第四十一話 日常

 中央塔を出ると、ラルーロ議員が待ち構えていた。彼の姿に反応したのだろう、ジュンゲル班長が前に、レガとテロス班長がネスの横につく。

 何か言ってくるかと思ったがラルーロ議員は、こちらを睨み付けるだけで何も言わず、そのまま迎えに来た車に乗って去って行ってしまった。

「何だったんだ?」

「性懲りもなく、最後にネスに嫌みの一つでも言おうと思っていたんだじゃない? でも僕たちがいたからねえ」

「ここで下手な事を言えば、議長達にしっかり報告するからね、僕らは」

 ジュンゲル班長の疑問に、テロス班長とレガが答える。その息の合った返答に、この二人は似たもの同士なのかもしれないと思ってしまった。

「さて、レージョを待つかい?」

「我々で詰め所まで送り届けてもいいのではないか?」

 テロス班長とジュンゲル班長が相談している脇で、レガがこっそりとネスに耳打ちする。

「ネス、今日は局へは来なくていいからね。このまま詰め所に行って、多分帰宅を命じられるから」

「え?」

 レガの言葉に、ネスは驚きを隠せない。しばらく大きな仕事はないとは聞いているが、魔の森に関する報告書関係で詰め所は大わらわなはずだ。手はいくらでも欲しいだろうに。

 あの場では言わなかったが、やはり自分がいるのは班の迷惑に繋がるのだろうか。

 眉尻が下がるネスに、レガは続けた。

「あんな場にいたから、疲れたでしょ? また明日から研究の協力、頼むね」

「……はい!」

 査問の影響はまだ残っているらしい。つい悪い方へ悪い方へ考えてしまいがちだが、レガの言葉はネスを気遣ってのものだった。

 中央塔の玄関先でそんなやり取りをしていると、背後からドミナード班長が現れる。議員との話を終えて、追いついたらしい。

「まだこんな所にいたのか?」

 眉根を寄せて言うドミナード班長に、テロス班長は軽く肩をすくめて答えた。

「先程までラルーロ議員が睨み付けてきていたからね」

「何だと?」

 気色ばむドミナード班長を、テロス班長がまあまあと宥める。

「別に睨んできただけで、何も言われてはいないよ。相当悔しかったんだろうね。議員の話も、それに関係しているんじゃないの?」

 思いがけない質問だったのか、テロス班長の言葉にドミナード班長は言葉に詰まった。眉間に皺を寄せてテロス班長を睨むドミナード班長に、レガが軽く声をかける。

「まあ、いいじゃないか。そろそろ帰ろうよ。仕事もあるんだし」

「そうだな。路面車を使うか?」

 レガの言葉に乗ったジュンゲル班長の言葉に、ドミナード班長は緩く首を振る。

「いや……テーロン議員が車を手配してくれているらしい」

 班長が言い終わる丁度その時、玄関先に車が停まった。どうやら、これがテーロン議員が手配してくれた車らしい。

 班で所有している車より、ずっと高級だというのはネスにもわかった。シートの感触からして違う。

「これ、議員専用車だね。テーロン議員も太っ腹だなあ」

 滅多に乗れない議員専用車に乗れたレガは、子供のように喜んでいる。彼にとって、車も「技術」の一部だから興味の対象らしい。

 車内は運転席と後部座席が仕切られていて、こちら側の会話が運転席に漏れないようになっている。それを確認して、テロス班長がドミナード班長に問いただした。

「で? テーロン議員はなんて?」

 ドミナード班長は、眉間の皺を深くするだけで何も言わない。その様子を見て、テロス班長は大きな溜息を付いて天井を仰いだ。

「もう君だけの問題じゃないって、理解しようね? ラルーロ議員が僕達、特にネスに目を付けたのはわかってるでしょ?」

 いきなり自分の名前が出てきた事に、ネスはぎょっとしたが、他の面子は驚いた様子も見せない。彼等にとって、先程テロス班長が言った事は共通の認識のようだ。

「ラルーロに対抗する為にも、テーロン議員が何を言ったのかを聞きたいんだよ。あの場で彼が僕らにまったく関係ない話しを君にするとも思えないのでね」

 重ねて問うテロス班長に、ドミナード班長は目線を伏せる。反論しないという事は、テロス班長の言葉の内容は正しいという事か。

 ややして、ドミナード班長が口を開いた。

「ラルーロの事は気にせず、思う通りに動け、と」

 何故テーロン議員がドミナード班長にそんな事を言うのか。疑問に思うが、この場で聞ける度胸はネスにはない。

 話しを聞いたテロス班長は、腑に落ちないと言った様子で「ふうん」と呟くと、話題を微妙に変えた。

「ネスの事は? 何も言っていなかった?」

「同じだ。本人の思うようにさせればいいとだけ」

「まあ、そうだろうね。あの人は基本そうだから。君達を動かす事なんて、彼にとっては簡単な事だもの。それも自分達の意思で動いたと思わせるように仕向けるのがまたいやらしい所だよ」

