない。
その代わり、噴水にあてるライティングを全て私に託してくれた。何度も現地で確認しながら、試行錯誤の末、今日という日を迎えられ安堵と共に寂しさが私の心を支配した。
噴水から少し離れた場所で、噴水と回りで歓声をあげてくれる人々をみるたび、胸が熱くなり、目頭がジンとした。
「橋本さん、本当にありがとうございました。」
私の横に立ち、溢れんばかりの笑顔で噴水を見守る橋本さんに向き合い、私の精一杯の感謝を述べた。
橋本さんは、大きく頷き、私に優しく微笑んでくれた。
「香川さんが一緒に頑張ってくれたお陰です。こちらこそありがとう。」
橋本さんが差し出した手を、私は強く握りしめた。
握手した手。
温かく大きな橋本さんの手は、私に自信と未来を与えてくれた気がした。
一緒に頑張ってきたメンバーに労いと感謝を伝え、私は一人空いているベンチに腰をおろした。
噴水と夜空が素敵な空間を作り出している。
凍えそうな寒さ。
下がった気温のおかげで、空気は澄み星がチラホラみえはじめていた。
キラキラと輝く水しぶき。
色が変わる度に表情をかえる噴水。
夜が深くなるにつれ星が顔を出し始めた。
「キレイな噴水ですね。」
掛けられた声に素直に頷いた。
……ん?
誰だろう。
ベンチの横にいる人を見上げる。
……うん。
知らない人だ。
「このライティングは何時までついてるんでしょうかね?ご存知ですか?」
明らかに私に問いかけてるんだよなぁ。
「ええ、朝5時に消えます。明日は夕方5時から点灯されますよ。」
私を関係者だと気付き問いかけたのだと思った。
「良くご存知ですね。毎日点灯されているんですか?」
どうやら、違うみたい。
「いえ、今日と明日だけです。」
パツンと言い切り、視線を噴水に向け『もう話し掛けないで』と言うオーラをだす。
今、私は独りで噴水がみたい。
邪魔などされたくなかった。
「…………勿体無いですね。こんなに素敵な色なのに。」
うん、素敵なライティングでしょ!
『勿体無い』と言われた事で気を良くした私。
さっきまで彼を邪険に扱おうとしていた癖に。
「ちなみに噴水も明日一杯でまた止めるんです。明日の消灯は夜中の12時ですよ。」
聞かれてもいない情報を彼に教えた。
「へぇ~。明日までしか見れないのかぁ。残念だな。噴水って水が出ていなければ必要のないものですよね?今回の為に作られたのでしょうか?」
彼に問われれば答える。
「いえ、駅が出来た当初からあります。ただ財政難で水が止められ10年振りに水を出しライティングしたんです。」
こんな風に会話をしだす私達。
気づけば彼は隣に座り、噴水を眺めながら会話を続けた。
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