それでも、佐倉恵は恋している。

休み時間も終わり、2時間目、3時間目、4時間目……と、トントン拍子に時間は進んだ。

昼休みを終え、午後の授業を受けた。


———そして気付けば授業はとうに終わり、放課後。

俺は約束通り屋上に来ていた。


まるで物語の要らない部分のカットしたような時間の進み方だと感じた。実のところは、ろくに授業も聞かず単に物思いに耽っていただけだけどな。

授業料を払ってくれている両親には申し訳ない。ごめんっ。


けどさ!


……だって、アレだよ?人生初のラブレターかもしれないのよ!?

水名瀬の前では否定したし、実際にそんな訳がないと思っていたけれど、やはりそこは俺も思春期の男子。

……当然、期待しますよね?しちゃいますよね?


……と、いうことで。

俺はドキドキしていた。

興奮していた。

どんな美少女が来てくれる? などと期待していた。

それはもう、心臓が破裂するほどに。

普通に考えたら、美少女だなんて断定できる要素はないし、そもそも美少女が告白してくるなんて夢のようなシチュエーションがそうあってたまるか! といったところであるが、そこは何度も言うように男子高校生。

いつか可愛い女の子が俺に告白してきてラブコメが始まるんじゃないか、なんて頭の中で妄想を広げる生物である。

残念すぎるぞ俺……。

屋上から見上げる空は薄暗い。過ごしやすいといえば確かに過ごしやすいけれど、あまりこのような甘酸っぱい心境を表すには適していないのではないだろうか。

やはりその辺りが現実と創作の違いか。

天気が悪いから悪いことが起こる、なんてことは実際にはないだろうけれど。

そんな事を考えていたら、タッタッと、軽快にステップを踏む音が聞こえて来た。

ローファーで階段を叩くメロディ。その音は段々大きくなっていく。

そして、屋上の扉が開いた。


「お待たせ、神前くん。来てくれてありがとうね」


現れたのは——美少女。

水名瀬も可愛いけれど、アイツを可憐な美少女とするならば、こちらはお淑やかな美人、とでも表現するのだろうか。

少し茶色の混ざった長い髪。

ブラウスを押し上げる豊満な胸。

柔らかい立ち振る舞い、仕草。大和撫子を彷彿させる佇まい。

どれをとっても、とても良いと思う!


「こんにちは。はじめまして。佐倉恵って言います。今日は神前くんにお話があったの」


俺はこの女子生徒を知っている。

とはいえそれは、単なる一方的な情報に過ぎないけれど。水名瀬玲那が一年生で一番男子に人気な女子生徒なら、こちら——佐倉恵は二年生で最も男子の人気を集める女子生徒だ。


「話……ですか。一体どんな話ですかね?」


俺が口を開くと、彼女は若干頬を染めた。


「あの、その…………あぅ。……あ、水名瀬さんは!今は校舎裏に行ってる筈なのでここには来ませんよ!!」


明らかにテンパっている。顔から湯気を立ち上らせて照れる美人の姿には正直グッと来るものがあるが、必死で俺は理性を保つ。

くっ、危ねぇ……もうすぐで告白するところだったぜ。

え、フラれるだけだって?そんなのまだわからないだろ!


「ん?水名瀬が来ない、とはどういうことだ?」


ふと引っかかり、俺は彼女に問うた。


「えっと、それは……」


別に、俺は水名瀬に来て欲しいわけではない。

むしろこの場面で来られても面倒臭いことになりそうな予感しかしないし、いないに越したことはない。

ただ、完璧に言い切る佐倉さんに対して、純粋に疑問を抱いた。


「簡単よ。3時間目が終わったあとの休み時間に、神前くんの靴箱に場所の変更を伝える、偽の手紙を入れて置いたの。水名瀬さんは朝、2時間目後、昼、放課後と、1日4回神前くんの靴箱をチェックしているから、確実にそれを見ているはず。そうでもしないと、彼女はきっとここに来てしまうから」

「マジかよ……」


俺はたまらず零した。

水名瀬のチェックの頻度に対してなのか、佐倉さんの策略に対してなのかはわからないけれど。

あるいは、両方かもしれない。

佐倉さんは、フフッと笑った。


「そうよ。知らなかった?神前くん、貴方かなり愛されてるわね。年下の可愛い女の子に好かれるなんて、羨ましいわ」


「好かれてるんじゃなくて、所有してるだけらしいぞ」


俺がそう口にすると、またしても彼女は笑った。美人が笑うと俺の顔は熱くなる。

何だかずるい。とってもずるい。


「それでもいいじゃない。ツンデレの後輩ヒロインなんて、ラブコメの鉄板よ?」

「ツンデレとかそういう話じゃないんだよなぁ……。というか佐倉さん、アンタもその手の本とか読むのな」

「結構好きよ。そういうお話。ラノベも一般文芸も漫画も。なんならWeb小説でも。神前くんのペンネーム、『白うさぎ』さんだったかしら?前作の『昼休みの彼女』。かなり好きだったわ。次回作も期待してる」


「ありがと…………って、ハァ!??」


俺は絶叫した。


「えっ?なんで知ってるの!?えっ、なんで!?なんでだ!?!」

「なんでも何も……前に出した部誌になれるのマイページのリンクを書いてたじゃない」


なれる、というのは『小説家になれる』という小説投稿サイトの通称である。

ここ数週間はカクヨムに投稿していて、こちらのも纏まったらなれるに移す気ではいるのだが、前の作品はなれるで書いていた。

『白うさぎ』というペンネームは、『因幡の白兎』からとったもの。ひらがなにしたのはそっちの方が可愛い感じがしたから。

『昼休みの彼女』というのは俺が半年程前までなれるで連載していた作品の名前で、昼休みにしか主人公に関わらないヒロインとのSF(少し不思議)チックなラブコメになっている。

そして、自分の作品の中で俺が一番気に入っている作品でもある。


「そうか……その、ありがとう」


照れながらも、俺は感謝を告げた。

嬉しかった。

読者が、自分の作品を読んでくれて、面白いと言ってくれる。

これ程の幸せが小説家にあるだろうか?

水名瀬に褒められた時も嬉しかったけれど、同じ側にいる彼女に言われるのと純粋な読者に言われるのとではまた違う。

初めて面と向かって自分の書いた小説を好きだと言われた。

それが、俺にとっては美少女に告白されること以上に嬉しかった。


「っ!……そうね、白うさぎ先生の作品について話すのも良いけれど、急がなくては水名瀬さんが戻ってきてしまうわね。あの子は単純だけど馬鹿ではないから、きっと仕掛けに気づいてしまう。困った子ね。……それでは、そろそろ本題に入りましょうか」

「…………本題?」


俺は首を捻った。

漫画だったら頭の上にクエスチョンマークが付いていただろう。

彼女は小さく頷き、補足した。


「ええ、神前くんをここに呼び出した理由」


目の前の少女は、顔を真っ赤にしている。

俺は無言で次の言葉を待った。

彼女が口を開く。

息を吸う。

止める。

そして。

そのとき、階下から聞こえてくる筈の階段を駆け上がる音は、何故か俺の耳には届いていなかった。


「その———好きなの」


ガチャリ。乱雑に扉は開かれた。

俺はそちらに目を向ける。


そこには、弱弱しくこちらを見つめる、肩で息をした女の子がいた。



「…………先輩」

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小説を書くように頼んだら、美少女の後輩の所有物にされましたが何か? 秋月 @aki

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