最終話

 幾筋かの真白な雲がのんびりと横たわる、澄んだ秋の空を病室の窓越しに見上げた。

 読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋。秋ほど多くの形容を携える季節は他にあるまい、と志摩は思う。


 (……椿なら。芸術、だな)


 ああ、楢崎もそうかもな、と雑につけ足して志摩はため息した。最近何かと椿を引き合いに出してしまう、そんな自分の諦めの悪さは今に始まったものではないし、椿に限ったことでもない。認めたところでやはりため息しかない。


 爽、という自身の名はあの空に由来するはずなのにちっとも、と嘲笑が浮かぶ。志摩はベッド脇に備えつけの簡易テーブルへ左の頬をつけ、もう一度、青々と冴える秋空を見上げた。世界を斜めに見てみたところで何かが変わるわけもない。


 「志摩くん? また落ちてるの?」


 聞き慣れた声に「また」と使わせてしまうくらい、自分の態度は分かり易いのか。志摩は頭を動かすこともなく、梶センセー、と間延びした返事をした。体勢のせいか耳殻が震え、自分のものではないような奇妙な響きが残る。


 「ありがとう、そのとりあえず的な返事も、まだ志摩くんが世界の全てを拒絶したんじゃない、って前向きに受け止めとく」

 「……えー。なにそのめんどくせぇキャラ」


 ここにきて口の悪さに磨きがかかったように思う。基本的に誰も彼もが志摩を甘やかす、罵詈雑言を吐いたところで「そんなに言える元気があるなら大丈夫」とよく解らぬ太鼓判を押されてしまう、傷つけまいと気遣われているのか、子どもの領域で労られ転がされているのか。とにかく、酷く叱られる、ということがない。

 とりわけこの担当医の、志摩に対する扱いは甘い。何年経っても初めて顔を合わせた頃と大して変わらず、穏やかで柔らかく、時に変幻自在なキャラクターを使い分け、いつの間にか懐に入り込み、いつまでも居座っている。小児病棟で出逢った初冬、志摩はもうすぐ12歳、という生意気盛りの反抗期だった。あの日の自分の方がよほど大人びていたように思うが、今のこの、子どもの延長線上に置かれている日常も、駄目になりそうで、それでももう少しラクをしていたくて、自分があやふやになる。


 (……ああ、でも)


 あの時は、と一幕が蘇った。研修医の本多へ告げた出入り禁止の言葉の語気は荒く、向けた態度も辺りを瞬時に氷点下の世界へ巻き込んだ。


 『僕の大切な患者を傷つけた君を許すわけがないだろ』


 看護師の間では専らフェミニストと評判の高かった梶だが、本多が泣こうが詫びて縋ろうが、ただただ、二度と顔を見せるな、と冷たく繰り返すばかりだった。

 思い出されたシーンに貼りつく凍った表情と、目の前の朗らかさにとてつもない温度差がある。同時に、無表情を取り繕いながら胸の内で「ざまぁ」と舌を出していた自分も蘇った。俺と椿の仲を搔き乱したのはお前だ、と。分かり易く誰かのせいにしたかった。そんな己の残像に眉根が寄る。


 「なに?」

 「……いや。意味ねぇな、と思って」

 「そんなことないよ」

 「テキトーだなぁ、センセ。何のことか分かんねーくせに」


 本当に、向けられる優しさに対し優しさを返す、ただそれだけのことがどうしてこうも出来なくなってしまったのか。以前の自分ならば容易く出来ていたはずなのに。

 たぶん、と既に明白な理由を考えるふりをした。自制する必要がなくなったからだ。たとえばこれまでも、我慢をやめて存分に身体を動かしたり、激昂に任せて怒気を放ったり。それらは一時、まがいものの充足を志摩へ与えたけれど、結局は体調の悪さとなって返ってきた。だからこそ、平穏という名の諦めを身につけて生きてきたはずなのだ。プラスへもマイナスへも酷く振れることのないように。

 元来、さほど気の長い人間ではない。その時々で鎌首をもたげる感情なんてどれほどでもあった。それらを一つずつ潰して押しころして笑みに変えて、本物か偽物かも解らぬようになるまでしんだように生きてきたのだ。


 雨宮 椿を知ったのは、そんな自分に馴れ始めた頃だった。


 「意味ないことなんて、ないよ。本当に」

 「……あれ。続くの、その話」

 「志摩くんは、意味があって今ここにいる。痛いよね、雨宮くんの痛みに繋がってるから」

 「!……黙れ、知った風なこと言ってんじゃねえよ」


 いや、知った風ではなくて梶はすべてを知っている。コーディネートにずっと立ち会ってきたのは彼なのだから、椿とも、椿の姉とも打合せを重ね、志摩の生へ息吹を取り戻したのは彼なのだから。

 だからもっと、いや、むしろもっと。

 第三者の顔をして欲しい。本多の軽口が招いた混乱へ、指導医であった梶が少なからず責任を感じているのは分かっているものの、椿と志摩の関係修復へ助力できないかと明らかに気を揉む様は居た堪れない。

 どんな晒し方が正しかったのか、今となっては全く見当もつかない。正解を引き得ていたのなら、この病室へ毎日のように椿は見舞いに来てくれただろうか。


 「……俺は痛くもかゆくもねぇんだよ」


 最近の自分は、誰の目もきちんと見つめられていない。罪悪感のせいなのか、気恥ずかしさのせいなのか。梶の白衣の胸元へ歯がゆく視線を置きながら、そんな風に思考を逸らす。まったくもってこの梶という男は昔から、志摩へ何かと言わせたがる。思うところを胸の内に溜め込むなとばかりに、あの手この手で言葉にさせる。だから今回のこれもそうだ。たとえどんな悪態を志摩から引き出そうと、梶の治療方針の一環だと言わんばかりだ。切り口を変え吐き出させようとする狙いはしかして、椿のことだと分かっている。


 「椿のこと傷つけて、そんで元気になったって意味ねぇんだよ」


 父も母も姉たちも、皆が一様に安堵した。志摩の容態が落ち着くに比例し、笑顔が増えた。椿の存在と己の出自を鑑みれば母親の不貞に辿り着くというのに、誰もが知らぬふりを貫いた。姉の穂波も碧も都合よく子どもの顔をして、親の歴史なんてなにかの商品カタログでも眺めるくらいにしか知らなくてよいと、そこまでに徹しようとしているように見えた。

 その是非を問う権利は自分に無いと志摩は思っている。ただ、結果として実に分かり易い幸福の絵面に、椿もいるものだと勝手に決めつけてはいた。


 「……俺が欲しかったのはこんな現実じゃねえ。俺“だけ”が、ってんじゃなかったんだよ、椿“も”って、そういう風に、したかったんだよ」

 「……あの急展開のせいだね」

 「知らね。穂波ねえは俺の目論見なんかはなからバレるようになってたんじゃ? っつってた。そうかもしんねぇし、違うかもしんねぇし。俺には分かんねぇよ」


 志摩は、ベッドへ雑に置かれた枕とクッションの山へ背を預けた。膝を立て、スマートフォンを手繰り寄せる。次いで、ほら、と梶へディスプレイを翳した。


 「椿の作品。椿が描いてくれた俺」


 今日は特別、と。勿体ぶった前置きとともに楢崎からLINEが入ったのは一週間ほど前のことだった。とても解像度が高いとは言い難い――それすらも楢崎の魂胆かと疑うほどの――添付の写真には、蒼色の自分がいた。


 『雨宮はタイトルに迷ってるよ』

 『ちなみに捻り出した第一案は“さよなら、ブルーバード”』

 『ソッコーで却下』


 志摩には分からない。何故、椿はタイトルに迷っているのか。捻り出したと楢崎に言わしめる「さよなら」は、椿の本心ではないのか。自分との、金輪際 決して交わりたくないとする決意表明。そしてそれを、「ソッコーで却下」した楢崎の真意も、分からない。

 分からない、そこに起因するだけではない苛立ちが志摩を襲う。もうずっと苛まれていた。


 「綺麗だね。志摩くんが輝いてる」

 「は? 何言ってんだヤブ医者の目は節穴か。超さみしーだろが、泣いてんだよそれ、涙色だろ」


 梶は相槌を打つでもなく異を唱えるでもなく、ただ、志摩の手元の小さな芸術へ魅入っている。そうしてやはり、綺麗だよ、と繰り返すのだ。ああ、腹が立つ。何故、誰も志摩を責めない。椿は、泣いているのだ。だからこんなに、椿の手による自分は、今にも泣き出しそうだというのに。


 「僕は絵のことはよく知らないけど。見る人によって違う、って言わない? ほら、モナリザの微笑みだっけ? あれもみんながみんな、笑ってるようには見えないんだよね? 確か」

 「……何の話だよ」

 「志摩くんだよ。寂しがってんのも泣いてんのも。雨宮くんは、違うだろ。志摩くんの幸せを祈ってくれてる。絶対、誰よりも」

 「!っ……」


 なに勝手なことぬかしてんだ、と即座に反駁したかった志摩だったが、あまりに的を射られ動けなかったのも事実だ。医者としてどうなんだと思うが、梶は「絶対」と言い切った。無責任な「絶対」を安売りしない有能なドクターであることは、もう既に知っている。だからか、縋りたくなった。椿が志摩の幸せを祈ってくれているという可能性に。

