第7話  最終調査


「こ、こんにちは。」


私はぎこちない様子で、頭を下げた。今まで会ってきたどの人物より腹の内が見えない男だ。こちらも慎重に行動しなくては。老人は私の顔を覗き込んで、ガハハと笑い声を上げる。


「そんな畏まらんでもいいよ!まぁ、楽にしな。こんなクソッタレた村のクソッタレな場所に来るもの好きも珍しい。余生寂しい老人の話し相手になってくれんかね。」


「……………。」


「はは、緊張しとんのか?アンタもいい歳したおっさんだろ。」


老人は一方的に捲し立てるだけで、こちらの話は通りそうにない。しかし、かといって何もせずに帰るわけにも行かない。しばらく老人の話に適当に返事をしていると、部屋の外から床が軋む音がした。恐らく高松氏だろう。扉が開かれ、予想通り高松氏がその姿を見せた。老人は満面の笑みを浮かべ、彼に手を振っている。

 

「おぉ要人か。もしかしてこの客人はお前の連れかい?」


「はい。探偵さんの豊川初さんです。僕は今彼の助手をやっています。」


すると、今まで快活だった老人が、不意に真顔になる。


「探偵?助手?この村では何か事件が起きているのか?」


「はい、実はこの村の村長の佐藤彰一さんが、誰かに殺害されたんです。」と私が。


「何!?彰一だと!?」


彼はあり得ないと言わん顔で叫ぶ。だが、私にはその理由がわからなかった。村長は、彼にとって重要な人物なのか?疑問が顔に出ていたらしく、隣に座った高松氏が補足をつける。


「そういえば、まだこの人名前言ってませんでしたね。彼は、佐藤彰。亡くなった村長の実のお兄さんです。」


私はその言葉に頭をバットでフルスイングされた時のような衝撃をくらった。村の禁忌を犯した人間が、村長の親族とは思わなかった。


その言葉を聞いていた老人ーー佐藤彰はバツが悪そうな顔になっている。


「アイツも死んじまったか……。」


だが、今の彼はそこまで悲しそうには見えない。身内が殺されたとなれば、もう少し感情を露わにするはずなのに、この老人からみじんも感じられなかった。彼への聴取をちょっとでも躊躇おうとした私の判断はどうやら間違いだったらしい。むしろこの状態なら、心置きなく話を聞ける。


「あの、佐藤さん。」


「何だい?」


「先ほど申し上げた通り、佐藤彰一さんは誰かに殺されました。私達はその調査を行っています。あなたの証言を聞かせていただきたい。」


「ああ、問題無いよ。どんなことでも聞いてくれ。」


「では。あなたの今日の行動について教えてください。」


その質問に対して、老人は少し困った顔をしながら答えた。


「行動っつってもな。俺は、この家から出られねぇ。何もでき来ようがないぞ。」


「いえ、出られるはずです。この家には特段ロックなどが掛かっていませんでした。村人に見つからない範囲なら、行動が可能なはずです。何より、雨が降っている時間なら村全体でも行けるはずですよ。」


「ちょ、豊川さん。いきなり入り込み過ぎですって。」


「大丈夫だ、要人。」


老人は高松氏を宥めると、淡々と私の質問に答えた。額のしわがより一層深くなり、妙な威圧感を与えられる。


「どうやらアンタは俺の事を犯人だと思っているらしいな。まぁ、俺は人生をこの村に殺されたようなもんだ。動機としては十分と言える。だが、それはちょいと見立てが甘いかな。」


「ほう、この私の見立てが甘いと。」


「ああ、そうだよ。そもそもだが、俺がここから出れるという話だが、それはちょいときついもんだ。なぜなら、この道は普通に村人が通る道だ。そこまで多いもんじゃねぇが、少なくもねぇ。無論、俺の家には近づくなと言われているだろうがな。そして、何より俺が外に出たのがバレたら、碌なことにならん。お前も知っているだろう、この村のイカレ具合を。たかだか、一度雨に濡れただけで、この仕打ちだ。そんな穢れ者が、外に出たと分かったら、彰一はわからんが、他の村人は俺をリンチにでもするかもな。俺も歳だ。大の大人数人の相手なぞ、無理に決まっとる。」


