第27話 庶民とは格が違う

 四方八方の壁や天井が煌びやかに輝く、我が城の食堂。大テーブルの上で、全裸で仰向けに寝る美女。その上に盛られた数々の絶品料理に手を付ける。美味い……舌の上でとろけるようだ。味は当然のことながら、気分も最高だ。食事を楽しむ俺の傍にも、多数の側近の美女が立ち並んでいる。あれから五年……たった五年で俺は、俺の望む全てを手に入れた。俺の俺による俺のための国。俺のための城。俺だけのパラダイス。指一つ鳴らすだけで、全てが俺の思い通りに動く。クリスタにいた時とは比べ物にならない、何不自由ない生活。天国があるとすれば、それは死後の世界などではない。天国はここにある。


 食事を終えると、アリスが俺の首のナプキンを取り、サンドラが俺の口を拭き、俺が立ち上がるとライザが食堂の扉を開けた。かつては男に騙されて、ホームレスにまで成り下がっていたこいつら三人も、今では俺の立派な側近だ。顔だけでなく頭もいいから、参謀としての役割も任せられる。面倒事は大体任せているが、もちろん全てを任せきりにするわけではない。国の重要な事については、最後には必ず俺が見聞きして俺が決断を下す。そのために、これまでずっと、やりたくもない勉強をし続けたのだ。国の中で最も優秀なのは、いつだって王でなくてはならない……あいつが言っていたことだ。


 食堂前の廊下にも大勢の召使いの女達が両脇に並び、俺が通りがかる毎に頭を深々と垂れる。全員が全員、アリス達のように、元から絶望の淵に立たされていた者ばかりではない。ごく普通の暮らしをしていた者もいる。しかし、たとえそうであっても、俺が一度目を付けた者は、一人残らず今ここにいる。ありとあらゆる方法で裏工作でも何でもして、一度はそいつの全てを奪い、今にも自殺しそうなところを、俺がそっと手を差しのべる。そんな事を何度も何度も繰り返した。そんな事も知らずに国民共は、どいつもこいつも俺を救いの神だと思っている。


 俺がやってきた裏工作などの真実が明るみに出れば、俺を卑劣な男だと宣う輩も出てくるだろう。だがここにいる連中は、確実にここに来る前よりも裕福な環境で、俺という絶対的なカリスマの元、何の悩みもなく幸せな日々を過ごせているのだ。感謝こそされど、恨まれる覚えはない。ふと、一人の召使いに目が止まる。俺がつい最近、そのような方法で国に招き入れた女だ。恋人との仲を巧みに引き裂いて、絶望のどん底に追いやってから俺が拾ってやったのだ。もちろん、そんな事はこの女は知らない。


「よう、召使いの試験に合格したのか」


「はい。少しでもゴルド様の近くで働きたくて、必死で勉強して受かりました」


「ほう……いい心構えだ。よし、祝いにご褒美をやろう。後で俺の部屋に来い。たっぷりと可愛がってやる」


「はい……! ありがたき幸せでございます!」


 女は目を輝かせ、再び深々と頭を下げた。周りの召使い達の嫉妬の目が、この女に突き刺さる。このように、以前のように猫を被るような事も、今ではもうしていない。その必要はないからだ。既に俺の本性は多くの国民の前でさらけ出している。それでも、自分の境遇に疑問を持つ者すらいない。洗脳は完璧なのだ。今更俺がどんな本性を見せようが、こいつらの俺への崇拝は変わらない。こいつらにとって、俺は神以上の存在なのだ。俺が歌えと言えば歌い、踊れと言えば踊り、脱げと言えば脱ぎ、死ねと言えば死ぬだろう。


 俺は自室に戻り、ワインを片手に窓から城下町の夜景を望んだ。ここからでも国の端までが見渡せる、クリスタと比べればちっぽけな国だ。だが俺の目指す国に、規模は関係ない。生活面では満足しているし、どこかのアホがとち狂って攻め込んでこようが、こう見えて軍事力も世界トップクラスなのだ。この国には男は俺一人しかいないが、女の中にも優秀な戦士はいる。というより、そういう女も狙ってスカウトしてきた。ゴリラみたいな連中ばかりだから抱こうとは思わないが、並の男よりもよっぽど強く頼りになる奴らだ。それに加えて無限に等しい財力によって、軍事兵器も世界中から買い漁っている。更に、悪魔王をも葬り去った聖剣も、まだ俺の手元にある。以上の事から、たとえ戦争を仕掛けられたところで全て返り討ちに出来るが、だからといって面倒事は御免だ。下手に目立ってしまわないためにも、これ以上国を大きくする必要も無いのだ。


