大人と子供⑬


 最後に名探偵へ聞いてみる。


「なにが?」

「あの人らの動機だよ」

「あの人って誰のことよ」

「いや、そこまで言って答えがでないならいいんだ」

「っ! なんか腹立つわね」

「オレの勝ちだ」


 っと挑発して、オレは振り返る。



「いるんでしょ? 先生」


↑↑ここまで前回の分↑↑

――――――――――――――――――――

↓↓ここから今回の分↓↓


 ガサッという音がしたのは、暗闇の向こう。

 こちらがいる草木に囲まれた道路脇の、反対側の道路脇にあるやはり草木に囲まれた辺りからだ。



「いやいや、まいったね」


 現れたのは政治家先生の舘神とその部下。


「この人、犯人なんだけど、処分してくれるんですよね?」

「なんだ。バレてるのか」


 舘神は一度俯いて、気持ちを切り替えるように首を鳴らした後、


「ああ、そうだね。頼まれなくてもするつもりだったよ。もし通報でもされたら、ちょっと手荒で面倒な方法を使ったかもねえ。さすがに5人を相手にするのは骨が折れそうだから、君たちの結論はありがたいよ」


 とんでもないことを、当たり前のようにゆっくりと答える。

 そして聞いてくる。


「いつから気づいていたんだい?」

「尾行されてんのかな? って確信したのは、今日の夕方。あの黒石さん宅で。お付きの方が出てくるタイミングもそうですし、何よりあの開けた場所だったのに一瞬で姿を現した時点でもう隠れていたことは確定ですよ。あとは1人で現れたってことで何か分担して仕事をしているのかな、って思って、それが尾行なのかな……とも」

「お前のせいじゃねえか!」


 と背後の部下の頭を小突く。

 それがパカンって感じならよかったけど、ドゴォって感じで全員で少しビビる。


「で、ですがあの家は絶対に荒らされるなと言ったのは舘神さんで……」

「一瞬で! 現れたのは! お前の! ミスだろうが! そんなことも! 逐一! 言わないと! ダメなのか!」


 あ、『!』のタイミングで殴ってます。

 ブラックだなあ。


「尾行の理由が犯人捜しってわかったのはさっき。まあ、犯人の行動で一番損するのはこの村とこの村の形態を作った舘神さんで、さらにその動機が万が一村への復讐だとしたら、さすがにマズイでしょう。それなら警察より先に犯人を捜して消す。当然の考えだと思います。それができるのですから」


 それができる。

 そうこの人たちは捜査のかく乱すらできる。


「計画性のない事件であると事情を知らない外部の人間にイメージさせるために『無差別』なんて言葉を使ってネットやメディアに事件名を流行らせたのも先生ですね?

 学校を休ませずに被害者を作りやすくして事件を圧縮させては、じっくり捜査する警察の先を行けるかとも考えたのでしょう。どうせ、オレたちの知らないところで脅迫めいたことも、直接手を下さないまでも権力を使ってやっているはず。そうやって色々やって、なんとかして先生は自分で犯人を捕まえたかった」

「……まったくその通りだね。メディアには報道を規制する力もあったのだけど、ネットの時代だからね。立て続けに起こる事件の報道を規制すれば、余計な噂が立つ。

 そういえば、初対面の時はすまなかったね。何しろ、あの時は犯人捜しに必死だった。女装で歩き回る君のその姿は怪しすぎたからね、犯人と思って殴っちゃった」

「……でも、その時に起動させていたカメラから、オレが本当に捜査している人間の可能性を考えた。

 そして、後日、大川と捜査中のオレと対面して、本気で捜査していると判断した」

「ああ。そして、事件は捜査したいけど、仕事が忙しくてね。警察に任せられないのは当然だけど、外部の探偵を雇ったり、組織で人数を増やして話がこじれるのも心配だった。

 何せ、捕まえた人間を処分するわけだけど、対象は世間を騒がす連続殺人犯。探偵は通報するに決まっているし、内部の人間だって全部を信用しているわけじゃない。だから元から捜査している名探偵の後を追うことにしたんだよ」

「大川じゃなくてオレの監視をしたのはなぜ?」

「さすがに名探偵を監視してもすぐにバレそうだからね。でも、実は最初から名探偵の大川さんを監視していれば、すぐに怪しげな行動をとる父親の姿がわかったというね。……ムダなことをしたよ」

「結果論です。仕方ないことですよ」

「ムダなことをした、と言えばもう1つあるね。僕は君たちが正義感から捜査をしているのかと考えていたから、『邪魔をするな』という曖昧な表現で釘をさすことしかできなかった。もし、最初から通報するつもりすらなく、被害者になるために捜査しているとわかっていたら、もっと協力的になれたんだけどね……。すまないと思うよ」


 ということだ。

 事実確認は終わった。

 大丈夫。信用できる。

 この人は確実に警察へ通報はしないし、憲さんをキレイに処分してくれるだろう。

 そこへのメリットがたくさんあって、なおかつ一般的な正義の成立するような価値観を持ち合わせていない。

 あとは……、


「さあ、どうする」


 言葉を大川へ向ける。


「え……、と……」


 大川はまだどう答えていいか悩んでいるようだ。


「今頼めば、事件の真相は闇に葬られる。オレたち素人の処理とはわけが違う。ただ、もう会えないし、多分やさしい死に方は期待できない。公的な死刑よりずっと苦しい死に方で、埋葬なんて立派なこともされないだろう」

