背中あわせ・兄と弟

 晶一の通夜は家族だけで行った。

 大きな葬祭場には夕方からたくさんの弔問客が訪れていたが、俺たち一家の借りた小さな会場だけはひっそりとしていた。

 そこにひとりだけ、香典を持った弔問客が現れた。

 喪服を来たパンチパーマの若い男だった。眉間に大きな傷跡がある。どう見てもカタギには見えないその男は「このたびは、ご愁傷さまで」と、とおりいっぺんの挨拶をしたあと、「世話になった舎弟たちから、アニキに」と分厚い不祝儀袋を差し出した。

 母さんが面くらいながら入り口でそれを受け取ると、男は一つ深いお辞儀をして祭壇の前へ進んだ。

 白菊の中に飾られた遺影は、高校入学の時に撮った証明写真だった。それくらいしか晶一のまともな写真は無かったのだ。まだあどけない顔をしている写真の中の晶一は、心もちあごをあげてこちらを見下ろすようににらんでいる。

 パンチパーマの男は見かけによらず礼儀正しい態度で厳かに焼香し、祭壇の脇に座っていた俺に黙礼した。それを見た瞬間――――俺は全身の血が沸騰するような怒りを覚えた。

 椅子から立ち上がった。椅子がひっくり返る派手な音がした。憤然と出入り口に向かい、母が持っていた香典袋をひったくると、今まさに帰ろうとしていたその男に力一杯投げつける。斎場の廊下にヒラヒラと札が舞った。


 男がぎらりと目をむいて俺を見た。

 それでも恐いなどと感じるひまもなく叫んでいた。

「ふざけんな! なにが舎弟だ! なにがアニキだよ! 勝手なこと言うなよ。お前らが晶一のなにを知ってんだよ!」

そこまで怒鳴ると、初めて涙がこぼれた。

 母さんがわっと膝を折って泣きだした。林田さんが奥からかけよってくる。

「あいつの弟は俺だけなんだよ! 俺だけが、あいつの本当の弟なんだよ……っ」

 言葉はみっともなく震えた。

 男は何か言いたげな顔付きになったが、結局何も言わずにそのまま立ち去った。

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