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Sub:[ガールズカフェ☆靴姫]ご応募結果・説明会のご案内


会田 美寛様


このたびは弊社求人にご応募いただきありがとうございます。

事前にご登録いただいた情報をもとに書類選考をさせていただき、その結果、ぜひとも〈靴姫〉オープニングスタッフとしてお越しいただきたく、弊社より正式にオファーをかけさせていただく運びとなりました。

つきましては、他の応募者様と合同の業務説明会を行わせていただきます。お忙しい中恐れ入りますが、以下の日程より――



 睡眠薬をお湯で流し込み、届いていたメールを布団の中で流し読む。キャピっとした求人広告だった割に妙に丁寧な文面だと思った。寮があって住み込みできるというから応募してみたものの、店の名前も名前だし、時給とかそういうのの条件がいくらなんでも良すぎて正直怪しかった。そこにこのヘンに低姿勢なメール。いちいち気にしてるのもばからしいけど、つい勘ぐってしまう。

 いちばん近い説明会は明後日。とくにイライラしてなければ行こうと思った。ほんとにやばいかどうかは行って確かめればいいし、実際やばかったら帰ればいい。自分の身は自分で守れる。守れるったって、どこまで守れるかわかんないけど。結局他人は誰も守ってくれないんだから、そうするしかない。

 接客つらいかなとか、実質時給換算するとクソ低いのかなとか、そういうのは働き始めてから考えればいい。だって、なんといっても寮がある。そう、寮があるんだ。そこに住むことができる。働けるだけ働いて、そこで生活することができる。この家を出ることができる。ほかの条件は、はっきり言ってどーでもいい。

「あなたの夢を全力で応援します。ここで縁があったからには、しっかり最後まで面倒見ます」

 特設サイトには寮の管理人さんのそんな言葉があった。とりあえずはこっちの言葉を信じてみることにする。あしたのうちに最低限の荷物をまとめておこう……

 薬が止めどない思考を薄めていく。スマホの画面を落とし、私はいつもよりすこしだけ心地よく目を閉じた。


   +


 身分証明書を覗き込んできた隣の女の子からは甘ったるい香りがした。

「……ミカン、ちゃん?」

「ミヒロです」

 私が答えるとその子はいかにも慌ててますという感じに慌てた。え、あ、そうだったの、ミヒロちゃんごめんっ、ごめんねっ。べつに気にしてないです。その間違いよくあるんで。笑顔を作ってそう言ってみる。それでもまだ不安そうに、ほんとにごめんねとその子は繰り返して、爪を立てるプリーツスカート。

「だいじょぶですよ。気にしないでください。高校生です?」

 この辺りでは見ないデザインのブレザースタイルだった。

「は、はいっ、高校生、です」

「いまさら敬語?」

 しまった。と思った。まただ。反射的に余計なこと、いじわるなこと言ってしまう悪い癖。

「え、だってミヒロちゃん敬語だったから……そうしたほうが、いいのかなって、おもって……」

 言いながらどんどん声が薄暗くしぼんでゆく。後悔と罪悪感。

「いーって。だいじょうぶ。私も敬語やめるから」

「んー……」

 その子は黙って目を伏せ、頷くと俯くの中間くらいの動作をした。この子のほかに同席者はいない。沈黙。早く着きすぎた。肩ほどまで伸びた横髪を、手櫛で不健康そうに引っ掻く女の子。ミヒロちゃんが嫌ならいいんですよ無理することないんですよという心の声が今にも聞こえてきそう。正直、めんどくさい子だと思った。ていうか身分証を覗き込むな。

「……名前、知りたいなー」

 しょうがないから話題を広げてみる。沈黙がいやだった。

「あっ、そうだっで、すよねごめんねわたし、」

「もー謝んなくていいから。落ち着いて。敬語もいいから」

 ぬばたまの髪。甘ったるい香りがゆれて私のため息と混ざった。別にヤじゃないけどなんだか調子が狂う。この子はいつもこんな感じなんだろうか。長い睫毛は天然だろうか。

「……えと、ゆ、ユウ。竹代尤たけしろゆう。っていうんだ。よろしく……ね、ミヒロちゃん」

 色の白い童顔が控えめににこりと笑った。前髪に隠れて見えてなかったけれど、左の睫毛は色素がなく、そこだけ白く浮いて異様だった。

「尤ちゃん。なんかかっこいい字だね」

「えへへ……よびすてで、いいよ」

「そうなの? んじゃあ、ユウ。よろしくね」

 あまりよろしくできるかどうか自信はなかった。けれど尤はさっきより落ち着いたようすでうれしそうに、ありがとうと言って笑った。

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バニラ 広崎 七 @viiH

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