「しかし、雨の時間なら見つかる心配もないのでは?」


「アンタは頭が固いな。俺にはそこまでの危険を背負って、彰一を殺す利点がねぇって、さっきから言ってんだ。もし、雨が、殺している間に止んででもみろ、雨ヶ谷の人間は、地面から水が完全に抜けきって初めて外に出るが、外を確認せんとも限らん。どうだいこれでも納得がいかんか。名探偵さんよ。」


最後の言葉は私への挑発だろう。だが、二度も同じ手は喰わん。今の彼は、アリバイもないが、かといって確実に犯人だと言い切れもしない。今の状態ではこれ以上彼への追及は無意味だろう。なら、他の事で利用させてもらう。


「そうですか。では、質問を変えましょう。佐藤さん、もしあなたが、犯行時刻の間、ここで何か見たり聞いたりしたら、教えてくれませんか?」


「どうやら折れてくれたようだな。犯行時刻っていうと、今日のうちで雨音が聞こえていた頃か。そうだな。いかんせん、そこそこ強い雨だったからそこまで正確には聞こえてないかもしれん。まぁ、今から必死こいて思い出してやるよ。ちょいと時間をくれ。」


彼はそう言うと、人差し指を額に当てて、しきりに唸り声を上げ始めた。私は、その間彼のことについて高松氏と話すことにした。


「君的に彼はどう思う。」


老人には聞こえないであろう、囁き声で問いかける。彼は少し苦い顔をしている。あまりよろしくない質問であったようだ。


「どうって………、正直言って彼以外にも十分候補になり得る人間が多いので何ともとしか。」


「というと?」


「実は僕たちがきた道は、このまま真っ直ぐ進んでいくと、村長さんの家のすぐそこに出るんです。」


「つまり、長崎さんと佐藤さんの家はほぼ繋がっているに等しいわけか。ということは。」


私の言葉に彼は首を横に振って言った。


「だからと言って、長崎さんが犯人だとは言い切れません。村の人達は、知っている人が多いんですけど、僕らみたいな余所者は、自力で見つけるか、教えてもらわないと気づけません。しかも、彼のことを考えるとこの道を知っていたかも怪しい。」


高松氏の反論に私は顔を顰めた。確かに奴のことを考えると、ここを知っている可能性は低い。かと言って、断言もできない。この事件、煮え切らないことが多い。老人の話が終わり次第、もう一度現場調査に向かう必要がありそうだ。


私たちが、コソコソと話していると不意に老人が『あぁ!!』と大きな声を上げた。私と高松氏は、ビクリと体を震わせる。


「思い出した!!そういえば、一回だけ足音を聞いた気がする。あと声もだ。」


彼の一言で私は慌てて、彼の方へ駆け寄る。高松氏も、かなり驚いた表情をしている。老人は、私を手で押し退けると、咳払いをして続きを話し始めた。


「正確な時間はわからんが、間違いなく今日ではあった。俺が暇で畳の上でゴロゴロしていたら、ふとビチャビチャと音が聞こえたんだ。最初は、雨音かとも思ったが、それは明らかに泥を踏みつける音だった。俺は考えたよ。また、俺みたいな奴が増えるのかと。俺も、家に戻るのが遅れてこうなっちまたからな。だがな、少しだけ聞こえた声に違和感があったんだよ。ソイツは多分誰かに連絡してたんだろうな。計画がどうたらと言っていたな、相手の名前も言っていたが、聞き取れなかった。……どうだ、これで満足したか?」


背中に冷や汗を流しながら、私はコクリと首を縦に振った。はっきり言って、満足この上ない。この情報は犯人に繋がるものだ。だが、もう少し深堀したいことがある。


「電話していた人間は男性でしたか?女性でしたか?」


「正直言って、そこまではっきりとはわからんかったが、話し方的に男だろうな。」


なるほど。心許なさもあるが、問題は無さそうだ。彼から聞けることはもうない。お暇させてもらおう。私は、もう出て行くことの旨を伝え、高松氏と一緒に、扉の方へ向かう。ドアノブに手を掛けようとした瞬間、老人から声を掛けられた。


「おい、アンタ。最後に俺の願いを一つ聞いてくれないか?」


「・・・・・・はい。」


「絶対に彰一を殺したやつを見つけてくれ。こんなクソみたいな村の奴だが、俺の大事な弟だった。それを知れれば、俺はもう心残りなく。」


それは、弟の仇を討ってほしいという、兄からの願いだった。腹の見えない人物と思っていたが、本当は家族思いの人物なのかもしれない。私は、胸に力強く手を当てて、宣言した。


