三 木乃伊の正体
その後、八百比丘尼伝説を基底にした開山にまつわる縁起などを庵主に見せてもらっていると、やがてどこかへ行っていた甘沢も合流し、此木戸達は久遠寺での調査をとりあえずは終了した。
「今日はありがとうございました。また、追加調査の必要な時はよろしくお願いいたします」
そして、二人は庵主に礼を言い、クーペに乗り込んで東京への帰路につく。
「──で、甘沢くん。首尾の方は?」
境内の駐車場を出て早々、その車内で此木戸は助手席の甘沢に向けて問いかける
「バッチリです。レントゲンも撮りましたし、サンプルも採取できましたよ?」
甘沢はその質問に親指を立てて見せると、さらにウィンクもしてそれに答えた。
じつは彼女、此木戸が庫裡で古文書を見せてもらっている内に、こっそり独り本堂へ戻って人魚のミイラを科学調査していたのだ。
行ったのは主にX線写真の撮影と体組織の採取である。こんなこともあろうかと、車には持ち運びのできる特殊な小型X線カメラなどの機材を積んできている。
少々強引なやり方ではあるが、粘っても庵主の許可はもらえないと判断したため、こうした強硬手段に二人は出たのだった。
「各所から1mmほど組織をとっただけなので、気づかれる心配もまずないかと。戻ったらさっそくラボへ回しましょう」
後部座席に積んだ、組織サンプルの容器入りアタッシュケースを見やりながら甘沢はさらにそう続ける。
その言葉通り、東京のO.P.Aミュージアム日本支部へ戻った此木戸達は、今回得られたサンプルとデータを館内にある研究室へ分析に出し、それから一週間の時が経った後のこと……。
「──いや、こいつはとんでもない代物だぞ?」
分析結果が出たというので二人が研究室へ赴くと、主任の
南山は丸眼鏡をかけた、ずんぐりむっくりな初老の研究員だ。
「と、言いますと?」
「まずはこのX線写真を見てくれ。うまく作ってはあるが、骨格からしてバラバラになったものを繋ぎ直しておるな」
此木戸が合いの手を入れると、南山はPCの画面に甘沢の撮ったレントゲン写真を映して説明を始める。
そこには、やはり人間のそれに似た上半身に、魚というよりは海棲哺乳類や絶滅した海の爬虫類──〝魚竜〟の骨のような下半身がくっ付いている。
素人目にはよくわからないが、確かになんとなく全身のバランスが歪なようにも見えた。
「じゃあ、偽物の人工物ってことですか?」
「何を以て
今度は甘沢がその真意を問い質すと、南山は頷くでも首を横に振るでもなく、なんだかよくわからない、回りくどい言い回しで返して寄こす。
「じゃが、もう半分は繋ぎ合わせているとはいえ、もとは一個体の生物じゃったと体組織から断言できる。まるで、魚をおろして食べた後、食べてなくなった部分は違う肉を代用してもとの形に戻した……みたいな感じじゃの」
だが、続く意味深な彼の言葉は、明らかに〝人魚の肉〟を食べた八百比丘尼の伝説を彷彿とさせるものだった。
「そんでもってそのもとの生物じゃが、この地球上に存在する、あるいは存在したどの生物とも違うDNAが検出された……わかりやすく言えば地球外生命体じゃな」
「……!」
さらに畳みかける南山の衝撃的な報告に、此木戸と甘沢は思わず目を大きく見開く。
「なるほど。では〝人魚〟ではないものの、
だが、普通なら驚愕して立ち尽くしてしまいそうなその事実にも、思ったより二人は驚いていない。彼らにとって、
「いや、それだけじゃないぞ? その体組織からは未知のレトロウィルスも見つかった。ご存知の通り、レトロウィルスはDNAを書き換えるが、マウスに試してみたところ、異様に細胞分裂を活性化させる変化が見られた。しかも、テロメアまで復元されるんで上限なしじゃ」
「ちょっと待ってください。先生のおっしゃりたいことってつまり……」
ところが、そんな慣れっこの此木戸でも、南山の言わんとしていることをようやくにして悟ると、その仮説には驚きを隠せなくなる。
「ああ。この生命体の肉を食べて、もしもこのウィルスに感染したとしたら……必ずしもうまく変化が現れるとは限らんが、奇跡的に老いて死ぬことのない肉代へ突然変異する可能性は少なからずありうる」
「じゃ、じゃあ、あの庵主さまはほんとに……」
南山の唱えるその可能性には、甘沢も半信半疑ながら動揺している。
「八百比丘尼伝説にある程度の真実性があるんじゃとしたら、事故かなんかで海中に落下した地球外生命体を地元の漁師が網に捕え、偶然にも魚に似ていたことから村の娘──つまりは
「それが事実だとしたら、我々のなすべきことは一つです……甘沢くん、もう一度、あの尼寺へ出張だ」
甘沢の言葉を継ぎ、さらに突っ込んだ想像を口にする南山に、此木戸は何かを決断すると同僚にそう促した──。
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