第26話 人生の目標

「やっと……帰ってきた……」


 懐かしい我が家。カラット団のアジトに、俺とエメラは数ヶ月ぶりに帰って来れた。リビングの椅子にドカッと腰を下ろし、テーブルに突っ伏した。エメラも何も言わずに座り、天井を仰いで大きくため息をした。二人とも、身も心もボロボロだ。俺はあの後のことを思い返す。


 あれから本当に大変だった。サフィアはあの場に埋めてきた。流石にサフィアを担いで下山するのは不可能だったからだ。エメラは少し不満そうだったが、こればかりは仕方が無い。俺達も傷だらけで、自分が下山するのも一苦労だったのだから。何とか下山して軍用車に乗り込んだはいいものの、早々にガス欠を起こした。自分達が今いる場所も分からず、太陽の位置だけを頼りに、ひたすらアイアーンのある南の方角を目指して歩き続けた。あんな瘴気の濃い山脈付近に町や村があるはずもなく、一体どれほど歩いたか覚えていない。


 やっと見つけたのは、ガネット村といい勝負の、寂れた漁村だった。ボロ船を一隻盗み出し、再び南へと向かった。海の上で遭難したら完全にアウトだったが、小島をいくつか中継しつつ、野生動物や木の実や魚を獲って、どうにか飢えを凌いでいった。そしてようやく、クリスタやアイアーンのある大陸に上陸出来たわけだが、そこからもまた苦労した。相変わらず現在地が分からない上に、乗り物も何もなかったのだから。通りがかりの車を強盗し、ガス欠したらまた別の車を強盗するというのを繰り返した。そして今、俺達はここに帰って来れたのだ。数日間は何もしたくないが、そうも言ってられない。俺にはやるべき事がある。


「エメラ……明日、ちょっと手伝え」


「手伝えって、何を?」


「詳しくは明日話す。俺はもう寝るからな。あっ、その前に……」


 俺は物置部屋のノブに手をかけた。パスワードはとっくに無効になっているため、何も入力しなくても扉は開いた。良かった……中は無事だ。留守中に、他の誰かにこのアジトを見つけられていたら終わっていた。そこには、傭兵達への成功報酬のために残しておいた金が、まだ大量に残っていた。もちろん俺とエメラ以外は全員死んだので、必然的にこの金は全て俺達の物となる。俺は扉を閉め、自分の分のパスワードを入力した。ここまで来て、エメラに全て持ち逃げでもされたら、たまったものじゃないからな。エメラにもパスワードの再入力を促し、自分の部屋に戻り、ベッドの上に倒れ込んだ。ベッドというのは、こんなに柔らかい物だったのか。極限の疲労のおかげで、俺の意識はブレーカーが落ちたように一瞬で飛んだ。



 *



 翌日。俺の運転する大型トラックは、クリスタに向けて走っていた。助手席にはエメラが、後ろの荷台には俺が今まで集めた国民候補の女達が乗っている。エメラだけ助手席に乗ることに、女達は不満げではあったが、俺の親戚だということを伝えると、納得して荷台に乗り込んだ。あの中の一人を助手席に乗せると、公平性に乱れが生じて、面倒な事になりかねないからだ。


「ねえ、そろそろ話しなさいよ。今更クリスタに何の用事があるの? わざわざ、こんなでかいトラックまで買って」


「何だ、察しの悪い奴だな。決まってるだろ、宝探しだよ。大国が一つ滅びたんだ。金目の物も大量に残っているはずだ。それをこのトラックに積めるだけ積むんだよ。何なら、毎日往復してもいい」


「はあ……本当に大した奴だわ、あんた。でもさ、滅亡から結構経ってるじゃない? 他の盗賊共に荒らされてなきゃいいけどね」


「その可能性は否定できないが、それでも何も残ってないって事はないだろ。とにかく、着いてからのお楽しみだ」


 故郷クリスタが見えてきた。あの美しかった国が、すっかり変わり果てた光景になってしまっている。元々、俺が治めるはずだった国だ。滅ぼそうが、物を盗み出そうが、俺の勝手だ。


 予想はしていたが、崩壊したクリスタの城下町は瓦礫だらけで、大型トラックで進むのは困難を極めた。運転席をエメラに預け、トラックの前を歩きながら聖剣を振りかざし、瓦礫の山を吹き飛ばしながら進んだ。こんな町の外れに用はない。俺は国の中心にある、クリスタ城を目指した。この国で最も金目の物がある所だ。未だにそこら中に転がっている死体に目も暮れず、早くお宝に会いたい一心で、自然と歩調が早まっていく。


 クリスタ城に……正確には、クリスタ城だった所に到着した。ダイモンが直接手を下しただけあって、もはや原形を留めていない。俺がトラックの荷台のリヤドアを開け放つと、中の女達が眩しそうに、目に手を翳した。


