第四十二話 その後

 魔の森の騒動から早三ヶ月。季節は初夏になり、そろそろ汗ばむ事が多くなりつつある日の朝、ネスの手元に一通の書状が届いた。

「何ですか? これ」

 随分と綺麗な封筒だ。手渡してきたドミナード班長に聞くと、簡単な答えが返ってくる。

「感謝状だそうだ。パトリオートからの」

「感謝状?」

 一体何に対しての感謝状だというのか。その前に、何故国からそんなものが送られてくるのだろう。

 首を傾げるネスに、脇からリーディが補足説明をしてくれた。

「ほら、魔の森をネスが消滅させただろう? あれに関するものらしいよ」

 消滅という言葉に、一瞬「言い過ぎだろう」と反論しようとしたが、確かにあの術式を起動した後に森そのものが消えたのだから、消滅させたという言葉は正しいのだろう。ネスの精神的ダメージが大きいけれど、他に言い様がない。

 リーディの説明によれば、魔の森が消滅した事により、パトリオートと隣国にそれぞれ利益があったのだそうだ。

 これまでは広大な森を迂回するように道を作るしかなかったのだが、森の後地に敷いた道を使えば、最短でこれまでの半分の時間で行き来が可能になるのだという。

「そんなに!?」

「それだけ、あの森が広大だったって事だね。しかも、森のすぐ側に道を通す訳にもいかないしね」

「ああ……」

 魔の森は、中に入らずともその側にも濃い魔力の影響があった為、外縁から数キロは立ち入りが制限されていたのだ。そんな場所に道を通す訳にいかないのは、ネスにもわかる。

 道そのものはまだ着工すらしていないが、既に調査でその事が判明しているそうだ。その辺りが感謝状に繋がったのかと思えば、それだけではないらしい。

「何でも、魔の森に影響を与えていた火山、あの周辺にいくつも温泉が見つかってるんだって」

「温泉?」

「そこを開発すれば、一大観光地になるからね。そうなれば、人が増えて税収も増える。国庫が潤うって訳」

 だからこその感謝状なのだ、というのがリーディの読みである。そして、それはどうやら正しいらしい。

 火山の周辺も魔の森の影響で立ち入りが出来なかった為、今まで開発はおろか調査すら出来なかったそうだ。

 他にも周辺の土地の開発の開発や、道路整備などでパトリオートは嬉しい悲鳴の連続なのだという。

「だからね、感謝状くらい当然と思って受け取っておくといいよ。本当なら君個人にも相当の謝礼を積まなきゃいけないところなんだから」

「謝礼なんて、そんな」

 リーディの意外な言葉に、ネスは居たたまれない思いだ。魔の森での事は、自分一人でなし得た事ではない。局の皆や班員の皆、それにレガやジュンゲル班長、それに術式を作ったテロス班長に、ロンダでトカゲモドキを交わし続けてくれたドミナード班長、皆がいてくれたからこその結果なのだ。

 この感謝状も宛名はネスになっているが、本当なら全員でもらったものである。

 そんな思いで手元の封筒に目を落とすネスに、三馬鹿が絡んできた。

「何だよ、欲がねえなあ」

「そんなら代わりに俺等がもらっといてやるよ」

「そうだな。どのくらいの金額になるんだろー」

 冗談なのか本気なのか判断が付かないが、これは放っておいてもいいのだろうか。

 呆れた様子で彼等を見ていると、キーリアが脇から突っ込みを入れる。

「あんたらがもらえるのなんて、せいぜいあめ玉一個くらいじゃない?」

「何だとー!?」

 そこからはいつものやり合いが始まり、これぞ班の日常というべき時間が過ぎていった。


 消滅した魔の森は、氷と化した木々やトカゲモドキ、地下の魔力の流れが溶け出し、しばらくは湿地帯となってしまった。

 そこから水をはけさせ、地下の魔力の流れの分沈下してしまった土地を埋めて均し、大規模開発が始まっている。数年後には、今とはまったく違う光景が広がっている事だろう。

 パトリオートからの依頼として、土木工事には機構が関わっている。また、ネス自身には教えられていないが、パトリオートから多額の謝礼金が機構に入っていた。

 それらは魔の森消滅に関わった各部署に分配され、いくらかは消滅に深く関わった者達の給与に上乗せされる事となる。何にしても、魔の森跡地の開発には機構も関わり、そこからの報酬は機構全体を潤すものだった。


 季節は夏。もうじき、ネスが機構に入って一年が経つ。学院を強制卒業させられた彼女は、機構で自分の居場所をきちんと見つけられたようだ。

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ネス・レギール ー制御不能の魔導士ー 斎木リコ @schmalbaum

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