エピローグ
第一部エピローグ「冥探偵と名探偵」
「ねぇ、その女装はいるの?」
「ああ、悪くないからな」
あの件以来、わたしはまた、女装を続けている。
「そろそろ時間よ」
チャイムが鳴る。
「やっべ! ちょ、透けてないか?」
これ以上はヒトリにも悪いと思って、夏服を買った。
下着に関する余計な心配ごとができたけど、やっぱり快適。
「開けま~す」
焦るわたしを余所に大川は扉に手をかける。
「あの~昨日電話をした者ですが」
「はいはい、お待ちしておりました」
アレ以来、わたしは本格的に探偵を始めた。
*
今よりちょっと前。
事件のほとぼりは冷めていないけど、実は平和を手にしているある夏休みのことだ。
病院に行ったヒトリも特に心配するようなケガはなく、(ちなみに階段から落ちたというベタな原因にしておいた)さて、いよいよどうしようかと考えている時に大川から食事に誘われた。
ファミレスだった。
大川としてはわたしの生活レベルに一生懸命合わせようとしたチョイスなのかもしれないが、夏休みはガキも多いし、いつ働いてるのかもわからんヤンキーみたいなのもいるし、果てしなく微妙だった。
「ところでルルム、これからどうするの?」
珍しく呼び出されたと思ったら実に藪から棒なこの切り出し。
「お? 事件のことか?」
「いいえ。人生よ。まだ殺してくれそうな人を探すのかしら?」
なんだ急に。
その時のわたしはムダに警戒した。
「ん?、とりあえず、オレは被害者に本来なら払われるはずだったお金を工面していこうと思う。とにかく金を稼がねえとな」
「そう!」
という大川の嬉しそうな返事に、わたしは少しだけ、ある予感がよぎる。
「実はね、私も仕事の幅を広げないと、なんて考えていてね。奇遇ね」
「え? なんで~? 今でも十分頑張ってるじゃん」
「あんまり私を舐めないで。アナタ1人にお金を出させるハズがないじゃない」
「いや、でも、アレはオレが決めたことだし」
「そうかしら。でも、それで私が助かるなら、やっぱり私が責任を負うべきなの」
そういうことだ。
そして、
「まあ、私は今でも十分稼げているけれど、アナタはどうするつもり? 無理なら、もうこれ以上の無理をすることはないと思うの」
そしてコイツは、わたしに賠償金を返していく当てがあるのかを聞いたのだ。
「いや、まあ無理するとまでは言わないまでも工夫すれば、高校生でもなんとかなるだろうよ。何でもすれば、あるいは……」
しどろもどろに答えるしかないわたし。
「具体的には、何も考えていないのね?」
こうして大川はわたしの言葉や決意を否定するのだ。
そうしてねじ伏せ、わたしには返す力がないという結論に持っていく。
そして、
「もう気にしなくていいから。確かに払われるべきお金が払われない遺族も不幸だけど、それはアナタが気にする必要はない。アナタのおかげで私は犯罪者の娘になることは避けられた。それだけで十分。今度は私が責任を負うの」
自分が払うから、という結論に持っていったのだった。
「ダメだ。同じことの繰り返しだが、オレが勝手にやったこと。オレが全く返さないのは筋が通らないよ」
それでもわたしが拒否するようなら、
「なら、探偵になってみない? 業務拡大したいからね、アナタなら歓迎よ」
自らの儲けを減らしてまで、わたしを雇うつもりだ。
ドリンクバーで飲めるコーヒーに入れた大量の砂糖を崩しながら、いたずらっぽく笑ってわたしの反応をうかがうように提案してきた。
わたしを雇ったところで、わたし1人で事件を対応できるわけない。結局仕事の量は増えないまま、大川の取り分が減るだけだ。
そんなことが見抜けないバカと思うな。
そんなことで納得するバカだと思うな。
だから、その時のわたしも断ろうとした。
させるかよ。
言葉は柔らかくとも、強くそう思ったのだ。
「た、探偵~? 金貰って? ムリムリ。今までそんな勉強したことないし。自身ないよ」
「探偵の勉強ってなによ」