「着いたよ皆。こんな所に押し込めて悪かったね。さあ、作業を開始してくれ。足場が悪いから、怪我しないようにね」


「は~い、ゴルド様」


 作業着を着た女達が、軍手をはめながらぞろぞろと荷台から降りていった。事情や段取りは全て説明済みだ。男手が欲しかったが、他に信用出来る者がいないから仕方ない。これからやるのは墓荒らしや火事場泥棒に等しい、モラルの欠片もない行いだが、それに苦言を呈する者は誰一人いない。全員、既に俺の言いなりだ。エメラが俺の猫かぶりの愛想笑いに、じっとりとした目で見てくる。


「うわぁ……何そのキャラ。気持ち悪」


「細かい事を気にすんじゃねえよ。俺達も始めるぞ」


 瓦礫を掘り起こすと、次から次とお宝が顔を出した。盗賊に荒らされた形跡は全くない。おそらく、悪魔に滅ぼされて間もないから、まだ残党が近くにいるかもしれないと、恐れて近付かないのだろう。一度に運べる量は限られている。でかい物はスルーして、現金や、小ぶりでも高く売れる宝石や貴金属に的を絞って、傷をつけないように慎重にトラックの中へ積んでいく。


「むっ。これは……」


 親父の冠だ。派手な装飾は無いが、純金製で状態もいい。充分な値が付くだろう。俺は迷わずそれを麻袋に詰めた。


 そろそろ日が暮れてきた。まだスペースが余っているが、帰りも女達を荷台に乗せていくことを考えると、この辺が限界か。俺は女達を呼び、引き上げの準備を始めた。行きよりも大分重くなったトラックを、慎重に運転しながら帰路に着く。まだまだお宝は残っているだろうが、ひとまずこれで充分だろう。聖剣をオークションに出す必要もない。いよいよ始まるのだ……本格的な建国が。



 *



 今回クリスタから取ってきた物は、たった一度の闇市場で、そのほとんどを売り捌いた。それもそのはず、女達の中から選りすぐりの美女十数名を店員に起用したからだ。商品もクリスタの城にあった物ばかりだから、質も一級品だ。しかも展示ブースも資金に物を言わせて五つ分確保し、まとめて並べて売ることに成功した。それだけ目立てば当然、他の出店者に目を付けられていただろう。しかし、もしチターン団のように俺達を襲撃しようものなら、聖剣の力を用いて返り討ちにしてやろうと思っていたところだ。もっとも、今回はその必要は無く平和に終わったが。


 更に別の日に開かれた闇オークションも利用し、ここでも大成功を収めた。一回目に運びきれなかった、大型のお宝を再度クリスタで発掘し、その中から選りすぐった物をまとめて出品したのだから当然だ。もはや笑いが止まらない。クリスタ滅亡は俺の咄嗟の命乞いから始まったものだが、やっておいて本当に良かった。これだけ多くのクリスタ産のお宝を出品すれば、いい加減他の盗賊も荒らしに行くだろうが、もう遅い。めぼしいお宝は粗方運び出した後なのだからな。


 闇オークションの帰り。俺とエメラは大量の現金が詰まれたアタッシュケースを、何度も往復しながらカラット団アジトに運び入れた。目が眩むような大金だ。しっかり数えたわけではないが、物置部屋にあった金と、闇市場で稼いだ金と、今回の闇オークションで稼いだ金を合計すれば、軽く見積もって五千億ジュールはあるだろう。


 そして、翌日の朝の事だ。エメラが別れを切り出したのは。


「何だ、そんなもんでいいのか? がめついお前らしくもねえな」


 エメラは小袋に札束をいくつか詰め、それを肩に担いだ。その顔は、妙に清々しそうだ。


「ええ。これだけあれば、しばらくは遊んで暮らせそうだしね。南の島にでも移り住んで、そこでのんびり暮らすわ。それに飽きたら、また盗賊稼業を始めようかしらね。あんたはこれから金が必要なんでしょ? 残りは全部やるわよ」


「…………お前、何か企んでるだろ。そんなキャラじゃねえだろ。気持ちわりぃぞ」


「別に何も。長年抱え続けてきた肩の荷が降りて、スッキリしただけよ。じゃあ、そろそろ行くわ。多分もう会うことはないでしょうね」


 エメラが出口まで歩き、梯子を上る前に足を止めて、こちらを振り返った。


「遅くなったけど、一応礼を言っておくわ。父さんと母さんの仇を討ってくれてありがとう。それじゃ、達者でね」


「……」


 行ってしまった。あのエメラが俺に礼を……? 信じられん…………まったく、人間どう変わるか分かった物じゃないな。オルパーもリドットもサフィアも死に、エメラも去っていった。このアジトには、もう俺一人。こんなに広かったかな、ここは。暫くボーッとした後、俺は立ち上がった。カラット団は本日をもって解散だ。このアジトにも、この国にも、もう用はない。エメラの人生の目標は達成されたが、俺はここからがスタートだ。ここにある金と、女達と共に、安住の地を探しに行くとしよう。

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