四 不死者の苦悩
「──以上が、科学調査で判明した〝人魚〟の正体になります。無断でミイラを調べたこと、また、嘘を吐いて騙していたことは謝ります」
その翌日、再び久遠寺を訪れた此木戸と甘沢は、通された庫裡の座敷で対面に座る庵主に、その分析結果をオブラートに包むことなく、突きつける。
「O.P.Aはオリエント地域工芸の略ではありません。本当に意味するところはOut-of-Place Artifacts……〝 オーパーツ──場違いな工芸品〟です。世界各地に存在する〝オーパーツ〟を回収・秘匿し、世界の混乱を防ぐことが、我々O.P.Aミュージアムの仕事なのです」
続けて、自分達の真の肩書きとその任務も包み隠すことなく此木戸は尼僧に告げた。
「さらに失礼を言うと、あなたの戸籍についても調べさせていただきました。しかし、いくら探しても戸籍はおろか健康保険や医療機関受診の記録すら見当たらない。おそらくは病気になることもなく、医者とは無縁の人生を送ってきたのでしょう……あなたは、その人魚の肉を食べた本物の〝八百比丘尼〟ですね?」
加えて、彼女の身辺調査に関する情報も持ち出すと、此木戸はいよいよその核心に触れる。
「……ずいぶんと長生きをしている間に、そんなことがわかるまでに科学は進歩していたのですね……私自身も、このような身体になった仕組みまでは知りませんでした」
すると、ずっと黙って話を聞いていた庵主は、なおも顔色一つ変えることなく、いつもの淡々とした調子でおもむろに口を開く。
「ええ。わたしは
そして、思っていたよりもすんなりと、自身が不老不死であることを動揺もせずに静かに認めた。
「素直に認めていただけると無駄な手間が省けて助かります。しかし、人を不死にするレトロウィルスは現在の人類にとっては過ぎたるもの……また、その影響を体現しているあなたという存在も」
そんなすべてを達観しているかのような本物の八百比丘尼に、事務的な言葉使いで此木戸は自分達の責務を伝える。
「我々としては放置できません。ミイラは回収し、然るべき施設で厳重に保管させていただきます。無論、あなたにも一緒に来ていただきたい」
「……わたしは、殺されるのでしょうか?」
此木戸の言葉に、まるで他人事の如く庵主は無表情に尋ねる。
「いえ、あなたも希少な生体標本として保護…いや、事故死や自死のリスクを遠ざけ、人里離れた場所で軟禁することとなるでしょう……いつか人類が、その技術を自らの力で手にするであろう遠きその日まで」
「ハァ……此木戸さんと申しましたね。あなたは不老不死になりたいと思いますか?」
だが、殺処分を免れたとわかっても、むしろ残念な様子で庵主は一つ大きな溜息を吐き、遠い眼をして庭を眺めながら感想代わりの質問を彼に返す。
「そうですね。不老は少し羨ましいですが、不死にはあまり惹かれないですね。人生は苦難の連続です。いつまでも苦労するのは御免こうむります」
「フフ…正しい判断です。多くの者は死を恐れますが、不死は生きるが故の苦しみが永遠に続く上に、親しくなった者達は次々とわたし独りを残して消え去ってゆく……久遠の孤独に苛まれる、まさしくそれは無限地獄」
その問いに肩を竦めて此木戸が答えると、初めて庵主はその冷淡な顔に薄らと笑みを浮かべてみせる。
「その地獄から逃れるため、これまでに幾度となく自殺を図ったこともありました。ですが、わたしの治癒能力はそれを許さず、けっきょく死に切ることはできなかった……あなたは、その無限地獄をこの先も…しかも、あなた達の檻の中で続けろと仰るのですか?」
「我々としてはそうだとしか言えません……とはいえ、急な話でいろいろと身辺整理もあるでしょう。明日の朝までお待ちします。一応、断っておきますが、我々は国家をも超越した世界的組織です。逃げることは不可能なのでご理解を」
だが、すぐにまた底のない淋しさを瞳の奥に湛え、悲痛な叫びを静かに訴える庵主に対して、此木戸は無慈悲にも極めて事務的に話を進める。
「では、そういうことで明日またお迎えに参ります……ああ、そうだ。旅立つにあたり、無人となるこの寺のネズミの害も心配なことでしょう。我々の博物館が独自に開発した強力な殺鼠剤をお譲りします。どんなネズミでもイチコロですよ」
「……ありがとうございます」
そして、ひとまず寺を後にしようとする此木戸だったが、ふと思い出したかのように一本の茶色い小瓶を懐から取り出して庵主に渡した。
「──さっきのあれ、いったいなんです?」
その帰り、参道を歩きながら甘沢が怪訝な表情で此木戸に尋ねる。
「なあに。こちらの要求を素直に聞いてくれたんでそのお礼だよ」
その問いに、此木戸は本堂の方を振り返るとアンニュイな微笑みをその顔に湛えて答えた──。
だが、その翌朝……。
久遠寺は原因不明の火事に見舞われ、本堂も庫裡も全焼。人魚のミイラもともに焼失し、焼け跡からは骨となった庵主の遺体も発見された。
「此木戸さん、こうなることがわかっててあの毒薬を……」
いまだ白い煙の立ち上る黒焦げの骨組みを、道端に停めた車の傍で眺めながら甘沢が問う。
「私はあくまで殺鼠剤をお分けしてあげただけのことだが、牢獄のような場所で、なおも無限地獄を彼女に強いるのはさすがに忍びないからね……ま、憂慮すべき存在が消えれば上としても文句はないだろう。お土産として〝人魚〟の干物も少々頂いてきたしね」
訊かれた此木戸は、しらばっくれた様子でそう答えると、カラカラに乾いた一枚の肉片を同僚の顔の前に掲げて見せた。
(コレクト - File02 人魚の肉 了)
コレクト - File02 人魚の肉 平中なごん @HiranakaNagon
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