 それでも。


 「……俺だって、祈りてぇわ」

 「そっか」

 「でも駄目だろ。俺にはそんな資格っつーか、権利っつーか。ねぇだろ」

 「どうして?」


 ここが個室で本当に良かった、とどうでもいいことが脳裏をよぎる。明朗快活、いつもニコニコ人気者の志摩 爽一郎は、一体どこへ置きざりにされたのか。底意地の悪い闇に纏わりつかれているみっともない自分なんて、そうそう人目に触れさせてよいものではない。

 どうして? なんて。きっとある程度、見当がついているくせに、それなのに志摩の口から吐露させようとする梶は、なんともタチが悪い男だと思う。それでも導かれるふりをして、言葉を選び絞り出す行為をやめようと思えなかった。


 「……最初は。利用してやるつもりだったからさ、椿のこと。あんなどんくさそうなヤツだまくらかしてバンクに登録させるくらいマジ楽勝だろ、って」


 自分の声だというのに聞き心地が悪い。左の口の端だけが引きつったように動きを止め、志摩の意思とは無関係に言葉が震える。「最初は」などという言い訳を時系列の先頭へ持ってきたところで、椿を傷つけた結果に変わりはない。姉の穂波は間違っている、志摩は不純な動機“だけ”で椿へ近づいたのだ。


 「昔っから変わってねぇんだよ、俺は。俺だけがなんでこんな目に、って。で、俺だけが救われて、超自己チュー」


 もういいだろ勘弁して。


 我ながら弱々しいと感じる声音で請いながら梶へ背を向けた。纏まらない思考を纏まらないまま口に出しても疲れるだけだと思った。出口が見えないから。


 「僕さ、姪っ子いるじゃない。絶賛溺愛中の」


 しばしの沈黙ののち、梶はやはり変わらぬ穏かさでそう切り出した。何をまた唐突に、と訝しんだが、梶にはそういうところがある。んー、と喉の奥で低い音を立て、聴いてるよ、というスタイルだけをとった。梶の姉の子。3歳だったか、4歳になったのか。名前は教えられていない。訊こうともしなかった。梶の院内PHSにぶら下がる写真付きのストラップを目にした覚えがある。


 「陽射しをさ、やけに眩しがってて。おかしいと思った姉貴が連れて来たの、うちの眼科に。そしたら逆さまつ毛がすっごい酷くて、眼に傷がついてたんだよね、たっくさん」


 姪っ子ラブを公言して憚らない梶だ、背を向けたままでも、その声音から眉を顰め頬を歪めているのだろうと容易に想像出来た。ほんの少しだけ、志摩の肩先が揺れる。


 「志摩くんが。いつだったかな、俺は産まれた時から病気だったわけじゃない、って言ったことあったよね。もともと病気だった子と自分は違う、解り合えない、って」

 「……姪っ子ちゃんの話はどこ行ったよ」

 「ああ、うん。姪っ子…きらら、っていうんだけどね。大人だったらそりゃあもう我慢ならないくらい痛くて痒いはずなんだって、逆さまつ毛と傷が。でも、きららには当たり前の範疇なんだよ、産まれた時から、そうだから」


 志摩はなんとなく、半身すべてを梶へ向けたくなくて、顔だけ天井を仰いだ。何を言いたいのだ、と打ち切りたくもあったが、何につながるのか、分からないようで知りたくもある。


 「……天使の姪っ子ちゃんにとっては。そりゃ我慢とかじゃねんだろ。痛みも痒みもない自分を知らねぇから」

 「そう。可哀想に、って泣いてんのは周りの大人だけ。まぁ僕も、コネ使って名医に診てもらおう、くらい考えちゃったけど、きららはキョトンだよね、それが日常なんだもの」


 志摩はぎゅっと目を瞑った。そうしたところで思い出したくもない醜い自分は見る間に蘇る。醜い、と断じるのはそれこそ健康を取り戻した今だからこそ、だ。当時は、周りがおかしいのだと本気で考えていた。


 『俺は一回持ってた健康 失くしたんだぞ! お前らは、知らないだろ、健康って経験したことないんだろ! 分かんないから、だから、いつか、って、そんなのほほんとしてられんだろうが! どっちがツライかって、俺だろ!』


 梶は「言った」などと柔らかな物言いでまとめたが、あれは正しくは「叫んだ」だ。「絶叫」と括っても良いだろう。2ヶ月ほど続いた不調の原因が明らかにされた日のことだった。


 小児病棟へ響いた暴言は、両親と姉たちがただひたすら詫びて回ったように記憶している。梶の説明は優しく平易で、両親が背後に控えていたにもかかわらず、向けられた先はただ、志摩のみであった。小学生でも充分 理解し得る内容に、だからか、余計に痛感させられたのだ、もう自分は完全に元に戻ることは出来ない、と。自分が一番、理解しなければならないのだ、この先ずっと、つき合っていかなければならない「病」について、他人ごとのような俯瞰は許されないのだ、と。

 たとえばそれまでも、委員長であるとか班長、リーダーといった、イベントや華やかな場面ごとに責を任されてきた志摩だったが、この果たすべき務めからは酷く逃げ出したくなった。ざらりと気持ちの悪い感覚に背を押され、突然、「敗者」へ突き落とされたようだった。勝ち、か。負け、か。分かり易く大別するなら、この先の自分がずっと「勝ち組」であることを疑いもしなかったのに。


 あの日以来、だ。病棟のあちこちで志摩は「可哀想」を孕んだ視線を浴びせられることになった。一方的に志摩がそう感じていただけなのだが。可哀想なのは物心つく前からここに居るお前たちだ、真の健康を知らないお前たちだ、と。上からの態度を少なくも12歳の1年間は崩せなかったように思う。知らないままでいる、ということの無邪気さにあてられ、いつもいつも苛立っていた。


 「もともと、自分にないもの。解らないよね、知らないんだから」


 けれど梶の言葉には解らずにいることを許さない響きがあった。

 梶が愛しい姪っ子に尽力しようとするのは何故なのか、周りの大人たちが泣くのは何故なのか。そこには人間が人間たるゆえんの「情」があるからではないのか。

 その痛みの全てを等しく体感出来ないのならせめて、思い遣り、ともに分かち合い、自分に出来る最大限を考える。捻くれ荒ぶっていた頃の志摩ならば、それは「同情」であると簡単に言い捨てて、ずっと昔のドラマではないが「同情するならバンクに登録しろ」とトドメを突き刺したことだろう。


 (……でも。椿には、違ってた)


 椿は、志摩が欲しているものを持っていた。健康な身体、日常生活を難なく送ることが出来る当たり前、そして適合の可能性が高いHLA。


 けれど、と。彼を想う。

 椿は、持っていなかった。

 志摩が、もともと自分にあったもの。

 両親から愛された幼少期も、自分が必要とされている絶対的な自己肯定も、平凡だが温もりある家族も、学校での楽しい思い出も友だちも、放課後マクドも。

 椿には、何もなかった。


 「……解りたいと、思ったんだ。初めて」

 「うん。僕もそう思ってる」


 一体、梶は何の話をしているのか。志摩は「天使の姪っ子ちゃん」を指しての言葉だと思い込もうとした。現在進行形を使う梶はたぶん、仰向き、照れを隠すかのごとく右腕で顔を覆う志摩が誰を思い浮かべているのか、薄々感づいていることだろう。それでいい、気づいて、気づかないふりをしてくれればいい。


 「……いつからか、しんねぇけど。俺“だけ”を見られてんのは、正直、いいもんだな、って。超 上からだけど」

 「志摩くんの、“だけ”にそんなバージョンもあったんだね」

 「……だな」


 口元だけで苦々しく笑いながら、確かに、と志摩はもう一度、言い得た梶を称賛した。


 俺だけ、何故こんな目に。

 俺だけ、神様どうか。

 だって他のやつらは執着がない、いつか、と信じているけれど未知なる健康に儚く憧れているだけだ。俺は、失ったものを取り戻したい、具体的だろう?


 あの頃の自分は自分なりに必死だったのだ、と正当化したい部分もあるが、大半は黒歴史だ。人生はゼロとイチだけで成り立っているわけでもあるまいに、一極のみを欲しがって残りを否定する志摩は、思春期、という特有のお年頃感を差し引いてもなお余りあったのだろう、心療内科へ放り込まれたのも無理はないと今なら思う。

 そう、今なら。


 「失くしたく、なかったんだな、って。今なら、分かるんだわ」


 それは固執していた「健康」だとか「当たり前の日常」だとか「普通」だとか。そことはまた別の次元で志摩の中に居座り続けている。

 泣いて、何度も涙に滲んだはずなのに、決して消えないペンで描かれたように、くっきりと志摩の中に残る「雨宮 椿」という名前。存在感。


 「……取り戻し方も、分かんねぇし。そもそも、取り戻せるのかも、分かんね。あー、知らないままの幸せ、ってあったのかもしんねぇな、とか。思うわこれ…、もう」

 「恋に、似てるよねそれって」


 ぐるりと音をたてそうな勢いで、志摩は梶へ身体ごと向かった。当の梶は両手を白衣のポケットに突っ込んだまま、ゆったりと個室のパイプ椅子へ腰を据えている。いつの間にこの野郎、などと視線だけで悪態を放ったところで何処吹く風だ。「ぁあ?」とあまりよろしくない反応がつい露呈したが、梶は動じることなく「なに?」と涼しげな目元を綻ばせている。


 「……や、もうマジ、アンタ何しに来てんだよっ。なに? じゃねぇよ、言うに事欠いて、こ、恋、とかさぁ…っ、頭 沸いてんじゃねぇの?!」

 「別に愛、でもいんだけど。ほら、その感情、知らないかなぁ、と思って。解らないのか、気づいてないのかな、と」

 「ざけんな、そんくらい、」


 知っている、と言いかけて。

 本当に? と引き留めた内なる自分がいた。


 (……恋。愛…?)


