筋子丼は塩分多すぎて健康に良くないと思うのは気のせいでしょうか?

夏々湖

第1話 筋子丼は塩分多すぎて健康に良くないと思うのは気のせいでしょうか?

 カテリーナ……沢井ことが転生者だと自覚してから七年の月日が流れていた。

 現在のカテリーナの身分は『王室預かり』の『元公爵令嬢』だ。とっても権力に近い場所にいる少女である。

 そんなカテリーナがポロッと溢した。


「あぁ、久しぶりにイクラ丼が食べたいな……」


 これを聞いたのがカテリーナと同時に異世界転生した『現生時代の双子の妹』、キャナリィ……沢井かなである。

 キャナリィは『王室預かり』の『元第一王女』だ。そして、それはそれは激しい『お姉ちゃん原理主義者』であった。


『コトが食べたがってるものならば、わたしが必ず手に入れて見せるわっ!』

 というわけで、王族のコネを使い、各地の市場へと調査隊を送り込んだ。しかし、これがなかなか見つからない。

 良く異世界物語で描かれる『米が手に入らない』のところは割とあっさりとクリアできた。

 普通に『リゾット』を食べる習慣があるぐらいには、米は身近な作物だったのだ。

 しかしイクラがなかなか見つからない。魚卵を食べる文化はあるのだが、サケ類があまり見つからないのだ。


「うーん……わたしの予想だと、この辺りにもいるはずなのよ。ブラウントラウトやアルプスイワナだけじゃない、サーモンサーモンしたサーモンが」


 サーモンサーモンしたサーモンってなんだよそれ、サーモンかよっ。いや、サーモン探してるんだけどさ。


 というか、異世界のくせにやけに地球の生き物っぽい名前出てくるじゃん?

「だってここ、未来の地球だから。みんなの知ってる地球の、六千八百万年後の姿」

 六千八百万年っ! いや、人間生きてることにびっくりだわっ!

「というわけでさ、ずっと昔に世界中に移入されたサケマス類がこの辺にも残ってるはず……」


 サケマス類が定着しているとなると、ある程度寒冷な地域でなければならない。

「陸封されてれば北の山脈にもいそうだけど、それだと大型化は難しいかな。となると、北の帝国の方まで行かないと見つからないか?」


 いくらカナが元王女の王室預かりな身分と言っても、それは国内に限られた権力でしかない。北の帝国なんて、このカッシーニ王国の何倍もある様な大きな国なのだ。そうそうちょっかい掛けるわけにもいかないだろう。


「やっぱり、陸封のブラウン狙うか……山脈の大きめの湖で、流入河川に網はって……」

 果たして六千八百万年も経ってるのに、サケマス類はそのまま残っているのか。


 サケマス類の祖先を辿ると、新生代初期まで遡る……しかし、これは二十一世紀からみても五-六千万年程度の昔、六千八百万年も経っていない。

 というか例えば二十一世紀から六千八百万年前とかだと、まだ恐竜がカッポカッポと地球上を歩き回ってた時代よ?

 それだけ長い期間が過ぎていれば、もう別物に進化していたとしいてもおかしくないでしょ。


「まぁ、人類をここまで生き残らせた『マイクロマシン』の活躍で、普通に生きてるだろうなぁ」


 いや、マイクロマシンスゲーな。

 そう、二十五世紀ごろに発達したマイクロマシン技術により、それから六千八百万年も経過していても人類が人類でいられるのだ。

 当然、人類以外の生物もマイクロマシンに生かされており……

「コトが食べたいって言ってるんだから、食べさせてあげなければ女が廃るってものよ。さて、北の山脈まで出張しますか」


 王都から北の山脈まではおよそ1,500キロメートル。十二歳の王女様にはちょっと遠い距離……あ、飛行機あるのね。

 見た目中世ナーロッパなこの世界。しかしなぜか飛行機は飛んでいる。

 詳しくはまぁ『兄の目的、妹の手段』を読んでいただくとして、飛行機ならばあっという間の距離だ。

 ただ、いくらお手軽と言っても元王女の王室預かり。そうそう勝手にお出かけしたりできる訳が……訳が……あーあ。王女近衛数名連れて、馴染みの機長捕まえて飛んでいっちゃったよ、良いのか?


 王都から北の山脈までは、200ノットで四時間ぐらいの旅路だ。

 今日乗っているのは、まだ開発したばかりの飛行艇。行き先が湖ですからね、陸上機では現場まで行けないのですよ。


「おー、いるいる。遡上してるわ!」

 湖を見つけたら、一番大きな流れ込みインレットにあたりをつける。

 産卵間近のマスたちが、伏流水の湧き立つ場所を目指して一目散。

 そこへ飛び出すお姫様、一網打尽よっ!

 『イグナイトっ!』

 バジバジバジバジバジっ!


 元はただの『点火魔法』のイグナイト。しかし、研究の結果『電気着火魔法』だということが判明したため、こんな所で『ビリ漁』に使われてます!

 ちなみにここは日本の法律は適用されませんので、合法です!


 ぷかぷかと浮き上がってくる魚たち。

「あー、オスも混ざっちゃうか……そりゃそうだよねぇ……この子達も後で美味しくいただきましょう」

 自分に言い訳をしながら、浮かび上がった魚たちを、ひょいひょいひょいひょい回収していくお姫様。

 ちなみにこのお姫様、飛んでます。飛行魔法とやらで宙に浮かび、アイテムボックスへと魚をどんどん取り込みます。お姫様っぽさどこ行った? いや、見た目は銀髪美少女お姫様なんだけどさ。

 

 魔法を使ったビリ漁と言っても、電気が届く範囲なんてそう大きくはない。浮き上がった魚は、全部合わせても三桁まではいかないぐらいか。

「さぁ、さくさく帰ってイクラ作りしないとね」


 ブラウントラウトの魚卵は、シロザケと比べると一回り以上小さい。

 そのため、成熟しきった産卵間際の魚を狙ったのだが、その分卵の皮が固くなっている可能性がある。

「魚卵の皮を柔らかくする魔法とか作れないかな……」

 いや、魔法なんでもありなのか?


