第14話 好意は時に嫌悪を生む
勇希は去っていく三人を目で追った後、ソバの方に視線を向けた。
「……」
ソバの顔は、相変わらず表情が無い。しかし、悲しんでいるような苦しんでいるような、そんな複雑な感情がソバの顔に表れているように見えた。
「……盗み聞きは良くないよ、勇希君」
突然名前を呼ばれ、勇希の肩が跳ね上がった。
ソバはゆっくりと、無表情の顔を勇希に向ける。
「……バ、バレてた?」
「最初からね」
「マジか……」と頭を抱えながら、勇希は扉を開けてソバの前に姿を現した。目の前に立つと、勇希はソバに見下ろされる形になる。
「で? 俺に何か用?」
「いや、扉の外が騒がしかったから、つい……」
ソバの睨みつける様な視線に、勇希はたじたじになりながら答えた。
勇希がソバから視線を逸らしていると「……今のを聞いて、どう思った?」と、ソバが尋ねてきた。
「は?」
「だから、今の会話を聞いていて、勇希君はどう思った?」
勇希はソバを見遣る。ソバは、感情のこもっていない瞳を勇希に向けていた。
「どうって……悪いことしたな、とは思ったよ」
「え?」
「俺の食器を片付けるために厨房に入ったからだろ? その……包丁取ったのって」
「ああ……」と、ソバが呟く。「それは別に気にしてないから。他に思ったことは?」
「他?」
「そう。他に、勇希君が思ったこととか、感じたことはある?」
「謝って欲しかったわけじゃないのか?」と、勇希は不思議に思いつつ、他に青太郎達とソバの会話を思い返した。
「……ソバは、自傷癖でもあるのか?」
無意識に包丁を取っていったこと。そして、その行為に対して、青太郎が「また」と言ったこと。
それらを踏まえると、勇希にはそうとしか考えられなかった。
「自傷癖……ね。まあ、当たらずとも遠からず、かな」
勇希の目を見つめながら、感情を表に出すことなく。
「俺はね、自分を殺したいんだ」
ソバは、そう言った。
「自分を傷つける癖を『自傷癖』と言うなら、俺のは『自殺癖』とでも言おうかな」
その時、勇希は初めてソバと出会った時のことを思い出した。
『俺の死に場所、勝手に取らないでくれる?』
その言葉とその後にソバがとった行動がどうして矛盾していたのか、勇希はようやく理解した。
「……俺と出会った時も、自殺しようとしてたのはそのせいなのか?」
「そうだね。まあ、爪を噛む癖がある人と一緒だよ。ほとんど意識しないでやってることだから」
──果たしてそれは、癖と呼んでいいものだろうか?
勇希は、ギュッと両手を握り締める。
「……ソバは、そんなに死にたいのか?」
「それに関しては否定するよ」
ソバは即答した。
勇希は驚き呆れて、「はぁ?」と変な声を出してしまう。
「いや、自分を殺したいってことはそういうことだろ?」
「『自分を殺したい』と『死にたい』は別物だよ、勇希君」
勇希には、ソバが何を言っているのかわからなかった。
戸惑った表情の勇希に、ソバは子供に説明するように話し始める。
「『死にたい』は、ただ単純に自分の死を望んでいるだけで自殺以外の死に方も含まれているけど、『自分を殺したい』は自殺以外の死に方だと満足出来ないんだよ」
「わかってくれたかな?」と、ソバが聞いた。
勇希は、ソバの言っていることが理解出来なかった。しかし、一つだけわかったことがある。
「……お前が“死にたがり”って呼ばれてるのは、そういうことだったんだな」
勇希がそう言うと、ソバは露骨に顔を歪めた。
「その呼ばれ方、結構不服なんだよね。『自殺癖野郎』とかだったらまだマシなんだけど」
「いや、それもどうかと思うぞ?」
「まあ、それはともかく」と、ソバは話を逸らす。「勇希君に教えるの忘れてたけど、俺はそういう奴だから」
「死んだら、此処の人達が悲しむぞ?」
「それは無いと思うな。だって俺、結構な人数の局員に嫌われてるし」
特に気にしている様子もなく、ソバはあっさりと告げた。
「でも、前は綾目さんが倒れるくらい心配してくれたんだろ?」
以前に何があったのかはわからないが、ソバの“自殺癖”のせいで綾目が倒れたということは、勇希にも容易に想像できた。
「ああ、部屋の扉を開けたら俺が首吊ってた時のこと?」
「え、そんなことがあったのか?」
勇希の問いかけに、ソバは頷いた。
「綾目さんが俺の部屋の扉を開けたら、目の前に首を吊ってる俺が現れたもんだから、彼女、卒倒しちゃったんだよ」
「ケロッとした顔で言うなよ」
大したことではなさそうに言うソバに、勇希は呆れて苦笑いする。しかし、その内心は複雑だった。
ソバの“癖”については薄々感づいていたものの、実際に本人の口から聞くと、ショックは大きかった。知り合って間も無いのに、ソバが「自分を殺したい」と言っただけで、勇希は全身の血の気が引いていく感じがしたのだ。
──それなら、ソバのことを好きな人は?
「……綾目さんが倒れたのは、それだけの理由じゃないと思うぞ」
勇希は
彼女はソバのことが好きなのだ、と。
「綾目さんが俺のことをどう思っていようと、俺は彼女のことを何とも思っちゃいないよ」
何故か不快そうに、ソバは眉間にシワを寄せている。
「嫌いなのか、綾目さんのこと」
「別に。好き嫌い以前に、興味無いから」
ソバの態度から察するに、ふざけているわけではなく、本気でそう思っているらしかった。
その時、勇希は青太郎から聞かされた話を思い出した。
「……もしかして、人が嫌いなのか?」
「嫌いってわけじゃないよ。ただ、興味が無いんだ」
まるで条件反射のように、ソバは質問された瞬間に答えた。
何人もの人に何回も同じ質問をされたのだろう。勇希は最初、そう考えた。
しかし、妙な違和感がある。
「ソバは、本気でそう思ってるのか?」
「本気だよ。こんなこと、嘘で言う人間なんていないでしょ」
「人に興味が無いって、思い込みたいからじゃなくてか?」
ソバの顔が、一瞬にして強ばった。
「……何言ってるの、勇希君。さっきも言ったでしょ。俺は本気で、他人に興味が無いって」
「俺には、ソバが自分自身に言い聞かせてるようにしか見えない」
ソバの顔が次第に険しくなっていく。
勇希は臆することなく、ソバの顔を見つめて言った。
「興味が無いわけじゃなくて、人を避けないといけない理由があるんじゃないか?」
「……」
「その理由、もしかして『自殺癖』と関係があるんじゃないか?」
ソバが、深いため息をついた。
「……それを知って、どうするの?」
「え? どうするって、別に何かするつもりはないけど」
「じゃあ、聞かないで欲しいな」
ゾクリ、と勇希の全身に鳥肌が立つ。
深い怒りを瞳に
「世の中には、知らなくて良いことがある。今、君が俺に聞いたことは、君が知らなくても良いことだ」
蛇に睨まれた蛙のように、勇希はその場から動けずにいた。
「だから──もう二度と、聞いてくるなよ」
それは、今まで勇希に対して使っていた口調よりも、かなり厳しいものだった。無表情ながらも、ソバからは激しい怒りが見て取れる。
そんなソバの変化に戸惑い、勇希はただ頷くことしかできなかった。
「……ごめん。別に勇希君を責めるつもりは無いんだ。ただ、今はまだ教えられない。勇希君だけじゃなく、他の誰かにもね」
ソバはハッとした顔になると、すぐに申し訳なさそうに勇希に謝ってきた。
「お、教えたくないならしょうがないな。そのうちソバが教えたくなった時にでも、俺に教えてくれよ」
勇希が慌てて笑顔を作ると、ソバはわずかに眉をハの字にして微笑んだ。
「ありがとう、勇希君。……あ、そうだ。今日の訓練についてなんだけど」
ソバはスッと無表情に戻ると、今までの雰囲気をぶち壊すように勇希に話しかけた。
「ず、ずいぶん唐突だな」という勇希のツッコミを無視して、ソバは言った。
「先ず筋トレから始めて、その後射撃訓練やら何やらが入ってるから」
「何やらって、何するんだよ?」
「とりあえず色々、かな。勇希君には一ヶ月後に本格的な仕事をしてもらいたいから、訓練のプログラムがギュッと押し込まれてるんだよ」
「い、一ヶ月後!?」
勇希が声を裏返らせて聞くと、ソバは首を縦に振った。
「そうだよ。あまり、ゆっくりしている暇はなさそうだからね」
「? それってどういう……」
「まあ、とにかくさっさと訓練を始めちゃおうか」
勇希の言葉を遮ると、ソバは青太郎達とは逆方向に廊下を歩き始めた。
「ちょっと待てよ! 俺、まだ準備できてないんだけど!」
「……全く、しょうがないなぁ。待っててあげるから、すぐに終わらせてね」
呆れた顔のソバを残し、勇希は急いで部屋の中に戻った。
ドアが閉まる直前、勇希の耳にこんな言葉が入ってくる。
「──時間が無いんだ。俺達には」
最強の死にたがりは今日も死ねない 哀歌 @aika-1911
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