 違う、と咄嗟に思った。

 椿に抱き続けるこれは、そんな簡単な名詞で片づけられるものではない。曲がりなりにも幾ばくか、血の繋がりがある間柄なのだ。家族にも似た親しみ、などの方が正しくはないだろうか。


 「そんくらい? なに? 僕は少なくとも自分じゃない誰かに、そんな囚われてる志摩くん見るの初めてだなぁ。長いつき合いになるけどさ」

 「……6年くらいだろ、んな長くもねぇじゃんか」

 「えー、そこ?」


 からからと朗らかに笑う梶が指す「そこ」は、志摩のはぐらかしが失敗だと見透かしている。本当に、何をしに来たのだ、梶は。かたちばかり、脈をとり、聴診器をあて、触診をしているが、昨日の外出の影響が悪く残っているはずはないだろう。本当はもっと、身体を動かし、太陽の光を浴び、よく食べよく眠りそして笑え、とせっつかれているくらいなのだ。せっかくなのだから、と。


 そう、せっかく。

 誰もが使う「せっかく」は、けれど志摩にとってだけ、少し意味が違う。

 今回、志摩だけが苦しかったのではない。差こそあれど、椿だって全身麻酔のリスクを負い、穿たれた痛みに術後の発熱、倦怠感と、ひょっとして志摩が抱えてきた病の擬似体験までも強いたのではないかと申し訳なさが勝る。そういう、椿の労をねぎらう「せっかく」が、正しいのだ。

 椿が与えてくれた再びの生命だというのに志摩は、上手く活かすことが出来ていない。それは期待していた結果が——術後の体調、ということではなく——志摩の心へ満足にもたらされなかったから。そうだ。この「せっかく」は、間違っている。


 「……欲張り過ぎたんだよ、俺は。そこは、分かってんだ」


 視界の隅でさえ、容易く見とめられるほど梶は瞠目した。患者に表情見抜かれるなんてどんだけヤブだよ、と意地の悪さが口の端にのる。無理もない、志摩が見せてきた大半は、諦めたくない認めないと抗ってきた幼い欲だ。表出させることの疲れからいつしか上手に隠せるようになったものの、志摩の根本はさして変わらない。


 「……椿の、さぁ。あの瞳が。普段、なぁんも映してなさげなくせして。けど俺だけきっかり見てきてさぁ。すげかった…、ゾワってきて」

 「心 奪われちゃった?」

 「……うーん。なんか。なんつーのか知んねぇけど。もうそれ、愛だとか恋だとかアンタが言うんなら、それでもいいよ」


 投げやりではあったが、声に出してしまえば不思議とそれで良いような気がしてきた。現金な、と自嘲がもれる。愛だとか恋だとか、よく知りもしないくせに、それは安っぽいんじゃないかと思う。けれど高尚な名のつけようもない。はっきりしているのは、椿まで欲しかった、という己の強欲だ。今この部屋の、そのパイプ椅子に座っていて欲しかったのは、梶ではなく椿だということだ。


 もとから何も持たなくて、いや、知らなくて。

 だから何をも求めず欲しがることさえしなかった椿。

 そんな彼の、空っぽなはずの瞳が志摩だけを捕らえた瞬間から、もっと解りたくなって、さらには与えたいとも考えてしまった。結果、中途半端な欲が残したものは、傷痕だ。

 一旦 手にしたものの喪失は、瘡蓋が簡単に埋めてくれるものではない。今の自分が良い例だ。椿は知らないままでいた方が幸せだったのかもしれない。連絡先の交換も、休日の待ち合わせも、放課後の寄り道も。勝手に志摩が与えておいて、この先もう一度なんてない。

 確か「友だちのフリ」と言われたか。椿の声が耳元で蘇る。目を瞑ってごめん、と謝ったところで、決してフリではなかったと正しく証明する手立てはない。


 ピロン、と耳慣れた音がして、志摩の掌中へ新着メッセージを告げた。志摩とともに梶の視線も、つられるようにスマートフォンのディスプレイへ向かう。ホーム画面の通知は楢崎からで『祝・完成』とあった。


 「やっぱり、輝いてるよ志摩くん」

 

 一週間前と同じく添えられた静止画。

前回のそれは絶対にわざとだったのだと確信出来るほど、今回の画像は鮮明だった。


 「椿……」


 いや、まず見るべきは画像最背面の完成作品で、手前に写るその作者ではないのだろう。これだから梶が愛だとか恋だとかぬけぬけと放つのだ。それでも微かに残る涙の痕と、美しく控えめな笑みとが混在する頬のアンバランスさが近景にあって、志摩の視線は真っ先にそこへ吸い寄せられる。無論、梶が見つめる先とは異なっていた。


 「凄いね、これ。どうやって描いてるんだろ? 志摩くんが、なんかこう…浮いて見えない?」

 「んだよその稚拙極まりねぇ感想は! ほんっと理系人間だな! もちっとマシなこと言えねぇのかよ!」

 「はいはいハイハイ、照れない照れない。寂しくないし泣いてもないじゃない、志摩くんへの愛に溢れてる色でしょうこれ、名画だね」

 「なにキャラだよ! 今度は!」


 実のところ名画なのかどうかなんて自分には分からない。それでも今まで見てきた椿のどの作品より、素晴らしいと素直に感じた。感じられた。だって彼の作品なら新入部員勧誘ポスター含めタイトルまでも全て、諳んじて言える志摩なのだ。『絵を描くの上手かったよな』などと、よくもわざとらしいセリフを使えたものだと感心する。SNSで良かった、あの時は。

 梶へ中身のない罵詈雑言を浴びせながら緩んでいく口元を隠しきれない。もとより隠すことなど意味がない。梶の前では気づきもしない自分を暴かれ続けてきたのだ。浮きたつ心の抑えようなど知らないが、もうそれでいいと思う。


 「俺だ…、」

 「だねぇ」

 「俺が、いる…」


 毎朝、今日も生きているという安堵と実感の傍に、常に死に怯える自分がいた。死は、経験こそないが想像はつく。知らない分からない類ではない。しかも後、焼かれ骨と灰になり葬られる。誰しもに平等に訪れるそれは、誰しもに隣り合わせであるはずなのに、志摩は自分だけ酷く迫られている焦りがあった。生きた証を残して欲しい、と漏らした弱気は本気で、椿は正しく表現したと思っていたのだ、先日の、ぼやけた画像を見た時は。


 「タイトルは『幸せの在処』」

 「ちょ、勝手に読み上げんなよ!」

 「いいねぇ、これが雨宮くんの幸せってことなんだろうね、志摩くんがキラキラ輝いて羽ばたくことこそに幸せが、ってね? 幸せの青い鳥かぁ、超イケメンじゃん志摩くん、雨宮くんの目にはこう映ってんのかなぁ、正体は腹黒いのにこーんな綺麗なブルー」

 「だから勝手に解釈してんじゃねぇよ! 誰が腹黒だ!」


 あぁそういうことだったらいいのに、と胸の内だけで救いを求めたタイトルの由来を、へらへらと論う梶に心底 腹が立つ。それなのに志摩の表情筋は腹立たしさを無視し笑っている。そうか、バレているのか。俺の脳は理解しているんだな、このプンスカがフリだと。だから繰り出したこの拳は梶の脇腹をかすめるのか。


 「なんだ、そんな元気あるんじゃない。面会オッケーですな、これは」

 「あ?」

 「ガラ悪いよー志摩くん。早くネコかぶんなさい」

 「おいコラ。んだよ面会って」


 梶は相変わらず回診の態で、志摩の下瞼を押しさげてみたり、リンパ節を触ってみたりしている。術後の面会といえば家族親族以外には唯一、椿の姉のスミレくらいだった。思わず、枕元のニット帽へ手が伸びる。


 「志摩くん、昨日 外出してたみたいですけどお見舞い行っても大丈夫ですかー? って僕んとこに御伺いがあってさ。きちんとしてるね、最近の高校生は」

 「え? 高校…、は? 椿の姉ちゃんじゃ、」

 「あぁ違う違う。あれ、何? やっぱり女性のお見舞いの方が張合いあるとか?」

 「んなワケあるかボケ!」


 もう構ってられないとばかりに、志摩は不貞腐れニット帽を乱暴にかぶる。上質なカシミア素材、透かし編みのそれは椿の姉から渡されたものだ。彼女は、施術前、抗癌剤を投与され無菌室で過ごす志摩を訪い、確かにこう言った。『椿からあなたへ』と。

 直接、接触することは禁じられていたため、彼女の声は面会廊下にあるインターフォン越しだった。いつか見た冷えた美しさに微かな笑みが加わり、他意なく綺麗な人だと思った。強い副作用に苦しみ、身動ぎひとつままならなかった志摩へ、スミレはプレゼントの包みをガラスの向こうで掲げてみせたのだ、元気になったら使って欲しい、と。


 タグのブランド名をスマートフォンで検索すれば、伝統あるとても良い品だとすぐに分かった。糸の柔らかな青色には『ジーン』という名がついている。そのスペルを志摩は知らないが「遺伝子」という意味をもつ英単語が思い浮かんだ。


 椿はここまでを意図してくれたのだろうか。願わくば、と良い方へひとり勝手に受け取ることにした。志摩の血液型は、椿のそれと同じになったのだ。医学的にこの表現が正しいのかは分からないが、遺伝子レベルで志摩は椿と等しい一部を共有したと思っている。