「お任せください。この豊川初、あなたの願い必ず遂行いたしましょう。」


そう言って、部屋から出ていった。彼の反応を見ることはなかった。私達は、ボロ屋から出ると、次の事を確認することにした。


「豊川さん、次はどうします?」


「もう一度、彰一さんの家で調査をしようと思う。君との調査で、わかることもあるかもしれん。あと高松君、気になることがあるのだが。」


「はい、何でしょう?」


「彼のように禁忌を破って、監禁を受けている人は他に居るのか?」


彼はあっけらかんとした様子で答えた。


「わかりません。彼に会えたのも偶然の産物なんです。自分で見つけたわけでもないし。」


「ん?自分で見つけたわけじゃないのなら、君はどうやって知ったんだ?」


彼は喋らない。口を滑らせたといった表情だ。流石にこれを見逃すほど、私は甘くはない。


「君はどうやら私に秘密があるようだな。話してくれるだろうな?」


彼は、しばらく黙った後、諦めたように肩を落とし、つらつらと理由を話し始めた。


「実は、彼の存在は三隅さんに聞いたんです。」


意外な名前が彼の口から出てきた。三隅氏が?何故村の闇と言える事実を彼女は知っている?


「意外・・って顔ですね。まぁ、無理もないです。簡単なことですよ。彼女は、幼少期をここで過ごしてるんです。」


「何だと!?なぜそんな大事なことを最初に言わん!?」


彼は、淡白な様子で答える。


「聞かれませんでしたし。何より彼女は、この事実を一部の人間にしか知らせてません。同じ研究室の岩田君や椎名さんにも言っていませんよ。」


そう言うと、彼はこちらに詰め寄ってきた。


「だから、推理するのは豊川さんの勝手なので良いですが、もしこの事実を二人がいる場所で言ったら、僕はあなたを絶対に許しません。」


彼とは思えない強い態度と意志だった。どうやらこの事実は、彼女にとって重いものなのかもしれない。


「す、すまない。私が軽率だった。」


流石の気迫に私もたじろぐ。すると、足が何かに当たった。何だと思って、後ろ見ると、それは灯油などを入れるタンクだった。こんな季節に灯油とは・・・。いや、そんなことはどうでもいい。今は、次の事に集中せねば。


「と言っても、僕はあなたにこのことを伝えてしまった。僕も豊川さんを責める権利はないのかもしれません。」


彼は自嘲気味に嘆いた。


「いや、君が気にすることはない。全て私の責任だ。大丈夫、彼女にこのことは伝えない。」


「・・・・・・・・。」


「ようし、早速佐藤さんの家に向かうぞ。」


私は、彼を連れて、ボロ屋より先の道を進んでいく。広場の先は、細い道になっており、木々が鬱蒼としており、枝が当たると、怪我をしてしまいそうだ。私は、木々を手でかき分け、進んでいく。すると、ふと光が見えた。恐らく道を抜けて、佐藤氏の家の近くに出たのだろう。右を向くと、見覚えのある家があった。私は、玄関までも向かうと、あることに気づいた。


「あまり気にかけてなかったが、ここに足跡があったのか。」


「それって、豊川さんのじゃないんですか?」


そう言われれば、そうかもしれない。一応もう少し注視してみると。


「私のもあるな。あと一つは田淵氏だとすると・・・・・ん?もう1つないか?」


そこには、いくつかの出入りがあったせいか、複数の足跡が入り乱れている。一つは私の、もう一つは田淵氏のだろう。そして、他に私たちの大きさとは異なる足跡が1つ。私より少し小さいくらいの大きさだからこれは男性の足跡かもしれない。


「豊川さんと・・・・その田淵・・・さん以外にも人が来ていたってことですか?」


「ああ。もしかしたら、犯人のものかもしれない。」


だが、誰の足跡か特定するのは至難の業だろう。


「今は気にしても仕方ない。もう一度家の方を調査しよう。」


高松氏が頷くと私は扉を開け、事件が起きた部屋に向かう。中には、田淵氏が居た。


「・・・・・豊川か。どうだ、何かいい手掛かりは見つかったのか?それに、そのボウズは誰だ?」


私は、今までの事を彼に話した。佐藤彰のことや高松氏に調査を手伝ってもらっていることを。


「・・・・そうか、彰さんに会ったか。」


彼は、知らなくていいことを知りおって、といった態度で、私に言った。


「知ってたんですか?」


「あぁ。小さいころ遊んでもらったよ。気のいい兄ちゃんだった。彼が、あの場所に監禁されていると、彰一さんから教わった時は、言葉を出せなかった。その時、雨ヶ谷がいかに歪んでるか知ったよ。そして、儂もそんな村の感性に慣れきっちまってた。彰さんのことに対して、嫌悪感さえ感じていた。儂はこの村の人間として腐っちまってたのさ。」