とっても呆れたらしく、手元の白いコーヒーを口に含む。
「いや、でも実際そうじゃん? 探偵に関するスキルなんて、オレ一切もってないし。結構人体とか科学の知識だっているだろ? オレがこれまでやってきたことと離れ過ぎてるよ。今までの人生が無意味じゃん」
「私、その考えキライ」
「キライ言われてもなあ」
「頭使って生かしてみなさいよ」
「わたし頭悪いし~(ルルム風)」
「死ね。いい? 世の中、順調に真っ直ぐ進んできた人なんていないの! でも、なんやかんやマトモに生きてる。そのぐらいは甘い」
「……」
「名探偵として言わせてもらうわ。その理由はね、世の中にムダなことなんてないから。あらゆる起伏はあらゆる解決への伏線になるの。いいえ、何もやっていない引きこもりですら、それを経験として生かしてしまうことだってある」
それを言われて、すこし考えてしまう。
「具体的に言ってくれ。オレは役に立ったのか?」
大川は静かに、でも少しだけ子供っぽい笑みを浮かべ、
「まあ、正直まだまだよ。でも、父の犯行を暴いたとき、アナタはこの私に向かって啖呵きって説教をした。当然よね。私も諦めていたような事件の解決をしたんだから。アナタにはその資格があったわ。
あなたは本気で死にたいと考え、人の心と生き方について悩んで、そして行動して、事件を解決した。それはすごく大切な経験。
そんなアナタが、今後どんな推理をするのか、見てみたくなっちゃったの。アナタと仕事をしたい理由なんて、それだけでも十分じゃないかしら?」
それが本心なのだろう。なんか余計な火をつけてしまったらしい。
動機による推理とは、それほどまでに珍しいことだったのか。
そうやっておだてられたわたしは、すでに心を動かされていた。鼓動と呼応した手の震えが止まらない。それを自覚していた。
……はじめは大川を庇うその一心で全てを背負うつもりだった。そんなわたしを救おうとする大川の誘いは全てを断るつもりだった。
でも、その時の大川の話を聞いて、考えてしまったのだ。
オレの経験……。
オレの探偵としての可能性。
と、わたしは考えてしまったのだ。
今回の事件で、わたしは何ができたのかを。誰の役にたったのかを。
そして感じてしまったのだ。
そこに、どれだけの価値があるのかを。
もう、大川は折れる様子がない。
だったら考えるんだ。大川にマイナスにならず、さらに納得させて自らがお金を稼ぐ方法を。
そして、わたしはマジメに考えた。だから唐突にある答えが浮かんだのだ。
「なあ、オレを雇ってくれるのか?」
「え、ええ!」
「手伝ってくれる?」
「もちろんよ! どんな汚い仕事だって、アナタの為なら頑張るから!」
「いや、そこまではいいよ。汚いことは全部オレがやる……」
「え……、汚いこと、は冗談のつもりだったのだけど。何をするつもり……? 探偵、よね?」
「ああ、探偵だよ。法律的にも倫理的にもギリギリアウトかもだけど、オレの経験を生かして、生きる希望になって、お金がとんでもなく稼げそうで、誰かの役に立つ、そんな方法が思い浮かんだんだ」
そして、わたしはそこに宣言した。
「依頼者に、犯人を捧げる探偵になればいいんだよ!」
*
その日から、わたしたちの活動は始まった。
犯人を捧げる探偵。
どうしても警察に犯人が捕まって欲しくないという依頼者のために警察より早く犯人を捕まえ、生きたままお届けする。
もちろん警察には秘密で。
わたしや舘神がそれを望んだように、それを求める人は確実にいる。
不動産屋の大川から事務所を借りて、まずわたしたちはWebサイトを立ち上げた。
大川が依然から開設している探偵サイトにリンクを置いているので、初日からそこそこのアクセス数だ。
一見すると普通の探偵事務所のサイトだが、「それ」を求めている人には伝わるぐらいさりげない文脈で自分たちの仕事を紹介している。
法外な依頼料でも問い合わせてくる依頼料は、やっぱり読めている人たちで、
「さ、どうぞ」
今日はいよいよ初のお仕事だ。