 「……椿、なのかな…。や、まさかね」


 へにょりと相好を崩す梶を荒っぽく追い出すと、独りきりになった空間で志摩は苦々しくこぼした。まさかね。可能性として一番高いのは、昨日 偶然遭遇したばかりの木下だろう。見舞いに行くと繰り返した木下は確かに「雨宮も連れて」と言ったが、それが叶うとは思えない。無理、と即答したのは自分だ。


 「……合わせる顔なんて、ねぇもんよー…」


 両の五指でニット帽を握りこむ。抗癌剤の影響で一度 すっかり抜け落ちてしまった髪の毛は、幾分 生え揃ってきたものの、まるで赤ん坊の産毛のような頼りなさだ。いや、合わせる顔が、というのは何も、変わってしまった見てくれ故、ではない。恥ずかしさはあるが、椿が贈ってくれたこのニット帽は、今の志摩がどうあるか、正しく理解を示してくれているからだと信じている。


 「……勝手だよなぁ。ひでぇこと、したのに」


 飢えた捨て犬を優しく手懐けておきながらまた路上へ放置したような。そんな後味の悪さがずっとつきまとっている。いつか椿と観た映画が思い出された。本当に大切なものは目に見えない。あのキツネは確か、そんな風に言っていた。


 「……見えてたのになぁ、大切なもの」


 キツネの言葉を文字通り解釈することは幼稚すぎるのだろうか。隣に椿がいることが当たり前になっていた。当たり前を失う恐怖を自身は知っていたはずなのに、また繰り返してしまった。人間とはかくも成長しないものなのか。



 「おーい志摩ぁー? いるー?」

 

 聞き覚えのある、よく通る声に思わずびくりと身体が跳ねる。梶が何のために前ぶれをしてくれたのか、こうあたふたしたのでは意味がない。志摩はニット帽を深めにかぶり直し、おー、と努めて普通を装った。やっぱりな、とどこか落胆しながら。同級生との会話なんて久しぶりすぎて、どんな自分がそれらしかったのかさえ忘れている。


 「……こんにちは」

 「!つ、つば、き」


 ドアをノックし、在室を確認してきた声は確かに木下だった。木下を出迎える心の準備しかしていなかった自分の迂闊さを一瞬 呪う。つばき、と咄嗟に口をついた呼び名が震えていたのは無理からぬことと思って欲しい、気安く下の名前で、彼をまた認めても良いのか。逡巡が志摩を固まらせる。とはいえ自ら「お前、どっちなの?」と。第一声をかけたあの時点へ戻る気はなかった。


 「おーおー、シケたツラしてんなぁ」

 「中島?!」

 「志摩っちー? 邪魔すんでー?」

 「おぉ…、のぐっち」


 引き戸がカラカラと全開になり、姿を現した男子高校生は椿だけではなかった。否、男子高校生のみならず成人男性教諭も2人いる。高野と楢崎の凸凹コンビは引率者なもんで、と悪びれもせず個室内をキョロキョロと見回している有様だ。


 「な、…んだコレ…、聞いてねんだけど」

 「あ、ご、ごめんね志摩…、あの、みんな行きたい、って…、その、ジャンケンとかアミダとか話し合いとか、平和的解決が、出来なくて、結局全員で」


 椿だけでなくて良かったのかも、話がし易いのかもしれないと、あらぬ考えが浮かんだのは束の間だった。木下に野口、加えて中島という大柄な連中に三方を囲まれ、小突かれながら一言ずつを呈する椿、という面白くない構図を目の当たりにし、そこに自分が居ない現実に打ちのめされた。何だろう、この虚しさ、悔しさ。いや、腹立たしさ? いずれにしても志摩は、己の眉間に深く縦皺が刻まれていることを自覚していた。以前より頬の肉が削げ、脱毛もあいまって柔らかさの消えた自分の顔が、どれほどの凄味か鏡を見ずとも分かる。


 「お前なぁ、そりゃ大勢で押しかけて悪かったけども。そんなね? 不機嫌さを露わにせずともね? よくね?」

 「いや、中島。そこはスッと察してあげないかんとこやで? 近いねん自分、雨宮くんと!」

 「スカしてねぇ志摩って激レア!」

 「……んだよマジ。何しに来たんだよ」


 こんな低音でこんな狭量なことを言いたいわけじゃない。場を凍りつかせるつもりなどない。けれど志摩の口はまるで自制が効かず、冷静な思考と程遠い八つ当たりをしようとする。

 それ以上を遮ってくれたのは、椿の声だった。


 「あ、謝り、たくて…、志摩に、ちゃんと」

 「……は?」


 いや、こんな返しってないだろ。すぐさま反応し、正解へ導こうとする自分もいるのに、口をつく言葉はぶっきらぼうで愛想の欠片もない。口元も醜く歪んでいる気がする。

 どうした自分、なんて自問は愚かしい。志摩が隣に居なくても、椿に変化はないのだと、近しい友だちが出来ているではないかと——そう願って、頼みごとまでしたのは自分のくせに——視覚が捉えるこの現状を認めたくないのだ、頑として。むしろ志摩が隣に居座っていたことが障壁だったのかも、などと決して認めたくなかった。


 「うわ、展開早ぇな」

 「中島が焚きつけるからだろ」

 「ほな、オレらは退散ー」


 もう一度、は? と同じ単語を発した志摩だったが、疑問を音にしたような高さだった。耳にした高野は苦く笑い、そういう約束だったから、と応える。


 「見舞いにはみんなして行くけど、雨宮が謝る時は、一人にする、って」

 「雨宮、待合ロビーにいるから。じゃあな、志摩」

 「あ、ちなみに明日は文化祭な、うちは競技かるた団体勝ち抜き戦、優勝者には雨宮画伯のオリジナルイラストプレゼント!」

 「志摩っちのポールダンスは、また今度 見せたって?」


 呆気にとられる志摩を尻目に、それぞれが言いたいことだけ言い置いていく。この部屋へ入ってから一言も発していなかった楢崎が、おもむろにスマートフォンを取り出すや、SNSの見慣れた緑色を画面に表示した。


 「見た?」


 勘の鈍い志摩ではない。楢崎の言わんとすることに察しはつく。


 「……見ました」

 「理解した?」


 またも悪態を吐きそうになって、慌てて喉元で堪える。何をどう理解しろと? と胸倉を掴みたい衝動に憑かれた。

 深呼吸をひとつ、ちらりと視界の隅で椿の姿を捕らえると、分かり易く狼狽えている。この様子だと写真を撮られたことすら気づいていないのだろう。椿にとって拷問に近い時間だろうが、いずれにせよこれから二人きりにされるのだ。


 「……直接、本人に訊きます」

 「そうだね、対話って大切だよ」


 何を偉そうに、とは胸の内だけに留め置いた。根っこの部分で関心を切ることは出来ないが、それでもやはり楢崎とは気が合わないのだと思う。同族嫌悪、とかだったらどうしてくれよう、と苦々しさを噛みしめた。


 楢崎の背中も見送って、志摩へ向き直った椿を感じる。同じ空間へ二人、残された途端にこみ上げた得も言われぬ情。志摩は一瞬 目を閉じて、瞼の裏で梶へ白旗を揚げた。降参だ、センセー。確かに俺は、椿に囚われてる。

 それは恋なのか、愛なのか。健全なのは、家族愛だとか篤い友情だとか、感謝の念、だろうけれど、どこか誤魔化している違和が残るから、やはり。


 (好き、って…、ことなんだろうな)


 認めて、目を開いた。

 先に第一声を放った方が場の優位はとれるのかもしれない。何事にもつい勝ちに先んじてしまう自分を戒めて、志摩は椿を見つめてみた。とは言え、いきなり目と目を合わせることは容易に出来ず、そろりと制服の胸元あたりへ視線を彷徨わせる。椿の華奢な喉仏が上下にこくりと動き、あ、と思った瞬間にはもう遅れをとっていた。


 「ごめんね志摩…、あの。今日は、どうしても、それを、言いたくて」


 言いたいだけなのか、と言葉じりをとろうとした自分を全力で殴ろうかと思った。それでもやはり、問いたいのだ。伝えなくていいのか、そして自分の反応は要らないのか。


 「……俺の気持ちを、置き去りにしないでくれ、椿」

 「……え?」

 「確認な、っつったろ? 俺。偏差値80もあんのにもう忘れたのかよ」

 「……ほんと、そんなにないから」


 しばしの沈黙が落ち、志摩は堪えきれず噴き出した。今のが数倍ぎこちないけれどいつだったか、同じような反応を椿からもらったなあ、と懐かしく思い出しながら。いやここ、笑うとこじゃないよなあ、と少しの恐怖を飛ばしたくもあった。

 志摩の物言いは、おそらく椿の記憶に残したそれより多少 荒っぽかったはずだ。そこを認めた上でか否か、椿に感じた反応の相変わらずさに、嬉しくなった自分はどうかしているのだろう。

 計算の出来ない、不器用さ。

 変化球を持ち合わせない、実直さ。

 世間擦れしていないが故の、処世術の無さ。

 木下が称した「独特」という表現は、雨宮 椿という人物を語るに足るが一部だ。その世界観を知る特別はやはり志摩だけのものであって欲しい、それはもはや独占欲とも言える己の勝手さだと理解している。