 テロス班長は、テーロン議員が嫌いなのだろうか。そんな疑問が一瞬浮かんだが、すぐにネスは否定した。そんな単純な話しではない気がする。

「まあ、じゃあラルーロの方は、テーロン議員が引き受けてくれるって事でいいんだね。ネス、君もあのねちっこいおじさんに絡まれたら、自分で対処しようとしないで、僕たちに言いなね?」

「何を勝手な事を。ネス、相談するならレージョか私にしておけ。間違ってもこの天災にはしてはならんぞ」

「ヤアル……君ねえ……」

 相変わらずのジュンゲル班長とテロス班長のやり取りに、何だかほっとするネスだった。

 中央塔からドミナード班の詰め所まで、車で一時間の道のりである。今回はネスを送り届けるのが先決だという意見の一致から、ドミナード班の詰め所が目的地となっているのだ。

 目的地に到着するまで、まだ三十分以上ある。車内は班長達のやり取りが一段落ついて和やかな雰囲気だ。

 今のうちに、疑問に思った事を聞いてみようと思い、ネスは隣に座るドミナード班長に尋ねた。

「あの……聞いてもいいですか?」

「何だ?」

「隔離施設って、何なんですか?」

 ネスの質問に、その場がしんと静まりかえった。聞いてはいけない事だったのだろうか。査問の場でも、隔離施設の名前が出た途端に議員達の様子がおかしくなった。

 では、どうしてラルーロ議員は自分をそんな聞いてはいけない施設に入れようとしたのだろうか。

 ドミナード班長は無言のまま普段と変わらぬ様子でネスを見ていたが、やがて口を開いた。

「どうしても、知りたいか?」

「出来れば……。私、もしかしたら、そこに入れられていたかもしれないんですよね?」

 ネスの言葉に、ジュンゲル班長達はお互いに顔を見合わせている。ドミナード班長は、一度目を伏せると、まっすぐにネスを見て話し始めた。

「隔離施設は、更正施設でも手に負えない魔導士を文字通り隔離しておく施設だ。収容されている者の多くは、己の欲の為だけに多くの人の命を奪った犯罪者でもある」

「え……」

 驚愕のあまり、ネスは固まってしまった。ラルーロ議員は、そんな場所に自分を送ろうとしていたのか。だから議員達の態度もおかしくなったのだ。

「今回のラルーロ議員の要請は、本人も通るとは思っていなかっただろう。こちらに対する嫌がらせと、テーロン議員に対する交渉カードとして使おうと思っていたんじゃないだろうか」

「その割には、返り討ちに遭っていたな」

 ドミナード班長の意見に、ジュンゲル班長が少し前の事を振り返って述べた。シートの背に深くもたれながら、軽く仰のいて目を閉じたドミナード班長が返す。

「あの人にとっては、想定内だったからだ。事故の話は前もって探っていた分だろう。他にも、今回は出さなかったがラルーロ議員側にとって弱点となり得る情報をいくつか持っていると思う」

「まあ、テーロン議員の方が上手だからね。ラルーロも、何を考えて彼と張り合おうとしてるんだか」

「議長の座が欲しいからだろう?」

「そんな事はわかってるんだよ」

 ジュンゲル班長のさも当然だといわんばかりの言葉に、テロス班長は苛ついた様子で返した。

「やり合った所で負けるのは目に見えているのに、何故争おうとするのかが理解出来ないって言ってるんだよ」

「そんな事か。ラルーロは負けると思っていないからに決まってるじゃないか。今日だって、負けたとは思っていないだろうよ」

「はあ? あれだけたたきつぶされておいて?」

「奴にとっては、たたきつぶされたという認識じゃなく、ほんの少し反撃されたとしか思っていない。だから玄関先で我々にあんなあからさまな視線をよこしたんだろうよ」

「……僕は彼を過大評価していたようだ」

「あれは昔から小物だ」

 テロス班長とジュンゲル班長のやり取りに、口を差し挟む者はいない。隙がないからではなく、必要性を感じないからだろう。レガは相変わらず車内のあれこれを目で確認しつつ過ごしているし、ドミナード班長は疲れが滲んだ表情でシートに深く身を委ねている。

