背中あわせ・エピローグ

 その後、晶一をなぶり殺しにした少年たちのうち数人が、怖くなって警察に自首してきたという。彼らからイモヅル式に何人も逮捕、補導者が出た。

 警察が周辺に目を光らせるようになってやりにくくなったのか、それともそっちの世界で身の危険を感じたのか、「花みずき」に金をせびりにくる親切な人はしだいに姿を見せなくなった。




 そういえば晶一の好きな銘柄はこれだったな、とコンビニでラッキーストライクを買う。冷たい風に頬をこわばらせながら、窓辺で火をつけて風に煙を散らす。線香の煙なんかよりずっと気に入るだろう。

 にゃーお。

 ベランダの柵の向こうから、人なつこい声がする。

 ごめんな、俺はあの人じゃないんだ。でも今日はツナ缶じゃなくてちゃんと猫缶だぞ。心の中でつぶやいて、ふたを開けた缶をベランダの先にさしだしてやる。

 しばらく迷っていた様子の茶トラの背中がそろそろとかけよってきた。ぺちゃぺちゃ音をたてて食べながら、短いしっぽを忙しく振っている。

 お前も晶一を惜しんでくれるよな。そっと背中をなでると、ちょっと迷惑そうな顔で見上げてきた。いきなりなれなれしかったか。


 部屋に戻り、ふと思い出す。明日は「花みずき」に寄って、マンデリンフレンチの豆をもらってこよう。挽きたてで一杯いれてやろう。


 テレビの脇に飾られた十五歳の晶一の顔をみる。

 いきがってばかりのあの少年が、どんな気持ちでマンデリンフレンチを飲みに小さな喫茶店に通ったのか――――。


 それを知っているのは俺だけなんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

背中あわせ 沢村基 @MotoiSawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