わたしはやってきた依頼主の中年夫婦を真新しいソファーに着かせる。
「失礼します。岩清水です。農場を経営しております」
「ふふふ。ここよりもっと田舎なんですよ」
そう話す2人の雰囲気は、とても朗らかで何かの事件に関わっている様子を感じさせない。
「それでですね。今回依頼したのは……」
「おっと待ってください。まだ話さなくても結構です。プライバシーの問題ですのでね。まずはわたしたちのやり方を説明して、それに納得されてから話してもらう形で結構です」
「あはは。そうでしたか。いや~焦ってしまいましたな」
「もう~アナタったら~」
仲いいな。
リアルで配偶者のことをアナタと言うのは初めて聞いたかもしれん。
「え~、わたしたちは、ただの探偵ではありません。警察より先に犯人を捕まえ、警察に連絡することなく、依頼者であるあなた達へ届けます。その後はあなた達の自由です。自由、ですので、冤罪だった場合を除いてわたしたちは責任を負いません。あなた達がケガをしたり罪に問われるようなことが起こってもです。また、一般市民であるわたし達に通報義務はありませんから、わたし達はギリギリ法に触れません。ですので、そこの部分でわたし達を脅しても無意味だということをご理解願います」
「はい、承知しております。サイトにはそれをほのめかしていましたよね。我々はそんな方がいないかネット中を回って、たどりついたのがアナタ達です。思う存分、お仕事してください。もちろん報酬は払いますので」
やさしく、おおらかな返事がきた。
「あ、よかったです」
一安心だ。ここで変な顔されて出ていかれた場合、変な噂を広められかねない。
「では、どういった事件かお聞かせ願えますか」
さっそく話を事件に持っていこうとしているのは大川だ。
男物のスーツをまとい、短髪のウィッグを身につけている。
エイミー・ウォーカーとしての素性はこっちの仕事では隠したいらしい。
「はい、そうですね。率直に言いますと、子供が誘拐されまして、身代金の要求を迫られているのですが、警察には伝えるな、と言われているんです」
と言ったのは旦那さん。
身代金目的の誘拐か。まあ、農場経営者ってことは、その土地一帯の中では一番お金を持っていそうだし、狙われやすいのかもしれない。ただ誘拐は、ちょっと難しそうだな。
すると横の奥さんが、
「我が家には3人の子供がいるのですが、朝目覚めると一番上の子が寝室で八つ裂きになって殺されていて、下の2人がいませんでした。その後すぐに電話があって、今に至るということです」
「もう殺されているのですか!」
なんということだ。
確かに人質というカードが3人もあるなら、じゃんじゃん犯人は切っていける。
まずはそれを示したということ。
そして大川は冷静で、
「まだ、警察には連絡していないのですよね?」
「はい」
「ご遺体はそのまま?」
「はい」
「……わかりました。なんとか推理の余地はあるかと思います」
「そ、そうですか!」
とは言うものの、やっぱり逆探知ができる警察に任せるのが、今回に限ってはいいのかもしれない。もちろん、バレたらどっちかの子供は殺されるだろう。そう考えると危険か。迷うな。
だから聞く。
「お答えいただける範囲で構いませんが、今回、もし犯人を捕まえたら、どうしたいのでしょう」
すると、石清水夫妻は一度向き合って、元気よく答えた。
「はい。とりあえずは手作りした竹のノコギリで死に直結しない部位から徐々に切断して家畜の餌にしていこうかと思っております」
それを聞いてわたしと大川は向き合う。
決まったな。
「「引き受けましょう!」」
2人で答えた。
ムダなことばかりしていたわたしと、名探偵が、同じ答えを出した。
たったそれだけで、少しうれしい。
わたしはまだ生きている。
第一部 終わり
女子高生冥探偵と魂の契約 生生 @Y_EVE
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます