六・番外編最終話・掛け替えのない宝




「……デイヴォ?どうしたの?」

 レセナートは共には来れなかったものの、公務の合間を縫って森へと来ていたリウィアス。

 そんなリウィアスの元に姿を現した森を統べる七王のうちの一頭『赤王』デイヴォが、先程から、何やらしきりにリウィアスの腹部に鼻を寄せている。

 不思議そうに首を傾げるリウィアスを、デイヴォはじっと見つめた。

「?……あ、もしかして……」

 何か頭に浮かんだらしいリウィアスは目の前に存在する獣の王の様子を窺う。

「……デイヴォは、そう思うのね?」

 それに応えるように、デイヴォはリウィアスの顔に頬を寄せた。



「──アシュリー、お願いがあるのだけれど……」

「どうされましたか、リウィアス様」

 城に戻ったリウィアスは、ある人物を自室に呼んでもらった。

 そして──。



「レセナート」

「うん?どうした?」

 夜、寝室で二人きり。

 レセナートに身を寄せたリウィアスは、身体を預けながらレセナートの手を取った。

 不思議そうに見遣るレセナートの手を、リウィアスは自身の腹部に押し当てた。

「あの、ね。……──赤ちゃんが、出来ました」

 日中に判明した事を告げる。

 デイヴォの行動で脳裏に浮かんだのは、妊娠。

 当初環境が変わった事による精神的なものが原因だと思っていた規則正しくあった月のものが遅れていた事実を思い出し、考えに至った。

 そして森から帰り、侍医に診てもらい。

「……」

「?レセナート?」

 反応のない夫に、リウィアスは首を傾げた。

 見上げるリウィアスをまばたきもせずに見つめたレセナートは、漸く口を開く。

「赤……ちゃん……?」

「そう。赤ちゃん」

 じわじわとその言葉が浸透して行っているらしいレセナートは、徐々に目を見開く。

 そして唐突に、リウィアスの身体を抱き締めた。

「!」

 驚き、瞬いたリウィアスの耳に届いたのは、震える声。

「──ありがとう、……ありがとう、リウィアス」

 幾度も幾度も礼を口にするレセナートに、リウィアスはその顔を綻ばせた。

「レセナート……」

 妊娠が判明して、大きな喜びを感じた中で不安を抱かなかったわけではない。

 自身の障害が遺伝していたら、と考えて苦しくならなかったわけではない。

 けれど、こんな風に心の底から喜んでくれていると分かれば、そんな不安は些細なものだと思えた。


 腕を緩めたレセナートは、愛しい妻の額に自分のそれを合わせた。

「一緒に、護っていこうな」

「──はい」


 これから先、色々な事が待ち受けているだろう。そしてそれは、決して良いことばかりではないはず。

 けれども二人で、いや、これからは三人で乗り越えて行く。

 どんな不安もどんな試練も、共に手を取り合って乗り越えて行く。

 二人は新たな力を手に入れた。掛け替えのない力を。




 ──八ヶ月後。

 セイマティネス王家に、新たな命が加わった。

 それは父のように真っ直ぐで、母のように凛とした強さを持った、可愛らしい男の子。






「陛下、エブファリヴ地区で起きたダイン伯爵に対する民の暴動と、こちらはムガルスタ国との交易における条約の報告書です」

「ああ、ありがとう」

 王の執務室。

 先王が退位し、昨年即位したばかりの金茶色をした髪の男は差し出された書類に素早く目を通す。

 と、そこへ五つくらいの男に良く似た少年が盛大に扉を開け、笑みを湛えて駆け寄った。

「ちちうえー」

「クトラ」

 受け止めた男は、整ったその顔を緩ませた。

「あ、おじうえー!」

「殿下、私の事はルイスとお呼び下さいと何度も申し上げているでしょう?」

「えー」

 傍に立つ、先程王に声を掛けた藍色の髪をした男の言葉に少年は口を尖らせた。

 その様子に父親である男は笑みを深める。

「──良いじゃないの。此処には親しい者しかいないのだから」

 鈴を転がすような美しい声が届いた。

「リウィアス」

 今まで以上に頬を緩め、愛しげに目を細めた夫に、歳を重ねて更に美しさと品に拍車が掛かったリウィアスも同様に破顔する。

「貴方は私の弟なのだから間違ってはないでしょう?ね、レセナート」

「そうだな」

 くすくすと笑ったレセナートは、愛しい妻の腰を引き寄せる。

「妃殿下」

「違うでしょう?」

 その表情に、まだまだ下っ端ではあるが内外の政に関わるルイスは白旗を上げる。

「……リウィアス」

「はい、よろしい」

 楽しげに笑うリウィアスに、困ったように眉尻を下げながらもそれでもルイスは頬を緩めた。

 妃となった今も、大切で大好きなリウィアスは変わらない。

「レセナート、今から少し出てくるわ」

「森か?」

「ええ」

 皇太子であるクトラの生誕の日を来週に控える今、王都を訪れる外部者は多い。同時に不審者も増え。それを王都に入れるのを防ぐために『代理者』であるリウィアスも盾として動く。

「分かった、気を付けて。無事で帰って来てくれよ」

「はい」


 一旦部屋に戻って着替え、隠し通路を使って城を出たリウィアスは、護人の家の前に立つ人物に手を上げた。

「──アルザ」

「……よっ」

 外套を羽織った赤銅色の髪の男は、微かに頬を緩めてリウィアスを迎えた。

「お師匠様は、もう?」

「ああ。先に行ってるって」

 返答に頷いたリウィアスは随分前に自身の身長を超したアルザを促す。

「待っていてくれたのね。ありがとう。それじゃあ、行きましょう」

「ん」

 馬に跨ったアルザと共に、森に足を踏み入れた。


 ──それぞれ着実に目標に向かって歩む者達。


「!侵入者ね。急ぐわよ」

「了解」

 表情を鋭くしたリウィアスに続いて、アルザも馬の脚を速めた。


 ──これから先も皆で支え合い、力を尽くして生きて行く。

 国と民と、──大切な者のために。






【番外編最終話・掛け替えのない宝・完】

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風を感じて【完結】 永才頌乃 @nagakata-utano

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