 「俺だってずっと、謝りたかったんだよ」

 「……志摩が、謝ることなんて」

 「またそうやって決めつけんなって。それに…、ありがとう、ってのはどんだけ重ねても足りないと思ってる。手術のことも、この帽子も」


 ベッドの上で居住まいを正し、志摩は頭を下げた。志摩、そんな、やめてよ、と慌てふためく椿の様子は、直接見ずとも手に取るように分かった。

 大袈裟かな、とも思う。男同士の友情、で測るならば。ただ、椿が与えてくれたものは「生命そのもの」といって過言ではない。「サンキューな」「おう」などと軽い調子で終わらせたくなかった。ましてLINEやメールの文字面だけで終わらせたくもなかった。人として、きちんとけじめをつけたかった。

 この場に居ない木下たちへも、声に出さない感謝をつけ加えた。こんなチャンスを持って来てくれて、ありがとう、と。あれ、俺 超素直じゃん、と口元が綻ぶ。


 「え、と、か、顔 上げてよ! あの、それ、帽子! に、似合ってるから…、あの、よく見せて」


 ああ一生懸命ひねり出したセリフなんだろうな、と可笑しくなりながら、志摩はゆるりと顔を上げた。今度こそ椿の目をはっきりと見つめる。そこにじわりと涙が浮かんで、つ、と頬を伝う瞬間も見逃さなかった。

 赦して欲しい、椿。残酷な事実を突きつけた。一度 与えておきながら勝手に取り上げた。自分の方が好きになりすぎた、結果 傷つけた。

 今、願うべきは見知らぬ神様に対してではない。

 目の前の、椿へ。


 「似合ってる?」

 「……うん、志摩…、すごく、」

 「そっか。これ、椿が選んでくれた、って聞いた…、椿の姉ちゃんから」


 こくこくと頷く椿は俯き、片手で顔を覆ったままだ。繊細な指を伝いぽたりと水滴は落ちるのに嗚咽は静かなもので、彼はもうずっと、こんな泣き方を強いられてきたのだろうかと切なくなる。


 「……椿。ありがとう、本当に」

 「ごめ…、ごめんね志摩…。大変だった、のに…、ひ、ひどいこと、僕、」

 「違うだろ。酷いことしたのも言ったのも、全部 俺だよ。椿はなんっも悪くない」


 志摩は脚を崩し、ベッドへ腰掛けた。躊躇ったのは、一瞬。身体を曲げ手を伸ばすと、椿へ届く。そう、届くのだ。椿から拒まれないかぎり、俺はもう間違えない。

 制服のシャツを軽く摘めば、ぴくりと椿の身がすくむのが分かる。けれど退くことはない。志摩がこちら側へかけた力はごく僅かだが、抗うことなく椿の身が手に入る。


 「座って? 椿。もう少し、話そう」

 「はなす…?」

 「門限とか、大丈夫なんだよな? あ、明日の準備とかは終わってんの?」


 目の縁を紅くした椿は、鼻をすん、と啜ると、あまりに分かり易く戸惑った。視線が定まらず、何かを言いたげに口を開いては閉じる。俺こそすっ飛ばしてんな、と志摩は反省した。確認、だなんて居丈高に放ったくせに、気が急いて仕方がないのだ、椿と早く元通りになりたくて。勿体無かった時間を取り戻したくて。まるで駄々をこねる小学生のようだ、と自嘲がもれるが、ああ俺は成長していないんだった、と頷くことも出来る。


 「……え、っと…、志摩」

 「うん?」

 「……いいのかな、その。志摩は、また…、僕なんかと、」


 表情も硬くそれから先を言い淀む椿へ、志摩は極上と思う笑みを向けた。そのまま、座って、ともう一度 椿を促す。先ほどまで梶が居た、そこにある椿の姿。ああやっぱりこれだ、と当てはまる感覚があった。ずっと探していた、パズルのラスト1ピース。

 また、と再びを椿がくれたことに安堵する。つまり、自分は怖いのだ。また、と志摩から申し出て断られた日にはもう、その次、に挑む勇気の出しようがないと解っている。はなから全てを諦めてきた椿は、知らないのかもしれない。けれど志摩は知らない、ということが強さにつながる事実を知った。そんな男前なのに、その自己評価の低さはなんなんだ。本当に、不思議なヤツ、椿って。


 「椿が、赦してくれるなら…、俺はまた、椿と…、一緒にいたい。友だちのフリとかじゃ、なかった…、そう思われても、仕方ねぇけど」


 歯切れは悪いし、椿に委ねすぎてるし。何かもう少し、上手な伝え方があるのではないか。とは思うが、まだ潤む瞳で瞬きもせず志摩を見つめくる椿が、ちゃんと自分を見てくれているから。なんかもういいや、と志摩は思った。

 一緒にいたい、という表現は、志摩の胸中すべてを正しく言い得ていないけれど。それは今は、置いておこうとも思う。


 「……いっしょ」

 「……あー…、いや、あの、む、無理? なら、」

 「……いいのかな、僕は…、その」


 椿の言葉をちゃんと最後まで聴きたいのは勿論だ。と同時に、いいよいいよ、とよく分からない衝動のまま丸めこんでしまいたくもあるし、先を先をと急き立てたくもあるし、嘘偽りのない結論を早く手に入れたくもある。喉から手が出るとはまさにこのことか。

 椿の、逸らされない瞳の奥に確かな逡巡を認めてしまえば、大人しく「待て」の犬となる志摩なのだった。俺は駄犬じゃない、ちゃんと待てる。待ちたい。乱暴に答えを掻っ攫ったところでたぶん、その再びの関係性は破綻してしまうだろう。これ以上の我儘も欲も一生のお願いも、神様仏様は決して聞き入れてくれない。ただそれらと引き換えにしても構わないと思った。今欲しい、椿のこれから先がずっと手に入るなら。


 「……志摩、は。聞いたかな、あの…、スミレちゃんから、いろいろ」

 「……うん。大体の、とこは」


 待て、じゃなくてお預けか、と思考を逸らしたところで、椿がぽつりと紡ぎ出した。椿が指す「いろいろ」を、恐らく志摩は全て掴んでいないだろう。けれど術後、面会が許されたタイミングで志摩を訪ねて来たスミレは、それこそいろいろ、語って帰った。わりと、一方的に。


 「……僕は、この先。独りで、生きていけるように、ならなくちゃ、って…、言われたんだ」

 


 実の姉が弟へそう言う真意を、志摩は解らない。少なくも、志摩家の姉弟関係を基準としてしまえば想像もつかない。それでも志摩の二人の姉は、歳下のスミレのことを「しっかり者の弟想い」と称賛していた。椿の実家で目にしたあの怜悧さを思い出せば俄かに信じ難かったが、そういえば梶も、あまり遠くない印象をスミレに抱いている。

 心身ともに回復の途上にあった志摩が受け止めるには、スミレのキャラクターは強烈すぎたな、と今ならば理解する。


 『私、椿のこと嫌いだったの』


 多くに気が回らない倦怠感の中で、なんとかスミレへ椅子をすすめた覚えがある。腰を下ろすなり彼女はそう言い放ったのだ。志摩は驚きで息をのみ、せめてもの救いを過去形の表現に見出したものだった。

 せいねんこうけんせいど、という聞き慣れない法律用語を口にすると、スミレは雨宮家にそれが適用されるのだと言った。まるで、他人ごとのように。

 家庭裁判所だとか利害関係だとか、馴染みのない単語が耳を素通りしていく。首肯ひとつない志摩をスミレはどう思っていたのだろう、ひょっとして正しく聴かせるつもりは初めから無かったのかな、と振り返る。彼女は終始 淡々と語り、たぶん互いに待ちわびていた先は椿の話だった。そもそも二人の共通点はそれしかない。件のような言葉は、もう欲しくなかったが。


 『椿が、適合者で。私は、そうじゃなかった。私もあなたとは異母姉弟なワケだけど』

 『……ですね』

 『なかなか、無いことだと思う。具体的に、誰かの生命を救えるなんて。椿に、ヒーローっぽさが全然無くて、笑えた』


 そこまでを言って、スミレは表情を柔らかくしたように見えた。志摩にとってはそう見えたし、或いはそう見立てたかったのかもしれない。何せ元々が綺麗な人だが整いすぎていて、梶のへにょりとした笑顔だとか、父親の豪快な笑い方だとか、椿の控えめな笑みだとか。そのどれとも違いすぎている。

 けれど及んだ椿への言葉と、ほんの少し混じったユーモア。その瞬間、ああこの人も不器用で、決して椿を心底嫌悪しているわけはないのだ、と。悟った覚えがある。


 『あの子はもともと、普通じゃなかったのかな、って。絵が、それこそちっちゃな頃からもの凄く上手で、とにかくいろんなとこで描いてたけど、でも見る人が見ると、ヤバいでしょ、って色使いやら構図で。児相とか市の職員さんとかが家に来たりして』

 『そ、う…でしたか』

 『おじいちゃんとおばあちゃんに預けられて。椿がウチを壊したんだと思った…、お母さんのことも。私から、“普通”を奪った憎い相手、って思い込まなきゃやってられなかった』


 そういえば椿も言っていた。僕は普通を知らない、と。

 ああでも普通、ってなんだっけ。志摩はスミレをぼんやり見つめながら、そんな風に考えたものだ。自分が拘り続けた「当たり前である普通」は、勿論 感謝すべきものであると知っている。失くしてしまってからでないと、気づけないものであるとも知っている。


