最終話 光の体現者

あの日から半年が経過した。

相変わらず南とはこうして放課後、私と部屋で連むことに抵抗がない。時々不安になる。もう仲の良い友達と遊べる余裕があるのにその選択をしない。きっと彼女らも私達の事情を理解しているのだろう。

「ねえねえ!」

「うん?」

現代ドラマモノの小説を栞で挟んで閉じる。呼ばれた方へ顔を向く。

「明日。図書館のバイトしてみない?」

スマホの画面には求人サイトが載っていた。

「いいけど。何で図書館?書店ならわかるけど。」

「何やらあそこの図書館人手が足りないみたい。だから学生ができる範囲でもいいから力を貸して欲しいと。」

「ふーん。人手が足りないならどうせできる範囲は嘘になるよ。」

「どういうこと?」

目をパッチリ開いた子犬ははてなが浮かんでいた。

「要は上も楽したくなるってこと。どんなに完璧な職場だろうと誰かが誰かの残し物を処理して成り立つのが社会。つまり、いずれは処理する側にならないわけ。」

「処理する側?」

例えで言ったがわかりづらいか。そもそも社会や勉学に関して軽薄な南には知らなくていいことだ。

「ま、いいんじゃない?図書館で働くなんて普通資格取らなきゃできないんだし。」

「そうなの!?」

「そう。特異な仕事は知識が不可欠。滅多にない機会だ。私も大学へ進学する為の入学金や学費貯めておきたいし。」

「えっ!じゃあ!」

「うん。一緒にやってみよう。」

「やったー!!」

腕を天井へ突き上げて感情を表す姿は毎度天晴れだ。

そういう感情の起伏は見習わないといけない。

告白を受けて承諾した私達は何度も互いの部屋で秘密の情事を繰り返している。

舐めて濡れて、また舐めて触って濡れて。

段々自分に自信が湧いてきたのは気のせいだろうか。でも。

以前の様に生きる意味を失いかけていた自分はもういない。こうして好きな人と居て、バイトを始めようと乗り出し、本格的に勉強にのめり込んで大学へ行くと決めたのは、紛れもなく彼女のおかげだ。

サルトルだったか?

『人間関係は地獄である』

と唱えていたような?

確かに地獄だ。人は元来苦しみから逃れられない残念な生き物。その苦しみの多くに人は影響されてしまう。

でも、逆もある。

それを体現してくれるのは今、目の前で何かを小さく歌いながら漫画を読む彼女だ。さっきバイトの話をしたのに履歴書買おうと動きもしない。

この面白くて軽薄で多幸感に満ち溢れた生き物は私の空洞を埋めてくれる。

それにしても、どうして以前はああもネガティヴになったんだ?

特段親が厳しい訳じゃないし事件事故に巻き込まれた訳じゃない。単に毎日が暇で辟易していたから?

まあいいか。

今日もただ生きてて偉い。

夕日が住宅街を照り下ろす。

「ほら。まずは履歴書買わないと。」

「あっ!その存在忘れてた!」

「プッ。何?面接口頭だけで突撃するつもりだったの?」

「えっ。まあ、うん。」

「いいんじゃない?あそこの図書館結構優しい人多そうだし。」

「えっ!行ったことあったの!?ちょっと!!知ってるなら言ってよー。」

「ごめんごめん。でも履歴書はちゃんと準備しよう。変な学生来たとクレーム入れられて学校側にも迷惑かけちゃまずいでしょ。」

「あー、確かに。」

床から立ち上がってダウンジャケットを羽織って部屋のドアを開ける。

「暗くなる前にコンビニ寄ろう。」

「りょー。」

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舐めて濡らして棘を抜きたい 辻田鷹斗 @ryuto7ryu

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