大人と子供⑫


「いや~、そうかそうか。オレの難聴って父兄さん方々にまで知れ渡ってたのか」

「ちょっと歳の離れた竹ノ内さんのお兄さんは、計画開始時点でまだ思春期まっただ中で、多分不快感を感じて訴えたのだろうけど、頭の固くてバカで厳格なお父様に封殺された。それがきっかけでお兄さんはふさぎこんだのね。お兄さんは計画を阻害する人間たりえなくなった。それ故に父のターゲットから外れることなく竹ノ内さんは殺されたのよ」


 お? 会話になってないぞ。


「問題はアナタだった。歳も近い2人が揃って変な音がするとかクラクラするとか訴えたら、さすがに両親も不審に思ってしまう。殺す必要のない人間は殺したくない。でも、できるだけターゲット候補は減らしたくない。すでに家族が不審がっているなど、やむを得ない事情があれば諦めるけど、父にとって、アナタの存在はやむを得ないほどではなかった。そこで思いついたのよ。事故を装って耳と鼻を破壊してしまおうって」


↑↑ここまで前回の分↑↑

――――――――――――――――――――

↓↓ここから今回の分↓↓



 は?



 何を言ってるんだ?



「そういうことよ。ルルム」


 あああ。



「アナタの夢を壊したあの事故の、逮捕者がまだ出ていない理由はそれ」

 


 オレは難聴になったせいで、これまでの努力がムダになって……。



「綿密に計画された、ひき逃げ事故を装った傷害事件だったの」



 生き続けるたびに後悔が襲うようになってしまって。



「だから逮捕されていないの」



 こんな女装までして殺してもらおうと必死になってあがいて。



「一撃目でアナタの耳を、すれ違いざまに殴りつけ、アナタは車にぶつけられたと勘違いしつつ、痛みによってうずくまった」



 そ、そうだ。オレはあの時2回はねられたと思ったんだ。



「そしてうずくまって、低くなった頭をもう一度狙うようにアナタをはねたの」



 な~んだはねられたのは1回だったんだね。



「父はアナタが格闘技をやっていて、事故を装って殺すことは難しいと考えたけど、筋肉の少ない耳を破壊して難聴にすることなら不可能ではないと考えたのね。そして、事故を装いつつ捜査ができないように偽造ナンバーや偽造タイヤ痕を作って、綿密な計画の下にひき逃げ事件を起こした。それが未だに逮捕されていない理由よ。事故としてしか捜査していないのだからね」



 あああああああああああああ!!


「あああああああああああああ!!」


 あああああああああああああ!!

 オレは泣きながら、問い詰める!


「おい! オレをひいたのはお前なのか!?」



 憲さんは、泣いているオレをバカを見るような目をして答える。


「僕だよ」


 瞬間、息も心臓も思考も何もかもが止まったような気がして、ただ自分でも何が起こっているのかわからないぐらいの目まぐるしい数の殴打を憲さんの全身に浴びせ続けていて、誰の血かわからないけどそのまみれた手を空とヒトリが抱きかかえてようやく動きも止まる。



「ハァ、ハァ……! あああああああああ!」



 オレの下に横たわる憲さんは、とっくに気を失っているようだ。



「終わったよ」


 ひっそりとつぶやく。

 オレにはまだやることがある。

 さて、こいつをどうしたもんか。


「ねえ、どうするつもり?」


 と、空が言うが、オレは空が何を懸念しているのかわかる。


「普通に警察に通報して、ヒトリさんは一応病院に行って、警察の聴取がなかったら帰るべきだわ」


 と前に出て、大川が言う。その言葉にやはり空が反応して、


「でも! それじゃ、エイミーさんが……」

「ああ、探偵業は難しくなるな」


 マスコミだけじゃない、ネットにだって業界にだって良くない扱いを受けるのは目に見えている。

 その中には真性のバカもいれば面白がる奴に、そしてアンチまでいるだろう。

 そして、特にこだわりのない大多数の人は、そういう人間の声に動かされてしまうのだ。

 それの何が腹立つって、そうなった場合、全て憲さんの思惑通りに事が運んでしまったことになるということだ。

 村に復讐をして、娘を探偵から引きずりおろす。

 それは完全敗北だ。


「そんなこと関係ないわ。一番かわいそうなのは被害者と、命より大切な娘を失った遺族なの。彼らには真実を知り賠償金を受け取る権利がある。それを尊重するべきだわ」


 ド正論なド正義だ。

 しかも楽。ただ電話するだけでいいっていうお手軽さ。選択肢として破綻しているレベルだ。

 でも、やっぱり、


「もう! ウジウジしてるなら私がかけるわよ」


 大川はポケットへ手を伸ばす。が、


「……!? ない! なんで!?」

「オレだよ」


 と手首でなにやらチラつかせているのは福岡だ。

 正直、この暗闇で画面が点灯してないスマホとか見せられてもなんにもわからんけど、たぶん大川のスマホなのだろう。


「触られていることを気づかせることなくまさぐるというオレのスキルが生きたな」


 ということらしい。危ないスキルだな。逮捕でいい。


「アナタたち! 揃いもそろってお人好し、ですらないわ! 単なる自己中心的なバカよ! 父は逮捕されるべきなの。それで私の未来が閉ざされるのなら、それは加害者遺族としての償いでしょう!」