「……」

「腐っても父親だ。そんな死に方をさせたくないってなら言ってくれ。オレは、闘うぞ」


 拳を突き出し、舘神へ向ける。

 さっき、コイツは、舘神は言った。

 通報するようだったら手荒なマネをするつもりだったと。

 まして、今はその理由すら言葉として聞いてしまっている。ただの犯罪行為をしようとしていることを知ってしまっている。

 今更、やっぱりヤクザに始末させるより通報して叩かれた方がいい、なんて言ってもすんなり通ったりはしない。


「ほう……。アホかね君は。僕たちのことを知っておいて大川氏を渡さずに逃げるつもりかい。それはさすがに、僕にとって不利益だなあ。殺すよ」


 不思議と恐怖はない。やるべきことだからだ。


「あんたら殺して、遠くへ逃げてやるさ」

「君は一度、僕に負けているだろう?」


 そう言って、臨戦態勢に入る。

 やはりまだ銃は使わない。目立つ行動は避けたいんだ。

 でも奥の手としては確実に持っているはず。

 倒すなら、その銃を出し渋っている今が唯一のチャンスか。


「待って!」


 オレたちの間に入り、構えた手を掴んでそう叫ぶのは大川だ。


「……もう、いいから」


 オレの手を離して舘神へ向き直り、


「先生。父の処分をよろしくお願いします。どんなにひどい殺し方でも構いません。アナタたちにかけた迷惑の大きさを考えれば、当然のことだと思います。内臓を売って、お金に変えてしまっても構いません。私は探偵がしたいです。将来は長く不安です。この事件の犯人が明るみになって欲しくないです。だから、このことは誰にも言いません。信用してください」


 そう言って頭を下げた。

 オレの空回りが、大川にツライことを言わせてしまった。


「はっはっはっは!」


 満足したように舘神は笑い出し、


「承知した。引き受けたよ。エイミーさんにルルムさん、これからもよろしくね」


 とオレたちの肩を叩いて、いつの間にかそこに停まっていた車に憲さんを詰め込んだ。


「あとは大人に任せて、若い君たちは早く帰りなさい。ここは不審者が捕まっていない村、なんだよ?」


 という去り際の言葉を舘神は残していった。美しい黒のボディすぐに見えなくなった。

 お互いに、うまくやれということだ。



 さて。


「すまんな。オレのおせっかいで」

「いいえ。それがなかったら、私は前へ進めなかった。私もまだまだね。自分から見えているものなんて、本当に一部でしかないのだわ」


 そんな大川の目はふさぎがちで、今にも眠ってしまいそうな疲労感と悲壮感を併せ持っていた。


「ありがとう。理由はどうであれ、アナタがこの事件に興味を示さなかったら、突然父が警察に捕まって、1人で事実を突きつけられていたかもしれない。そうなれば耐えられなかったわ」

「そりゃどうも」


 まあ、アンタならどうとでもしただろうね。とは言わない。

 この発言はちょっと弱い子ぶりたいからこそ出たものだろうと解釈しておく。


「役に立ててうれしいよ」

「ええ……」


 とまあ、そんな大川の甘えを受け入れるぐらいにはオレも甘い。



「じゃあ、本当に帰るか。とりあえず、万が一のこと考えてヒトリは病院いくぞ。理由はなんか適当にでっちあげて」


 とその時のオレはもう帰る意志を示しているわけで、オレが期待したのはみんなの同意の合図だったんだけど、


「あっ、そういえば! お前、、もう死ぬのはいいのかよ」


 と人の繊細な部分を明るく聞いてくるのは当然福岡だった。


「あ~。本当だ。なんかすっかり忘れてた」

「どうすんだよ。なんにも解決してねーぞ! お前の人生、何も報われてない。解決できてない。むしろどんどん変なもん背負ってんぞ」

「本当だな。でも、なんか、あんまり今は死ぬ気ないぞ」

「あ、……そうなのか。ならいいけど。なんか死のうとしてた時のお前からは確かな決心のっぽいの感じてたから。しっかし、なんとなくで生きるのかよ」

「そうだな。不思議だな」


 と言ってみるが、まあ、大して不思議ではない。

 そこの動機にも確固たる論理性なんてないのだ。

 人を殺す動機にまともな論理性がないのなら、オレが生きる動機にもまともな論理性は必要ない。

 オレの人生は相変わらずムダで、お先は真っ暗だし解決の見込みはない面倒なことだらけだけど、他にやることができた。責任ができた。だから生きる。

 そんなもんなのだ。

 これまではオレの内部にある、オレの人生が敵だったけど、外部に問題ができた。オレが死んでも解決できない問題ができた。

 敵の敵は味方。

 その解決までは、オレは人生の味方でいようと思う。

 本当に論理性の欠片もあったもんじゃない。


「まあ、戯言だ。忘れてくれ。弱い自分演じてかわいい子に気にかけてもらいたかっただけだよ」

「クズじゃん。しかもそれで女装って……。ナシではないけど」


「ねえ!」


 空だ。


「だったら、もっと言葉で示してよ。はっきり、約束してよ!」


 やはり空は、こういうところで女の子らしい。

 言葉なんざいくらでも取り繕えるし、ウソなんていくらでもつけるけど、空にとっては言葉はとっても重く、チカラのあるものというエモーショナルな感覚があるから、それを求めてしまっているのだ。


「ああ。……空、福岡、大川さん、ヒトリ、オレは死なないよ。ここに誓う」


 こうしてオレの青春は終わった。

 しかしネガティブな終え方ではない。ゴールだ。一足早い。

 未来を探すというのが青春の意義なら、明日からオレは確固たる意味を持って、その未来を生きる。現実のために現実を生きる。




エピローグ「冥探偵と名探偵」へ続く

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