 その様子を見て、今回の査問で迷惑を掛けたのだなと実感した。ドミナード班長だけではなく、レガやジュンゲル班長、テロス班長にもだ。


 詰め所に到着するまで、車内では主にテロス班長とジュンゲル班長があれこれ喋っていた。内容は今回の査問に関するものから評議会や実行部、研究所、果ては現在の学院の在り方まで及んでいる。

 おかげで聞いているだけのネスでも、現在の評議会や学院のあれこれを知る事になった。

 評議会は現在、次期議長の座を狙ってテーロン議員とラルーロ議員が争っている最中なのだそうだ。議員もその二人の派閥で別れており、数人が議長の再選を望んでいる状態らしい。

 問題はその派閥争いが何故か学院にまで及んでいて、それぞれの派閥に取り込まれているのだそうだ。ちなみに、ネスが強制卒業させられたセントーオ学院は議長派閥だという。

「だからといって、ラルーロ側の人間がいない訳ではないし、テーロン側の人間もいる。人材を育てるはずの学院がそのていたらくなのはどうかと思うがな」

「人が集まれば派閥が出来るのは世の常だよ。ああ、そろそろ詰め所に着くようだね」

 テロス班長の言葉に、窓から外を確認すると、確かに見慣れた光景が目に入る。詰め所のある建物はもう目の前だ。

「さて、僕らはこれで帰るけど、何かあったらいつでも相談においで」

「何しろ評議会議長のお墨付きだからな」

 そう言い置いて、テロス班長とジュンゲル班長は帰っていった。レガは何やらドミナード班長と話し込んでいたが、こちらも軽い挨拶を残して局へと戻っていく。

「今日はこれで帰っていい。それとも、皆の顔を見ていくか?」

 ドミナード班長に聞かれ、そういえば班員の皆には書き置きだけ残しただけだった事を思いだした。

「せっかくですから、報告だけはしておきたいです」

 そう言って、ネスは班長と共に詰め所に向かう。いつもの薄暗い廊下が、これほど安心感をもたらした事がこれまであっただろうか。ここを通ると「帰ってきた」という思えるのだ。

 部屋の扉を開けると、全員の視線がこちらに向いた。

「帰ってきた!」

「どうだった?」

「泣かされなかったか?」

 好奇心なのか心配なのかわからない三馬鹿の言葉に、リーディとキーリアが突っ込みを入れる。

「戻って早々にそれかい?」

「あんたらじゃあるまいし」

「俺等は泣いてねーよ!」

 三馬鹿は相変わらず声を揃えて抗議した。こんなやり取りも、日常の風景なのだなと思うとほっとする。

「無事に戻れたという事は、何もなかったのね?」

 ニアの質問に、ネスは無言で頷いた。隣のドミナード班長が、それに補足する。

「議長自ら不問に付すと仰った」

「そうですか。大丈夫だとは思っていたけど、心配だったのよ。良かった……」

 そう言って微笑むニアに、ネスは「ありがとうございます」と笑い返した。そんな彼女の耳に、三馬鹿から驚きの情報がもたらされる。

「まあ、査問なんざ大した事ねえよ」

「そうそう。この班であれ受けていないの、ニアくらいじゃね?」

「だよなー」

「え? 三馬鹿はまだしも、リーディさんやキーリアさんも!?」

 驚きのあまり、つい声に出して言ってしまった。そのせいか、一瞬詰め所の中はしんと静まりかえる。

 数瞬の後に、三馬鹿の怒声が響いた。

「お前が三馬鹿とか言うな!!」

「俺等先輩なんだぞ!!」

「つか、俺等はまだしもってなんだ、まだしもって!」

 言っている事はまっとうな事なのだが、どうにもこの三人に言われると素直に納得出来ないのは何故なのか。もちろん、制服の恨みがあるからだ。

「制服の恨みがある以上、あんたらは三馬鹿で十分です!」

「ふざけんなああ!!」

 三対一でやり合うも、ネスも負けてはいない。先程までの査問会場での事を考えれば、三馬鹿相手などどうという事はないのだ。

 わめき合う四人の側で、リーディとキーリアは腹を抱えて笑っている。何がそんなにツボにはまったのかはしらないが、おそらくはネスの言葉で笑ったのだろう。

「おい、お前等もこいつに何か言えよ!」

「い、いやあ、その通りだねとしか」

「本当だよねえ。三馬鹿はまだしも、私らまでって思うよねえ」

 まだ笑いの発作が完全には治まっていない二人は、ヒロムの言葉に半分笑いながら答えた。しかも内容はネスの発言を肯定するものである。これにまた三馬鹿が怒り、リーディ達がさらに笑った。

 どうやら、ドミナード班は今日も平和のようである。

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