 誰かが扉をノックした。呼んでいた召使いが来たようだな。まだ味見をした事が無かったから、今から楽しみだ。俺は逸る気持ちを抑えながら、ノブに手をかけ、扉を開けた。


 脳に衝撃が走った。痛みと共に俺の体は床に倒れ、顔面を強く打った。何が起こったのかを認識する間もなく、視界は真っ暗になり、俺の意識もそこで途切れた。



 *



 …………冷たい。俺の顔に水が当たっている。いや、これは雨か? それに、さっきから何の音だ? エンジン音と波の音……。船? 俺は頭の痛みに耐えつつ、ゆっくりと目を開けた。ここは……やはり船の甲板の上だ。そこに俺は寝そべっている。空は真っ暗で、雨もどんどん強くなる。周りを見渡すと、すぐそこの操縦室に誰かがいる。黒いマントを羽織った奴が舵を取っている。誰だ……? フードを被っていて顔が見えない。


「……おや、ようやくお目覚めのようだね」


 ────!! その声は……馬鹿な、そんなはずはない! そいつがフードを取って、顔を晒した。的中して欲しくない予想が当たった。


「久し振りだね、兄さん」


「シ、シルバ!? てめえ! うっ……これは……!」


 体が全く動かない。俺は、芋虫のように全身をロープで巻かれていたことに今更気付き、状況を把握した。あの時ノックしたのはシルバ……そしていきなり頭を殴られ、拉致されて船に乗せられている。しかし、それにしても分からないことだらけだ。


「目的地に着くまで、もう暫くかかる。それまで、兄さんが今考えているであろう疑問に、答えていってあげようか」


「な、なんだと!?」


「まず、何故僕が生きているのか。僕を囲んでいた炎は、単純に魔術で消し止めたよ。幸い上半身は瓦礫から出てたからね。しかし下半身が瓦礫に挟まれ、どうしても身動き出来なかった。だが、悪運の強さは兄さん譲りでね。再び悪魔の魔術の流れ弾がぶつかり、瓦礫が上手い具合に吹き飛び、脱出する事が出来た」


 くっ……そうだったのか。やはり、多少無理をしてでもトドメを刺しておくべきだった。ほんの少しの油断や妥協が命取りとなった。


「そして、どうやって兄さんの部屋まで侵入出来たか。これは簡単なことさ。兄さんがクリスタの結界の塔に侵入出来たのと同じ理由だよ。顔も隠さず、堂々としていたら皆勝手に道を空けてくれたよ。出る時も、兄さんは袋詰めにして担いでいったから、多少不思議がられただけで、呼び止められる事すらなかった」


 双子の成りすまし……まさか逆に利用される事になるとは。くそっ、こいつが生きている事を知っていれば、国民共に警戒させる事も出来たのに。


「最後に、兄さんが今最も気になっている事にお答えしよう。これから兄さんはどうなるのか……」


 唾をゴクリと飲み込む。必死に藻掻くが、ロープはギチギチに巻かれていて、やはり動けない。このままでは殺される……! ここまで来て、こんな奴に殺されて、全てが終わってしまうのか。悪魔王をも倒した俺が、こんな奴に…………ふざけるな、冗談じゃない!


「ああ、安心してくれ。殺したりはしないよ。ここで兄さんを殺すのは簡単だ。でも、こんな不意打ちついでに殺すなんて、卑怯な真似はしたくない。僕のプライドが許さない。かといって、何の報復もしないのも、それはただの臆病者だ。そこで、兄さんに一つチャンスをあげるよ。生き残りのチャンスだ」


「チャンス……だと?」


「今この船は、地図にも載っていない名も無き無人島に向かっている。昔のクリスタには、罪人をそこに島流しにする刑があったそうだ。それを再現するのさ。寂しくはないよ。そこには、今でも凶暴な猛獣がウヨウヨいるらしいからね」