彼の懺悔ともいえる言葉に、私と高松氏は黙ることしかできない。


「・・・・すまん、今はそういう話をする時じゃなかったな。で、どうしてここに戻ってきた。」


「あぁ、もう一度この場所を調べたくて。田淵さんにも確認したいことがありましたし。」


「儂に確認したいこと?」


私は、部屋の中を移動すると、一つの棚の引き出しを開けた。


「この場所が空っぽなんですけど、田淵さん何か知りませんか?」


そう言うと、彼は慌ててこちらにやってきた。


「確か、そこは彰一さんが、金銭管理に使っていたはずだぞ!何故、空っぽになっている!!」


「何だと!?」


「ちょっと待ってください!?何で田淵さんが、そんなことを知ってるんですか!?」


高松氏が慌てる田淵氏に尋ねる。確かに、彼の言う通りだ。何故この家のそんな細部の事まで知っているのだ。私も、重ねて同じことを言った。


「儂は結構この家に、お邪魔しておる。昔、彰一さんに村会費を貰いに行ったときに見たんだよ。うちは、村会費の回収は当番で決まっているからな。気になるんだったら、その日がいつかも教えてやろうか?村内会で、確認もとれるぞ。」


彼の言いよう的に本当の事なのだろう。しかし、そうなると犯人の目的が多少なりとも絞られてくる。


「つまり、犯人は金銭目的で佐藤さんを殺害したという事でしょうか?」


「・・・・・許さねぇ。佐藤さんをそんな理由で殺しやがって。」


「落ち着いてください、田淵さん。今冷静さを欠いても何も起きません。」


「・・・・・・チっ!!」


彼は苛立たし気に、手のひらに拳をぶつける。彼の気持ちは分からないでもない。だが、私は名探偵だ。このようなことでいちいち立ち止まってはいられない。私達が、話していると、高松氏が私の肩を叩いた。


「豊川さん、田淵さん、これ見てください。」


彼が指さしたのは、佐藤氏の薬指だった。よく見てみると、彼の薬指には、指輪を付けてあったのであろう痕がくっきりと残っていた。私は田淵氏の方を見た。彼はますます怒りを増した様子で、叫んだ。


「犯人のやろうは、佐藤さんの指輪までも取っていきやがったのか!!!」


「もともとは付けていたんですか?」と私が尋ねる。


「ああ! 聡子さん。佐藤さんの奥さんが亡くなっても付けていたよ!!あれは、聡子さんとの思い出の品だって、嬉しそうに語ってたのを覚えている!」


高松氏も気分が悪そうにしている。仕方ない。はっきり言って、今回の犯人は強盗犯も兼ねた外道だ。彼らの怒りも御尤もだ。私が、奥歯を噛んでいると、ズボンから振動が伝わってきた。電話だ。相手を確認すると、どうやら警察かららしい。


『通報者の方で間違いないですね?』


「はい。あの・・どうかされました?」


『今さっき、雨ヶ谷への交通規制が解除されました。あと、数十分で到着できそうです。』


「わかりました。わざわざありがとうございます。」


私がそう言うと、警察は通話を切った。・・・・数十分で、到着。丁度いい、こちらも手筈が整った。


「豊川さん、さっきのは?」


「警察からだ。もうすぐこちらに到着する。」


「本当か!!これで、佐藤さんを殺したクソヤローがわかるってんだ。」


どうやら彼らは、警察が事件を解決すると思っているらしい。だが、こんな謎をみすみす警察なんぞに渡してたまるか。幸い、こちらにも手札と犯人に繋がる情報が全てそろった。


「高松君、田淵さん一つ頼まれてくれないか。」


彼らに私の要求を伝える。


「・・・・・・本当に信じていいんですね?」


「あぁ、頼む。」


そう言うと、高松氏と田淵氏は有無を言わず、家から出ていった。


さぁ、始めようか。名探偵による素晴らしい推理劇マスカレード













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