見える人が書いた、ということになります。そして読む人もまた、それを見たことになるのでしょう。でも、それは見えただけで、視たのではない。筆者は、見たことを視て書いて、観たことを教えてくれたように思います。元来、言葉にできないことを言葉にすることは難しいことで、それを書くことも難しいはずです。読んでみて、筆者と同じものが見えたとなれば、読者も何かを視た域にいけるのかもしれません。
もっと見る