 サクッと漁を済ませたキャナリィ……カナは、すぐさま王都へととんぼ返りし、王城の厨房へと駆け込んだ。


「ちょーっと厨房貸してね。あ、手伝ってくれるの? じゃ、お腹開いて内臓取って、卵があったら壊さない様にこちらに集めてくれる?」

 フランクなお姫様もいたもんだ。

 今のカナは、コトにイクラ丼を食べさせることに全力を傾けているから仕方ないか。


「さてと、まずは袋からイクラを壊さず出さないとね……」

 ウォータの呪文でぬるま湯をかけながら、そっと荒めの網に通していく。

 この時、ちょっとぐらい白くなっても大丈夫。秘伝のタレを絡める時には元通りになるはずっ!

 醤油風調味料は未だ開発途上なため、今回はお塩ベースのタレである。

 米はすでに手に入っているため、味醂と日本酒は準備できている! 砂糖は南方大陸から輸入している! 王都は海のそばなので、塩にも困らない!

 なんてイージーモードな転生なんでしょうか。


「よし、ほぐれたっと。あとは一晩調味液に漬けて……」

 明日には食べられそうだ。


 翌日、朝一番で厨房に立ち、米を炊き始める。リゾットにするために煮るのではなく、『炊く』のだ。

 この世界に電子炊飯器なんてない。羽釜や文化釜もない。飯盒はあるが、大量のご飯を炊くのには向かない。

 こんな時はどうするのか……そう、魔法である。


 この世界の魔法は、全てマイクロマシンにより実現されている。

 そして、マイクロマシンが最も得意とする動作は『熱の輸送』なのだ。

 もうね、ありとあらゆるエネルギーを取り扱えるんだけど、やっぱ熱は扱いやすいらしいの!

 ちなみに、次点は電気らしい。


「さて、初めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るなって……」

 呪文として歌いながら、マイクロマシンへと指示を出していく。

 炊き上がるまではおよそ一時間弱。その間に昨日のイクラを取り出し、調味液を切っていく。

 更にお魚も取り出し、斜め切りにした後塩焼きにしよう。


「うん、いい感じかな……そろそろ呼んでこよっと」

 厨房の窓際まで駆け寄ると、窓から飛び出し即上昇。コトや他のみんなのいる小宮へと飛んでいく。


「コトー、ご飯できたよ。みんなで食べよ?」

「おはよ、カナ。昨日からコソコソしてたヤツ?」

「あははははは……まぁ、バレるよね……」

「うん、だって明らかに、カナが魚臭いし」

「うぎゃーーー!」

 これは予想外。まさか匂いでバレるとは……けどまぁ、コトに喜んでもらえるなら多少魚臭いぐらいはっ!


 って、普通のお姫様は魚臭くならないですよ? まぁ、人魚姫とかはどうなのか知りませんが……


 さぁ、カナはコトを連れて食堂にやってきました。

 そこには、料理長が綺麗に配膳してくれたどんぶりとおひつ、お箸、そしてルビーの様に輝くイクラの山がっ!!

「おおおおー! これはすごいわっ! カナ、さすカナっ!」

 いや、いきなり略すなよ。


「さ、食べて食べて! ご飯もたくさん炊いてあるからねっ!」

 どんぶりにご飯を山盛りよそって、溢れんばかりにイクラをかけて……おおっと、こぼれたっ! でも大丈夫! どんぶりの下はお皿なので、そのまままた食べられるのっ!


「「いただきますっ!」」

 ぱくっ!


「んんんんーーー!!」

 コトの顔がぱぁぁぁああってなると、カナのお顔もぱぁぁああってなって、周りで見守ってるみんなのお顔もぱぁぁあああってなるのです。

「おいっしぃっ! なにこれすごいっ! カナ最強っ! サイカナっ!」

 もうなに言ってるかわかんねーや。

「カナ、ありがとうっ! これはあれよ、お兄ちゃんとかしおりんにも食べさせないとっ」

 残りの王室預かりメンバーにも食べさせたいと、コトが訴える。

「当然用意してあるよ。ただ、まぁ今日は味見ってことでね」

「最高っ!」

 もっしもっしと、小さな体にご飯といくらが飲み込まれていく。

 流れる金髪を振り乱し、美少女がイクラ丼を頬張る姿はなかなかシュールだ。


「はぁ……美味しかった……お腹いっぱいだわ」

「満足してもらえたみたいでよかったよかった」

「ね、カナ。次は筋子で食べたいな。塩漬けの筋子で、こう……筋子をぱくっ、ご飯をばくばくばくばくばくっ。筋子をぱくっ、ご飯をばくばくばくばくばくっ! って」


 金髪美少女の食事風景じゃなくなりそうだけど、それを見つめるカナがとっても嬉しそうだから、まぁいいかな?

 ただ、筋子の塩漬けは塩分めちゃくちゃ多いから、食べ過ぎ注意ね!


「あ、大丈夫。余剰塩分はマイクロマシンさんが排出してくれるから」

 なにその便利機能っ!!

 ちょっと地の文にもその機能使わせなさいっ!

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筋子丼は塩分多すぎて健康に良くないと思うのは気のせいでしょうか? 夏々湖 @kasumiracle

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