 『普通じゃないことを成し得るからこそ。だから椿はヘンテコ。今ならあの子を、そんな風に誇れるかも』


 その時、うっすら感じたような気がする。椿のことを悪く言われれば腹がたつし、良く言われれば嬉しく喜ばしい。単なる好意、と括るには甚だ浮き足立っていた。



 「……え、っと…、でも、それは。残りの人生全部、たった独りで生きていけ、って意味じゃ、ないだろ?」

 「うーん…、どうなんだろう。スミレちゃんは…、自分にも、他人にも、厳しい人だから」


 苦く歪んだ椿の口元を見て、そういえば椿が異性を苦手に感じる、そもそもの一因は姉にもあったな、と思い至った志摩だった。


 「……でも、母親のこと…、これからのこと。ほんと、スミレちゃんが、何でもちゃんと、してくれて。僕は、頭が上がらない」


 けれど二人ともの、言葉の端々に志摩は見つけるのだ。お互いを、やはり唯一無二の存在と認め合っている無意識を。

 たぶん、嫌って嫌って仕方ない姉ならば「スミレちゃん」なんて愛らしく名を呼びやしない。嫌って嫌って仕方ない弟ならば「絵がもの凄く上手」なんて褒め誇りになどしやしない。

 スミレの、そのポジションへ志摩は羨望を抱く。自身も半分を共有していることは、意識もしなかった。


 「……椿」

 「……なに? 志摩」


 本当に伝えたいことは、いつも後から分かる気がする。まとまりの無い逸る気持ちをただ勢いのまま声にして、椿は理解してくれるのだろうか。


 「椿」

 「うん?」

 「椿…」

 「う、え? 志摩?」


 一体、何の小芝居だ。

 また呼びたかった、椿の名。

 響けば、応えがかえってくる。

 本当に、本物の椿がまた傍に居る。

 ただ、その事実を認めてしまえば、身の内からこぼれ落ちたのは自分の声だけではなかった。


 「ど、どこか痛いの? 志摩、苦しい? せ、先生呼ぶ? あ、ナースコール…、」


 その慌てぶりにも、志摩を気遣う声や所作ひとつにも偽りを感じることがなく、志摩をますます良い気にさせた。試すつもりなど微塵も無いが、それでも状況にもろもろ詰まって結局 涙を逃げにするなんて、俺は狡いし卑怯だ、との自覚はあった。

 己の半分に、開き直りを感じている。どうあっても椿に傍に居てもらいたい。自分の執着の強さなど、もうどれほどかよく知っている。

 反して己の半分に、新たな自分を知った。泣いてでも縋りつきたい、つなぎ留めるきっかけとなるなら涙を零すくらいなんだ、良い歳した男だけど正直じゃんか、なんて。


 「違違違、ごめん椿…、ヘーキヘーキ」

 「……あ」

 「え? な、何」

 「……志摩。よく、言ってた…、“ヘーキヘーキ”って」


 そうだったっけ、と呟きながら志摩は視線を上向けた。やはり気恥ずかしさはある、紅い目の縁も鼻の頭もどうにかしたいし、涙の痕は誤魔化したい。椿が瞬時も目を逸らしてくれないから、どうしようもないけれど。


 「本当は全然、ヘーキじゃなかったんだろうけど…。ごめん、僕、志摩が毎日どんな気持ちで過ごしてたのか、とか…、思い遣りが、足りなかったというか。本当に、理解してあげてなかったというか」

 「いやいや椿、そんなん俺だって、」

 「間に合う? 僕まだ、赦してもらえる?」

 「だぁーかぁーらぁー、赦して欲しいのは俺のほうなんだって! 話 聴かねぇなオイ!」


 ああなんだろうこの感じ。取り戻せたかの感覚に鼓動がとくとくとうるさく鳴る。誇張でも比喩でもなく、本当に細胞のひとつひとつへ力が漲っていくような、萎れ鄙びていた草木へ再び生命が宿り生い茂っていくような。


 元気になる、ってこういうことか。

 志摩は改めて体感を認めた。

 ずっとずっと胸の内で昏く燻っていた懸念が取り除かれた途端、だ。全くもって、自分の単純さに呆れかえる。


 (コドモだ、俺は。マジで)


 ナリはこんなにデカいクセして。自嘲の言葉も脳内変換でカタカナがやけに多かった。浮かれているのがよく分かる。何せ抑えようとしても、グフ、とくぐもった笑いが腹の底からこみ上げてきて仕方ないのだ。堪えすぎて鼻水出そう、カッコ悪、俺。もう、でも。取り繕う必要もないのか。たぶん、と志摩は椿の前で好かれるような自分を演じていたと思い当たるのだ。


 「いや、聴いてるよ。だからちゃんと志摩の赦しが欲しいんだってば」

 「ちょ、なに?! その拗ねてる感! 超可愛いんですけど!」

 「志摩こそ聴いて、話」


 ほんの少し苦く笑いながら椿は志摩をたしなめたが、それこそ表面的なものだったらしい。すぐに手の甲を口元に当て、ふ、と噴き出している。


 聴いてるよ、椿。

 椿の言葉なら、一言一句、余すことなく自分の中に取り込んできた志摩だった。だからこそ、積もり積もったそれらを簡単に無かったものとすることは出来ず、今日まで苦しい想いを抱えてきたのだ。

 自分の浅ましい計画の上に椿を乗せてしまった日からたぶん、交わされる会話の内容も想定の大枠内にあった。

 けれど。

 段取りを踏む必要など、椿との間にはもう、無いのだ。どれだけでも好きなだけ、好きなことを話せる。俺たちは、好きなところへ行ける。何だって、出来るんだ。


 「俺、椿のことよろしくね、って…、スミレさんから、そう言われたんだよね」

 「……え?」

 「だから、ってわけじゃない。それだけじゃない、んだけど。俺は、椿が、ずっと、俺と一緒にいてくれると、嬉しい。すげぇ嬉しい、うん」

 「志摩…」


 かたん、とパイプ椅子が乾いた音をたてた。椿が思わず、といった風で立ち上がり、ふわりと距離を詰めてくる。これまで見下ろすばかりだった椿の姿を見上げる行為は、何ということでもないのに妙に気恥ずかしさが募って仕方がない。

 ただ、想いを飾らずそのままに伝えるということの、なんと照れくさいことか。

 視線が、あっちを向いたりこっちへ逸れたり、落ち着かなくて意味もなく焦れる。そのせいか、目元から集まりだした熱が志摩の全身を勢いよく巡り出した。


 志摩はどこか、子どもから一気に成長させられた感を抱いている。本当に、大人になれる保証なんてどこにも無かったから、駆け足で思春期なのだろう時期を過ごしてきたし、立ち止まる余裕は持てなかった。途中から振り返りたいほどの自分史ではなくなった。闇雲に未来を描き、靄がかかった人生の中で取捨選択を迫られてきた。何かを諦め、けれど何かに執着し、やりたい事は必ずしも出来る事ではなかった。


 そんな志摩にとって純真や無垢といった表現は、とうに捨ててきたものの一つだ。隣の席の女子を可愛いと思ったことはある。ふっくりとした真白の手に触れてみたいと感じた衝動もある。その時に同じ「異性」でも、母親や姉には決して抱かない恥じらいを覚えたこともある。ただそれは低い年齢の頃のことで、それ以上を知らなかったし、だからこそ先を望むこともなかった。流行り病のように長く続くこともせず、いっときのそれはすぐに、放課後 誰の家に集まって何をして遊ぶか、の重要性に取って代わってきた。


 ああそうか、やはり自分は知らなかったし、よく解ってもいなかったのだな。

 たぶんこの淡い感情の揺らぎは、順を追って成長を経てきた自分ならば、もっと早くに悟れていたのだろう。上手な身の処し方も掴めていたはずだ。いきすぎたブラコン、の名の下に椿の一生を傍近くで囲い込めるかと昏い画策をするのは、間違っているのだ、きっと。

 ついには耳たぶにまで熱を感じたところで、志摩は椿の瞳に捕まえられた。


 「……つ、椿」


 そうだ、伝えておかなければ。

 椿を久しぶりに正面からとらえた志摩は、知らず背筋を伸ばした。恐らく、とスミレが放った真意を探る。やはり彼女は姉たちの言う通り、弟想いのしっかり者なのだろう。きちんと椿の行く末を案じている。


 「俺…、寛解、ってわけじゃなくて…、その。再発の、可能性は…あるんだ、ゼロじゃない」

 「……うん」

 「で、あの…。ずっと一緒に、とか言っといてなんだけど。俺、もしか、椿のこと、独りにしちゃうかも、っつーか…。あー…、口にしたくも、ねぇけど、」

 「いいよ、しなくて」


 ゆったりとした雰囲気が常の椿にしては珍しく、きぱりと言い切られた。その断ち方が、有り得る未来を全力で拒絶したい自分と等しい気がして、志摩は何となく口元を緩める。いいよ、ともう一度 椿は繰り返して、そして何故だかふわりと、その掌を志摩の頭へ置いた。


 「!? つ、つばきさん? な、え? ナニコレ、」

 「……悪いことは、口に出しちゃ駄目だ、って。おじいちゃんとおばあちゃんが言ってた。言霊が宿るから、って」


 突然の優しい触れ合いに激しく戸惑う志摩をスルーして、椿の瞳は遠くどこかへ置かれた。志摩を見ているようで見ていない。ちゃんとこっちを向いて欲しいなどと考えてしまう自分はもう末期かもしれない。


 「……よく、解らなかったんだ小さい頃は。おじいちゃんとおばあちゃんが言うこと。何故か、って理由が無かったからかもしれないけど」

 「……子どもに、解るように伝えるって、難しいんだよきっと」

 