「そんなのないよ! 娘だからってそんなの関係ないよ!」

「それは被害者もみんなそう思ったでしょうね。でも、そういうものなのよ」


 そういうもの。

 とうとう論理性を失ってきたな。

 必死に自分を保っているのだ。

 父が殺人犯で、自分の探偵としての将来も失った。

 不安で仕方ないだろう。取り繕うので必死なのだ。

 これはある意味チャンスだ。どうやって納得させよう。

 オレは言葉を選んで話し始める。


「じゃあ、その! 気がかりな賠償金ってのはいくらかかるんだ? 犯人の死とセットでいくら積めば殺人のケジメがつくんだ」


 大川はさっき賠償金がどうとかも、通報するべき理由として挙げていた。

 裁判をしっかり行うということだ。自分の将来を犠牲にしてまで。

 なら、ここをどうにかすればいい。


「あのね、当たり前だけどお金の問題じゃあないわ。でも、そうね、法律的には……」


 さて、どんな金額だ。大した額じゃなければ、竹ノ内さんや他の遺族には賠償金はあきらめてもらおうと思っている。

 勝手だけど。


「ちょいちょいちょい」


 福岡だ。


「バカかお前は。今、まさに被害者を庇おうとしている人間にそれ聞いてどうするよ。『50円よ』『やった?、そんな程度の端た金なら、払わなくても変わらん! よし、通報しないぞ』的展開は望めねえよ。むしろ酷く高く盛って諦めさせるに決まってんだろ」


 もっともだ。


「だから、オレが教えてやるよ。……払えるような金額じゃねえ。ざっと1億円だ。前例を参考にするとな。

 だからほとんどの殺人犯は、賠償金を払いきれず破産して死んでいく。もちろん、犯人がオレたちのように未来と時間のある人間なら、ゆっくりと少しずつ返していくことは可能だがな。残念。犯人は金がなくて村に復讐しだしたおっさんだ」


「そ、そうよ! 殺人被害者の遺族はね、それぐらいのお金を受け取るべきなの! いいえ、

それでも足りないぐらいなの!」


 と大川は勢いよく乗っかるが、


「フッ……」


 オレは笑う。

 福岡。こいつは本当に悪いやつだ。

 これでオレは返って諦めなくなった。

 いっしょなのだ。そう言いたいんだ。

 この憲さんを逮捕させて裁判かけようが、大川家の貯金額をはるかに上回る賠償金を働くこともできずにただ死刑を執行される人間に払いきることはできない。

 でも、オレたちには未来がある。

 生きて、ゆっくり返していける。

 そのために生きて背負えってことだ。

 何にもないオレだからできること。

 仕方ない。手を汚して背負うか。

 はっきり言って、この人助けは悪だ。

 クラスメイトや学校の仲間を裏切ることになる。村を際限のない恐怖に陥れることにもつながる。夏休み前の、事件にキリがないので休みにはしません、という状況が延々と続くことになる。

 だからなんだ。

 目の前の、生きようとしている人の生きる希望を失わせないためになら、オレはその悪を簡単に背負うことができる。


「よし、決めた。この事件の真相は隠そう。賠償金は、こっそり少しずつ返していこう。多めに。もしかしたら警察に伝える遺族がいるかもだけど、バレるまで頑張ろう」

「ま、なんとかなるぜ世の中。どんなに金がなくても死にやしねえよ。この件に関しては取り立てもないしな」


 と楽しそうなのは福岡で、


「バカじゃないの!?」


 と崩れ落ちそうな心でオレを罵倒する大川。

 空は別の心配があるようで、


「でも、どうするつもりなの?」


 憲さんの処分に関してらしい。オレもそれについて悩んでいた。

 そもそも、憲さんは突然消えて大丈夫なのか。


「おい、憲さんが行方不明になったら出版社は騒ぐのか?」

「……そんなの売れてた若手の頃だけよ。その頃は出版社の執筆依頼があった。色んな出版社で出したけど、今は自分で売り込みにいくだけ。連載もない」

「不動産は?」

「そこは母と私だけで切り盛りできる。母は……、説明すれば納得するわ……。いや、でも待って! だからって……!」


 ……おおむねクリアだ。実に都合がいい。なんか大川家の家庭の闇が一瞬垣間見えたが、まあ色々あるんだろう。

 まあ、そんな立場だからこんな事件を起こさないワケにはいかなかったんだろうから、だったらそれを利用する。

 さて、後は憲さん本体の始末だが……、なにかないだろうか。

 そうやって悩むことで、今ようやく、ある人間たちの動機について理解できた。


「おい、お前、わかるか?」


 最後に名探偵へ聞いてみる。


「なにが?」

「あの人らの動機だよ」

「あの人って誰のことよ」

「いや、そこまで言って答えがでないならいいんだ」

「っ! なんか腹立つわね」

「オレの勝ちだ」


 っと挑発して、オレは振り返る。



「いるんでしょ? 先生」




続く

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