――Blood Protocol――
―daydream's bell - side Eichstatt_I_Tip.1― 彼がロビーで見た映像
――雨が降ってきた。
見上げれば、空を覆っていた灰色の雲はその嵩を増している。
空のくすみ程度の模様から存在感ある分厚い黒壁へと成長した雲には、嵐の訪れを予感するのに十分な風格があったはずだ。
だというのに、彼らは降りだした雨から逃げる事無く、固唾を呑んでじっと空を見上げ続けた。
彼らの視線の先にあるのは、大空を行き交う黒き翼竜と赤き翼竜。
その背に人を背負いし二頭は、この大空に覇を唱えんと互いに威嚇をしあっている。
黒き翼竜の上には黒き軽装の甲冑を着た青年が。
赤き翼竜の上には赤き軽装の甲冑を着た少女が。
二人は共に大きな斧槍を構えて翼竜の背に立っていた。
翼竜達は何度も、滑空と旋回を巧みに使い分けながら、衝突寸前まで接近してはすれ違うという行動を繰り返している。
彼らは互いの体がぶつかるぎりぎりまで接近すると、己が牙で相手の肉を食いちぎらんとばかりに大口を開く。しかし噛みつく寸前、背の上で打ち合わされる金属の音を合図に身を反らしては、互いをあっさりとやり過ごす。
二頭の背で響く擦れる金属の残響。鳴る度にそれを見上げる群衆の間にはどよめきが走った。
翼竜の背を足場に、縦横無尽に空を行きかい手に持つ得物を相手に向かって叩きつけ合わせるそれを、その国では競技【
騎竜には騎馬と同じく人が騎乗する為の鞍が装着されているが、その鞍には騎竜専用の器具【足環】が取り付けられている。足環とは伸縮性を持つ【
彼らはそれを足に括りつけ、重心移動と足の運びで翼竜との意思疎通を図る。その操作技能はこの競技における重要審査項目であり、選手らの練度差によってはたとえ相手を戦闘不能に至らしめたとしてもその結果をひっくり返すほど配点比重の重いものだ。
だが、今行われている競技種目には、例外的にそれがない。
二人の臨んでいるその競技種目とは、
死者多出の為封印されていたその競技ルールでは、彼らの手綱は騎手の動きを制限する拘束具に換装される。
足環を制御運動を著しく制限する足枷に換装して翼竜に騎乗する競技などもはや競技とは呼べない、曲芸である。
畢竟――二人は
自殺行為とも呼べる状態で空を行きかい相手を戦闘不能に追い込まんとする古い悪しき蛮勇によって生み出された競技で――相手を地上へ叩き落とすまで激突を繰り返さなければならないというルールに則り――彼らは己の命をチップとして空を舞台に命の掛け合いをしていた。
打ち合うこと数十度。
降り始めた雨は次第に大粒となり、やがてバケツからぶちまけた水を思わせる程の土砂降りとなっていった。
雨は容赦なく両者を叩き、見上げる人々をも叩く。
もしこれが【
人々はその様子にこの決着が長引くだろう事を予想した。のだが――
転機はすぐに訪れた。
それは開始から小一時間程、三十数度目の打ち合いを経た後だった。
雷鳴の中空が激しく明滅し、同時に互いの得物が激突した直後、赤い翼竜の騎手は一瞬大きく仰け反るとそのまま翼竜の背中に伏せた。
赤い翼竜はそれを合図に相手から大きく距離を取る。同時に翼をいっぱいに広げ旋回し、徐々に高度を上げ始めた。
――来るぞ、アレが!
見上げる群衆の中の誰かが叫んだ。
黒い翼竜はその動きに釣られる事無く高度をそのままに、しかし相手に合わせて大きく旋回し始める。空を見上げる群衆はその様子に、たまらず二種の歓声を上げた。
曰く――
「
「そうであったとしても通用するはずがない、青年の不敗神話こそ継続される」という旨。
徐々にざわめきを増す群衆達――彼らの多くは、この転機こそ決着に至る最後の激突の前触れであると予感していた。
【
相手よりも更に上空から背面飛行で急降下し、打撃直前に翼竜を錐揉み旋回させその遠心力を最大限活用し破壊力を上乗せした必殺の一撃。
それを【
しかし――――。
赤い騎手は動かない――動かなかった。
赤い騎手は攻撃動作に入らず、その翼竜も高度を保ったまま旋回を続けるだけだった。
その内に、焦れた観衆の一人が「臆したか」と、野次を飛ばした。
その野次に対してか――「荒業は隙も大きい。タイミングを計っているのだ」と――弁解する声が上がった。
ポツリポツリと観衆から上がる野次。その声は次第に増えていき、やがて徐々に野次り合いは大きくなっていった。
その渦中で、果たしてそういう局面なのだろうかと、アイヒシュテットは眉を顰め目を細めた。
彼の見立ては彼らとは違う。彼の答えは一つだった。
――王女は気絶している。
あの動作は必殺の一撃の布石などではなく、翼竜の機転ではないのか。あれは彼女の意志でではなく、翼竜が状況を素早く察知して
絶妙なコントロールで彼女の姿勢を維持し、起きている様に見せかけてはいるが――。
アイヒシュテットは旋回するもう一組を見る。
恐らくは、それらを知りながらもわざと追撃をしなかった黒い騎手――新王――。
彼の顔に浮かんだ僅かな笑みを見逃さなかったアイヒシュテットには、この勝敗が既に決しているようにしか思えなかった。
神霊樹の巫女―再演・Myosotis(ミュオソティス) にーりあ @UnfoldVillageEnterprise
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