 志摩はその時、ふと梶のことを思い浮かべながら応えた。家族以外、だったからかもしれないし、お医者さま、という肩書きが無意識下の信頼とイコールだったのかもしれない。梶の言葉はとても滑らかに志摩の中へ入り込んできた気がする。あれは何故だったのだろう。


 「そうだね。でもそれは、僕のことがどうでもよかったから、とかじゃなくて。面倒くさかったから、とかでもなくて。どう接したらいいか、わからなかっただけだったんだよね」

 「……椿?」


 志摩に向けてのようなそうでないような。誰かに宛ててのその声は、遠く昔の祖父母へ発しているのだろうか。勿論、椿と等しい光景は目に出来ないけれど欠片だけでも見つけたくて、ゆっくりこちらへ戻って来る椿の視線を逃せなかった。


 「……こうして。撫でてもらってたんだ。悪いことがもう、起きないように、って」

 「……そっか」


 椿の瞳に薄い水膜が揺らぐ。泣かせるつもりなどなかったのに、不吉な未来を口にしかけた自分を悔いた。それでも弱音を吐けば椿がこうして触れてくれることも分かってしまった。自分はこの先、この手をきっと何度も使ってしまうのだろう。


 「……僕はたぶん、気づいてなかっただけなんだ。僕のこと、大切に想ってくれてた人はいた、与えてもらったものもきっと、たくさんあった」

 「や、うん。椿、過去形はやめてあげて」


 それはきっとスミレだけではなく。幼い雨宮姉弟を育んだ祖父母をはじめ、楢崎も木下も野口も、あまりつけ加えたくはないが中島も。そして勿論、自分も。その同じ括りに眉を顰めそうになるほど、椿を大切に想っている。

 志摩のやや必死な訂正のお願いを、椿はふふ、と笑った。


 「相変わらず優しいなぁ、志摩は」

 「ばっ…、ばかばか! なに言ってんだ椿は! 俺は昔っから腹黒なんだよ! 見抜け! 騙されんな!」

 「あはは、自分で言うんだ?」

 「そりゃアナタ! 自分で言っとかないと…、」


 あー、椿が笑ってる。目にする控えめな変化を認めているだけなのに、多幸感に包まれて浮き立ちが半端なく、どこかちりちりとむず痒い。特段 身をよじったわけではないのだが、するりと。置かれた時と同じようにまたするりと、椿の掌が志摩の頬近くを滑り離れていった。あああ、と内心もんどりうって、それでもあざとく上目づかいを続ける自分。こんな面倒くさい男に関わる羽目に陥って、つくづく椿はついてないなと思う。かといってもう二度と、自分から離れるつもりは微塵も無い。


 「と? なに? 志摩」

 「……お人好し、だからさあ…、ウチの、おにいちゃんは」


 おにいちゃん。

 その愛らしい響きを前に一度、口にした日のことは一生忘れられない。たった今の今までそう思っていた。あの日、志摩と椿の仲は確かに別たれてしまったのだから。そう思っていたにもかかわらず、何故に自分はどうでもよくなっているのか。人間は自分に都合の悪いことは、都合良く忘れてしまえる生き物らしい。

 それとも、と。目を瞠る椿に笑みを向けながら考えた。

 生きていく、ということは積み重ねだ。記憶だったり、経験だったり、過ぎゆく一分一秒は、他でもない自分が経たものだ。その後に何が遺っているのかは、その刹那をどう感じ、何をつかみ取ったか、と同義だ。あの日からのここ数ヶ月、志摩は空っぽだった。そう、過ごしてきたからだ。

 だから自分はたった今から、今日という日を忘れずにいるだろう。どうせ遺していくのならば、悲しい記憶より幸せな積み重ねが良い。その方が身体にも良い気がする。


 「お人好し? 僕が?」

 「うっわ、そこ? びっくりポイントそこだった?」

 「え? 何か違う?」

 「いやまぁいいわ、相変わらずナナメ上 行くな椿は。そこが良いんだけど」

 「良くはないよ、相変わらずじゃ、駄目なんだ」


 また、だ。また、断言された。

 それは椿に似つかわしくない物言いのような、かといって志摩の決めつけすぎるような。自分と離れていた時間にこうも椿は変わってしまったのかと寂しいような、いや元来こうで自分が新しい発見をしたのかと嬉しいような。

 蛹が羽化して美しい蝶へと変身する、でもその様を喜びではなく焦りで見守ってしまう。今のうちに捕まえておかなくちゃ、なんて。いずれにしてもこんな男前な椿を知るのは、自分だけであって欲しいと願う。


 「……僕はね、志摩。知らないと、思ってた。幸せ、とか…、家族、優しさとか…、生きること、とか。もともと、無いから、解らないと、思ってた」


 ゆっくりと噛みしめるような椿の一言ひとこと——そこには概念というのか、迷った挙句の名詞が並べられ、幼少の椿がそれらを独り背負うにはさぞ重かっただろうと容易に想像出来た——は、過去形で締めくくられた。ああ良かった、と志摩は素直に安堵する。訥々と降る椿の声を聴くに喉の奥へ何か熱いものが詰まったようで、ただ頷くことしか出来なかった。たとえば「俺も、」などと語り出そうものなら、声だけでなく別のものまで溢れてしまうと思う。


 「……なんだろう、貪欲に、求めることもしなかったし。そういう感じでずっと…、死ぬまで過ごすんだと、思ってた。世の中のほとんどは他人ごとで…、でも、与えてもらったものもあったはずなのに。……僕は、そう、きっと何かのせいに、してたんだね」


 そう、という単語に意味はなかったはずだ。心情を現すに相応しい一語を慎重に選ぶ椿の、何気ない納得だったはずだ。けれど志摩には、その優しい響きが堪らなくじんわりと沁み込んだ。もっともっと椿で充たされたくて、こくりこくりと頷きを繰り返す。


 「母親が…、もっと僕を抱きしめてくれてたら。そしたら僕の描く絵は、もっと違うものを表現してたかもしれない。チビで痩せっぽっちのもやしっ子じゃなければ、イジメられなかったかもしれない。境遇のタラレバを言い訳にして…。でもそんなの、僕だけじゃない。志摩だって、病気にならなかったら、って考えたことあるはずだよね。なのに…、酷いこと、してきたんだ」

 「椿……」


 そんなことない、と言いかけて、なんとか名前にすり替えた。いわゆる酷いこと、というだけならば、むしろ椿は受けてきた身なのではないかと志摩は考える。椿が指す「酷いこと」をきちんと聴きたいと思った。


 「知ろうとしない、解ろうとしない。そんな怠惰は、罪なんだと思う」


 言い切った椿は、ふう、と大きく息を吐いた。力が入っていたらしい、両の肩がゆるりと落ちる。まるで全校集会で発表でもさせられた小学生のようだった。思わず、く、とこみ上げた笑いを堪え、志摩は椿の言葉を繰り返す。


 「“知ろうとしない、解ろうとしない。そんな怠惰は、罪”」

 「志摩が言う“ヘーキヘーキ”を、ただそのまま受け止めてきた僕は、本当に酷いことしてたんだ」

 「や、酷いとかねぇって! マジヘーキだったからね? 俺」

 「そんな…、そんなはず、ない」


 かぶりを振って強く否定する椿に、はっと思い当たる志摩だった。擬似体験をさせてしまったのは、誰あろう自分ではないか。梶からの事前説明がなされていたにせよ、初めて身に感じる椿にとっては、やはり辛かっただろうと推測出来る。反応に困った志摩を窺いながら、椿は ごめん、と呟いた。


 「……きつかったね、志摩。苦しかったよね。僕が体験した…きっと、何万倍も」

 「……もう思い出せねぇよ、椿が新しい俺、くれたから。喉元過ぎればなんとか、っつーじゃん?」

 「でも、僕は忘れないよ。ちゃんと志摩のこと…、志摩が抱えてた、辛いことの欠片くらいは、理解出来たんじゃないかな、って。嬉しかったから」

 「ドMだったの? 椿って」


 こんな憎まれ口しかたたけないなんてなあ、と己のコミュニケーション能力を呪いながら、片手で鼻から下を覆う。緩んでしまう表情の、それが正解なのか分からない。今日、椿と相対してからというもの、調子が狂いっぱなしだ。


 「うーん、そうなのかなあ。肉体的な痛みはあんまり…」

 「マジメか! ちょ、冗談だからな? 椿」

 「でも精神的にはそうかも。志摩と離れて心が痛くて、それしか無い、って言い聞かせてた。志摩の幸せを願うなら、って」


 また不意を突かれたような感覚に襲われる。志摩と離れて心が痛くて。さらりと言ってのける椿は、自分と同じ男子高校生なのか。とても気恥ずかしくて口に出せやしない、でも美しい響きも、照れを知らなければ素直に生まれる言の葉なのか。

 ここ座っても良い? と。椿が空間を指差しているのは、志摩のすぐ隣。忘れていた瞬きを慌てて繰り返し、うん、と頷きを返した。要らないのに、と思う。そんな赤の他人めいた断りなんて。


 「志摩は…、誰かから、送られてきたかな? 見てくれた? 僕の作品」

 「あー…、うん。楢崎が、送ってくれた」


 そっか。

 やや俯き加減でスマートフォンを手繰り、件の作品をディスプレイへ表示した椿の横顔には、柔らかな笑みが浮かんでいた。つい数時間前、目にした写真のアングルとほんの少し重なる。あれには、涙の跡が残っていたけれど。何故、泣いていたのか。その答えには良きにつけ悪しきにつけ、自分が絡んでいる気がしていた。


 「……最初は、ね。“さよなら、ブルーバード”って、タイトルにしてて。でも、楢崎先生からすぐ却下された」

 「……なんで?」


 どちらに受け止めてくれるだろう。志摩は椿の判断に委ねた。

 なんで、そのタイトルだった?