「なっ……!」


 こんな何も持たない状態で、そんな島に置き去りにするだと……。今ここで殺さなくても、結局は同じ事だろうが、ちくしょうめ! 何故だ……何故俺が……。


「おっと、もう一つ答えなきゃいけない事があったね。どうせ、今こんな事を考えているんだろ? 何故俺がこんな目に合わなければならないんだ、とね。自業自得、因果応報さ。人生のツケってやつは、決して踏み倒す事は出来ないんだ。今まで散々、大勢の罪のない人々を死や不幸に追いやっておいて、自分だけ幸せに暮らして、めでたしめでたしなんて、そんな馬鹿げた物語がどこにある? 今こそ、人生のツケを払う時が来たんだよ」


「……俺がいなくなれば、俺の国の者達は全員不幸になるぞ。もはや俺無しでは、奴らは生きていけねえんだ。もし自殺者でも出ようものなら、殺したのはてめえって事になるぞ、シルバ!」


「それも安心していい。兄さんの大切な国民達は、僕が貰い受ける。頭を打って記憶を少し失った事にでもして、僕がゴルドとしてあの国の新しい王となる。兄さんよりは上手くやる自信はあるからね」


「笑わせんな。てめえが、俺に成りすませるわけねえだろ。長く暮らしていれば、必ず偽物だとバレるぜ」


「出来るさ。兄さんとは二十年も一緒に暮らしてきたんだ。兄さんの仕草や癖、食べ物の好みや性癖まで完璧に把握している。たとえば………………こんな風になあ! シルバよォ! ぎゃはははは!!」


 うぅ……! 一瞬で「シルバ」が「ゴルド」に変わった。完璧にコピーしている。俺自身でさえ、俺がそこにいると一瞬錯覚したぐらいだ。これでは、偽物だと疑う者が出てくるはずもない。


「さあて、着いたよ兄さん」


 シルバが操縦室から出てきて、俺の横にしゃがみ、人差し指を押し当てた。はっ、これはまさか!


「ぎゃあ!」


 電流を流された。ロープを解かれたが、痺れて全く動けない。シルバが俺を担ぎ上げ、島の浜辺に俺を放り投げた。受け身を取る事も出来ず、痛みと痺れに苦しみもだえる。雷が鳴り、雨がますます強くなってきた。大の字で仰向けになっているせいで、雨水が容赦なく目や鼻に入ってくる。シルバが船首から、ニヤニヤしながら俺を見下ろしている。


「じゃあね、兄さん。僕に復讐したければ、精々頑張って脱出する事だ。無理だとは思うけどね。はっはっはっは……」


 船が旋回して、徐々に離れていく。追いかけようにも、未だに全く動けない。とうとう船は見えなくなり、雷鳴が辺りに轟いた。暫くは何も考えられなかったが、次第に痺れも消えていき、頭も冴え渡ってくる。俺はヨロヨロと立ち上がり、荒れ狂う波をじっと眺めた。


「…………ふ……ふふふ……ふはははは……はーっはっはっは!!」


 俺は笑った。心の底から笑った。気が狂ったのではない。ヤケになったのでもない。これは、勝利を確信した笑いだ。シルバ……何て馬鹿な野郎だ。奴は、最も犯してはいけないミスを犯した。それは、俺をこの場で殺さなかった事だ。プライドが許さない? 奴は、分かっていない……この俺の事を。ゴルドという男を分かっていない。


 俺は神に愛された男だ。命さえあれば……死にさえしなければ、何度でも不死鳥の如く蘇るのだ。ゼロからの再出発か……上等だ。シルバ如きには、ちょうどいいハンデと言えよう。前の闘いの時に分かったんだ。所詮奴は、人より少し優れた部分が多いだけの、庶民と大差ないただの凡人に過ぎないという事を。だが、俺は違う。俺は…………庶民とは格が違うんだ!


「うおおおおーーーー!!」


 豪雨の中、俺は漆黒の空と海に向かって吼えた。吼え続けた。俺は必ず復活する。その時こそ、シルバとの真の決着をつけてやる。首を洗って待っていろ……。俺を殺さなかった事を、必ず後悔させてやるぞ。

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クズ王子勘当 ~ゼロからの出発~ ゆまた @yumata

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