 なんで、ソッコー却下だったんだろ?

 訊ねたいどちらにも答えが返ってくることを期待して、志摩は両の掌をぎゅっと握り合わせる。


 「僕、単純な解釈しか知らなかったんだ…、青い鳥は幸せの象徴、っていう。志摩が幸せになりますように、と。ごめんね、ってお詫びもたくさん籠めた。志摩を傷つけた僕は、傍にいる資格がないと思って…、さよならを、使った」

 「……また。確認も、せずにそんな、勝手に、さよなら、とかって」


 ぶつぶつと唇だけで呟いてみる。椿の言葉じりがすべて過去形だからこそ、拗ねたふりが出来るのだ。


 「うん。楢崎先生にも、同じようなこと言われた。モデルは志摩でしょう、こんな一方的なタイトル、志摩は合意じゃないんでしょう? 却下、って」

 「もー、なにアイツの解ってるぜ感! そこはかとなくムカつく!」

 「ふふ、でもね。先生、青い鳥には他にも解釈があるんだよ、調べてごらん、って言ってくれて」


 原作の戯曲とか訳本とか関連本とか読んでみたんだ。ぽつりぽつりと紡がれゆく椿の言葉が心地好い。まるで空っぽだった数ヶ月が穏やかに埋められていくようだった。


 「……で、“幸せの在処”?」

 「……そう。僕は、志摩を籠の中に閉じこめておきたかったわけじゃない。羽ばたいて欲しいんだよね、僕らはなんにも、諦めなくていいんだから。それこそが、僕らの幸せで…、ただ、なんて言うのかな、それって、青い鳥イコール幸せを手放しちゃうんじゃなくて、手元にあることの、当たり前に安心しきっちゃ駄目だと言うか」


 籠、だとか、イコール、だとか。時折手振りを交えながら、椿は熱く語る。その様はとても真剣で、僅かな揶揄も許されないと思った。そんなことを仕出かした日には自分で自分を全力で殴る。

 こうだったらいいのに、と想像した解釈とおよそ重なるそれ。脳内で梶の茶化すような口調もそのまま蘇るのが腹立たしい。

 とはいえ「僕ら」と括られた、その喜びが優って、口元が緩む。声音も弾んでいることだろう。


 「なんとなく、解るよ。伝わった」

 「……ごめん、説明下手だね、僕」

 「偏差値80もあんのにな?」

 「ないから。ないです、本当に」


 困ったように、呆れたように、やんわり否定を重ねると、椿は肩を震わせ出した。くふ、とくぐもった空気は志摩へ伝染し、何が可笑しいのか分からぬまま、志摩もあははと笑い出した。何だコレ、めっちゃウケる。そんな意味を成さないテキトー言葉くらい描かないと、この笑いの理由が見つからない。

 先に止んだのは椿の方。眦に浮かんだ涙を指先で丁寧に掬い、それから、志摩、と言った。


 「スミレちゃんが言ってたのは、志摩に依存しすぎるな、ってことかもしれない。それか、志摩といることを当たり前に思うな、ってことかも。どちらにしても僕は、ちゃんと独りで生きていけるようになるよ、勿論、前向きな意味でね? でもそれは、志摩の幸せあってのことなんだ」


 人と人の出逢いは、一体 何に操られているのだろう。神様なのか運命なのか。確かに志摩は、椿を捜した。そして、見つけた。その人生に上手く関わることが出来た。けれど出発点は非道く不純なもので、果たしてこうも共に歩む永遠を欲するとは考えも及ばなかった。

 この、雨宮 椿という人間が奏でる美しい日本語を、いつでも一番近くで聴いていたいと感じてしまう。紡ぎ出される言霊が何故だかとても胸を打つのだ。すぐ隣、体温を傍に感じられる距離をずっと、と願う。


 「姉ちゃんにもちゃんと確認しようぜ、椿。あの人、椿が思い込んでるよかずっと椿のこと好きだぞ」

 「え………、そ、え? そう、かな」


 特に、今の椿なら。こんな風に何かを欲し、これから先の未来を語る、凛とした椿の姿を見たならば。もっともっとあの人にとって、自慢の弟であることだろう。


 「なんだよ、自分で言ったんじゃん。怠惰は罪! 幸せの青い鳥はいっつも近くにいるわけじゃねんだから。探そうぜ、一緒に」


  一緒に、を強調した、その深意をどうか汲んで欲しい。


 「……そうだね。今からでも、遅くないよね。僕らは何だって出来るし…、何にだってなれる。多くを知ることが出来るし、理解を深められる。怠け者にさえ、ならなかったら」


 ね? と見上げくる椿を見つめ返して、志摩も静かに頷いた。


 「たぶん、言うほど簡単じゃねえけどな? あと、アレ。当たり前の幸せに慣れきっても駄目だから」

 「深いなぁ、志摩の言葉は」

 「何言ってんだよ、さっきからゴイゴイ掘ってんの椿だろうが! 深すぎてマグマに達するわ! 哲学者 目指してんのか!」

 「あ、そう言えば僕、明日ベレー帽かぶることになっちゃって」

 「うぉい! 脈絡!」

 「ん? 学者とか言うから、志摩が」

 「え、なにその学者イコールベレー帽の当たり前感! 椿の脳内シナプスどうなってんの? 何と何が繋がってんの? それとも俺がオカシイの?」

 「あ、画伯だった、画伯」


 また肩を震わせ始めた椿は、実は笑い上戸なのかもしれない。邪気のない笑顔が、重苦しかったはずの空気をみるまに晴れやかにしていく。屈託無い笑みを返せてるといいけど、と志摩は思った。


 「あー、明日の文化祭か。中島だろ、椿画伯とか言い出したの。アイツ、隠れファンだからな」

 「僕の絵が賞品とか、ね…、ちょっと申し訳ないくらい御粗末で」

 「大物アーティストの未発表作品を青田買いしたいんだろ」


 ベレー帽か。椿のベレー帽姿。まぁ、顔ちっせぇから何でも似合いそうだけど。

 ああでもやっぱホンモノ見に行くかな、と梶へ外出許可を得ようかと考えたところで、隣の椿が固まっていることに気がついた。


 「さては “大物アーティストって誰のこと?” くらいすっとぼけたこと考えてんな? 椿さんよ。教えてやろう、お前のことだよ! 描けよ、それくらいの未来!」

 「え? あ、ああ…、うん…、いや。えぇー…、志摩は、描ける? 30歳くらいの自分、とか。僕ちょっと、想像つかない…」


 頭を抱え込みごにょごにょと口ごもる椿こそが、今時の男子高校生の標準だろうか。そこに明確な行動計画もないくせに、はなから装備している全能感は、志摩“だけ”の異質か。

 いずれにしても確かなイメージは、椿の隣に在る自分だ。


 「……背 伸びてるかな」

 「無理だよ、諦めろ」

 「ベレー帽…、」

 「そこじゃねえ」


 志摩は笑いながら後ろ手をつき、椿越しに窓の外を見た。もうすっかりと夜の闇に覆われ、遠目にチカチカと瞬く星が美しい。今、目にしているあの煌きは、何億年という時間を旅してここへ届いているのかもしれない。不思議と、そんなずっと前からの当たり前も愛しくなってしまった。そう言えば、随分と椿と話しこんでいる。木下達はロビーで待ち続けているのだろうか。不思議と、誰もに優しくしたくなった。


 「……幸せ、か」

 「ん?」

 「いや。幸せの青い鳥さんは、すぐ傍にいるんだな、って話」

 「んん?」

 「ロビー行こうぜ。木下達、待ってくれてんだろ?」


 志摩は一旦 大きく背伸びをすると、ゆっくり立ち上がった。何かが自分の内へ漲っているのが分かる。それはやはり、幸せ、を感じている自身が生み出している活力の為せる技だろう。

 満面の笑みで志摩に倣う椿の艶髪をさらりと撫でた。



 これから先も時に、自分は間違ってしまうかもしれない。忘れて、怠けてしまうかもしれない。これだけ痛く、苦しく、無駄な時間を過ごしたというのに、また繰り返してしまうかもしれない。そんな恐怖が志摩には幾ばくか、ある。自分がさほど賢くないことくらい、知っているからだ。

 それでも。

 手の内から一度、飛びたってしまった青い鳥をいつまでも空に眺めていたって、何も始まらないのだ。奇跡は、そう簡単に降って落ちてくることなどない。


 (大切に、生きていこう)


 この世の理のすべてなんて、解らないことの方が断然多いけれど。はっきりしている数少ないことを、今は大切に生きていこうと思う。


 「18だもんな、俺ら」

 「え、志摩は17歳でしょ? まだ」

 「細けぇよ、オニイチャン」

 「大事なことだよ、オトートよ」

 「……なんだその棒読み」

 「……不慣れなもので」


 この一歩目が、新しい自分の始まりだ、なんて。センチメンタルなことは思うまい。それでも志摩は意識して、院内履きのゴム底が床を踏みしめるキュッ、という音を心地好く聴いた。

 今までのどんな夜より、明日を待ち遠しく感じながら。



(完)

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